軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

219話:剣の師匠

会議が終わり、一良、バレッタ、リーゼが部屋を出ると、アイザックとハベルが待っていた。

「カズラ様、会議お疲れ様でした」

「アイザックさん、ハベルさん、お疲れ様です。なんだかひさしぶりですね……2人の顔を見るとほっとしますよ」

微笑む一良に、アイザックも明るい笑顔を向ける。

思えば、彼らと会うのは約20日ぶりだ。

一良にとって、同性で心の底から気を許せるのは彼らをおいて他にいないので、その姿が見えるだけでほっとする。

「我々も、カズラ様とご一緒している時が何よりも幸せです。なあ、ハベル」

「はい。我々のような者にいつも気にかけていただき、本当にありがとうございます。このような希少なものまでいただいてしまって……」

ハベルが左手を胸の前に持ってくる。

その手首には、黒い腕時計が付けられていた。

会議が始まる前に、それぞれ渡しておいたものだ。

2人とも同じものを渡してあり、職業柄頑丈なほうがよかろうと、ミリタリー仕様の耐久、耐水性に優れたものを選んだ。

巡航ミサイル原子力潜水艦の名前が付いているという一風変わった腕時計で、文字盤と針は暗闇で光る仕様の逸品だ。

「そういえば、ウリボウたちはどうなりました? 元気にしてます?」

「はい。ご連絡をいただいてから数日して、皆傷も癒えて森に帰って行きました」

「えっ、もう治ったんですか?」

「カズラ様が置いて行ってくださった薬がかなり良く効いたようでして、すぐに傷は塞がったようです。野生の獣の生命力が優れていたから、というのもあったとは思います」

「そっか、それはよかった……砦の様子はどうですか?」

「大急ぎで復旧工事を行っています。城壁の上にスコーピオンとカタパルトを設置し、敵の襲撃に備えています」

先の戦いでアルカディア側の城壁は酷く損壊してしまったが、北のバルベール側はほぼ無傷である。

大射程を誇る2つの兵器が城壁に据え付けられ、2個軍団が詰めているのであれば、よほどの大軍が攻めてこない限りは盤石だろう。

「それなら大丈夫そうですね。俺たちは少し休むんで、また夜にでも皆で情報のすり合わせをしましょう」

「かしこまりました。また後ほど」

2人と別れて、廊下を進む。

バレッタたちと雑談をしながら歩いていると、一良の部屋の扉に背を預けている小さな人影が見えた。

「コルツ君?」

一良が声をかけると、コルツはこちらに気づき、駆け寄ってきた。

一良の前で立ち止まり、うつむいてしまう。

何やら、思い詰めているような表情だ。

「どうしたの? 何かあった?」

コルツが顔を上げ、一良を見る。

目には、薄っすらと涙が浮かんでいた。

「……俺、カズラ様の傍にいないといけないんだ」

「えっと……オルマシオール様に言われたことかな?」

「うん。約束したんだ。カズラ様の傍にいるって。でも、俺、約束守れてない……」

歯を食いしばり、必死に涙を堪えているコルツ。

一良は困った表情で、彼の頭を優しく撫でた。

「コルツ君、オルマシオール様は、ずっと俺の傍にいろっていったのかい?」

「……ずっと、とは言ってなかった」

つぶやくようなコルツの言葉に、一良がほっと息をつく。

「なら、何も四六時中一緒にいろってことじゃないんじゃないかな? 今はこうしてイステリアに一緒にいるわけだし、きっと大丈夫だよ」

「でも俺、何も約束守れてないよ。ジルコニア様から剣術も習えてないし……」

「えっ、ジルコニアさんから?」

「うん……イステリアに行ったら、剣術はジルコニア様から習えってお姉ちゃんに言われたんだ。でも、ジルコニア様は『別の人にお願いして』って……」

その話は一良は初耳だったが、コルツの願いを断ったジルコニアの対応も当然だと思えた。

