軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

208話:こちらの世界に来た理由

日本に戻った一良は、車を飛ばして山を下り、街なかにあるショッピングモールへとやってきていた。

時刻は午後5時ちょうどで、すでに日が傾き始めている。

急いで買い物を済ませて、皆の下へと戻らねばならない。

「遅くなっちゃったな……先に料理を頼んでおくか」

レストラン街へと行くと、夕食にはまだ早い時間ということもあって人通りはまばらだった。

寿司、ラーメン、イタリアン、トンカツ、ステーキといった、外食チェーン店がいくつも並んでいる。

「冷めても美味しい物っていうと寿司だけど……みんな、生魚って食えるのだろうか」

思えば、イステリアで食べた料理で生魚が出てきたことは一度もなかった。

イステール領には海がなく、手に入る新鮮な魚は川魚だ。

川魚には寄生虫がいることが多々あるので、生で食べないのは当たり前である。

「まあ、試しに買っていってみるか。何事も挑戦だ」

回らないお寿司屋さんに入り、特上寿司を3人前注文した。

寿司初心者でも食べやすいだろうと、サラダ巻きとおいなりさんも注文した。

「ええと、あとは何だろ。ケーキ、サンドイッチ、サラダ系も大丈夫だな。中華も鉄板か」

いろいろな種類があったほうがいいだろうと、あちこちの店に入って料理を注文していく。

中華料理のオードブル、サンドイッチ詰め合わせ、揚げ物、ケーキ、シュークリームなどなど。

ひととおり注文し終え、作ってもらっている間に映画を選ぼうとDVDショップに向かった。

店内に入り、何にしようかと棚の間を進む。

「食事をしながらだし、グロいのとかキモいのはダメだよな……あ、でも、字幕を完璧に読めるのってバレッタさんだけか」

一良以外は日本語を聞き取ることはできないので、字幕に頼ることになる。

だが、漢字、ひらがな、カタカナが混ざった文章を読むことができるのは、バレッタとエイラだけだ。

そうなると分かりやすい内容のものに限られるわけだが、言葉が分からなくても内容が分かるものとなると種類が限られてくる。

ちなみに、エイラはリーゼに聞かれた際に「漢字も少しなら」と言ってはいたが、読むだけならすでに小学校で習う漢字はあらかた読める。

本人のやる気がすさまじく、料理本を教科書にして、すさまじいスピードで学習していた。

「ゾンビとかパニックホラーは食事をしながらだからダメ。かといって恋愛ものやサスペンスは台詞が読めないからダメ。コメディとかSFも台詞がないと意味不明。むう……」

あれこれと見回してみるが、よさそうなものが見つからない。

グラビアDVDなら条件はクリアしていそうだが、彼女たちの前で上映したが最後、冷ややかな視線を浴びることになるだろう。

「動物系なら辛うじていけるかな……」

棚を移動し、動物のドキュメンタリーDVDを数本、カゴに放り込んだ。

ナレーターの台詞が所々に入るだろうが、動物たちの生きざまに主点が置かれた動画なので楽しめるはずだ。

必要に応じて、一良が字幕を読み上げればいい。

「あと、バレッタさんにいろいろ買っていこう。きっと興味あるだろうし」

バレッタは日本語も英語も完璧に読み書きできるうえに、地球の文化に対する知識欲も旺盛だ。

買っていけば買っていくだけ、きっと喜んでくれるに違いない。

古代ローマの剣闘士を主役にした映画や、巨大な宇宙船が攻めてくるSF映画など、一良が個人的に面白いと思った映画のDVDを片っ端からカゴに放り込んでいった。

王族たちに見せる映画の参考になりそうなものも、ホラー系を中心にいくつかカゴに入れる。

ついでに、ゾンビ映画も自分で観るように放り込んだ。

「それにしても、バレッタさんには悪いことしちゃったな。後で謝らないとだ」

そうして数十点のDVDと一緒に電池式のポータブルDVDプレイヤーも購入し、一良は店を後にした。

ペンライトを片手に、少し重くなったリアカーを引いて雑木林の中を進む。

料理は種類ごとに分けて、お店でもらった発泡スチロールの箱に入れてある。

載せている料理が崩れないようにと慎重に進んでいると、前方からかすかに声が聞こえた。

「ん? あの声は……」

「カズラさーん!」

どうやら、声の主はバレッタのようだ。

真っ暗な中、明かりも持たずに1人でぽつんと立っていた。

「カズラさん! おかえりなさい!」

