作品タイトル不明
251話:捕捉済み
数日後の夕方。
グレゴリアを出立した反乱軍は、イステール領との 領境(りょうざかい) 付近に到達していた。
途中、立ち寄った村や街では強制的に食料などの物資を接収し、さらには住人を煽り立てて軍に同行させ、その数をさらに増していた。
「イステール領討伐に加わらない者は非国民だ!」と同行している領民たちが目を血走らせて煽り立てるせいで、住人たちは軍に従わざるを得なかった。
行軍の足は可能な限り速めており、ほぼ全員が徒歩にもかかわらず、その移動速度はかなりのものだ。
軍の周囲には督戦隊として正規兵を配備し、脱走者が出ないようにと目を光らせていた。
おかげで、同行している領民たちはバテバテだ。
「よし、ここら辺でいいだろう。軍を停止させろ」
「かしこまりました。おい! 馬車を止めろ!」
ニーベルの指示で、一緒に乗っていたモルスが御者に馬車を止めさせる。
彼はすぐに馬車を降り、全軍停止の指示を出した。
ニーベルも客室馬車を降り、御者台に上がる。
さらにそこから、御者に手伝わせて客室の上によじ登った。
「聞け! 善良なる領民たちよ!」
ニーベルが大仰なそぶりで、背後に控える兵士や領民たちに大声で叫ぶ。
皆が疲労の色濃い顔を彼に向ける。
「ここより先は、裏切り者であるイステール領の領内だ! 領民の諸君には、それぞれ数名の兵士を指揮官としてあてがう! 諸君らはイステール領の各村や街へと向かい、それらをイステール家の悪事から解放してもらいたい!」
ニーベルの呼びかけに、領民たちからぽつぽつと元気のない声が上がる。
「行き着いた先々の村や街にある物資は、強制的にすべて徴発しろ! 賊軍に与する者たちから物資を接収すれば、奴らの弱体化にもつながるからだ!」
ニーベルが語りかけるが、連日の無理な行軍のせいで皆が疲れ切っており、あまり元気な返事は帰ってこない。
そんな彼らの様子も気にせずに、ニーベルは拳を振り上げ、力強く訴えかける。
「諸君らが徴発したものは、すべて諸君らのものだ! 私や軍に徴発物を差し出すような真似はしなくてよろしい! 行く先々で手に入れたものは、すべてが諸君らの所有物である!」
ニーベルの言葉に、領民たちからどよめきが起こった。
「これは大義のための闘いである! 歯向かうものには容赦はするな! 我等に逆らう輩は、すべて敵とみなせ! そのような者たちは、すべて賊軍である! 我等はアルカディア王国のために正義を執行するのだ!」
領民たちの大半から、先ほどとは比べ物にならないほどの歓声が上がった。
相手は賊軍だから、すべてを好き勝手に奪っていいと言われたのだ。
貧しさに身を置いていた者たちにとっては、またとない好機である。
領民たちとは違い、兵士たちの多くは、あまりにも過激な指示に困惑した顔をしていた。
しかし、この熱狂の中で異を唱えられるはずもない。
「私は諸君らを搾取し続けていたダイアスとは違う! イステール家を征伐した折には、彼らがしこたま貯め込んでいたいた財を諸君らに等しく分配すると約束しよう! 諸君らはもう、貧困にあえぐ必要はない! 諸君らには、富に満ち溢れた輝かしい未来が待っているぞ!」
大歓声を上げる領民たちに、ニーベルが満足げに頷く。
「王都軍やフライス領軍に扮した輩が、諸君らをたぶらかそうとするかもしれん! だが、けしてそのような甘言に惑わされてはならん! 私の指示どおり、各村や街を制圧し、物資を徴発することだけを考えるのだ!」
ニーベルが、傍に控える兵士たちに目配せする。
兵士は頷くと、作戦開始合図のラッパを吹いた。
点々と配備された兵士たちの下に、領民たちがぞろぞろと集まっていく。
あまりにも人数が多いため、誰がどこの部隊に所属するといったことは細かく決められていない。