ジルコニアとて暇な身ではなく、毎日子供の剣の稽古をつける時間などありはしないだろう。

たとえ時間があったとしても、それを子供の相手に毎日使えと言われたら、断って当然に思えた。

「そっか……今は、誰かに教わってるの?」

「うん、仲良くなった兵隊さんに教えてもらってるよ」

「そうだったんだね。兵隊さんなら剣の腕もいいだろうし、そのまま教えてもらったらどうかな?」

「うん……でも、お姉ちゃんはジルコニア様に教われって……」

「ジルコニアさんは忙しいから、ちょっと無理じゃないかな……。毎日じゃなくて、1、2回教えてもらえるように、俺からお願いしておこうか?」

一良が言うと、コルツは少し悩んだ様子だったが、首を横に振った。

「ううん、いい。ウッドさんに教えてもらう」

「そっか……俺はしばらくイステリアにいるから、オルマシオール様との約束は心配しなくても大丈夫だと思うよ。ちゃんと守れてるから」

「うん、分かった」

コルツは頷くと、ぐいっと目元を袖で拭った。

一良の言葉に安心したのか、表情はだいぶ明るくなっている。

「俺、もう行くね」

「行ってらっしゃい。困ったことがあったら、何でもすぐに言うんだよ?」

「うん!」

元気に駆け出していくコルツの背を見送り、一良がやれやれとため息をつく。

「……あの子、前にも『オルマシオール様からカズラの傍にいろって言われた』って言ってたよね?」

一良と並んでコルツを見送りながら、リーゼが言う。

「うん。何でかは分からないけど、傍にいろって言われたみたいだ」

「分からないって、カズラはオルマシオール様に直接聞かなかったの?」

「それが、毎回会うたびに、つい忘れちゃってさ。今度会ったら聞かないとなぁ……」

「でも、前にコルツ君に聞いた時には、『霧がかかってよく分からない』って言われたって言ってませんでしたっけ」

バレッタの台詞に、一良が「そういえば」と頷く。

「確かに、そんなこと言ってましたね……てことは、聞かないほうがいいんですかね?」

「あえてぼかして話したのだとしたら、聞かないほうがいいと思います。理由があるんでしょうし、困らせてしまうことにもなりかねないので」

「そうですね……コルツ君のことは気になるけど、放っておいたほうがいいのかな」

「でも、なんであんな小さな子に剣術教えたり、カズラの傍にいろなんて言いつけたりしたんだろうね?」

「そこなんだよ。それが本当に分からない。将来、凄腕剣士になったりするのかな?」

そんな話をしながら、3人は一良の部屋に入るのだった。

コルツは一良たちと別れると、待ち合わせ場所である軍事区画の訓練場へとやってきた。

両親と談笑をしている若い兵士を見つけ、駆け寄る。

「ウッドさん、お待たせ」

「おっ、戻って来たか。どうだった?」

「やっぱり、ダメだった……」

しゅんと肩を落とすコルツに、兵士が「だろうな」と苦笑する。

「ねえ、明日からも、剣術教えてくれる?」

「ああ、いいぜ。その代わり、俺は甘くないぞ。みっちりしごいてやるから、覚悟しとけよ」

「うん! 俺、頑張るよ!」

「よしよし、その意気だぞ。はは」

がしがしとコルツの頭を撫でる彼に、両親――ユマとコーネル――が恐縮して頭を下げる。

「すみません、ウッドベルさん。こいつのわがままに付き合ってもらって……」

「いえいえ、いいんですって! それに、俺たち友達ですし。な?」

彼――ウッドベル――がコルツに笑顔を向けた時、訓練場の入り口の方から、どすどすと足音を立てて体格のいい壮年の兵士がやって来た。

彼の姿を見て、ウッドベルが「やべ」と小声を漏らす。

彼は、ウッドベルの直属の上官だ。

「ウッドベル! 貴様、食あたりで休みを取っているんじゃなかったのか!? ピンピンしてるじゃないか!」

「あ、ああーっ!? は、腹が! 腹がいてえーっ!」

演技感丸出しで腹を抑え、うずくまるウッドベル。

上官はくすりともせずに彼の下まで来ると、乱暴にその首根っこを引っ掴んだ。

