軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

187話:砂盤の戦場

一良たちが天幕に入ると、ナルソン、ジルコニア、リーゼ、マクレガーが長机を囲んでいた。

ナルソンの後ろには、アイザックとハベルが控えている。

机の上には、10センチほどの高さの枠が付いた正方形の大きな木箱が置かれている。

中には砂が敷き詰められていて、平らにならされていた。

戦闘のシミュレーションをする『砂盤』と呼ばれるものだ。

「ナルソンさん、バルベール軍が砦を出たって聞きましたが」

「はい。昨日の朝に出撃したようです」

「目的地は分かりますか?」

「まっすぐ、こちらに向かってきています。森の出口で待ち構えるつもりかと」

一良がジルコニアの隣に座る。

「バレッタ、お母様の足を……ど、どうしたの? 目が腫れてるよ?」

リーゼの言葉に、皆の視線がバレッタに向く。

「え、えっと……テ、テーピングを取ってきますね!」

ばたばたとバレッタは天幕を出ていった。

今度は、皆が一良に目を向ける。

「ちょ、ちょっといろいろありまして……で、砦を出た軍勢っていうのは2個軍団ですか?」

「いえ、1個軍団だけのようです」

「む、1個軍団ですか。もう1つの軍団は砦に居座ってるんですかね?」

「はい。軍団要塞にいたほうの軍団が砦に移動したようですが、軍団要塞の設備は引き払わずそのままのようです。敵の増援部隊の到着が近いかもしれません」

「増援ですか……」

一良が顔をしかめる。

砦に詰めている2個軍団を両方出張らせての会戦が理想だったが、敵は1個軍団を出すにとどめたようだ。

敵の増援の到着が近いとなれば、うかうかしてはいられない。

新兵器があるとはいえ、一度の戦いで大打撃を与えられるのは、こちらの手の内がバレていない第一戦目だけになる可能性が高い。

敵が対策を講じる前に、一気に砦を制圧するのが理想だ。

「森の出口を押さえてしまえば、1個軍団で十分と考えたのかもしれません。時間を置いて砦の軍団も出撃する可能性もありますが、まだ分かりませんな」

「つまり、こっちを殲滅する気はなくて、森の出口で追い返せればいいって考えてるってことですか?」

「いえ、追い返すだけが目的なら、砦の前に兵を展開してくるはずです。進軍してきたということは、こちらを撃破する意図があるということです」

通常、砦を有している側が防衛戦を行う時は、防壁の上に弓兵や投石兵を配置して、防壁のすぐ外側には近接戦用の歩兵を展開する。

歩兵に攻め手を食い止めさせて、砦上からの攻撃で敵に出血を強いるのだ。

攻め手は射手を近づけると砦上からの攻撃を浴びてハチの巣になるので、迂闊に支援攻撃をさせることはできない。

これはもちろん、長射程の攻城兵器を攻め手が保有していない場合の話だ。

「おそらく、敵は騎兵に森を迂回させて、我々の後方に回り込ませる算段でしょう」

ナルソンはそう言うと、机の上に置かれていた布袋をひっくり返した。

中から、たくさんの木彫りの人形が砂の上に転がり出る。

歩兵、弓兵、騎兵といったオーソドックスな兵種のほかに、2頭のラタが小さな2輪馬車を引いている人形や、クロスボウを持っている兵士の人形などもある。

人形はすべて、青色もしくは赤色に塗られていた。

「おお、兵種ごとの駒ですか。たくさんありますね」

「ここ数カ月で兵種がかなり増えましたからな。以前はこれの半分程度でした」

固定具付きのハンドキャノンを持っている砲兵やスコーピオン、バルベールが使ってきた 遠投投石機(トレビュシェット) の人形まで用意されている。

なかなか細工が細かく、部屋に飾っておきたいくらいの出来栄えだ。

「この馬車を引いている駒は何ですか?」

「それはチャリオットです。車輪の軸に剣が取り付けてある兵器でして、敵陣に突っ込んで戦列を乱し、兵士を切り刻みます。休戦前の戦いで1度こてんぱんにしてやったので、相手が使ってくることはないでしょうが」