各々が、手近にいる兵士のもとに好き勝手に集まり、付近の村や街を目指して進んでいくのみだ。
ニーベルたちは領民を従えず、兵士たちのみを連れてイステリアを目指すことになっていた。
「これでいいだろう。私たちも、急いでイステリアに向かうとしようか」
ニーベルは満足げに頷くと屋根から降りた。
「大声を出したら喉が渇いたな」
「はっ! おい、水だ!」
ニーベルが言うと、モルスが傍にいた少女に顔を向けた。
15、16歳ほどの、肩にかかるほどの長さの輝く金髪と、ほっそりとした体つき、そして何よりも、非常に整った容姿が目を引く美しい少女である。
少女がすぐさま、水の入った革袋をモルスに差し出す。
「ああ、私に直接寄こせ。ほれ、こっちにこい」
「はい!」
少女は嬉しそうに微笑むと、小走りでニーベルの下へと駆け寄った。
その様子に、ニーベルは満足そうに頷く。
「よしよし、いい娘だ。少しばかり、馬車で話でもしようじゃないか。さあ、乗りたまえ」
ニーベルが粘つくような笑みを浮かべ、少女に言う。
すると少女は、にこりと可愛らしく微笑んだ。
彼女は、以前ニーベルがダイアスに貢物として差し出した、借金の形に身請けをした少女だ。
身請けをするに先立って両親はニーベルの手によって暗殺されており、今は天涯孤独の身である。
ダイアスを捕らえた折、彼女の姿を見つけたニーベルは、美しく成長したその姿に目を留め、再び手元に置くことにしたのだ。
彼女はまったく反抗するそぶりすら見せず、むしろ進んでニーベルに付き従う様子を見せていた。
「可愛いやつだ。ダイアスなんぞに、くれてやるんじゃなかったな」
「ありがとうございます。これからは誠心誠意、ニーベル様に仕えさせていただきます」
「ふふ、物分かりがいいのは良いことだ。ほれ、手を貸してやろう」
少女の手を取り、ニーベルが客室に乗り込む。
「そうだ、あの女はどうしている?」
客室の扉に手をかけたニーベルが、思い出したようにモルスに小声で言う。
「街を発ってからずっと、そこの馬車に閉じ込めておりますが」
モルスが、すぐ後ろにある荷馬車に目を向ける。
「そうではない。様子を聞いているのだ。さぞかし、怯えているだろう?」
「何日も前に私も見たきりですが、まあ、そうでしょうな。ダイアスの生首を馬車の中に放り込んでやりましたし、次は自分の番だと、気が気ではないでしょう」
「くくっ、あの時の表情は傑作だったな。あの女の、あそこまで怯えた表情を見れるとは」
ニーベルが堪えきれず、声をかみ殺すようにして笑う。
彼らが言っているのは、ダイアスの妻のことだ。
ダイアスを捕らえた際に、一緒に彼の妻も捕らえたのだが、ニーベルは彼女を処刑台には上げなかった。
もちろんそれは、彼女に利用価値があるからだ。
「まったく。私の顔を見るたび、まるで汚いものでも見るような目を向けおって。本来ならば、すぐさま目玉をくり抜いてやりたいところだが……」
ニーベルはそう言うと、悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「まあ、もう少しの辛抱だ。といっても、その時まで生きていればの話だがな。くくっ、楽しくて堪らんわ。なあ、モルス?」
「はい。まったくもって、おっしゃるとおりです」
「うむ。では、私は暫く、休養を取るとしよう。お前は別の馬車に乗ってくれ」
「かしこまりました」
ニーベルが少女とともに客室に入り、扉を閉める。
モルスはそれを見届けると、やれやれとため息をついて別の馬車へと向かって行った。
一方その頃。
ロズルーとグリセア村の若者5人は、草むらから反乱軍の様子を窺っていた。
距離は2キロ程離れているが、大所帯の反乱軍の様子はここからでもよく見える。