本当なら殴り飛ばしてやりたいところだが、コルツや両親がいる手前自重したのだ。

「この馬鹿者が! 貴様のよう怠け者は、我が軍始まって以来だぞ! 罰として、貴様は今後3カ月間便所掃除だ!」

「ええっ!? そ、そりゃないっすよ! 勘弁してください!」

「黙れ! まったく、志願兵ならば志願兵らしく、しゃきっとせんか! 少しばかり剣の腕が立つからといって、調子に乗るんじゃない!」

ぐりっ、と上官がウッドベルの左腕を捻り上げる。

「移民だというのに、骨のある奴が入ってきたと思ったら……まったく! 甘い顔などするものではないということが良く分かったわ!」

「いててっ!? わ、分かりました! 分かりましたから、痛くしないでくださいよ!」

「自業自得だ、馬鹿者が!」

ウッドベルは首を掴まれたまま、引きずられるようにして訓練場を出て行った。

出ていく間際、心配げに見送るコルツに振り返り、笑顔でぐっと親指を立てていた。

「だ、大丈夫かしら……コルツ、あんまりウッドベルさんに迷惑がかかるようなら、剣の稽古は諦めなさいね」

ユマが、心配げな視線をコルツに向ける。

「誰かに稽古をつけてもらわないとダメなんだよ。カズラ様を守れるようにならないといけないんだもん」

「でも、カズラ様をお守りするように言いつけられたわけじゃないんでしょう?」

「それは、そうだけど……」

「カズラ様のことなら、私たち大人がちゃんと守るから大丈夫よ。稽古稽古って、あなたはこだわりすぎ――」

「まあまあ、そう言うなって。コルツだって男の子なんだ。強くなって、カズラ様に認めてもらいたいんだよな?」

「……うん」

複雑な想いを抱きながらも、コルツは頷く。

そんな単純な話ではないのだが、両親にすべてを打ち明ける気にもならなかった。

この一年間、コルツはずっと、一良のことをアイザックにばらしてしまった件を、後悔し続けてきたのだ。

誰にも打ち明けることができず、胸の奥に嫌なものが引っかかっているような気持ちをずっと1人で引きずってきた。

それはきっと、今後一生続くだろう。

彼は彼なりに、一良への贖罪のために剣の稽古に励んでいるのだ。

「それに、ウッドベルさんのほうからお前に声をかけてきてくれたんだろ?」

「うん、そうだよ」

ジルコニアに相手にしてもらえず、途方に暮れながら兵士たちの訓練風景を物陰から盗み見ていた時、声をかけてきたのがウッドベルだった。

彼は「俺のサボりに付き合ってくれ」とコルツに笑顔で話しかけてきて、その日一日、コルツと一緒に人目を避けながら遊んで過ごした。

それからは、ほぼ毎日顔を合わせている。

剣術を教えて欲しい、とコルツが願い出た際も、特に理由も聞かず二つ返事で承諾してくれた。

「ならまあ、迷惑にならない程度に教えてもらったらいいじゃないか。それも、男の友情ってやつだよ」

「ええ……明らかにこの子が原因で軍務をサボってるじゃない。やっぱり、良くないわよ。何かあったら、カズラ様に苦情がいくかもしれないんだし」

「そ、そうだな。コルツ、もしウッドベルさんが軍務をサボってまで来てくれたとしても、稽古は断りなさい。ちゃんと仕事しろって言うんだぞ」

「う、うん」

「はあ……どうなっても知らないわよ」

呆れ顔でため息をつくユマ。

コルツを構ってくれることはありがたいのだが、どうにも不真面目な様子の彼のことが、ユマは少なからず引っかかっていた。

「そうだ、コルツ。ちゃんと稽古の時は、力は加減してるだろうな?」

「うん、大丈夫だよ。思いっきりはやらないようにしてる」

「そうか。カズラ様に迷惑がかかるような真似だけはするんじゃないぞ」

「分かってるよ。大丈夫だから」

コルツとしても、せっかくできた剣の師匠を手放すのはごめんだ。

普通の子供と同じ程度の力に加減をしつつ、今後も彼から稽古をつけてもらおうと心の中で頷くのだった。