軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

319話:ノリノリジルさん

「えっ、ずいぶん早いね?」

ルグロの言葉に、一良が驚く。

「連中、相当焦ってるんだな。あんなに急いだら、兵士もラタもバテちまうだろうに」

「ムディアに入れば休めるって思ってるからかな? 彼らの伝令がムディアとやり取りしたし、まさか陥落してるだなんて、夢にも思ってないよ」

「あ、そりゃそうか。そりゃあ、早く街で一息つきたいってなるよな」

「カズラさん、今から私が、フィレクシアを連れてムディアへ行ってきます」

ジルコニアの言葉に、一良が顔をしかめる。

「ジルコニアさんがですか?」

「はい。ムディアの前で待ち構えていようかと」

「うーん……他の人に任せたらどうです? 何も、ジルコニアさんが行かなくても……」

「いいえ。私が行ったほうが、カイレンも話しやすいと思うので。捕虜になっている時に話しましたし、何となく人となりは分かりますから」

「それはそうですが……」

一良としては、ジルコニアが恐ろしく強いことは分かってはいるが、敵の面前に立たせるのは心配で仕方がない。

彼女の弱々しい表情を何度も目にしている一良としては、何かの拍子で彼女がどこかに消えてしまいそうに思えて、怖くて仕方がないのだ。

「カズラ、大丈夫だよ」

渋る一良に、リーゼが口を挟む。

「矢が届かない場所で交渉すればいいんだし、罠が張ってある可能性だってないしさ」

「それでも、心配なんだよ。万が一ってことがあるし」

一良が言うと、ジルコニアが頬に手を当てて照れた顔になった。

「もう、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。カズラさんのジルコニアは、ちゃんとあなたのところへ帰ってきますから」

