作品タイトル不明
268話:友達
「おい、ウッド!」
防壁へと向かって荷車を引くウッドベルに向かって、空になった荷車を引く兵士が正面からやって来た。
先ほど弾薬庫で別れた兵士たちとは別の兵士だ。
「すれ違った奴に聞いて驚いたけど、お前、マジでこっちに回されてたのか!」
「ああ、手首が治らなくて……わ、わわっ!?」
「お、おいっ!?」
ウッドベルがふらつき、目前に来た兵士の荷車に自身の荷車の車輪をぶつけてしまう。
その衝撃で、荷車に積まれていた木箱のいくつかが地面に落ちて中身をぶちまけてしまった。
木箱のフタが外れ、火薬の詰まった布袋がいくつも地面に飛び出した。
布袋のいくつかは装填用に小分けにされており、こちらの世界の言語で〇〇メートル用と記載されている。
メートルはこちらの世界では使われていない単位だが、軍事コンパスで計算する必要もあるため、射撃手たちはバレッタから指導を受けていた。
兵士もウッドベルも、荷車に巻き込まれるようにして転倒した。
「い、いてて……何やってんだバカっ!」
「ごめん! 怪我はないか!?」
「いいから、早く拾え!」
地面に落ちたそれらを、2人は大急ぎで木箱に戻す。
その間にも、行く手からはカノン砲の砲撃音や、火炎弾の爆発音、手投げ爆弾の炸裂音が断続的に響き渡る。
「なあ、前線はすごいことになってるみたいだけど、戦況はどうなんだ?」
ウッドベルが布袋を拾いながら、兵士に話しかける。
「もう滅茶苦茶だよ」
兵士が必死に布袋を拾い集めながら、顎から汗を滴らせて答える。
「近づいてくる敵の歩兵部隊に、カノン砲とカタパルトとスコーピオンをやたらめったら撃ちまくってるんだ。しかも、その直後に防御陣地に籠ってたこっちの歩兵が全部飛び出して、全面攻勢をかけた。敵も味方もひっちゃかめっちゃかだよ」
「マジか。こっちが押してるのか?」
「たぶんな。敵兵が何十人も火達磨になってたし、あちこちからものすごい悲鳴が上がってたぞ」
「うげ、矢とか剣で死ぬならともかく、焼け死ぬなんて絶対嫌だわ……いてて」
ウッドベルが手首を押さえて、その場に蹲る。
「どうした?」
「今ので、痛めてた手首を捻っちまったらしい……悪いんだけど、これ、お願いできるか?」
ウッドベルが木箱の積みあがった荷車を見る。
「ったくお前って奴は……じゃあ、これは俺が持っていくから、お前は隊長のとこ手伝ってこいよ。空の荷車だったら運べるだろ?」
「ああ。ほんとごめん」
「いいって。後で一杯奢れよ!」
兵士はそう言うと、ウッドベルの荷車を引いて防壁へと駆けて行った。
ウッドベルはそれを見送り、ふう、と息をつく。
「……さて、行くとしますかね」
空の荷車をそのままに、ウッドベルは走り出した。
大勢の兵士や使用人たちが慌てた様子で行き交うなか、一直線に厩へと向かう。
「……あいつ」
走りながら、ちらりと建ち並ぶ家の屋根を見る。
しかしすぐに視線を前に戻し、ウッドベルは走り続けた。
数分走って厩にたどり着き、数名いる厩番のなかの1人に駆け寄った。
「ポルソ!」
「あっ、ウッドさん!」
ポルソと呼ばれた若者が、緊張した様子でウッドベルを見る。
ウッドベルは一介の厩番であった彼の下に、日頃からちょくちょく顔を出しては雑談をしたり、食事を奢ったりして親交を深めていた。
他の厩番にもそれは同様で、下働きの者たちとウッドベルは大の仲良しだ。
「出撃命令ですか!?」
「ああ、すぐに行けって命令だ。1頭出してくれ」
「はい!」
ポルソが頷き、馬留からラタを1頭外してウッドベルの下へと連れてくる。
「ウッドさん、腕は大丈夫なんですか?」
手綱を引いてウッドベルの前にラタを歩かせながら、ポルソが言う。
「ああ、なんとかな。槍とか剣を振り回すのは無理だけど」
「そうですか……でも、そのおかげで重装歩兵から斥候に配置換えになったんでしょう? こう言ってはなんですけど、よかったですね」
「はは。まあ、そうだな。斥候なら死なずに済むかもしれないし」
ウッドベルが鐙に足をかけ、ラタに跨る。
「ウッドさん、絶対に無理はしないでくださいね。死んだら何にもならないんですから」
