軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

266話:過去への決着

月明かりが照らす草原を、ジルコニアは柄までが鉄で作られた短槍を手にラタに跨り、猛然と敵の軍団要塞に向かって突き進んでいた。

彼女の背後には、彼女に長年付き従っている数十の志願兵たちが付いて来ている。

皆、11年前に故郷を失った者たちの生き残りだ。

全員が日本の食べ物で強化されたラタに跨り、凄まじい速さで闇夜を駆けている。

彼ら自身も、密かにジルコニアが日本の食べ物を与え続けており、身体能力は強化済みだ。

「間もなく敵の軍団要塞です!」

進行方向に軍団要塞の灯りを見つけ、背後の仲間が叫ぶ。

「敵兵には構うな! 私に付いて来い!」

ジルコニアは答えながら、左腕を頭上に掲げた。

手首には、以前一良が皆に配った際に貰ったサイリウムが輝いている。

数秒して、前方で人影が立ち上がるのが見えた。

そのままジルコニアたちは人影に駆け寄る。

「3本の松明を目印に進め! 篝火が4本ある場所にマルケスがいる! 押し通れ!」

人影が、ジルコニアに叫ぶ。

ジルコニアはそれに返事はせずに、彼の傍を一気に駆け抜けた。

彼は、カイレンの部下の1人だ。

カイレンと毒ガス兵器不使用の協議を行った後、ジルコニアは砦の外に出していた斥候に、密かにカイレンたちと接触させていた。

カイレンも元からジルコニア個人に何とか連絡を取ろうとしていたようで、その後2人は斥候を通じて秘密裏にやり取りを行っていた。

カイレンは、数カ月前の国境付近のバルベール村落襲撃の自作自演に勘付いたマルケスをジルコニアに殺させるため。

ジルコニアは、11年前のアルカディア村落虐殺の首謀者であるマルケスを殺して家族の仇討ちを果たすため。

それぞれの利害が一致し、カイレン主導で練られたこの暗殺計画が行われることになったのだ。

ナルソンの下へ届けられた書状に書かれていた事件の首謀者の「ネイマン」とは、ナルソンたちの目を欺くためにカイレンとジルコニアがでっちあげたものだ。

――マルケス、殺してやるわ。この手で必ず、殺してやる!

