作品タイトル不明
252話:逆賊
数日後。
一良はバレッタと一緒に、防御塔の階段を上っていた。
「コルツ君、見つかりませんでしたね……」
バレッタが暗い顔で言う。
あれから、砦内を皆でくまなく探したのだが、結局コルツを見つけることはできなかった。
やはり砦にはいないだろうという結論に達し、今はイステリアにいる者たちに指示し、街周辺の森や川を捜索している状況だ。
「ですね。どこに行っちゃったんだか……」
「ユマさんのことも心配です。ほとんど食事も食べられないみたいですし」
「そうですね……毎日泣いてるらしいし、早く見つかればいいんだけど……」
「ミュラちゃんも酷い状態みたいですよ。全然口を利かなくなっちゃって、げっそりしちゃってるって話です」
バレッタが無線で聞いた話を一良にする。
ミュラも大人たちに交じって、コルツを探して森へと毎日出向いているのだが、毎日泣きそうな顔で家に帰って来ては、ずっと落ち込んだ様子でいるらしい。
父親のロズルーが偵察任務で不在であり、母のターナと2人きりというのも心細さに拍車をかけているのだろう。
森へ行くたび、1人で森の奥へと走って行ってしまいそうになるので、ターナは目が離せず気が気ではないとのことだ。
「コルツ君とミュラちゃん、仲がいいですもんね。心配なんだろうな」
「はい……コルツ君、どこに行っちゃったんでしょうね」
そんな話をしながら、2人は防御塔へと上がった。
一良が双眼鏡を目に当て、彼方に見えるバルベール陣営を眺める。
数キロ先に、あちこちから集結してきたバルベールの大軍勢が野戦陣地を築いているのが見て取れた。
「むう、すごい人数だな」
双眼鏡のレンズ越しに蠢く銀色の鎧を纏った兵士たちを見つめ、一良が言う。
「ここ数日で一気に集まってきましたね。でも、ずいぶんと遠いです」
バレッタが一良から双眼鏡を受け取り、敵軍を眺める。
バルベール軍は昨日姿を現し、周辺の木々を伐採してかなりの速度で陣地構築を行っていた。
非常に手馴れている様子で、1日しか経っていないにも関わらず、先端を尖らせた丸太を用いた防護壁が広範囲で出来上がっている。
「近くでトレビュシェット(遠投投石機)を組み立てるつもりはないみたいだけど、どうやって攻めてくるんだろ」
「うーん……攻めてくる時になってから、部分的に組み上げたものを運んでくるつもりかもしれないですね。もしくは、私たちが使っているカタパルトみたいなものが存在するとか」
「その可能性もありますね。まあ、その時はカノン砲で狙い撃ちできますけど」
「そこ! 第2列の左から3番目、盾を構えるのが遅い!」
2人がそんな話をしていると、背後からジルコニアの怒声が響いた。
一良とバレッタが砦内を振り返る。
大勢の兵士や市民兵が木剣や模擬槍を手に訓練しているなか、仁王立ちしたジルコニアが1つの部隊に鬼の形相を向けていた。
怒鳴りつけられたのは、敵の投げ槍を想定しての防御訓練をしている者たちだ。
「貴様が守っているのは仲間の命だ! 一時たりとも気を抜くんじゃない!」
怒鳴れられた兵士がびくっと肩をすくめ、大声で返事をする。
再び部隊指揮官が同じ命令を下し、兵士たちは一斉に盾を掲げて盾の壁を作った。
隣に立つリーゼは宥めようとしているのか、何かジルコニアに話しかけているのが見て取れる。
「……ジルコニア様、荒れてますね」
兵士たちを怒鳴っているジルコニアを、バレッタが心配そうな目で見やる。
先日の会議での一件の後、ジルコニアはずっとこんな調子だった。
一良やナルソンが話しかけても気のない返事ばかりで、いつも暗い表情をしている。
そして兵士たちの訓練を視察しては、過剰とも言えるほどの厳しさを見せていた。
「ですね……家族の仇を見つけられるかどうかの瀬戸際っていうのは分かるんですけど、あそこまでピリピリされてしまうと……」
「困りましたね……敵の使者、いつになったら来るんでしょうか」
バレッタが再びバルベールの野戦陣地へと目を向ける。
カイレンからは、あれから何の音沙汰もない。
ずっと焦らされているような状態で、ジルコニアは苛立っているのだろう。
「早く来てもらいたいものですね。このままじゃ、戦いの前に兵士たちが参っちゃいますよ」
『カズラ様、ニィナです。どうぞ』