「連中、ずいぶんと速足だな。あれだけの数なのに、行軍速度がまったく落ちないぞ」
ギリースーツに身を包んだロズルーが顔をしかめる。
ロズルーたちは数日前に反乱軍を発見して以来、距離を保ちながら彼らを見張り続けていた。
無線機で逐一一良たちに報告を入れており、情報は共有済みだ。
「ですね。予想より、ずいぶんと早い」
「それに、すごい数だ。何万っていそうですよ」
ロズルーの隣に立つ若者たちが、困惑した様子で言う。
反乱軍は多くても1個軍団程度だとナルソンは予想していたのだが、実際はとんでもない大軍団だ。
「だな。でも、ほとんどは一般市民だし、皆、ろくな装備をしていない。いったい何をする気なんだか……しかも、皆えらく嬉しそうな顔をしてるし」
「ロズルーさん、この距離からでも表情が分かるんですか?」
別の若者が、驚いた顔をロズルーに向ける。
「ん? お前らも見えるだろ? よく見てみろよ」
ほら、とロズルーが顎をしゃくってみせる。
「いや、見えませんよ。どんな目をしてるんですか……」
「ロズルーさん、やっぱりちょっとおかしいですよ。本当に人間なんですか?」
困ったように言う若者たちに、ロズルーも困り顔になる。
「弱ったな。そんなに目が悪いんじゃ、この先が思いやられるぞ。夜中だって見張らないといけないんだし」
「無茶言わないでくださいよ……ロズルーさんだって、さすがに真夜中じゃきつくないですか?」
「少し見えにくくはなるけど、夜中でもこの程度の距離なら服装くらいは分かるよ。この半分の距離まで近づけは、真っ暗闇でも表情まで分かる」
「やっぱ人間じゃねえよ……」
「体の作りが違いすぎる……」
「お前らの鍛え方が足りないだけだって。秋になったら、俺と一緒に狩りに行こう。鍛えれば、夜の森でもアルマル(真っ黒なウサギのような獣)を見つけられるくらいにはなるから」
「いや、その目の良さは、さすがに鍛えてもどうにもならない気がするんですけど」
ロズルーたちがそんな話をしていると、反乱軍が方々に散り始めた。
「ん? 動き出したけど、なんであちこちに散らばって……」
ロズルーが顔をしかめる。
「あの方向は……おいおい、あいつら、近くの村とか街に向かってるみたいだぞ。そこらじゅうを襲って回る気か」
ロズルーが言うと、若者たちが「おお」と声を上げた。
「てことは、連中の進路の傍にある村とか街の住民をイステリアに避難させたナルソン様の指示は正解だったってことですか」
「だな。だけど、あの動きは進路上の村落だけを狙ってるわけじゃなさそうだ」
ロズルーが無線機を取り出す。
若者の1人がすぐさま携帯用アンテナを砦の方へと向けた。
ロズルーは無線機の電源を入れようとして、いったん手を止めて他の若者たちに顔を向けた。
「お前ら、この近辺で人が住んでる場所は分かるか?」
「いや、分からないですよ。地図でもあれば別ですけど」
「だよな。皆、方位磁石は持ってるよな?」
若者たちが頷き、ポケットから方位磁石を取り出す。
一良が大量に買ってきた子供用のお菓子付き玩具だ。
一良の指示で、彼の部屋のダンボール箱から持ってきていた。
フタを開けると中にチョコレートの粒がたくさん入っているもので、フタに方位磁石が付いているものだ。
「よし。今からカズラ様に、退避指示が出ていない村や街の場所を全部聞くから、お前らは手分けして、住民にイステリアに避難するように伝えて回ってくれ。絶対に反乱軍の連中に見つかるんじゃないぞ」
「い、いきなり単独行動ですか?」
若者の1人が不安そうに言う。
「仕方がないだろ。俺だけじゃどうにもならないんだから。ちょっと早いけど、独り立ちしてもらわないと」
ロズルーはそう言うと、無線機の電源を入れるのだった。