軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

196話:天王山

翌朝。

一良が目を覚ますと、すでにリーゼとバレッタは起きていた。

いつものように早朝トレーニングをしてきたようで、二人とも髪が汗で首筋に張り付いている。

起き上がった一良に二人が気付き、笑顔を向けた。

おはよう、と挨拶を交わす。

「よく眠れた?」

「そこそこってところかな。寝てる途中で起こされちゃってさ」

「起こされた? 誰に?」

リーゼが小首を傾げる。

「コルツ君の言ってた、黒髪の女の人に。あと、昼間見た大きなウリボウもいた」

「……カズラ、今夜も皆で一緒に寝よっか。それと、天幕にサウナ作って、ゆっくり入ろう。きっと気持ちいいよ」

「え? 何だよ急に。もしかして、俺が嘘ついてるとでも……」

「んーん、そういうことじゃなくて、もう何日も野営生活で疲れも溜まってるでしょ? そろそろ一回、息抜きしないとと思って」

リーゼは「カズラ、あなた疲れてるのよ」とでも言いたげな表情でそんなことを言う。

明らかに信じていない。

「カズラさん、それはきっと夢ですよ。私も似たようなことがありましたから、きっとそれです」

「ちょ、バレッタさんまで……頬っぺたつねったら痛かったですし、ちゃんと歩いてここまで戻って寝なおしたんですよ?」

「でも、もし本当にあんな大きなウリボウが入ってきたなら、警備の人が気付くはずです。騒ぎを起こさずに野営地に入ってくるなんて、不可能ですよ。それはきっと、ご神託です」