ジルコニアが憎悪に表情を歪め、手綱を握り締める。

軍団要塞へと直進し、敵の警備兵の姿が見えてきた。

「なっ!? て、敵襲!」

「敵の奇襲だ!」

「警鐘を鳴らせ!」

突如現れたジルコニアたちの姿に、警備兵たちが慌てふためく。

彼らにとって決戦のさなかに戦場のはるか後方の軍団要塞に敵が迫るなどまったく想定外だったということもあり、明らかに兵士の数が少ない。

数人が軍団要塞入口に集結して盾を構えるのを見て、ジルコニアは槍を握り締めた。

「突っ込め!!」

ジルコニアの叫びで、全員が雄たけびを上げてラタごと警備兵の集団に飛び込む。

一切減速していないラタの体当たりをモロに受けた兵士たちが吹き飛び、その衝撃でジルコニアの乗っているラタが転倒しかける。

ジルコニアはラタのたてがみを掴んで鞍に飛び乗ると、そのまま前方に向かって跳んだ。

常識では考えられない高さの跳躍をする彼女の姿に、慌てて集まってきた敵兵たちがあっけにとられて一瞬固まる。

ジルコニアは鉄槍を大きく振りかぶり、着地点にいた敵兵を兜ごと叩き潰した。

「おおおおっ!!」

ジルコニアが両手で槍を思いきり振りかぶり、正面にいた敵兵に突進して力任せに薙ぎ払う。

人間離れした 膂力(りょりょく) で叩きつけられた鉄槍は、棒立ちになっているバルベール兵を2人まとめて文字通り吹き飛ばした。

突然怪物が飛び込んできたかのような訳の分からない状況に、第6軍団の兵士たちは恐慌状態に陥って迎え撃つどころではない。

しかも、彼女の背後から突進してきた志願兵たちまでが、彼女と同じような膂力を以って鉄槍を振るい、行く手の兵士を一方的に惨殺している。

悪夢のような光景に悲鳴を上げて後ずさる者、怯まず立ち向かう者、たじろいでいる間に槍で突き殺される者などで、辺りは一瞬で修羅場と化した。

使用人とみられる者たちも多数いて、皆が悲鳴を上げて逃げ惑っている。

「走れ!」

後方から来る仲間の騎兵とほぼ同等の速度で、ジルコニアが軍団要塞内を自らの足で駆け抜ける。

先ほど人影から伝えられたように、所々に松明を手にした兵士が3人並んで立っていた。

彼らはジルコニアには一切敵対行動をせず、彼女たちを素通りさせる。

進路上に現れる敵兵を木っ端のように槍で薙ぎ払いながら、ジルコニアはマルケスの下へと全力で走った。

ものの数十秒で、行く手に4本の篝火が見えた。

騒ぎを聞きつけて集まってきた敵兵が十数人、こちらに向かってくるのが視界に入る。

同時に、カンカンと敵襲を知らせる警鐘が辺りに鳴り響いた。

「どけえええ!!」

慌てて立ちふさがる敵兵の集団に、ジルコニアが猛烈な勢いで肉薄して渾身の力で槍を振るう。

盾を構えていた敵兵が、盾を半ばから叩き壊されてそのまま数メートル吹き飛ばされた。

ぎょっとしてたじろぐ敵兵たちを仲間に任せ、ジルコニアが篝火の間を走り抜ける。

天幕の入口の脇に立っている警備兵が、驚いた顔でこちらを見ているのが視界に入った。

その時、天幕の入口が揺れて、鎧姿の長い金髪の少女が姿を見せた。

少女の背後に、寝間着姿の顔色の悪い老年の男が立っている姿を見つけた。

――いた!

以前、会戦の動画で見たマルケスで間違いない。

ジルコニアは槍を持ち直し、大きく振りかぶった。

「ふっ!」

思いきり投てきされた槍はうなりを上げて直進し、入口の傍にいた兵士の胸に直撃した。

槍は柄の中ほどまで貫通し、背後の天幕に突き刺さって兵士が磔にされる。

「ひっ!」

突然の惨劇に、少女が引きつった悲鳴を漏らす。

「アーシャ! 下が――」

「ぎゃっ!?」

マルケスが少女を引き戻そうと肩に手を伸ばした瞬間、少女はジルコニアに突き飛ばされて天幕内に吹き飛ばされた。

その先にあった棚に背中から倒れ込み、棚は衝撃で半壊する。

驚いて彼女に目を向けるマルケスの襟首を、一気に距離を詰めたジルコニアが鷲掴みにした。

「ずっと、会いたかったわ」

息がかかるほどに顔を寄せ、ジルコニアがマルケスに言う。

言い切ると同時に、ジルコニアは彼を力任せに地面に叩きつけた。

「がっ……ぐああっ!?」

背中を地面に叩きつけられた衝撃で呻くやいなや、マルケスの左肩に焼けるような激痛が走った。

マルケスの左肩には剣が突き立てられており、刃は半ばまで地面に突き刺さっていた。

左肩の骨を半分ほど切断しているようで、形容しがたい激痛がマルケスを襲う。

あまりの痛みに喉が張り付き、かすれた声がマルケスの喉から漏れた。

「本当に、会いたかった。なんて長い11年間だったのかしら」

マルケスに馬乗りになりながら、ジルコニアが感慨深げに言う。

天幕の外からは、大勢の怒声や悲鳴、剣戟の音が響き続けている。

「初めまして、マルケスさん。私、ネージュ村のジルコニアよ。貴方に11年前の借りを返しに来たわ」

「ジル……コニア?」

マルケスが自分を見下ろすジルコニアの顔を見て言う。

それで状況を把握し、さっと顔色を青ざめさせた。

「ねえ、どうして? どうして、あんなことをしたの?」

ジルコニアが小首を傾げて、マルケスに尋ねる。

「私の村の皆は、何かあなたを怒らせるようなことをしたかしら? どうして私の家族は、殺されなきゃいけなかったの? どうして妹は、あんなふうになぶり殺されなきゃいけなかったの? ねえ、どうして?」

