作品タイトル不明
227話:取扱注意
「り、離反だと!? ダイアス、貴様!!」
「陛下、そうではありません! お待ちください!」
イスを蹴る勢いで立ち上がったエルミアの腕を、ナルソンが掴む。
「ダイアス殿は裏切ってなどおりません。あえて敵の計略に乗ったふりをし、機を窺っていたのです」
「なにをバカなことを! こやつは今、5年前から話を持ち掛けられていたと言ったのだぞ!? 今までずっと黙っておいて、そんな言い分を信じられると思うのか!」
エルミアが額に青筋を浮かべて、ナルソンを睨みつける。
「グレイシオール様に地獄の様子を見せられたから、今になって白状したに決まっているだろう! もしこの国を裏切ったりすれば、地獄行きになるのは確実だろうからな!」
「ですから、それは誤解なのです。ダイアス殿がバルベールから離反を持ち掛けられていたことは、私も以前より把握しておりました」
ナルソンの言葉に、彼とダイアス以外の全員が再びぎょっとした顔になった。
「なんだと!? それはまことか!?」
「はい。バルベールから話が持ち掛けられた直後に、ダイアス殿から相談を受けておりました」
「ならば、なぜ今まで黙っていたのだ!?」
「先ほども申し上げたとおり、私の提案で、ダイアス殿はあえて敵の計略に乗ったふりをしていたのです。バレッタ、陛下のイスをこっちに持ってきてくれ」
「は、はい!」
バレッタが駆け寄り、エルミアのイスをナルソンたちに向かい合う位置に置き直す。
「陛下、とりあえずお座りください」
「……うむ」
エルミアが肩で息をしながら、イスに腰掛ける。
灼熱していた頭が、一拍置いたことで少し冷めた。
ダイアスはエルミアに怒鳴りつけられた時から、イスの背もたれに背を押し付けるようにして強張った表情で固まっている。
「今までご報告せず、申し訳ございませんでした。実際にどのタイミングで離反するかの指示がバルベールから来るまでは、我々だけでことを進める予定だったものでして」
ナルソンがゆっくりとした口調で、エルミアに話す。
「……なぜ、そうしようと思ったのだ」
「この情報は誰にも悟られてはならないと判断したからです。離反に乗ったふりをして敵を誘い込めば、敵の大部隊を一挙に殲滅することが可能です。我々はそれを狙っていたのです」
「……ふむ」
エルミアが、ナルソンの目をじっと見つめる。
機を窺っていた、などと聞こえのいいことをナルソンは言っているが、それはどう考えても嘘だろう。
昨日のダイアスの様子を思い返してみても、ダイアスが地獄行きを回避したくて仕方なく自白したと考えるのが普通だ。
ダイアスは首脳陣全員にそれを白状する前に、グレイシオールと近しいナルソンに相談というかたちで自白したのでは、とエルミアは考えた。
エルミアにとって、ナルソンは戦時中は妻のジルコニアとともに文字通り命がけで国を守り切った忠臣だ。
休戦後も、自らの私財をギリギリまで切り詰めて、国境砦の建設や内政に取り組んでいたことも知っている。
つい最近の一連の戦いを見ても、ナルソンが裏切りを画策していないことは明らかだ。
なにより、グレイシオールという神が彼には付いている。
となると、ナルソンがダイアスを庇う発言をしている意図は何か。
バルベールと通じていたダイアスという駒を可能な限り有効に使うには、彼をここで糾弾してこき下ろして断罪するのは、どう考えても悪手だろう。
ナルソンはそう考えて、ダイアスに裏切者の烙印が押されないよう、こうして無茶な擁護をしているのではないか。
だとすれば、ここはナルソンの話に合わせたほうがよさそうだ、とエルミアは考え直した。
「よかろう。ナルソンよ、順を追って説明してくれ」
「かしこまりました。まず、ダイアス殿がバルベールより話を持ち掛けられたのが、今から5年前。休戦協定が結ばれた直後からです」
「ナルソンは、その時点から知っていたのか?」
「はい。すぐにダイアス殿から『折り入って話がある』と相談を持ち掛けられまして、すべてを話してもらっておりました」
「その、『相談』の内容とはなんだ?」
「この離反の持ちかけを利用して、何とかバルベールを計略に嵌めるいい算段を付けられないか、という相談です」
「……ほう」
エルミアがダイアスをちらりと見る。
ダイアスは強張った表情のまま、こくこくと小刻みに頷いた。
「その後も、バルベールからダイアス殿のもとに話が持ち掛けられるたび、逐一私と情報を共有してまいりました。これを知っているのは、私とダイアス殿の2人だけでして、我らの家族や臣下は誰一人として知らないことです」
「そなたたちだけで、内々に算段を付けていたということだな?」
「はい。今回、このようなかたちで皆に話すことにしたのは、カズラ殿、もとい、グレイシオール様の名の下に、名実ともに一致団結することが決定されたからです。ちょうどよい機会だと思いまして」
「うむ。今後は、『損得勘定抜き』で皆と協力することになったのだからな。その言い分なら納得できるぞ」
エルミアがダイアスに顔を向ける。
「ダイアスよ」
「は、はいっ!」
ダイアスがしゃちほこばって返事をする。
声が完全に上ずってしまっていた。
彼の隣に座っているヘイシェルは一言も発していないが、「こいつマジかよ」とでも言いたげな顔でダイアスを見ている。
「先ほどは怒鳴りつけるような真似をして、すまなかったな。私の早とちりだったようだ」
「い、いえいえ! 私のほうこそ、すぐにご報告することができず、大変申し訳ございませんでした!」
「うむ。まあ、事情があってのことだからな。気にするな」
「ははっ!」
ペコペコと赤べこのように頭を下げるダイアス。
エルミアが、再びナルソンに向き直る。
「さて、ナルソンよ。バルベールをやり込める方策を、皆で1から話し合う必要があるだろう。これは、敵を誘い込んで一撃を食らわすには、またとない好機なのだからな」
「はい。そのとおりでございます」
「うむ。話し合いのとりまとめは貴君に任せる。この後の軍議の折に、議題の1つとして取り上げることとしよう」
「かしこまりました。カズラ殿」
ナルソンが一良に顔を向ける。
「話を途中で遮ってしまい、申し訳ありませんでした。兵器の説明の続きを、よろしくお願いいたします」
「分かりました。その前に、陛下の席を――」
「ああ、大丈夫です。自分でやりますので」
エルミアが立ち上がり、自らイスを運んで元の位置に戻り、座りなおす。
「では、先ほどお見せした兵器を1つずつ解説しますね。バレッタさん、クロスボウの写真と設計図をモニターに出してください」
「は、はい」
その後、ひととおりの新兵器の説明を行い、昼食のためにいったん解散となったのだった。