ポルソが心配げな目をウッドベルに向ける。
ウッドベルは、ポルソに明るい笑みを向けた。
「大丈夫だって。ちゃちゃっと行って、すたこら帰って来るからさ」
「ウッドさん、今度は俺らがウッドさんに酒奢りますから!」
「生きて帰ってきてくださいよ! 絶対ですよ!」
近くにいる他の厩番たちが、ウッドベルに大声で呼びかける。
「ああ、楽しみにしてるよ! じゃあな!」
ウッドベルがラタの腹を蹴り、ラタを走らせる。
彼は一目散に西門へと向かってラタを走らせながら、ちらりと斜め後方に目をやった。
「……マジか。あいつ、どうなってんだよ」
ウッドベルは顔をしかめ、そのままラタを走らせる。
そうしてしばらく走り、納骨堂の前にやってきた。
ラタを下り、重い木の扉を開けて中へと入る。
扉を閉め、すたすたと中央にまで進んだ。
石造りの納骨堂はしんと静まり返っており、外から響く炸裂音や叫び声はかなり小さく聞こえる。
ウッドベルは立ち止まると、右手側にある窓を見上げた。
「で? どうしてずっと、俺の後をつけて来てるんだ?」
高所にある窓に向かい、ウッドベルが話しかける。
月明かりを背にして、小さな影がウッドベルを見下ろしていた。
「おー、おー。そんな物騒なもん手にしちゃって。そんなもの、子供が持っていいもんじゃねえぞ。それ捨てて降りて来いって」
「……」
窓にいた人物、コルツはウッドベルをじっと見つめていたが、ぴょんと窓から跳んだ。
軽やかな足取りで、石造りの床に降り立つ。
どこから盗んできたのか、その手には長剣の入った鞘を持っていた。
「うわ、あんな高いところから簡単に飛び降りるなんて、お前すげえなぁ。さっきも屋根伝いにラタに追い付いてきてたし――」
「どうして」
コルツに言葉を遮られ、ウッドベルが口を閉ざす。
「どうして、火薬袋を盗んだの?」
コルツが泣きそうな目で、ウッドベルを真っ直ぐに見る。
ウッドベルは困った顔で、コルツを見た。
「はあ? そんなもの、盗んでないって」
「嘘、つかないでよ。荷車をぶつけて転んだのも、わざとでしょ? その時に布袋を拾ってポケットに入れたの、俺、見てたもん」
「……」
「それ、返してきてよ。俺、誰にも言わないから」
「うーん……」
ウッドベルが頭を掻く。
「あのさ、何を勘違いしてるのかしらないけど、俺は何もやっちゃいねえよ。そんな目で見るなって」
「なら、ズボンの左ポケットに入ってる物、出してみてよ」
「あのなぁ……だから俺は――」
「この国の人たちは、ここを『骸の丘』なんて呼ばないよ」
険しい表情で、コルツがウッドベルの言葉を遮る。
「ウッドさん、ここの地下に俺を探しに来た時、言ってたよね? 『骸の丘だなんてよく言ったもんだ』って。この国の人は、誰もそんな呼びかたなんてしない。ここは『英雄の丘』だよ。俺の村の人も、イステリアの兵士さんたちも、皆そう呼んでた」
「……そりゃあ、前の戦いでここは死体だらけになったんだから、そう呼ばれてもおかしくないだろ。俺も他の連中が話してるのを小耳に挟んだだけだって」
「そっか。それとさ、メルフィ姉ちゃんが持ってた無線機だけど、あれ、ニィナ姉ちゃんの部屋から盗ってきたものだよね?」
「……」
「食事棟でウッドさんたちと話した後、俺、メルフィ姉ちゃんの後をつけたんだよ。そしたら、メルフィ姉ちゃん、ニィナ姉ちゃんの部屋に入っていったんだ。それで、その後――」
「だからさ、勘違いだって」
ウッドベルが苦笑する。
「まるで泥棒扱いだな。酷い言いがかりだぞ」
「で、でも、それならなんで無線機をメルフィ姉ちゃんに盗ませたんだよ? メルフィ姉ちゃん、無線係なんてやってないじゃないか! 火薬袋だって、どうしてポケットに入れたんだよ!」
「メルフィにそんなことさせてないし、火薬だって盗んじゃいないよ。そんなに疑うなら、俺のポケットを調べてみろよ。何も入っちゃいないから」
「……」
「ほら、俺も忙しいんだよ。さっさとしろって」
ウッドベルに急かされ、コルツが険しい表情で彼に歩み寄る。
彼まで1メートルの距離にコルツが近づいた時、コルツは突如全身に悪寒が走り、反射的に後ろに跳んだ。
