作品タイトル不明
243話:たぶん赤いと思う
「市民たちよ! この男が、今まで権力を振りかざし、いかに我らに対して横暴に振舞ってきたかは知っているだろう!」
ニーベルが足元で跪いているダイアスの髪を鷲掴みし、顔を上げさせる。
ダイアスは口に猿ぐつわをされ、酷く狼狽した表情になっていた。
ダイアスの他にも、先日イステリアへ地獄の動画を見に行った者たち全員が、同じように口に猿ぐつわをされて跪いていた。
彼らの周囲は鎧を着込んだ他の軍の重鎮たちが固めており、広場にも多数の兵士が配置されている。
すべて、ダイアスを裏切ってニーベルに付いた者たちだ。
「明らかに度を越した重税を課し、民の生活は困窮の極みだ! 意見を言おうものなら即座に捕縛され、いわれのない罪で処刑された無実の者は数えきれないほどだ! まさに、悪魔の所業と言えるだろう!」
ニーベルの叫びに、市民たちから「そのとおりだ!」と怒りの声が湧きおこる。
ダイアスの横暴は市民たちの間でも周知されており、彼に逆らえば死罪になるというのは皆が認識していた。
彼の横暴により、今までグレゴルン領の民はひたすらに苦しい生活を強いられていたのだ。
「この男に妻を凌辱された者が大勢いることは知っているか!? この色狂いは、今まで他人の妻を幾人も、己の趣向のために連れ去り、凌辱の限りを尽くしてきたのだ! ここに集まっている者たちのなかにも、つらい思いをした者はいるはずだ!」
「そうだ! 俺の妻を、よくも辱めてくれたな!」
「俺の妻もだ! この悪魔め! 死んで詫びろ!!」
市民の中から何人かが声を張り上げると、周囲の市民たちがダイアスに一斉に非難の声を上げた。
彼らはあらかじめ、ニーベルが探し出したダイアスの趣味の被害者の夫だ。
こうして声を上げるよう、彼に言い含められていたのだ。
ダイアスに深い恨みを抱く彼らとその妻たちは、そういった事実が周知されることも厭わず、ダイアスを処断するためにニーベルに協力することを約束していた。
ニーベルは神妙な顔で彼らの声に頷くと、掴んでいたダイアスの頭をぞんざいに床板に叩きつけた。
そして、再び市民たちへと目を向ける。
「諸君らだけではない。文官や武官にも、こやつに妻を辱められた者が大勢いるのだ」
ニーベルが言うと、市民たちから驚きの声が上がった。
この場でニーベルの周囲を固めている軍人たちも、ダイアスに妻を差し出さざるを得ずに苦しい思いをした者たちが多数含まれている。
表向きは従順にしていた彼らだが、ダイアスに対する憎しみは非常に深い。
ダイアスが重用している者たちの、ほぼすべてがイステリアへと発った時を好機とみてニーベルは、そんな彼らに接近した。
ニーベルは何年も前から、ダイアスの使用人や兵士たちに賄賂をばら撒き懐柔していた。
バルベールから離反を持ちかけられていることを、ニーベルは彼の側近から秘密裏に報告されて知っていたのだ。
リーゼに対して強気に出たのも、いずれグレゴルン領が寝返ると分かっていたからである。
「妻を救おうと抗議すれば問答無用で捕縛され、適当な罪状を突き付けられて殺されるのは彼らとて変わらなかった。だからこそ、この悪魔の横暴に従うしかなかったのだ。だが、それも今日で終わりだ!」
ニーベルが傍で控える兵士に目で合図した。
その兵士はすぐに、一抱えほどもある布袋を足元から拾い上げると、中身を掴んでダイアスの前に投げ捨てた。
ごろん、と彼の護衛兵長の生首が、ダイアスの目の前に転がる。
ダイアスは目を見開き、「ひっ」と猿ぐつわの間からか細い悲鳴を漏らした。