リーゼも同じことが言いたかったのか、うんうんと頷いている。

言われてみれば、確かにそうだ。

「ご神託ねぇ……」

納得いかないといったふうに、一良は唸っている。

「なんだ、そういうことだったの。カズラがおかしくなっちゃったのかと思ったよ」

「……ウリボウが入ってきたっていうのは信じないのに、ご神託があったってのは信じるのか?」

「うん。野営地にウリボウが入ってくるのは現実的にあり得ないけど、ご神託ならあってもおかしくないじゃない。昨日だって、あんなことがあったんだし」

以前から一良は感じていたことだが、神という存在に対する価値観が、この世界の人間たちと一良とでは大きく違うようだ。

この世界の人間たちにとって、神や精霊というものが存在するという考え方は常識である。

作物が豊作になったり、雨が降ったりといったことも、神や精霊の力によるものと考えられている。

神や精霊といったものは、彼らにとっては身近な存在なのだ。

「それで、オルマシオール様は何て言ってたの?」

「戦死者の魂をあの世に届けてくれたんだ。昨日戦いがあった場所に連れて行かれて、そこにいる人たちを全員やってくれた」

「そっか……あの世って、やっぱりあるんだ。天国とか地獄とか、そういうところ?」

「いや、それについては聞けなかったな。聞こうとしたところで、話が変わっちゃってさ」

「またご神託があったら、今度はちゃんと聞いておいてよ。行けるものなら、天国に行きたいし」

「お、おう。まあ、聞けたらな」

「でも、何だか知るのが怖いですね……たとえどちらともあったとしても、知らないほうが幸せな気もします」

バレッタの言葉に、リーゼが「あー……」と声を上げる。

「確かにそうかも。何をするにしても、死んだ後のことが気になっちゃって正直に生きられなくなりそう」

「うん、確かに。死んでからのお楽しみってことでいいんじゃないかな」

そこまで話した時、バレッタが、はっとした様子で一良とリーゼを交互に見た。

「バレッタ、どうかした?」

リーゼがバレッタに小首を傾げる。

「あ……いえ、何でもないです」

「そう? もしかして、地獄に行くようなことをもうしちゃってるとか?」

「そ、そんなことはしてないですよ! ……たぶん」

バレッタが歯切れ悪く答える。

「えっ、もしかして、何か思い当たることがあるの?」

「えっと……前に、捕まえた動物を手術の練習台にしたことがあって。大丈夫かなって」

「それくらい大丈夫なんじゃない? 絶対に、とは言えないけどさ」

「そ、そうですね」

そんなこんなでオカルト談義は終わり、皆で朝食をとりに行くことになった。

身支度を整えた3人は、ナルソンの天幕へとやってきた。

中には朝食の準備がされており、ナルソンとジルコニアが席に着いている。

今日の朝食は、鮭フレークがたっぷり載った白粥、乾燥野菜で作った野菜スープ、ジャーマンカモミールのハーブティーだ。

エイラたちが一良の体調を考えてくれたのか、とてもお腹に優しいラインナップである。

壁際に控えているエイラが、一良ににこりと微笑んでマリーとともに腰を折った。

「カズラさん、おはようございます。よく眠れました?」

ジルコニアが一良に笑顔を向ける。

顔色はすこぶる良く、体調もよさそうだ。

「まあ、それなりですかね。お二人はどうです? よく眠れました?」

「はい、とてもよく眠れました。身体もいつもどおり、元気満々です」

「私も、ようやく安眠できました。何はともあれ、初戦を完勝できてほっとしたからですかな」

「それはよかった……って、ジルコニアさん、それまさか、今食べるんですか?」

皆がジルコニアの食事に目を向ける。

ミルクチョコレートの板チョコ(58グラム)が2枚、ハーブティーの横に置かれていた。

ちなみに、昨日の朝は1枚だった。

「えっ、でも、2枚だけですよ?」

「いや、いくらなんでも食いすぎじゃないですかね……」

「別にいいじゃないですか。身体に悪い物でもないんですし」

「いや、チョコレートって糖分すごいですし。お肌に悪い影響が出るかもですよ。食べ過ぎはよくないです」

太ると言ってもよかったが、女性にそういった言葉を言うのもアレなのでやめておいた。

そもそも、こちらの世界に来てから、太っている人間を一度たりとも見たことがない。

日本から持ってきた食べ物を食べさせても体型がまったく変わらないのだから、そういった心配はいらない生物なのかもしれないが。

「そうなんですか? 今のところ、何もないと思いますけど」

自分の顔を擦りながら、ジルコニアが少し不安そうに言う。

「ジル、カズラ殿もそう言っていることだし、少し控えたらどうだ?」

「うーん……じゃあ、そうするわ。コレは皆で食べましょう」

肌荒れという言葉が効いたのか、だいぶ我慢することにしたようだ。

チョコレートの包み紙を開け、パキパキと割ってテーブルの中央に置く。

皆で席に着き、食事をとり始めた。

「カズラ殿、怪我をしたウリボウたちなのですが、ラタ医とともにここに置いていこうかと思います」

粥を口に運ぶ手を止め、ナルソンが言う。

「そうですか。人を襲ったりはしなさそうですか?」

「今のところは大丈夫そうです。オルマシオール様の眷属とあっては全身を縛り付けるわけにもいきませんし、大人しくしてくれているよう祈るしかないかと」

「そ、そうですね……あ、動物繋がりで思い出したんですけど」

ふと昨日気になったことを思い出し、一良は話題を変えることにした。

オルマシオール関連の話をしていると、どうにもナルソンを騙しているような感じがして後ろめたい。

「昨日の戦いの前に、軍団の上を鳥が飛んで行ったじゃないですか。あれって、もしかして……」

「はい。呪術師に前もって用意させておいたものです。動物の内臓占いよりは、皆に見えて効果的だと思いまして」

「ああ、やっぱりそうだったんですか。こう、軍隊の上をぐるぐる回るのが吉兆なんですか?」

「そのとおりです。回った下にいる軍隊が、向かっていった先の敵を撃ち滅ぼすという意味があります」

「なるほど。確かに、皆嬉しそうでしたもんね」

「はい。おかげで士気が上がりました。この戦いで負ければ、我が国は遠からず滅亡の憂き目に遭います。使えるものは、何でも使わねば」

不意に出た『滅亡』という単語に、一良は思わず表情をこわばらせた。

初戦の勝利に明るい雰囲気になってはいるが、こちらは一度たりとも負けるわけにはいかない。

常にギリギリの状況なのだ。

「芸がないですが、次の戦いでも同じように鳥を使った占いを行わせます。それと、次の戦いでは砦攻めとなります」

ナルソンが硬い表情になる。

皆も、食事の手を止めた。

「カノン砲とスコーピオン、それにカタパルトで可能な限り敵戦力を削りますが、最後は砦に突入しての白兵戦となります。持てる戦力をすべて投入しますが、どう転ぶかは正直分かりません」

「敵兵の練度が、かなり高かったものね。一歩間違えれば、返り討ちに遭うわ」

ジルコニアの言葉に、ナルソンが頷く。

「長期戦にするつもりはありませんが、大型兵器を使って防壁、防御塔、城門を無力化させる都合上、最低でも攻略に丸二日はかかるとみています。なので予定通り、攻略戦の間は、兵士たちには特別な食事を与えます。よろしいですね?」

念を押すように言うナルソン。

これは砦攻略の計画を練っている段階で、一良も同意済みだ。

戦いに於いて、兵士の疲労は戦力の低下に直結する。

だが、日本産の食べ物を使えば、それを大幅に軽減することができるだろう。

日本から持ってきた食べ物は、長期的な摂取でなければスタミナ回復および向上の効果だけにとどめることができる。

一良がグリセア村で生活していた初期の頃の体験で、それは実証済みだ。

そのために、前回日本に戻った時にトン単位で米や小麦粉を購入してきた。

兵士たちにはラタ麦と米とを半々に混ぜた粥、もしくは小麦粉入りのパンを食べさせるので、十分足りるはずだ。

「はい、大丈夫です。それだけの分は用意してきたので、何日かは持つと思います」

「ありがとうございます。管理には細心の注意を払いますので、どうかご安心を」

「それと、ナルソンさん。1つ提案があるんですが」

そう言って、一良がバレッタを見る。

こくんと、バレッタが頷いた。

「もし、敵が完全に砦に引きこもってしまった時は、カタパルトで砦内を直接攻撃しようと思うんです」

「例の火炎壺を放り込むのですか? あれはあまり数がないので、できれば防御塔を焼くのに使いたいのですが」

ここで言っている火炎壺とは、ガソリンを入れた水瓶のことである。

下手すると気化したガソリンに引火して投射の前に自爆する可能性があり、かなり危険な代物だ。

敵にとっては、悪夢のような兵器だろう。

だが、一良が使おうとしている兵器は、それよりもさらに恐ろしいものだ。

「いえ、それとは別の物を使います。いくらか用意してきたので、もしもの時は使わせてください」

「それはどういった物なのですか?」

ナルソンの問いに、一良が言葉を詰まらせた。

そんな一良の手を、バレッタが隣からそっと握る。

一良に代わり、バレッタが口を開いた。

「猛毒の煙を発生させる兵器です。煙を吸い込んだ生き物を、無差別に殺傷します」