「えっ」

「ちょっ、お母様! 何を言ってるんですか!?」

「ふふ、冗談じゃないのよ?」

「まったく、そういう冗談は……はあ!?」

いつもの冗談かとツッコミを入れたリーゼが、血相を変える。

「やっぱり、カズラとできてたんですか!? いつの間にくっついたんですかっ!?」

リーゼがジルコニアの腕を掴み、ガクガクと揺する。

「もう結構経つわねぇ。あ、知ってる? カズラさん、右のお尻にホクロがあるのよ?」

「はあああ!?」

「いや、冗談だから。真に受けるな」

一良がため息をつきながら言うと、ジルコニアが不満げな顔になった。

「バラすのが早いですよ。せっかく、面白くなってきたところだったのに」

「ジルコニアさんの冗談が酷すぎるんですって。いつもいつも、ほんと勘弁してください」

「あ、あはは……でも、ジルコニア様の言うとおりだと思いますよ?」

バレッタが苦笑して言う。

「え!? 右のお尻にホクロがあるの!?」

「そ、それじゃないです。カイレン将軍も、ジルコニア様が出て行ったほうが話しやすいかなって」

「でしょ? ティティスとだって話したことがあるのは彼も知ってるし、私が無事を知らせたほうが彼も安心すると思うし」

「……分かりました。でも、護衛はちゃんと連れて行ってください。オルマシオールさん、お願いできますか?」

一良がオルマシオールに目を向ける。

彼は水桶に両前足を漬けたまま、あちち、といったふうに肉シチューを食べていた。

目だけを動かして一良を見て、こくりと頷く。

「それじゃあ、オルマシオール様がそれを食べ終わったら行きましょうか。ナルソンに伝えてきますね」

そう言って、ジルコニアは去って行った。

ルグロはその背を見送り、一良の腕をちょいちょいと引っ張る。

「なあ、カズラ。ちょっとこっち来い」

「え? 何?」

ルグロが一良の肩を抱き、こそこそと話し出す。

「神様の趣向はよく分かんねえけどさ。人妻はやっぱまずいんじゃねえか?」

「だから、本当に手なんか出してないって……」

「いや、でもさ。ダイアスさんの件もあるし、他の連中に示しがつかないから人妻はやめておけって。ナルソンさんだって可哀相だしさ」

「あのさ、手を出してる前提で話を進めるのはやめてくれないかな?」

げんなり顔でため息をつく一良。

そんな彼の言葉を聞いてるんだか聞いていないんだか、ルグロはその後も「人妻はやめとけ」と繰り返すのだった。

数十分後。

一良たちはバイクに跨るジルコニアと、サイドカーに乗るフィレクシアの下に集まっていた。

護衛として、第1、第2騎兵隊が出撃準備を整えて待機している。

さらに、万が一に備えてオルマシオール率いるウリボウ軍団も同行する。

ティタニアは「陣地設営のお手伝いで疲れた」とのことでお留守番だ。

こういう時のための言い訳作りでせっせと手伝っていたのかと、一良たちは感心半分呆れ半分だ。

「これは何でできているのですか? すごくピカピカしてますし、部品の形状はものすごく精巧ですし……うう、気になるのです」

フィレクシアがぺたぺたとバイクを触り、目を輝かせる。

「フィレクシアさん、お願いですから、余計なことは言わないでくださいね?」

ティティスがフィレクシアの肩に手を置きながら、心配そうに言う。

動画で見た航空機と似たようなものだろうと考えているので、特段驚いてはいない。

実際にバイクを目にした時には、「自分たちの世界にもすでにいくつか導入しているのか」と内心冷や汗は掻いたのだが。

「もし間違いがあれば、我が国はあの人型の生き物たちのように滅ぼされてしまうんです。どうか、カイレン様を説得して講和交渉の席に着かせてください」

「大丈夫です! きっとカイレン様も分かってくれるのですよ!」

フィレクシアがティティスに、自信満々といった様子で笑顔を向ける。

「私たちが見せてもらった戦いの様子を見れば、きっとカイレン様も分かってくれるはずです。これもありますし、分かってもらえると思うのですよ」

フィレクシアがサイリウムの入った布袋を掲げる。

カイレンを説得する材料として、数本貰っていたのだ。

さらに、以前返却した防犯ブザーも借りている。

「お願いしますよ? あのような惨事は、絶対に引き起こしてはなりません。国を存続させるには、同盟国との講和しかないんです」

「ですから、大丈夫ですって。ジルコニア様、早く行きましょう!」

フィレクシアがジルコニアに目を向ける。

バイクが動き出すのが楽しみで仕方がない、といった様子だ。

「ええ、そうしましょう。ムディアに行けば、数日ぶりにお風呂に入れるしね」

ジルコニアがキーを回し、ハンドルに付いているキルスイッチをRUNにし、セルボタンを押してエンジンをかけた。

じっとその様子を見ていたフィレクシアは、力強いエンジン音が振動とともに響き出すと「おおっ!」、と興奮した顔になった。

「ジル、大丈夫だとは思うが、気を付けるんだぞ」

ナルソンがジルコニアに声をかける。

「大丈夫よ。頼もしい護衛がたくさんいるし。ねえ?」

ジルコニアがウリボウたちに目を向けると、彼らは「おん!」と勇ましい声を上げた。

見送りに集まっている兵士たちの顔も、とても明るいものだ。

兵士たちにも、プロティアとエルタイルの参戦は伝えてある。

これで勝利は確実だと、皆の表情は活力に満ちていた。

「ジルコニアさん、よろしくお願いします。いってらっしゃい」

やや緊張した様子で言う一良に、ジルコニアがにこりと微笑む。

「はい、行ってきます。すぐに戻ってきますからね」

「ジルコニア様! 早く! 早く動かしてください!」

待ちきれないといった表情で、フィレクシアがせがむ。

ジルコニアは「はいはい」と苦笑すると、アクセルを捻った。

ゆっくりとバイクが走り出し、フィレクシアが「おおー!」と歓声を上げる。

オルマシオールが腰を上げ、ジルコニアの前に立って走り出した。

数十頭のウリボウの集団も、その後に続く。

