作品タイトル不明
321話:怪力ジルさん
「……は?」
小さな画面の中に映し出された映像に、カイレンが唖然とした声を漏らす。
ラッカとラースも、目が点になっていた。
「これはね、こことは別の世界で行われた戦いの様子なの」
「別の世界、だと?」
「な、何なのですかこれは……いったい、何が……」
食い入るように動画を見るカイレンとラッカ。
信じられない、といった顔で、額に汗を浮かべている。
「すごいわよねぇ。空に浮かぶ島があるだなんて。私も初めて見た時は驚いたわ」
「ジルコニア将軍。これはいったい何なのですか? 別の世界と言われても、我々にはさっぱり――」
「別の世界は別の世界よ。こんなふうに、いつでも見返せるように記録できるんですって」
ジルコニアが困り顔で言う。
「私たちが生きてるこの世界とは別に、こういう場所もあるってことよ。夜に星が見えるでしょう? あの数だけ、いろんな人や動物が暮らしてる別の世界があるの」
「い、いや、そう言われても……」
「あまりにも遠すぎて見えないだけで、そういう場所が存在するのよ。別に理解できるなんて思ってないから、そういうものなんだって思ってて」
適当な説明をするジルコニア。
星については、一良と一緒に見た映画で得た知識が元の推察だ。
戸惑うラッカとは違い、ラースは動画を見ながら、「……そういうことかよ」とつぶやいた。
「お前のあの、化け物みたいな強さは、これが理由か」
「ええ、そうよ」
ジルコニアがにこりと微笑む。
「グレイシオール様に、力を授けてもらったの。今の私なら、この場であなたたち3人を素手で殴り殺すことだってできる」
ジルコニアがスマートフォンをカイレンたちに向けながら、懐から1アル銅貨を取り出した。
左手の指先でそれを摘まみ、ぐにゃりとくの字に折り曲げた。
「はい、どうぞ。あなたに曲げることができる?」
差し出された曲がった銅貨を、ラースが受け取る。
「……」
ぐっと力を込めるが、当然ながらびくともしない。
両手でやれば曲げられるかもしれないが、ジルコニアのように片手で、しかも指先だけの力で曲げることなど不可能だ。
「全員じゃないけど、こっちの兵士たちのいくらかは、私みたいな力を持っているわ。砦でのあなたたちはどうにかして乱戦に持ち込もうとしてたみたいだけど、そうなっても簡単に返り討ちってわけ」
「……クソが。こんなの、反則だろうが。単純な話、他所の連中からテコ入れされてるってことだろうが」
ラースが悔しそうに言い、その場にどかりと腰を下ろした。
「それで? 俺らにどうしろって言うんだよ? 逆らったら、今見せてるような状況に俺たちを追い込むってのか?」
「そうよ。理解が早くて助かるわ」
ジルコニアが可愛らしく微笑む。
「お、おい、ラース! 信じるってのか!?」
カイレンが慌てて言うと、ラースは怪訝な顔を彼に向けた。
「あ? こうして見せられちゃ、信じるしかないだろうが。アルカディアが急に持ち直したり、騒音を撒き散らすあのちっこい道具を使ったり、全部説明がつくだろ。俺たちは、神って連中に遊ばれてたんだよ」
「……」
カイレンが押し黙り、再び動画に目を向けた。
ちょうど航空機の編隊がミサイルを発射しているシーンで、阿鼻叫喚の地獄絵図が流れている。
そのあまりにも一方的な戦いの様子に、ラッカがごくりと唾を飲み込んだ。
「2人が乗って来た乗り物を見てみろ。その板に映ってる、空を飛んでる乗り物も似たようなものに見えるだろうが。疑えってほうが無茶だろ」
ラースの言い分に、カイレンとラッカが唸る。
動画が終わり、ジルコニアがスマートフォンをズボンのポケットにしまう。
「私たちを助けてくれてる神様たちはね、あなたたちなんて皆殺しにしちゃえばいいって言ってるの」
ジルコニアが言うと、カイレンが青ざめた顔で彼女を見た。
「皆殺しだと……これと同じことを、俺たちにもするっていうのか?」
「ええ。でもね、グレイシオール様だけは反対してるのよ」
「反対? どういうことだよ?」
ラッカがジルコニアを見上げる。
どうやら、ラースのおかげでカイレンも動画を真実と受け止めた様子だ。
フィレクシアのように「幻覚か何かからくりがある」と言い出さなくてよかったと、ジルコニアは内心ほっとした。
「えっとね。『自分たちを信仰する者たちを救うのは当然にしても、こんなふうに大虐殺するのはいくらなんでもやりすぎだ』って言ってて。ほら、グレイシオール様って慈悲と豊穣の神様でしょう? あなたたちにも、慈悲を与えたいみたいなのよ」