バレッタが大きく手を振り、満面の笑みで出迎える。

彼女が立っている場所は、転移してしまう地点の少し手前のようだ。

「バレッタさん! 戻ってたんですね!」

「はい。早まってイステリアまで行っちゃって……途中でジルコニア様に拾われて、帰ってきました」

照れたようにバレッタが笑う。

どうやら、リーゼから説明は受けているようだ。

「すみません、俺がちゃんと伝えてなかったばっかりに」

「いえいえ! 私が勝手に先走っちゃっただけなので! 慌てないで、カズラさんに聞いてからにすればよかったです」

「はは。まあ、お互い様ですかね。それにしても、どうしたんです? 1人でこんなところで」

「リーゼ様の提案で、日本へ行けるかどうか、皆で試していたんです。つい今さっきまで、皆ここにいたんですよ」

「ああ、他の皆は雑木林の入口に転移しちゃったんですか」

「はい。最後が私の番で、まだかなって思ってたらカズラさんが帰ってきてくれました」

「え? まだかなって?」

「えっと……待ってたらカズラさんが来てくれるかなって思って。えへへ」

照れくさそうにバレッタが笑う。

そして、背後の雑木林の入り口の方に目を向けた。

「ご先祖様のお墓、作ったんですね。私も少しだけお手伝いできました」

「あ、そうだったんですね。すみません、本当は俺がやらないといけなかったんですけど」

「いえ、大丈夫です。でも……先に……」

先に自分に話して欲しかった、という言葉を、バレッタはすんでのところで飲み込んだ。

もやもやとした嫉妬心を、無理やり心の奥底に押しとどめる。

「ん?」

「あ、いえ……えっと、リーゼ様から聞きました。300年前にこの地に来た人が……グレイシオール様が、カズラさんのご先祖様だって」

「たぶん、ですけどね。あのウリボウのお姉さんが『同じ匂い』って言っていたので、おそらくそうかなって」

「はい……カズラさんのお父様は、こっちの世界への出入口について知っていたんですよね?」

1年前、一良がアイザックに見つかってイステリアに行くことになった時の話だ。

一良が父親に持たされたキャリーケースの中身を見ながら、『あのクソ親父、本当はこの世界に繋がる部屋のことを知ってるんじゃないか?』と言っていたとバレッタは記憶していた。

「ええ、知ってるみたいです。ただ、詳しく聞こうとしても何も教えてくれないんですよね」

「何も……ですか?」

バレッタが怪訝そうな顔になる。

「ええ。一度問い詰めたことがあるんですが、『教えるわけにはいかない』とか『教えると絶対にお前のためにならない』とか言ってましたね。俺のためを思って、あえてすっとぼけてたって」

「教えるわけにはいかない……カズラさんのためにならない……ですか」

言葉の意味を反芻するように、バレッタがつぶやく。

「はい。本当、意味が分からなくて……」

うーん、と一良が唸る。

今思い返してみても、意図がさっぱり分からなかった。

「そういえば、問い詰める前の話ですけど、『面倒ごとに巻き込まれてないか』とか『危ない目に遭ってないか』とか、なんだか俺の様子を探るような電話をしてきたこともありましたね」

「探るような、ですか。こちらの世界について、直接聞かれたわけではないんですね?」

「ええ、なんか奥歯にものが詰まったような感じで。そういえば、その時に『なあ、今、お前には――』って何か聞きかけてやめたことがあったんですよ。いったい、何を言おうとしてたんだか」

「今、お前には……」

バレッタが真剣な顔で繰り返す。

そして、日本へとつながる通路がある雑木林の奥へと目を向けた。

「……カズラさんのお父様は、カズラさんがこちらの世界に来ることを止めなかったんですよね?」

「止めるどころか、当選金のおこぼれにあやかろうとしてる奴らに追われてる俺に、避難先としてこっちの世界につながる屋敷を勧めてきましたね」

「それって、カズラさんをこっちの世界に送り出したい理由があったってことじゃないですか?」

「え?」

怪訝な顔をする一良に、バレッタが顔を向ける。

「だって、そうじゃなかったら、わざわざお屋敷を勧めた意味がないじゃないですか」

「それはまあ……そうですね」

「カズラさんのお父様は、こちらの世界につながる扉について知っていた。でも、あえてそのことはカズラさんには伝えず、聞かれても知らないふりをした。そして、通路には埋葬されていないご先祖様の死体があった。つまり……」