ヂッ、という音とともに、焼けつくような痛みがコルツの鼻に走る。
ウッドベルは振り抜いた剣を手に、驚いた顔でコルツを見ていた。
「うわ!? 普通、今の避けるか? お前すげえなぁ」
ウッドベルが感心したように言いながら、ゆっくりとコルツに歩み寄る。
コルツは鼻の頭から血を滴らせ、震える足で後ずさる。
鼻の骨に走る猛烈な痛みと、胸が締め付けられるような苦しさで涙が滲む。
「あ、ウ、ウッドさん……」
「ったく、めんどくせぇな。こんなガキに気付かれるなんて、俺もヤキが回ったかな」
ウッドベルが足を進めながら、コルツに言う。
コルツは後ずさりしつつ、彼の顔を見た。
ウッドベルの表情はいつもと同じ温かみに満ちたものだったが、その目はまったく笑っていない。
「ほら、じっとしてろって。友達のよしみで、一発で終わらせてやるからさ」
「ウッドさん!」
コルツが叫ぶと同時に、ウッドベルが大きく踏み込んで剣を横なぎに振るった。
コルツは真横に跳んでそれを避け、ゴロゴロと床を転がる。
「あーもー、ちょこまかすんな。さっさと死んでくれって。これを持って帰れば、俺は大金持ちになれるんだよ」
ウッドベルがズボンの左ポケットをぽんと叩く。
「っ、なんでだよっ!」
コルツが仰向けに這って後ずさりながら、ウッドベルに叫ぶ。
「どうしてこんなことするんだよっ!? あんなに、俺とも、シア姉ちゃんとも、メルフィ姉ちゃんとも仲良くしてたじゃないかっ!」
「んなこと言ったって、これが仕事だからなぁ」
ウッドベルが頭を掻く。
「ナルソンは警備がきつくて近寄れないし、バレッタって女はどうもヤバい感じがして丸め込むのは無理そうだしさ。遠くの奴と話せる道具も、あれからは一度も盗み出せなかったし。結局、お前も何も教えてくれなかったしな。副任務だけど、これだけでも十分報酬は出るだろ」
「……やっぱり、そうだったんだ」
コルツがうつむく。
鼻から流れる鮮血が顎を伝い、ぽたぽたと石の床に落ちた。
「酷いよ……父ちゃんと母ちゃんに連絡するためって言ってたのも、全部俺を騙すためだったんだね」
「当たり前だろ。それ以外に、俺に何の利点があるってんだよ」
ウッドベルはコルツが潜伏している地下納骨堂に食事を運ぶたび、無線機についてあれこれ聞き出そうとしていた。
コルツはそのたびに「分からない、知らない」と答えていた。
詳しくは使い方を知らないというのもあるが、ウッドベルを疑っていたので何も答えなかったのだ。
「メルフィ姉ちゃんと……結婚するんじゃ、なかったの?」
「うわ、お前、そんなことまで聞いてやがったのか。ずっと俺の後つけてたのかよ?」
ウッドベルが面倒くさそうに言う。
「まあ、メルフィちゃんはあっちの具合は良かったけどさ。彼氏に言われたからって簡単に盗みを働くようなポンコツだからなぁ。俺はパスだわ」
「……」
「ったく、ガキだと思って甘く見すぎたな。こんなに頭が回るなら、普段からもっと賢そうな振る舞いしとけっての。面倒くせえ」
コルツがウッドベルを睨みつけ、立ち上がった。
剣の柄を右手で握り、すらりと鞘から抜く。
両手で剣を持ち直し、以前黒い女性に教えてもらった、両手持ちの形を構えた。
「ん? 何だその古臭い構えは。俺が教えた通りに構えてみろって。稽古つけてやるからさ」
「嫌だ」
柄を握る両手にぐっと力を込め、コルツが言い切る。
「きっと、この時のためにお姉ちゃんは俺に剣を教えてくれたんだ」
「お姉ちゃん? 誰のことだ?」
「オルマシオール様だよ」
コルツが答えると、ウッドベルは馬鹿にしたような顔になった。
「アホか。神様なんて、この世にはいねえよ」
「ウッドさんが知らないだけで、本当にいるよ。オルマシオール様は、本物だもん」
コルツがウッドベルを睨みつける。
「ウッドさんを、降参させる。皆に謝ってもらうから」
「……クソガキが。死んどけ」
ウッドベルが踏み込み、右手に持った剣で袈裟懸けにコルツに斬りつける。
コルツはそれを、正面から受け止めた。
ガギンッ、という音とともに火花が散る。
剣戟を受けた態勢で踏みとどまっているコルツに、ウッドベルの目が驚愕に染まる。