「つうってえと、グレイシオール以外の連中は、『やっちまえ』って言ってんのか?」
「うん。それを、今までグレイシオール様が止めてたの。この世界に与える影響が大きすぎるとか、あれこれ理由をつけてね」
「はっ。ずいぶんと心優しい神様だこって」
けっ、とラースが不機嫌そうに吐き捨てる。
「だからね、あなたたちにとって、今が最後のチャンスなのよ。講和交渉だって、他の神様とか将軍たちは、『そんなことをする必要はない』って言ってるし。今までの報いを受けさせるべきだって」
「1つ聞きてえんだが、どうして今さら手を出して来たんだよ? 11年前だって、お前らは危機的状況だったのに、放置だったんだろ?」
「さあ? そんなこと私に言われても分からないわ。神様たちにも都合があったんじゃない?」
「……もし、ここで俺らが拒否したら、バルベールは一巻の終わりってことか」
カイレンがジルコニアを見る。
「だが、講和をしてどうなる? 交渉っていっても、そっちの言いなりになれってことだろ? 国を解体しろって言うんじゃねえだろうな?」
「それがねぇ……私はそうするべきだと思うんだけど、グレイシオール様は存続させろって言うのよ」
ため息交じりに言うジルコニアに、カイレンが驚く。
「どういうことだ。具体的に言え」
「北の蛮族のことよ。ここでもし、バルベールを焼き払ったら、あなたたちに襲い掛かってる蛮族にも対処しないといけないでしょう?」
「そうなるだろうな。俺たちが滅ぼされたら、これ幸いとあいつらは全土を制圧しようとするだろう」
「そうよね。だから、バルベールは戦力を残したままにしておいて、蛮族とアルカディアの間で緩衝材になってもらおうってことなの」
「……なるほどな」
カイレンが納得した顔で頷く。
「要は、バルベールをアルカディアの従属国にしようっていうんだな?」
「そういうこと。あと、こっちの国民も納得させないといけないから、ある程度の国土の割譲はさせてもらうわ。どれくらいの範囲になるのかは、講和交渉の席で決めることになるわね」
「カイレン様、そういうことなのですよ」
黙って話を聞いていたフィレクシアが、口を開く。
スマートフォンを見た時は口を挟みそうになったが、ぐっと堪えて黙っていたのだ。
「このままアルカディアと敵対を続けても、私たちには暗い未来しか残されていないのです。でも、講和すれば、少なくとも国は存続するのですよ」
「フィレクシアの言うとおりよ。あなたたちや元老院議員の地位と安全についても保障するって、グレイシオール様は言ってるわ」
「カイレン、とりあえず、交渉の席には着くべきです」
ラッカがカイレンを諭す。
「現状、我らの軍は戦える状態にありません。もし今見せられたものに何らかのからくりがあって、彼女の言うことが嘘だとしても、ここで戦って大損害を受ければ、蛮族と戦う戦力を失うことになります」
「だから、嘘じゃないって言ってるじゃないの。あなたには、これが作り物に見えるって言うの?」
ジルコニアが動画をもう一度再生し、ため息をつきながらラッカに向ける。
ラッカはたじろぎながらも、ジルコニアを睨んだ。
「それは分からないでしょう。演劇か何かを、こう……見れるように、この板に記録したのでは?」
「……本気で言ってるなら、私はあなたのことをバカだと思うことにするわよ」
「……」
ジルコニアが呆れ顔で言う。
自分でも間抜けなことを言ってしまったという自覚のあるラッカは、顔を赤くしてうつむいた。
「とりあえず、あなたたちはこっちの陣地に来てくれない? ナルソンや殿下たちが、講和交渉の準備をして待ってるから」
「いや、その前に、他の軍団長や執政官に状況を伝えないとダメだ」
カイレンが真剣な表情でジルコニアを見る。
「俺は臨時執政官って立場だが、交渉の席に着くにはもう1人の執政官に賛同してもらわないといけない。少し時間をくれ」
「そう。分かったわ。フィレクシア」
ジルコニアがフィレクシアを見る。
「バイクから降りなさい。解放よ」
そう言うと、フィレクシアが驚いた顔になった。
「えっ。で、でも、まだ講和交渉するって決まったわけじゃないのですよ」
「それでも、約束は約束だから。ほら、降りなさい」
「うー……」
フィレクシアが渋々といった様子で、サイドカーから降りる。
ジルコニアは、腰に付けていた無線機を手に取った。
「こちらジルコニア。ナルソン、聞こえる? どうぞ」
『こちらナルソン。講和交渉はできそうか? どうぞ』