その時、一良の腰に付けている無線機からニィナの声が響いた。
一良が無線機を取り、宿舎の屋上に目を向ける。
ニィナがこちらに大きく手を振っていた。
「カズラです。どうしました? どうぞ」
『グリセア村のシルベストリア様から無線連絡が入りました。予想外の出来事があったとのことで。すぐにこちらに来ていただけますか?』
ニィナの台詞に一良とバレッタは顔を見合わせ、宿舎へ向かうべく防御塔を下りるのだった。
「皆、殺されてしまったわ! お願いよ、助けて!!」
その頃、グリセア村では、酷く憔悴した様子の貴婦人が、イステリアからやって来た守備隊長に縋り付いていた。
彼女はダイアスの妻だ。
服は乾いてどす黒く変色した血で汚れ、何日も風呂に入っていないのか、髪はベトベトで垢まみれの酷い有様だ。
頬はこけており、かなりやつれている。
「フィオナ様、落ち着いてください。何があったのか、1つずつ説明してください」
「だから、さっきから言ってるじゃない! 皆殺されて、私だけ捕らえられてここに連れてこられたのよ!!」
困惑顔の守備隊長に、フィオナが必死の形相で訴える。
「ニーベルが、夫も護衛兵長も、皆殺してしまったわ! すぐにここにもやって来る! 早く逃げないと!」
「フィオナ様は、ニーベルたちから逃げ出して来たのですか?」
「違う! 少し前に放り出されたのよ!!」
喚き散らすフィオナを守備隊長や兵士たちが囲んでいる様子を、シルベストリアは少し離れた場所で無線機を手に眺めていた。
「セレット、どういうことだと思う?」
シルベストリアが、隣に立つセレットに話しかける。
「分かりません。フィオナ様が仰っていることは、ロズルーさんが言っていたとおりのようですが」
数時間前、ロズルーからシルベストリアに、「反乱軍から少し先行して進んでいた馬車から女が1人降ろされ、村に向かっている」という無線連絡があった。
彼女が釘罠地帯に突っ込みそうだったので迎えを出し、そのまま収容したというわけだ。
かなり離れたところから、その様子を確認している反乱軍の斥候がいたことも把握している。
半日前にも反乱軍の斥候が村に接近したのを確認していたが、守備隊はあえて気付かないふりをしていた。
ちなみに、釘罠を撒いた場所は作成した地図に印がつけてあり、後で回収できるようにしてある。
『こちらカズラ、聞こえますか? どうぞ』
シルベストリアとセレットが話していると、無線機から一良の声が響いた。
シルベストリアが無線機を口元に寄せる。
「こちらシルベストリア。よく聞こえます。突然お呼びしてしまってすみません。先ほど――」
シルベストリアが現在の状況を一良に説明する。
「どういう意図か分かりませんが、ニーベルがフィオナ様をわざと逃がしたようでして。どうぞ」
『ふむ……夫人を処刑せずに、わざと逃がしたんですか』
一良が言い、少しの沈黙が流れる。
『……シルベストリアさん、フィオナさんは村の中に隠してください。絶対に、反乱軍の目につかないようにするんです。どうぞ』
一良に指示に、シルベストリアとセレットは意図を察せずに小首を傾げる。
「かしこまりました。理由をお伺いしてもよろしいでしょうか? どうぞ」
『おそらく、彼らはフィオナさんをわざとこの村に逃がして、我々がダイアスさんと手を組んでいることの理由付けにしようとしているのかと思うんです』
「理由付け……ああ、なるほど。そういうことか」
セレットが納得した様子で頷く。
ダイアスの妻であるフィオナがイステール領軍に保護されているとなれば、イステール領がダイアス同様、アルカディアを裏切ってバルベールと手を組んでいるという証拠を示すことになるからだ。
シルベストリアは顔をしかめながら、話の続きを待つ。
『きっと、まもなく反乱軍の斥候か何かが村に駆け込んでくるはずです。急いでフィオナさんを隠してください。どうぞ』
「承知しま――」
「騎兵の集団が来ます!」
シルベストリアが返事をしかけた時、村の入り口で見張りをしている兵士が叫んだ。
騎兵が数十騎、かなりの速度で村に迫っているのが見て取れる。
偵察をしているロズルーから連絡があってもいいはずなのだが、シルベストリアが一良に送信していて繋がらなかったのだろう。
