作品タイトル不明
249話:帰ってきたシア姉さん
次の日の午後。
前日に砦を出立したシルベストリアは、一昼夜ラタを走らせてグリセア村へと到着した。
跳ね橋を渡り、村の中に入ると、セレットをはじめとした守備隊の兵士たちが集まってきた。
村の外に置かれていた守備隊の天幕はすべて撤収されており、村の広場に移転されている。
「皆、ひさしぶり!」
シルベストリアがラタから飛び降り、皆に笑顔を向ける。
「シルベストリア様、お待ちしておりました。早かったですね」
セレットがにこっと微笑む。
「うん。昨日からほとんど休まないで、ラタを走らせて来たからね」
「えっ! たった1日で、砦からここまで来たんですか?」
「そうだよ。あ、他の皆は作業に戻ってね。私はセレットと少し話してくるから」
シルベストリアは兵士たちに言うと、ラタを連れてセレットとその場を離れた。
「グレイシオール様の食べ物のおかげですか?」
「そそ。この食べ物があれば、いくらでも動き続けられるね。ラタ用の餌も貰ったから、こいつも元気いっぱいだよ」
シルベストリアがラタを撫でる。
ラタはとても元気そうだが、目をシパシパとせわしなく 瞬(まばた) きさせていた。
ずいぶんと眠そうだ。
「セレットも食べてみる? すっごく美味しいよ」
シルベストリアがラタに括り付けたズダ袋からエネルギーバーを取り出し、セレットに手渡す。
セレットはそれを受け取り、まじまじと見つめた。
「ありがとうございます。すごく綺麗な包装ですね……缶詰といい、こんなものが存在するなんて、本当に驚きました」
セレットや守備隊兵士たちには村に備蓄している食料を食べるようにと指示が出ている。
グレイシオールがアルカディアに支援しているという話も、ナルソンの指示で皆に伝えられていた。
ただし、食べ物の効能についてはセレットにのみ伝えられている。
「グレイシオール様が降臨したという噂は、本当だったのですね」
「うん。アルカディアのために、いろいろ支援してくれてるよ。食べ物とか兵器とか」
「スコーピオンやクロスボウといった兵器もそうなのですか?」
「そうだよ。だから、この国は絶対に大丈夫! なんていったって、神様が味方についてるんだから!」
シルベストリアが笑顔で言い切る。
その様子に、セレットも微笑んだ。
「ですね。シルベストリア様は、グレイシオール様にお会いしたことがあるのですか?」
「ん? えっと……私もナルソン様から話を聞いただけなの」
シルベストリアが答えると、セレットは納得した様子で頷いた。
「そうなのですね……もしお会いできる機会があるのなら、直接お礼を言いたくて。私たちのために、これほどまでに支援をしていただけるなんて、いくら感謝しても足りないくらいです」
「そうだね。まあ、その気持ちが大切だよ。神様なんだし、きっと伝わってるって」
「はい。お会いできるのは、ナルソン様のような立場のかただけなのでしょうね。村の人たちも、お会いしたことはないそうですし」
「うん。誰の前にでも姿を現すってわけじゃないんだろうね。神様って、きっとそういうものなんだよ」
シルベストリアがそう言った時、村の入り口から数人の男たちが入ってきた。
ロズルーと、イステリアにいたグリセア村の若者が5人だ。
ロズルーは大きなズダ袋を3つも肩に下げていて、若者も3人はそれぞれ1つずつズダ袋を手にしている。
残りの若者は手ぶらだ。
「はあっ、はあっ……や、やっと着いた」
「し、死ぬ……もう無理だ……」
若者たちがその場にへたり込み、ぜいぜいと息を荒げる。
ロズルーはそれを見て、困ったように頭を掻いた。
「おいおい……こんなので音を上げるなんて、いくらなんでも貧弱すぎるだろ」
「ええ……ロズルーさんがおかしいんですよ。全速力で何刻も走りっぱなしなんて、無茶に決まってるじゃないですか」
「そうですよ。休憩だって、たった2回しか取らせてくれなかったし」
「だ、誰か水をくれ。俺の水筒、もう1滴も残ってないんだ」