周囲の兵士たちも布袋を持ち出して、次々に護衛兵の生首を彼の前に放り投げる。
一斉に、市民たちから悲鳴が上がった。
「このとおり、こいつに従う護衛兵はすでに全員この世にはおらん! なぜ私が彼らに天誅を下すことができたか分かるか!? それは、他の正しき心を持った文官や武官たちが、全員私の決起に賛同してくれたからだ!」
「グレゴルン領の民に安寧を!」
「我らの敵に、死の裁きを!」
ニーベルの周囲で控えていた武官や文官たちが、次々に剣を、拳を上げて叫ぶ。
市民たちの何人かが、「殺せ!」と叫ぶ。
広場のあちこちから同様の声が上がり、やがてそれは「殺せ!」の大合唱となった。
「むぐぐっ! うーっ!」
跪いているダイアスがニーベルを見上げ、必死の形相で唸り声を上げる。
ニーベルはそんな彼に目を向けると、両手を上げて市民たちに「静粛に!」と声を張り上げた。
徐々に市民たちの声は収まり、広場が静寂に包まれる。
「この悪魔は何か言いたいことがあるようだ。このまま問答無用で首をはねてもいいが、それでは今までのこいつと我らも同じになってしまう。人として、この男にも弁明の機会を与えたく思う。市民たちよ、よいだろうか?」
ニーベルが市民たちに問いかける。
市民たちは何も声を発さず、広場は静かなままだ。
ニーベルはそれを肯定と受け取ると、兵士に命じてダイアスの猿ぐつわを外させた。
「っ、げほっ! げほっ!」
激しく咳込むダイアスに、ニーベルがしゃがみこむ。
そしてにやりと笑うと、ダイアスの耳元に口を寄せた。
「さあ、ダイアスよ。我らは貴様とは違って、人間らしく弁明の機会を与えてやったぞ。どうしてイステール領と共謀し、バルベールに寝返ったのか説明してみるといい」
ニーベルが小声でダイアスに囁く。
ダイアスは顔を上げ、ニーベルと市民たちを交互に見た。
「違う! 私はこの国のため、民を守るために、必死で領政を取り仕切ってきたのだ! この男の言うことは、根も葉もない戯言だ!」
「ほう、戯言とな?」
「そうだ! 貴様の言ったことは、すべてでっち上げだ! いったい何の証拠があるというのだ!? 貴様こそが、民を扇動して王家に牙を剥いた反逆者だ!」
ダイアスが叫ぶように言うと、ニーベルは小馬鹿にしたような表情を彼に向けた。
「でっち上げ? これは面白い! 皆、聞いたか!? この男は今、私の話したことはすべてでっち上げだと言ったのだぞ!?」
「ふざけるな! 何がでっち上げだ!」
「俺の妻を辱めておいて、何をしらばっくれてやがる!」
先ほど声を上げた男たちが叫ぶと、他の市民たちも怒りの声を上げた。
「殺せ!」と広場を埋め尽くす大合唱が再び湧き起こった。
「あっ!? い、いや! 今の話とそれとは別だ! お前たちには、それ相応の賠償金を――」
「うるせえ! くたばれ!」
「死ねぇー!!」
しまった、といった顔でダイアスが慌てて声を張り上げるが、怒り狂った市民たちの叫びは止まらない。
彼らはあらかじめ用意していたのか、腐った果物や野菜を彼に向かって一斉に投げ出した。
おっと、とニーベルが慌ててダイアスから離れる。
市民の怒りは、イステール領と共謀してバルベールに寝返った云々よりも、今までダイアスが行ってきた圧政にベクトルが強く向いているのだ。
そこにきて、ニーベルの策略にまんまとはまってあんな発言をしてしまっては、もはや彼らがダイアスの言葉に聞く耳を持つはずがない。
ニーベルが両手を上げ「静粛に!」と呼びかける。
人々は物を投げるのをやめ、広場に静寂が戻った。
ニーベルはやれやれと首を振ると、近場の兵士に顎で指示を出した。
兵士はダイアスの頭を掴み、再び彼に猿ぐつわを噛ませる。