コルツは左手を柄から離し、剣を持つウッドベルの右手に手を伸ばした。
ウッドベルが慌てて手を引っ込め、後方に跳ぶ。
「ああああっ!」
コルツがウッドベルを追って突進し、大上段から剣を振り下ろす。
「ぐっ!?」
予想外の速さの攻撃に、ウッドベルが慌ててそれを剣で受ける。
本当ならばウッドベルはそれを受け流して反撃するつもりだったのだが、まるで大男が振るったような威力の斬撃にそれは適わずに、がくんと腕が押し込まれる。
コルツはまたもや左手を柄から放し、ウッドベルの腕へと手を伸ばした。
ウッドベルは身をよじってそれを避け、左足で蹴りを放つ。
コルツはばっと後ろへ2メートル近くも跳んで、それを避けた。
「お、お前……」
「降参、してよ」
唖然とした顔のウッドベルに、コルツが震える声で言う。
「何だよ、その怪力は。俺と稽古してた時は、そんな力は一度も――」
「降参してよ。それで、皆にちゃんと謝って。許してもらえるように、俺も一緒に謝るから」
「……分かった、分かったよ。降参だ」
ウッドベルがため息をつき、自分の少し前に長剣を放った。
ガラン、と転がるその剣にコルツが目を向けた瞬間、目の前に銀色の光が迫った。
コルツが反射的に首を捻って投擲された短剣を避けた次の瞬間、猛烈な勢いで迫ったウッドベルがコルツの腹に蹴りを入れた。
「げぼっ!?」
鳩尾にモロにそれを食らったコルツが、数メートル吹き飛んで壁際まで転がる。
ウッドベルはすぐさま剣を拾い、倒れ込んで呻いているコルツに駆け寄って突きを放った。
コルツは嘔吐しながらも、床を背にした態勢で剣を突き出し、ギャリッと剣の腹でそれを受けて軌道を逸らす。
剣先が石の床に激突して鈍い音を立て、ウッドベルがすぐさまそれを引き戻す。
「ちっ、化け物かてめえは!」
ウッドベルは剣を両手で持ち直し、力任せに倒れているコルツに叩きつけた。
コルツが掲げた剣がそれにぶつかり、火花が散る。
ウッドベルはそのまま、全体重をかけて重なった刃を押し込む。
ギリギリと少しずつ、鈍く光る刃がコルツの顔に迫った。
「ウッド、さ……やめ、て……」
「こ、の、や、ろ……!」
ウッドベルが歯を食いしばり、剣を押し込む。
殺意に満ちた彼の目と、縋るような表情のコルツの目が数センチの距離で交わる。
あと数ミリでコルツの顔に剣の刃が触れる寸前、コルツはウッドベルの腹を蹴り上げた。
うっ、とウッドベルが呻き、わずかに力が弱まる。
「ああああっ!」
コルツが渾身の力で、剣を振り払った。
ザクッ、と嫌な感触が、コルツの手に伝わる。
「あ……がっ……」
ウッドベルの首からシュウッと音を立てて血が噴き出し、コルツの顔にかかる。
ウッドベルは剣を手放して両手で首を押さえ、どさりとコルツの隣に倒れ込んだ。
「げほっ、げほっ! ウッドさん!」
コルツが身を起こし、ウッドベルに這い寄る。
血が噴き出す首を押さえてのたうち回る彼の姿に、コルツは慌てて自身の服の袖を引き千切った。
「ウッドさん! これで押さえて! すぐに誰か呼んで――」
ウッドベルの首にそれを押し当ててコルツが言った時、コルツの左腕に衝撃と激痛が走った。
えっ、とコルツがそこに目を向ける。
床に落ちていた短剣を拾ったウッドベルが、コルツの左の二の腕に深々とその刃を突き立てていた。
「死……ね……クソ、ガキ」
ウッドベルがぐぐっと力を込め、短剣を捻じる。
二の腕に深く食い込んだ刃がバキバキと骨を砕く音が響き、コルツの腕から血が流れた。
コルツはされるがまま、呆然とした顔でウッドベルの顔に目を戻す。
憎しみに染まった彼の目と視線が交わってすぐ、ウッドベルの手から力が抜けた。
どさり、とその手が床に落ち、彼の目から光が消える。
「……っ、うぅっ……あああっ!」
コルツが顔をくしゃくしゃに歪め、涙を流して慟哭する。
「どうしてだよ……なんでっ、ウッドさんっ……」
ウッドベルの亡骸に目を落とし、コルツが泣きじゃくる。
数分して、コルツはふらふらと立ち上がった。
這うような足取りで、納骨堂の出口へと向かう。
そして扉に無事な右手をかけた途端、その足から力が抜け、扉にもたれかかるようにして倒れ込んだ。