バテバテな若者たちに比べて、ロズルーは元気そのものだ。
少し乱れていた呼吸もすでに整っており、呆れ顔で若者たちを見ている。
「あの程度、全速力のうちに入らないぞ。普段から弛んだ生活をしてるから、そんなひ弱になるんだよ」
「いやいや、弛んでなんていないですって! 毎日、兵士さんたちと訓練してましたし!」
「筋トレだって、ちゃんとやってましたよ。ロズルーさんが異常なんですよ」
「そんなことないって。バレッタさんだって、イステリアから村までなら1回も休まずに走り切れるぞ。お前らがひ弱すぎるんだよ」
「そ、そんなバカな」
「バレッタちゃん、俺らより体力あるのかよ……」
若者たちが愕然とした顔になる。
「お前らとは気合が違うんだよ。バレッタさん、毎日家事を全部こなしながら、手が血だらけになるくらいに剣とか槍の練習をして、走り込みとか腕立ての筋トレまでサボらずにやってたんだぞ。そのうえ、夜中までずっと勉強もしてたみたいだし」
「「「ええ……」」」
ロズルーは若者たちの様子に苦笑すると、シルベストリアへと歩み寄った。
「シルベストリア様、おひさしぶりです」
「ひさしぶり。カズラ様から聞いたけど、ロズルーさん、偵察に出てくれるんだよね?」
「はい。反乱軍を見つけたら、すぐに無線で報告しますので」
「うん、お願い。それで、そっちの人たちは?」
シルベストリアが、地面にへたり込んでいる若者たちに目を向ける。
「弟子にしてくれって言うので、連れてきたんですよ」
「弟子? 一緒に偵察に連れて行くってこと?」
「はい。また今回みたいなことがあると、私だけでは手が足りなくなると思うので、カズラ様に許可をいただいて連れてきました」
「そっか。でも、なんかバテバテだね。大丈夫かな?」
シルベストリアが若者たちに心配そうな目を向ける。
皆、いまだにぜいぜいと息を荒げている。
「私も、まさかあいつらがここまで貧弱だとは思ってなくて……鍛え直してやらないといけないですね」
「あはは。そうだね。みっちり、しごいてやってよ」
「はい、もちろんです」
ロズルーが若者たちに顔を向ける。
「ほら、いつまでへたり込んでるんだよ。さっさと飯食って、偵察に行くぞ。数日は戻ってこれないからな」
「えっ!? 飯食ってすぐですか!?」
「そりゃそうだろ。反乱軍がいつくるかも分からないんだから、もたもたしてられないよ」
ロズルーがズダ袋を開き、ギリースーツを出す。
青々とした草を模したものと、少し枯草が混ざっているようなものの2種類だ。
イステリアにも、同じものがまだ数着残っている。
「食事を済ませたら、こっちの青草のほうを着ろ。一応、枯草混じりのほうも持っていくから、ズダ袋に詰めておくんだぞ」
見るからに暑苦しそうなギリースーツを見て、若者たちが心底嫌そうな顔をする。
「何だよ、その顔は……えっと、あなたがセレット様ですよね?」
「はい。初めまして。よろしくお願いします」
セレットがロズルーに笑顔を向ける。
「よろしくお願いいたします。早速ですが、食事の用意はできていますか?」
「はい。そこの家のかたに用意してもらってあります。持っていく食料もその家に置いてありますよ。缶詰と水だけでいいんですよね?」
「ええ、それで十分です。では、失礼します」
ロズルーは若者たちを無理やり立たせ、家へと歩いて行った。
「さてと、私たちも準備しないとだ」
シルベストリアがセレットに向き直る。
「イステリアからの増援は、すぐに来るんだよね?」
「はい。今日中に到着すると聞いています」
「今日中か。なら、たぶん夜かな。村を囲ってる空堀を水で満たすから、何人か集めて。水路から直接引き込むように」
「かしこまりました」
「あと、これを大量に作るように兵士たちに指示を出しておいて」
シルベストリアが荷物から小さな板切れを取り出した。
板には細い釘がいくつも打ち込まれており、先端が長く飛び出している。
「これは?」
「釘罠。これを村の周囲にばら撒いて、砂を被せておくの」