ニーベルはさげすんだ表情をダイアスに向けると、市民に向き直った。
「まったく、この期に及んでこんなその場しのぎの嘘までつくとはな。とんだ腹黒だ。皆もそうは思わないか?」
ニーベルの呼びかけに、市民たちが怒りの形相で同意の声を上げる。
ニーベルはにやりと笑みを浮かべると、跪いてうなだれているダイアスに歩み寄った。
「どうだ、市民たちよ。この男や、こいつに付き従う者たちの腹の中が、どれほど黒い色をしているのか、見てみたいとは思わないか!?」
ニーベルが言い終わると同時に、周囲にいた兵士たちが一斉に彼らの肩に手をかけた。
台座に建てられていた複数の柱に全員を押さえつけ、胸と足を縄で柱に縛り付ける。
彼らの傍に1人ずつ兵士が立ち、腰から短剣を引き抜いた。
ダイアスをはじめ、縛り付けられた全員の顔が恐怖に引きつる。
「いいぞ! やっちまえ!」
「悪魔め! その腹の中を見せてみろ!」
「赤色だったら許してやるよ! ははは!」
市民たちが口々に「やれ!」と騒ぎ立てる。
ニーベルは満足げに頷き、ダイアスに向き直ると、彼の顎を掴んだ。
兵士に指示し、少し離れさせる。
ダイアスの顔に息がかかるほどの距離に自らの顔を近づけ、下卑た笑みを浮かべた。
「ダイアス様、いいざまでございますなぁ」
「むぐぐっ!」
ダイアスは涙を流しながら、助けてくれ、と目で彼に訴える。
そんな彼の様子に、ニーベルは心底楽しそうに、くっくと笑った。
「まったく、素直に私とリーゼ嬢との仲を取り持っておけばよかったものを。それどころか、今まで私があなた様のためにと行ってきた数々の奉仕をなかったことにし、塩取引の権利まではく奪しようとするとは」
ニーベルは小声で囁き、ダイアスの顎をがっしりと掴んだ。
「バルベールに寝返るまでは生かしておいてやろうと思っておりましたが、まさか心変わりするとは驚きました。まあ、死ぬのが少し早まっただけです。そう悲観なさらないでください」
「っ!?」
ニーベルの言葉に、ダイアスの瞳が驚愕に染まる。
「何を驚いておられるのです? あなた様がバルベールから離反を持ち掛けられていたことを、私が知らないとでも思っていたのですかな?」
ニーベルの顔が愉悦に歪む。
心底、楽しくて仕方がないといった表情だ。
「まったく、本当にバカなお人だ。恨みを持った民を根こそぎ始末せず、禍根をあちこちに残したままにしておくような脇の甘い男に、私がいつまでも従うと思っておいででしたか? あなたと違って、私は召し上げた女どもの家族は、誰にもバレないようにきっちりと始末をつけてきましたぞ」
「むぐっ! うーっ!」
実に楽しそうに、べらべらと話すニーベル。
ダイアスの表情が怒りに染まる。
たとえ地獄行きになろうとも、こいつだけは生かしておくべきではなかったと心底後悔した。
「やるならば、徹底的にやらねばダメでしょう? 今回の件もそうです。私が邪魔ならば、さっさと殺してしまえばよかったのですよ。それを、善人にでもなったつもりかは知りませんが、金と土地を与えて隠居させようとするとは。まったく、貴族というものは、どいつもこいつも間抜けばかりですな」
ニーベルはひとしきりしゃべって満足すると、掴んでいたダイアスの顎をぞんざいに放した。
市民に振り返り、大仰な態度で両手を広げてみせる。
「さて、市民たちよ! 彼らの腹の中がどんな色をしているのか、1人ずつ順番に、よーく見せてもらうことにしようか!」
兵士たちがダイアスたちの上着を捲り上げる。
市民たちからは歓声が上がり、ダイアスたちは猿ぐつわの下から引きつった悲鳴を漏らした。