それまでの憎悪に歪んだ表情から一転して、まるで少女のような顔付きでジルコニアが聞く。

マルケスは恐怖に染まった目でジルコニアを見ながら、口をぱくぱくと動かす。

「なあに? 聞こえないよ?」

「ち……ちが……う……」

マルケスが擦れた声を漏らす。

「わ、私は、虐殺の指示など出してはいない。連中が、勝手にやったことだ……」

マルケスの言葉に、ジルコニアが困ったように眉をひそめる。

「でも、あなたが襲うように指示したんでしょ? 今さら、下手な言い訳をしないでくれないかな?」

「違う! 違うんだ!」

マルケスが必死の形相で叫ぶ。

肩に突き刺さった剣の刃に骨が擦れ、あまりの痛みに意識が飛びそうになる。

だがそれでも、マルケスはジルコニアの目を見た。

「私が指示したのは、国境付近の村落に火を放つことだけだ! 皆殺しにしろなんて指示は出していない!」

「でも、みんな殺されちゃったよ?」

ジルコニアが困り顔のまま、マルケスに言う。

「お父さんもお母さんも妹も、村の人たちも全員殺されちゃった。男の人は降参しても斬り殺されて、女の人は犯されてから殺されて」

ジルコニアが、マルケスの肩に突き刺さっている剣の柄を握る。

まるで拷問をするかのように、ゆっくりゆっくりと彼の腕のほうへと剣を倒していく。

マルケスはジルコニアに乗られていて身動きが取れず、左肩の骨と肉がぶちぶちと音を立てて少しずつ切り裂かれた。

「ぎ、あああ!?」

「私なんて、家族の前で乱暴されたんだよ? しかも、犯されながら家族がなぶり殺しにされるのを見せつけられたの。妹なんて、逃げようとしただけなのに殴られて、首が変なふうに曲がって戻らなくなっちゃったし」