「なるほど。踏みつけたら、分厚いブーツでも貫通しそうですね」
「うん。バルベール軍が使ってきたらしいんだけど、かなり厄介な代物みたい。作るのも簡単だから、反乱軍が来るまでに作れるだけ作って埋めまくるよ。イステリアからの援軍にも、釘を持ってくるように伝えてあるから」
「これを踏んで動きが鈍っているところに、クロスボウとスコーピオンで矢を浴びせるわけですね」
「最悪、そうなるね。できれば味方となんて戦いたくないけど、いざとなったらやらなきゃいけないから……これで、思いとどまってくれればいいんだけど」
そう言って、シルベストリアが袋から白い物体を取り出した。
「それは?」
「『拡声器』っていうんだって。ええと、このボタンを押して……」
シルベストリアが拡声器の電源ボタンを押す。
ごそごそと手元をいじる大きな音が、拡声器から漏れ出した。
「わわっ!? なんですか!?」
「声を大きくしてくれる道具なんだってさ。もし反乱軍が来たら、これで呼びかけて静止するようにって言われたの。グレイシオール様のことも話して、説得するようにって」
シルベストリアが「あー、あー」と拡声器に向かって言う。
増幅された声が村中に広がり、なんだなんだと家々から村人たちが出てきた。
シルベストリアの姿に気づいた子供たちが、わっと駆け寄ってくる。
「それじゃ、守備隊の皆に作業指示出しておいて」
「か、かしこまりました」
「よろしくね! みんなー! ひさしぶりー!」
シルベストリアは拡声器を手にしたまま、子供たちへと駆け寄って行った。
その日の夜。
グレゴルン領を大きく迂回してバイクを走らせたルグロたちは、焚火を囲んで野営をしていた。
すでに王家の領地に入っており、グレゴルン領へと向かう王都軍を捕捉できてもいい頃合いだ。
「かーっ、美味い! この缶詰も最高だな!」
ルグロが串焼きにしたランチョンミートにかぶりつき、頬を緩める。
ランチョンミートとは、ソーセージの材料のことだ。
今食べているランチョンミートは、四角い缶に入れられたアメリカ産の缶詰だ。
少々脂っこくて塩気が強いが、長時間の運転で大汗を掻いたルグロにはちょうどいい味だった。
「ですね……このようなものが、何年も腐らずに保存できるとは」
ルグロの隣で肉を頬張る近衛兵が、その美味しさに唸る。
軍の携行食として持たされる干し肉とは、味も満足度も雲泥の差だ。
「こっちのコーンっていう豆も美味えぞ! ほら、お前も食ってみろ!」
ルグロがコーンの缶詰を一口頬張り、スプーンごと近衛兵に渡す。
スプーンの使いまわしなど、ルグロは気にしない派だ。
「ありがとうございます。……むむ! これも美味しいですね!」
「だろ? 汁気があってさっぱりしてるし、ほのかに甘いし。昨日食ったラザニアっていう缶詰も美味かったし、どれ食っても美味いよな!」
ルグロが出立するにあたって、バレッタは食事に飽きがこないようにと、毎食違うものを食べられるように種類分けして荷物に詰めた。
桃缶、みかん缶、パエリヤ、シチュー、赤飯などバリエーション豊富なラインナップで、数日分、全食種類が被らないようになっている。
おかげで、食事のたびに一同はウキウキ状態だった。
「まさかこんな野営で、これほど美味いものが食えるとは思わなかったな。この肉、マジで大当たりだわ」
「ですねぇ。でも、少し塩辛すぎる気が……」
「そうかぁ? 俺はちょうどいいと思うけど」
皆でわいわいと食事をしていると、暗視スコープを手にした若者が偵察から戻ってきた。
彼は、イステリアからついてきたグリセア村の住民だ。
「殿下。かなり遠くにですが、野営の灯りを発見しました」
「おっ、見つけたか。王都の軍勢だよな?」
「かなり大規模だったので、そうだと思います」
「おし。飯食ったらそいつらと合流するぞ。ほら、お前もこっち来て食えよ。この肉、すげえ美味いぞ!」
「ありがとうございます!」
早急に王都軍と合流すべく、ルグロたちは大急ぎで食事を済ませるのだった。