「ああ、これが……って、これってかなり強い兵器ですよね? どうやってやっつけたんですか?」

「相手がチャリオットを投入してきたら、進路の先の兵士に道を空けさせたのです。空けた道の先にも兵を置き、チャリオットが道に入ったら槍を突き出させました」

「『ネズミ捕り』って言ってたかしら?」

「うむ」

どうやら、チャリオットが近づいてきたら兵士をコの字に配置して、罠に誘い込むような方法で撃破したようだ。

突き出された槍に突っ込む動物はいない。

道が空いていれば、いくら御者が操縦しても、自然とそちらに進む。

ナルソンはそれを利用したようだ。

だが、一良の知っている古代兵器のチャリオットは、こちらの世界の物とは少し違うように思えた。

「弓兵を載せて矢を射かけたりはされなかったんですか?」

「いえ、野戦では馬車が揺れ過ぎて、弓など使えたものではありません。それに、御者と射手とで乗っては重すぎて、動きも鈍りますので」

「揺れ過ぎ……? あ、車軸が未発達だからか」

一良が思い浮かべているチャリオットは、古代エジプトで用いられていたような高機動タイプのものだ。

車輪とは、車軸から延びる複数本の棒が、円形のリムというものに接続されて車輪の形を作っている。

古代エジプトのチャリオットは、このリム部分に動物の革が巻かれており、走行時の振動を吸収するようになっていた。

そのおかげで、射手は高速で移動する車上でも、安定して矢を射ることができたのである。

また、急な角度で曲がっても横転しにくいよう、車輪は車体後部に設置し、車輪同士の幅も広く作られていた。

バルベールのチャリオットはそのあたりが未発達なため、旋回する際はかなり大回りをする必要がある。

そのせいで、ナルソンが仕掛けた『ネズミ捕り』にまんまと引っかかってしまったわけだ。

ちなみに、エジプトのチャリオットの搭乗者は軽量化のために防具を着ない。

馬車自体も徹底的に軽量化されていて、ほとんど骨組みだけといった構成だ。

当然ながら、防御力は皆無である。

使う方にも使われる方にも、ある意味恐ろしい兵器だったようだ。

「アルカディアはチャリオットは持ってないんですか? 訓練場とかでも、1度も見たことがないですけど」

「あれは操縦訓練に恐ろしく手間がかかりますので、我が国では採用しておりません。地形にも制約を受けますし、我々にはそんな兵種をそろえている余裕はありませんでしたので」

「なるほど……数をそろえるとなると、かなりお金がかかるわけですね」

「さて、それはいいとして、盤の準備をいたしましょう。マクレガー、頼む」

「はい」

マクレガーが盤上に手を伸ばし、さらさらと砂に地図を描き始めた。

縦長の道の片側に、森を示す円を。

もう片側には、山岳地帯を示すように小高く砂を盛った。

ちなみに、マクレガーとイクシオスには、一良がグレイシオールであるとナルソンから伝えてある。

今までの経緯についても大まかに説明したのだが、直接一良に何かを聞いたり、態度を変えたりはしてこなかった。

余計なことをまったく言わないあたり、さすがである。

「ジル、バルベール側の駒を頼む」

「ええ」

サクサクと、ジルコニアが道を塞ぐように赤い駒を並べる。

ナルソンも、青色の駒を森の間の道にいくつか並べた。

赤色がバルベール軍、青色がアルカディア軍だ。

森の間を、アルカディア軍が進んでいる構図になった。

「道に罠が仕掛けられたりもしますかね?」

盤面を見てふと思い立ち、一良が質問する。

以前、リーゼから軍団同士の戦闘の説明を受けた際に、罠の話があったことを思い出したからだ。

「いえ、敵の目的はこちらの殲滅なので、壊走後の追撃に邪魔になるような罠は仕掛けないと思います」

「敵が森に伏兵を置くっていう可能性は?」

「道幅自体がかなり広いので、奇襲するにしても森から我らの軍に届くまでに距離が空きすぎます。兵を伏せている可能性は低いでしょう。それでも一応、森と山岳地帯には斥候を出しますが」

両脇を森と山岳地帯に挟まれているとはいえ、その間の空間は軍団を展開するには十分な広さがある。

平坦で障害物もないため、長槍を装備したアルカディア兵にはうってつけの戦場だ。

森の中に伏兵がいたとしても、常に見張りを立てるなら完全な奇襲ということにはならないだろう。

「では、状況の確認をしよう」

ナルソンが宣言し、皆が頷く。

一良も質問をやめ、黙って聞くことにした。

「砦を攻撃された時の敵軍の編成を見るに、敵軍が保持している兵種は、重装歩兵、弓兵、騎兵、投石機だ。今回の会戦では、投石機はいないとみていいだろう」

「そう? 後方で組み立てておいて、使ってくるんじゃない?」

ジルコニアが心配そうに言う。

彼女は実際に直撃弾をくらい、乗っていたラタを肉塊にされている。

その時の衝撃は、未だに強く頭にこびりついていた。

「いや、森と自軍の兵士とで視界が妨げられるから、射撃手が着弾地点を確認できない。目標地点の修正にも時間がかかるようだし、あれは会戦に向く兵器ではないな」

「そう……確かに、そうかもしれないわね」

「続けるぞ。奴らは弓兵を2個中隊、つまり600人は持っている。もう1個軍団が合流した場合、弓兵だけで1200人まで膨れ上がる。まずはそれを使って、こちらの戦力の漸減を狙ってくるはずだ」

「こっちの弓兵の数は?」

「2個軍団で500程度だ。ただし、クロスボウはその4倍用意した。矢と替えの部品もたっぷりある」

「そんな数、よくそろえられたわね。訓練は十分なの?」

「もちろんだ。そうだな、マクレガー?」

ナルソンに話を振られ、マクレガーが頷く。

「はい。矢を番えて引き金を引けば撃てるので、訓練自体は簡単でした。また、点ではなく面での一斉射撃を行うので、ただ前に撃てばいいだけです。細かく狙う必要はありませんので」