バレッタが、今度は村の方へと目を向ける。

木々が生い茂っているその先は真っ暗だ。

「カズラさんのお父様は、通路に死体があることを知らなかったんだと思います。おそらく、こっちの世界にも、一度も来ていません」

「ふむ……確かに、もし来ていたなら、死体の埋葬くらいはしそうなものですよね」

「はい。それに、もし通っていたのなら村にも来ているはずです。でも、そういった話はグレイシオール様の言い伝え以外には聞いたことがないです」

「なるほど……じゃあ、俺をこっちに送り出した理由ってのは……?」

送り出したい理由があったのではとバレッタは言うが、一良にはさっぱり分からない。

もしそんな理由があるのなら、宝くじが当選する前から、こちらの世界に通じる扉がある屋敷について匂わせていてもいいはずなのだ。

それに、通路にあった死体が300年前のご先祖様だとすると、300年間一良以外誰もこちらの世界に来ていないということになる。

そんな場所に一良を送り出す理由も、送り出すタイミングが宝くじが当たった直後だったのも意味不明だ。

「それはちょっと私にも……あ」

「……どうしました?」

何かに気づいた様子のバレッタに、一良が目を向ける。

「あ、あの、1つ聞きたいんですが」

「ええ、何でも聞いてください」

「お父様は、その扉の存在は知っていたんですよね?」

「え? はい、知ってました」

「でも、こちらの世界には来たことがないんですよね?」

「それは今、バレッタさんが言っていたことじゃないですか。おそらく一度も来ていないって」

「あ、いえ、そういうことじゃなくて……ええと……」

バレッタは少し考えこみ、頭の中で言葉を整理した。

これは下手をすると、本当に一良に言ってはまずいことなのかもしれない。

だが、自分はどうしてもそれを知りたいのだ。

一良に勘づかれずに、真意を探りださねばならない。

「何かこう……誰かが扉を使った形跡とかはなかったですか?」

「んー……扉には南京錠がかかってましたし、誰かが使ったかどうかまでは……」

「じゃあ、お屋敷の様子はどうでしたか? 誰かが住んでいたような感じはしませんでしたか?」

「そういえば、埃も落ちてなかったですし、やたらと綺麗でしたね。それくらいしか……あ」

ぽん、と一良が手を打つ。

「こっちの世界につながる部屋の畳の下に、鉄板が敷かれてました」

「鉄板……ですか?」

「ええ。しかも点打ち溶接までされてて、すごく重い物を運ぶためにやったとしか思えないです。そのおかげで、農業用運搬車を運び込むことができたんです」

「……」

「あんなことするの、たぶん父くらいしかいないと思うんですよ。キャリーケースに入ってた剣の使い込み具合といい、やっぱり父もこっちの世界に来たことがあるんじゃないかなって……バレッタさん?」

「は、はい!」

額に薄っすらと汗を掻いているバレッタを見て、一良が小首を傾げる。

「どうしました? 何か分かったんですか?」

「い、いえ。特になにも」

内心バクバクと心臓を高鳴らせながらも、必死で平静を装う。

通路には、300年前の死体がそのまま放置されていた。

つまり、一良が来るまで、誰もこちらの世界に来ていないということになる。

それにもかかわらず、一良をこちらの世界にかなり緩いノリで送り出している。

送り出した際には特に何も持たせず、後から剣やブーツといった装備を持たせたのも、こちらの世界について何も知らなかったからだろう。

一良から聞き出した話にいくばくかの不安を感じ、それらを持たせた可能性が高い。

一良をこちらの世界に送り出す必要があったが、タイミングから考えて絶対に送り出さなければならないというわけではなかったらしい。

さらには、こちらの世界について何も情報を与えず、何を聞かれてもあえてすっとぼけていた。

そして、父親が言っていたいくつかの台詞。

畳の下に敷かれていた鉄板。

これらのことを考えると、理由の1つとして考えられるのは。

いくつか挙げられる推測のうちの1つにすぎないが、ひょっとしたら――。

「おーい! バレッター! 大丈夫ー!?」

その時、雑木林の奥から声が響いた。

LEDライトの光が、いくつか揺れながら近づいてくる。

ざくざくと落ち葉を踏みしめる音とともに、リーゼ、ジルコニア、エイラ、マリーが走ってきた。

いつまで経っても戻ってこないバレッタを心配して、探しに来たのだ。

皆、2人の姿を見つけてほっとした顔になった。

「カズラといたんだ。よかった……」

リーゼはそこまで言って、はっとした様子でバレッタを見た。

「あ、あのさ、もしかして、あっち側に通れたりした?」

「いえ、行こうとしたら、ちょうどカズラさんが来たので……」

「そっか……なら、今から試してみたら? ちょうど戻るところだしさ」

「あ、はい。では、入口で待ってますね」

バレッタは素直に頷くと、印の先へと歩を進めた。

そして、皆が消えたのとまったく同じ地点で、ふっとその姿が掻き消えた。

「……うん、やっぱりそうだよね。戻ろっか」

肩の力が抜けた様子で、リーゼが一良に微笑む。

明らかにほっとした様子だ。

「カズラさん、料理ってこの箱の中ですか?」

いつの間にかリアカーの脇に来ていたジルコニアが、発泡スチロールの箱を見つめていた。

「ええ。たくさん買ってきましたから、戻ったら食べましょう」

「楽しみです。荷車を引くの、手伝いますね」

「あっ、お母様、私が手伝いますから! ……カズラ、どうしたの?」

バレッタが消えた地点を怪訝そうな顔で見ている一良に、リーゼが小首を傾げる。

「いや、何でもない。行こうか」

そうして、皆で村へと戻っていくのだった。