「うお!?」
「は、箱から声がしたぞ」
無線機から響いた声に、カイレンとラースが驚いて目を剥く。
「ああもう、これは夢ではないのですか……頭がおかしくなりそうだ」
ラッカが頭を抱えて唸る。
初めて無線機を目にするフィレクシアも、口を半開きで目が点になっていた。
「えっとね。交渉の席には着くって言ってるんだけど、もう1人の執政官の賛同が必要なんですって。説得に時間が欲しいそうよ。どうぞ」
『分かった。だが、こっちでもリブラシオール様やガイエルシオール様たちが騒ぎ出してしまっていてな。グレイシオール様が必死に止めてはいるが、あまり時間がかかると攻撃を強行しそうな様子なんだ。どうぞ』
「ええ!? そんなに怒ってるの!? どうぞ」
『ああ。さっさと皆殺しにしてしまえばいい、と口々におっしゃって――』
『だーかーら! バルベール人なんてクズどもは、全員街ごと焼き殺してしまえばいいじゃないの!』
『リブラシオールの言うとおりだ。奴らを生かしておく価値などない。神の軍勢を今すぐ呼び寄せるべきだ』
『ですから、それはやりすぎだと言っているでしょう!』
ナルソンの言葉に被せるようにして、若い女の声とくぐもった男の声、一良の声が響く。
女の声はマリーで、男の声は鼻を摘まんだ一良のものである。
一良がマリーに協力してもらい、即興で演じているのだ。
『……こういう状況なんだ。急いだほうがいいと、彼らに伝えてくれ。どうぞ』
「分かったわ。通信終わり」
ジルコニアが無線機を腰に戻し、カイレンたちを見る。
その頬はぴくぴくと微かに痙攣していて、必死に笑いを堪えていた。
カイレンたちは一様に愕然とした顔をしており、無線機を見つめている。
「ま、まあ、こういうわけだから、なるべく急いでね?」
「あ、ああ。分かった。できれば、貴君も来てくれるとありがたいんだが」
「この状況で? 嫌に決まってるでしょ」
ジルコニアが呆れ顔で言う。
「なら、その板を借りることはできないか?」
「ダーメ。そうそう他人に預けられるものじゃないし。連中に見せたいなら、そちらが出向きなさい」
「むう……」
カイレンが顔をしかめる。
もう1人の執政官であるエイヴァーや、他の議員たちに自分が説明したところで、納得してくれるとはとても思えない。
だが、ジルコニアの言うことももっともだ。
「……分かった。すぐに、そちらの陣地に連れて行く。それでいいか?」
「ええ。早くしてね?」
カイレンは頷くと、フィレクシアに目を向けた。
「フィレクシア。悪いんだが、もう少しだけジルコニア殿と一緒にいてくれ。今戻って来ると、何を言われるか分かったもんじゃない」
「分かりました。ティティスさんと一緒に、いい子にして待っていますね」
フィレクシアがほっとした様子で微笑む。
もっと揉めるかと思ったが、動画と無線機を目の当たりにして、カイレンたちは信じてくれた様子だ。
これまで、散々攻撃を仕掛けても圧倒的な火力で撃退されていたからこそ、というのも大きいだろう。
あとは講和交渉だけなので、自分の出る幕はない。
人質としては軽んじられた感は否めないが、こうして交渉の場に出れたおかげで、ティティスよりも役に立つことができてカイレンの印象にも残ったはずだ。
「あっ、ジルコニア様。これをカイレン様に渡してもいいですか?」
フィレクシアがサイリウムを振る。
「ええ、いいわよ。渡してあげなさい」
「はい! カイレン様、どうぞ!」
フィレクシアが差し出すサイリウムをカイレンは受け取り、まじまじと見つめた。
「……美しいな。光の精霊の力、か」
「そうなのです。それを見せながら、エイヴァーさんたちを説得してください」
「ああ。ラッカ、ラース、行くぞ」
「へいへい」
「信じてくれるとは、とても思えませんがね……」
カイレンたちは置きっぱなしだった剣を拾ってラタに飛び乗ると、自軍へと駆け戻って行った。
「さてと、帰りま……ずいぶんと嬉しそうね?」
にこにこしているフィレクシアに、ジルコニアが小首を傾げる。
「やっと、私もカイレン様の役に立てたのです。カズラ様も、戦後は技術交流してくれるって約束してくれましたし、これからもっともっと役に立つのですよ!」
いひひ、とフィレクシアが嬉しそうに、サイドカーに乗り込む。
「ええ? カズラさん、そんな約束したの?」
「はい! 手始めに、あの螺旋形状の留め具の作り方を教わりたいのです」
「ふうん。ま、上手くいくといいわね」
そう言いながら、ジルコニアはバイクに跨った。