「じゃあ、弓にはクロスボウで対抗するの?」

「いや、しない。弓とスリングで応戦しつつ、敵の前進をうながすために数機のスコーピオンで攻撃する。クロスボウを使うのは、敵が接近してきて投げ槍の投擲体制に入ってからだ」

そうして話を続けていると、バレッタがテーピングを手にして天幕に入ってきた。

「遅くなりました。ジルコニア様、足を出してください」

ジルコニアに駆け寄り、ブーツを脱がせた。

くるくると、手際よくテーピングを施していく。

「一応歩いても大丈夫ですが、あまり力は入れないでください」

「ありがと。普通に歩き回っても平気なの?」

「少しくらいなら。走ったりしたらダメですよ」

「バレッタ、お前に頼みたいことがあるんだが」

ナルソンに声をかけられ、バレッタが顔を上げる。

「あ、はい。何でしょうか」

「軍団後方でハンドキャノン部隊に加わってくれ。といっても、ただの連絡係だがな。無線機で、逐次私に状況報告をして欲しい」

「あ、それなら俺も一緒に行きますね」

バレッタが一良に顔を向けるよりも早く、一良が申し出た。

「あ、いえ、カズラ殿はリーゼと一緒に軍団中央にいていただきたいのですが」

「いいえ、私もバレッタさんと一緒に行きます」

「しかし――」

「お父様、私は大丈夫ですから」

異議を唱えるナルソンを、リーゼが遮った。

「お母様も一緒ですし、私は大丈夫です」

「む……お前がそう言うならいいが」

渋い顔をしながらも、ナルソンは頷いた。

リーゼが一良に笑顔を向ける。

「カズラ、バレッタを守ってね。怪我させちゃダメだよ?」

「お、おう」

いつものリーゼならバレッタに頼むのにな、と思いながらも、一良は頷いた。

バレッタはそそくさとテーピングを終え、一良の隣に腰を下ろした。

「……では、バレッタはカズラ殿と一緒に連絡係を頼む。荷馬車の上から、戦場全体を見ていてくれ」

「はい!」

バレッタが元気に返事をする。

どことなく嬉しそうだ。

「では次だ。アイザック」

「はっ!」

「お前には、第2軍団の騎兵隊長を命ずる。この会議が終わり次第、騎兵隊に出向いて指揮権を受け取れ。話は通してある」

「っ!? は、はい!」

完全に予想外だったのか、アイザックが素っ頓狂な声で返事をした。

ちなみにだが、第2軍団騎兵隊の現隊長はアイザックの血縁者だ。

騎兵隊には、スラン家の人間が何人も所属している。

アイザックはスラン家本家の長男坊なので、この急な人事でも特段騒がれるようなことはないだろう。

「第2騎兵隊の配置は、軍団後方だ。もし敵の騎兵隊が背後を突いてきたら、ハンドキャノンの一斉射撃を食らわせる。第2騎兵隊は、混乱した敵騎兵に突っ込んで皆殺しにしろ。徹底的に追撃して、1兵たりとも逃がさないつもりでやれ」

「かしこまりました!」

「戦功をあげる好機だぞ。といっても、敵が来ればの話だがな」

「はっ! お任せください!」

しゃちほこばって返事をするアイザック。

ナルソンは頷くと、再び盤面に向き直った。

「あ、あの、ナルソン様。私はどの部隊に所属すれば……?」

おそるおそるといった様子で、ハベルがナルソンに声をかける。

「ん? ……そうだな。グリセア村の娘たちとともに、カズラ殿の護衛に付いてもらおうか」

「あ、それなら、ハベルさんにカメラ係をお願いしたいのですが」

これ幸いと、一良が手を上げる。

自分が後方に行く都合上、誰かに頼まなくてはいけない仕事があるのだ。

「今回の戦闘は、すべて動画で撮影したいんです。私が後方の戦いを撮影するんで、ハベルさんは前方をお願いします」

「カ、カメラですか? 私でも使えるのでしょうか……」

「大丈夫ですよ。三脚もありますし、ボタンを押して観ているだけです。この会議が終わったら教えますから、私と一緒に来てください」

「は、はい」

「カズラさん、動画って何のことですか? 写真とは違うのですか?」

ジルコニアが小さく手を上げて質問する。

「動画っていうのは、こうして動いている状況を記録したもののことです。写真を撮るみたいに、動いている状況を記録として残せるんですよ」

「……うーん」

「言葉で言っても分かりづらいですよね。後で見せますから」

「はい、お願いしますね」

話がまとまったのを見て、ナルソンが盤面に目を戻した。

「では、盤上演習を始めようか」

ナルソン主導で、戦闘シミュレーションが開始された。

ナルソンが青の駒を進め、マクレガーが赤を動かす。

状況が進むにつれて、こつんこつんと倒される駒が増えていく。

倒れていくのは、バルベール軍を示す赤い駒ばかりだ。

目まぐるしく変わっていく砂盤の戦場を、一良は食い入るように見つめていた。