「罠地帯に入れさせるな! 止まらせろ!」
守備隊長が指示を出し、兵士の1人が騎兵たちへと向かって走り出す。
説得する前に罠を踏まれては敵対行為と同等になり、説得どころか裏切り者としての信ぴょう性を与えることになってしまう。
「隊長! フィオナ様を建物の中へ! 敵に見られてはいけません!」
シルベストリアが守備隊長に叫ぶ。
守備隊長はその一言で瞬時に状況を理解し、兵士たちにフィオナを村の家へと隠れさせた。
「止まれ! 所属部隊名を名乗れ!」
兵士が罠の間を走り抜けながら、大手を振って騎兵に呼びかける。
騎兵――モルス――は兵士の面前で急停止すると、彼に鋭い目を向けた。
「我等はグレゴルン領第1軍団だ! 貴様ら、どうしてこんな場所に大部隊を駐屯させているんだ!?」
「あの男は……」
怒りのこもった口調で叫ぶ男に、シルベストリアが、ぎり、と歯を噛み締める。
「知っている男ですか?」
セレットがシルベストリアに問いかける。
「前に話した、この村に立ち寄ったグレゴルン領からの援軍部隊の隊長だよ」
「ああ、何日か泊っていったっていう部隊ですか」
「うん。やっぱり、あいつ、この前のは村の下見をしてたのか」
シルベストリアとセレットが話している間にも、モルスは厳しい口調で兵士を問い詰める。
「バルベールとの国境では、今にも決戦が始まろうとしているはずだ! それにもかかわらず、なぜこんな場所にこれほどの軍勢を置いている!?」
下手なことを言うわけにもいかず、兵士が守備隊長を振り返る。
守備隊長は舌打ちをすると、護衛の兵士たちを数十人伴ってモルスたちの下へと走った。
守備隊長がモルスの数メートル手前で立ち止まる。
「お前たちこそ、持ち場はグレゴルン領の国境だろう! イステール領に何をしに来た!?」
「何をしにだと? しらばっくれおって。貴様らがバルベールと手を結んで、奴らを国内に誘い入れようとしてることは分かっているのだぞ!」
モルスが傍の兵士を見やる。
兵士は袋からダイアスの腐った生首を取り出し、守備隊長に見せつけるように掲げてみせた。
「ダイアスがすべて白状したわ! 即刻武装解除をし、我らに投降しろ!」
「それは違う! すべて、お前たちを扇動しているニーベルという男が仕組んだものだ!」
怒鳴り散らすモルスに、守備隊長が負けじと怒鳴り返す。
「砦では王都軍とフライス領軍が、今も我らとともにバルベール軍と睨み合いを続けている! ダイアス様がバルベールと通じていたなどという事実もなければ、イステール家が反旗を翻したなどという話も事実無根だ! 貴様らは騙されているのだ!」
守備隊長が一息に捲し立てると、モルスはわずかに眉を動かした。
わずかにだが、驚いた雰囲気が見て取れる。
「ふん。騙されているだと? ならば、ダイアスの妻を匿った理由を教えてもらおうか」
「知らん! ここには貴様ら以外、誰も来ていない!」
モルスが侮蔑の眼差しを守備隊長に向ける。
「よくもぬけぬけと……それに、この村に駐屯させている軍勢だ。しっかり要塞化までしてあるし、我らグレゴルン領やフライス領が進軍するのを妨害するために、軍勢を集めていたのだろうが!」
モルスが表情を怒りに歪め、叫ぶように言う。
「さあ、答えてみよ! この火急の時に、なぜここにこれほどの軍勢をこんな場所に集めている!? どう考えても不自然ではないか! 納得のいく説明をしてもらおう!」
モルスの背後に控える兵士たちが、同意するように声を上げる。
確かに、彼らからしてみれば、これほど早期に完全武装の兵士たちが村に詰めているのはおかしな話だ。
反乱が起こって即日情報がナルソンたちに伝わらなければありえない事態であり、普通に考えてそんなことは起こりえない。
モルスの言い分には、背後に控える兵士たちを納得させるだけの説得力がある。
村を守ろうと兵士を集めた結果、イステール家の裏切りという雑言に信ぴょう性を与えてしまっているのだ。
「……シルベストリア様、これはまずいですよ」
村の入り口でその様子を見ていたセレットが、隣のシルベストリアに言う。
「うん。まずいね。もう、力業で行くしかない」
シルベストリアはそう言うと、無線機を手に取ってセレットをちらりと見る。
セレットは頷き、携帯用アンテナを砦の方角へと向けた。