ジルコニアが剣の柄を離し、両手でマルケスの顔を鷲掴みにする。

「フィリアの首、どれくらい曲がってたかなぁ?」

ジルコニアが目を真ん丸に見開き、掴んだマルケスの頭をゆっくりと回していく。

マルケスは右手でジルコニアの左手首を掴んで引きはがそうとするが、万力のような力で掴んでいる彼女の手はびくともしない。

「あ、が……やめ……」

「げほっ、げほっ!」

あと少しでマルケスの首の骨が折れるというところで、倒れ込んでいた少女が立ち上がった。

少女が腰に下げていた剣の柄を握り、一気に引き抜く。

ジルコニアがマルケスの頭を掴んだまま、くるりとそちらに顔を向けた。

「おじい様を離しなさい!」

「アーシャ、よせ!」

震える両手で剣を構えるアーシャに、マルケスが叫ぶ。

「何? 邪魔するの?」

ジルコニアがマルケスの顔から手を離し、ゆっくりと立ち上がる。

マルケスの左肩に突き刺さっている剣を、一気に引き抜いた。

アーシャが、ひっ、と悲鳴を漏らして後ずさる。

「やめてくれ! アーシャ、逃げろ!」

「お、おじい様から離れなさい! 離れてっ!」

アーシャは恐怖で目に涙を浮かべながら、ジルコニアに叫ぶ。

その姿に、ジルコニアが顔をしかめた。

ちらりと、天幕内のベッドに目を向ける。

先ほどまでマルケスを看病していたのか、水の入った木桶とタオル、そして薬包のようなものが置かれていた。

「頼む! アーシャは見逃してやってくれ! たった1人の孫なんだ! 殺さないでくれ!」

マルケスはなんとか身を起こしながら、必死の形相でジルコニアに懇願する。

ジルコニアの表情が怒りと悲しみに歪み、その体がぶるぶると激しく震え出した。

「何よ……何よ何よ何よ! 見逃せって!? どうして!? 私の家族はあんなにも簡単に殺したくせに、自分の家族は見逃せって言うの!?」

ジルコニアが左手で頭を掻きむしり、絶叫する。

11年前に家族を守ろうと剣を手に敵に立ち向かった自分の姿と、目の前で剣を構えるアーシャの姿が重なり、とてつもない嫌悪感が湧き起こった。

「だったら、私の家族を返してよ! 全員生き返らせてみなさいよっ!」

「頼むっ! そなたの気が晴れるなら、私はどうなってもいい! アーシャだけは――」

「黙れえええっ!」

ジルコニアが絶叫し、剣を振りかぶる。

「お前の頼みなんか知ったことか! 地獄に落ちろ!」

「うああああ!」

祖父を救おうと、アーシャがジルコニアに斬りかかる。

アーシャが振り下ろした剣の刃を、ジルコニアは思いきり斬り払った。

ギンッ、という鋭い音とともに火花が散り、アーシャの剣が半ばから切断される。

「なっ――」

あり得ない光景にアーシャが目を見開いた直後、その横顔をジルコニアは左拳で殴り飛ばした。

その衝撃でアーシャはベッドまで吹き飛び、げほっと口から血を吐く。

「アーシャ!」

「死ね」

ジルコニアが剣を振り下ろし、マルケスの首を刎ねた。

彼の首から血しぶきが上がり、ベッドに倒れ込んでいるアーシャの顔に降りかかる。

ジルコニアはころころと転がるマルケスの頭に歩み寄り、髪を掴んで持ち上げた。

「お、おじい……さま……?」

アーシャが祖父の血を浴びながら、呆然とした声を漏らす。

ジルコニアはそんな彼女を一瞥もせず、マルケスの頭を掴んだまま歩いて天幕の外に出た。

「ジルコニア様……」

「……終わりましたか」

マルケスの頭と血濡れの剣を手にしたジルコニアが外に出ると、仲間の志願兵たちが天幕の前に集まっていた。

皆が、ジルコニアが持っているマルケスの首を見て、神妙な顔つきになっている。

誰一人、喜んでいる者はいない。

すでに剣戟の音はどこからも聞こえてこず、あちこちから悲鳴や叫び声が響いているだけだ。

集まってきた軍団要塞内の兵士たちはすべて志願兵たちに斬り殺されており、その他の者は逃げ出したり隠れたりしてしまっていた。

「……帰ろう」

焦点の定まらない目で、ジルコニアがぽつりと言う。

皆が頷き、仲間の1人がジルコニアからマルケスの頭を受け取った。

ジルコニアは力ない足取りで、とぼとぼと歩き出す。

「ジルコニア様、急ぎましょう。そろそろ敵の増援が――」

「ジルコニアアアッ!」

背後から響く声に、ジルコニア以外の皆が振り向く。

折れた剣を手にし、マルケスの血で全身を真っ赤に染めたアーシャが、涙を流しながらジルコニアに憎悪の形相を向けていた。

「よくもおじい様を! 殺してやるわ! いつか必ず、お前をこの手で殺してやる!」

アーシャが憎しみに染まった声を、ジルコニアの背中に投げかける。

ジルコニアの足が、ぴたりと止まった。

「……そっか。そうだよね」

ジルコニアはそうつぶやくと、振り向きざまに手にしていた剣を投てきした。

ドスッ、と鈍い音を立てて、アーシャの腹に深々と剣が突き刺さる。

「あ……え?」

腹から生えた剣の柄に目を向け、アーシャが気の抜けた声を漏らす。

そして、ごぽりと血の塊を吐き、その場に崩れ落ちた。

「おじ……いさま……」

アーシャが擦れた声で敬愛する祖父を呼ぶ。

そしてすぐに、ピクリとも動かなくなった。

「……帰ろう」

ジルコニアが地面に目を落とし、力なく言う。

志願兵たちは顔を見合わせると、彼女を連れて軍団要塞を脱出するべく走り出した。