「……それにしても、ムディアが占領されていたとは。いまだに信じられません」

ジルコニアたちを見送りながら、ティティスが一良に言う。

ティティスとフィレクシアには、ムディアの件については説明済みだ。

伝令を排除していたことも話してあり、情報伝達手段が完全に麻痺していることを、ティティスたちはその時初めて知った。

ウリボウたちにやらせたのか、とティティスが聞いてきたので、今さら隠す理由もないので「そうだ」と一良は答えておいた。

「カイレン様たちは、そのことを知らないのですよね?」

「そのはずです。人質に取ったそちらの兵士に、さも占領されていないかのように振る舞わせて対応してもらいましたからね」

一良が言うとティティスは、ふう、とため息をついた。

「私たちは、ずっとアルカディア軍の手のひらで踊らされていたのですね。蛮族の攻勢についても、とっくの昔に知られていたなんて」

ティティスが暗い顔になる。

伝令は潰され、遠方の情報も簡単に入手されてしまうとあっては、とてもではないがアルカディアに勝つことなど不可能だ。

むしろ、蛮族の攻勢を好機と見て、挟み撃ちで叩き潰されなかっただけ、自分たちは幸運なのだろう。

もしも一良が……グレイシオールが他の神々を説得していなかったらと考えると、ティティスは心底恐ろしかった。

「カズラ様。私にできることなら、何でもいたします。どうか、我が国に慈悲をお与えください」

「善処しますよ。そのためにも、ティティスさん。カイレンさんを説得する時は、よろしくお願いしますね」

「はい。必ず」

ティティスは一良の目を見つめ、しっかりと頷いた。

翌日の早朝。

ろくに休憩も挟まずに進軍を続けたカイレン率いるバルベール軍は、森の中の街道を抜けてムディアの防壁が見える場所にたどり着いていた。

ラタに跨り先頭を進むカイレン、ラッカ、ラースの3人が、やれやれとため息をつく。

「ようやく到着か。ああ、尻が痛ぇし眠いし、もうヘトヘトだよ」

ラースが疲れた顔で、自身の尻を摩る。

連日の強行軍と昨夜の徹夜での行軍でクタクタであり、ラタも兵士もバテバテだ。

やっとムディアで一息つけると、兵士たちは安堵の表情を浮かべている。

「休むのはほんの少しだぞ。急いでバーラル(バルベール首都)に戻って、北方戦線の立て直しをしないといけねえからな」

若干やつれた顔で言うカイレンに、ラースが心底嫌そうな顔になる。

「まったく、勘弁してくれよ……しかし、アルカディア軍が本当に追撃してこないとは驚いたな」

「これだけ高速で移動すれば、たとえ追撃してきていたとしても追いつけませんよ」

ラッカが言うと、カイレンは頷いた。

「ああ。だけど、連中はこれを機に国内に進軍してくる可能性もある。あいつらが蛮族の大攻勢に気付く前に、大急ぎでカタをつけないとまずいな」

「それにしたって、連中が気付くのは何カ月も後だろ。市民には伏せてあるんだし、噂が広まるのはだいぶ先のはずだ」

「だからこそ、その時間を有効活用しないといけないんだよ。さすがに今の状況で挟み撃ちになると、俺らはかなり押し込まれることになる」

「ですが、ティティスさんたちのことはどうするんですか?」

ラッカがここ数日で何度目かになる質問を、カイレンに投げかける。

「もし戦闘になったら、下手をすれば彼女たちは殺されかねませんよ」

「……どうにかするさ」

苦渋に満ちた顔で言うカイレンに、ラッカとラースが顔を見合わせて肩をすくめる。

どうにかするとは言うが、どう考えてもどうにもならない。

捕虜としての価値があることは彼らも重々承知のはずなので、すぐに殺されるといったことにはならないだろう。

しかし、いざ戦闘となったら、カイレンを挑発するために辱めたり危害を加えたりすることは十分に考えられる。

はたしてその時、カイレンはどうするのだろうか。

ティティスに強く固執しているカイレンが冷静でいられるのか、ラッカは甚だ疑問だった。

「おっ、見張りの兵士が手を振って……ああ!?」

城門の上から手を振っている人物を見つけたラースが、驚愕の声を上げた。

「ラース? どうした?」

「お、おい! あれを見ろ!」

ラースが城門を指差す。

そこにカイレンとラッカが目を向けると、そこには大きな旗が風にはためいていた。

だが、旗に描かれている模様が、バルベール軍のものとは色も柄も違う。

「な……に……?」

「どうして、クレイラッツ国旗が……」

ぱたぱたとはためくクレイラッツ国旗に、3人は唖然とした顔になった。

「ど、どういうことだ!? ムディアが占領されてるってことか!?」

ラースの叫びに、後続の兵士たちがぎょっとした顔になる。

その中にいた元老院議員たちも、一斉に驚いた顔になった。

「カイレン執政官! 今、何と言ったのだ!?」

議員の1人がラタでカイレンに駆け寄る。

「……あれを見てください」

カイレンの視線を、議員が追う。

そして、言葉を失って固まった。

他の議員たちも、同様の表情で唖然としている。

「そんなバカな……」

「何かの間違いだろ……ムディアが陥落したなんて、そんなことがあるはずは……」

震える声で言う議員たちに、カイレンが振り返る。

「ええ、そのとおりです。昨日、伝令は確かに、受け入れ準備完了の報を持って戻ってきました」

「そ、そうだ! あれは、撃破したクレイラッツ軍から奪った戦利品ではないのか!?」

「なるほど、そうに違いない! 我らにそれを伝えようと、ああして見せつけているのだ!」

そうだそうだと騒ぐ議員たち。

カイレンは平静を装って頷きながらも、「まさかそんな」といった考えが頭の中をぐるぐる駆け巡っており、酷く混乱していた。

「カイレン! あれを!」

その時、ラッカが焦った様子で北を指差した。

かなり遠目に蠢く兵士の集団を見て、カイレンが言葉を失う。

そこに翻っている軍団旗は、アルカディア王国のものだった。

「はぁーい! カイレン将軍、見てるー?」

その時、ムディアの城門から、拡声器で増幅されたジルコニアの声が響いた。