軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

106話:政策調整

朝食後、一良は日本に戻ると、電器屋でエアコンや追加のノートパソコンといった家電を購入し、リーゼと約束した化粧品などの買い出しと各種情報収集を行った。

パソコンを購入した際には、百科事典のDVDも購入した。

書籍に比べて非常にコンパクトなうえに、これならば情報の検索も容易になるだろう。

今までのように情報が必要になるたびに日本に戻るといった状況も、ある程度緩和することができそうだ。

郷土資料館にも赴き、職員に馬車の振動対策について詳しく教えてもらった。

色々と聞いた結果、イステリアでも使えそうな『 懸架式(けんかしき) 』という方法を知ることができた。

『懸架式』とは、座席を紐や鎖で車体からぶら下げることによって、走行時の振動を軽減させる方法だ。

バネを用いたサスペンションには劣るが、今まで車体に直に振動が伝わっていた状態よりはだいぶマシになるだろう。

参考文献も購入できたので、イステリアに戻ったらすぐに製作に取り掛かれそうだ。

午後になってから村に戻り、バレッタと2人でのんびりと過ごした。

村の近況を聞いたり、鳥小屋や畑を見て回ったりと、久しぶりにのんびりとした時間を過ごすことができた。

イステリアでの作業の話もちらほらと出たが、それが主な話題になることはなかった。

ナルソン邸での生活や、マリーが用意してくれている料理の内容などにバレッタは関心を持っていた様子だった。

その日の夜は早めに就寝し、早起きして出立準備を済ませ、村の入り口へと向かった。

村の入り口には、一良を見送るためにすべての村人が集合している。

今は、バレッタに別れの挨拶をしているところだ。

「次に戻ってくるのは、おそらく3ヵ月後になると思います。時間に余裕ができたら早めに戻ってくるようにしますから、心配しないでください」

「分かりました。でも、村は大丈夫ですから、カズラさんも無理はしないでくださいね。健康第一です」

一良が長期間村に戻らないと聞いても、バレッタは明るい表情を崩さなかった。

村人たちの大半は不安そうな表情を見せているが、それを言葉にするような者はいない。

バレッタも寂しがるだろうと思っていた一良は、拍子抜けすると同時に逆に自分のほうが寂しさを感じてしまった。

「バレッタさんも、あまり無理しすぎないでくださいね。毎日ほとんど休まないで動き回ってるって、バレッタさんと仲のいい娘からタレコミがありましたよ」

「う……気をつけます」

「本当に?」

「ほ、本当です」

一良はやれやれと苦笑すると、村の皆に向き直った。

「では、行ってきますね。しばらく会えませんが、元気にしていてください」

「……きっと、もっと早く会えます」

「え?」

一良がきょとんとしてバレッタに目を向けると、バレッタはくすっと笑った。

「いってらっしゃい。お元気で」

「い、いってきます」

意味がよく分からないままそう答え、一良は馬車に乗り込んだ。

次の日の深夜。

一行がナルソン邸の広場に到着すると、ナルソンとジルコニアが出迎えてくれた。

「カズラ殿、長旅お疲れ様でした。首尾はどうでしたかな?」

「ただいまです。必要な物はすべて揃いました。工事計画書も用意できたので、早急に工事を開始しましょう。人員の確保はできていますか?」

「できています。カズラ殿が出発した後すぐにガラスの売り上げの一部が入ってきましたので、初期費用としてそれを用いました」

「おお、クレアさんがやってくれましたか。まだ半月くらいしか経ってないのに、よく売り払えましたね」

「リーゼにせっつかれていたようで、工事の費用にと大急ぎで少量を売却してくれたようです。残りはもう少し待てと言っておりましたな」

クレアには、加工済みのガラス玉を数十個渡してある。

手持ちを全部渡していないのは、ナルソンから待ったがかかったからだ。

全部でいくつあるのかはクレアには明かさず、継続的に一定量を手渡すことにするらしい。

「その売り上げで、しばらくは持ちそうですか?」

「初期費用としては十分ですが、長期間持たせることはできません。一応別枠で予算は組んであるので、資金不足になる心配はありませんが」

それなりの額が入ってきたようだが、大人数を動員した工事費用としては心もとないようだ。

定期的にクレアが資金を調達してきてくれればいいが、あまりあてにしすぎるのもよくないだろう。

「安定した収入源とは言い難いですもんね。残りのガラスはどれくらいで換金できるんだろうか……何か聞いてます?」

「とりあえず小粒のものを数個売却したとのことで、残りはまだ取引に出していないとのことです。少しの間様子を見て、時期をみながら売りに出すとか」

「ふむ……まとめて売却とはいかないんですね」

「そうですな。あまり一気に数を出しすぎると価格の暴落にも繋がりかねませんし、なにより目立ちすぎるのでしょう。彼女に渡すのもしばらくは小粒のものを小出しという形にして、時折大粒のガラス玉も用意して、数でなく質で売却価格を調整させたほうがよいかと思います」

「なるほど、それがよさそうですね」

自室には、まだ未加工のガラスロッドが5キロ以上ある。

ピンポン玉サイズだろうが野球ボールサイズだろうが、必要に応じて作ることができるだろう。

「さて、今日のところは休ませてもらいますかね。明日は工事計画の調整でいいですかね?」

「それが、その前に少しご相談したいことがありまして……」

「ん、何かあったのですか?」

一良が問い返すと、ナルソンは隣のジルコニアに目を向けた。

ここからは、ナルソンではなくジルコニアが話すらしい。

「カズラさんがいない間に、王都、グレゴルン領、フライス領、そしてクレイラッツから、面会の申し入れに使者がやってきました。水車の噂が、ついに彼らの耳にも入ってしまったようでして」

それを聞き、一良は顔をしかめた。

いつかはくるだろうと思っていた時が、ついにきてしまったようだ。

他の地域に情報が伝わるまでにはまだ時間があると思っていたのだが、予想外に早い。

使者が来ているということは、相手方は情報源の特定と真偽の確認も済んでいるのだろう。

「とうとう来ましたか……クレイラッツの使者も、王都とかの使者と同じ用件ですか?」

「同じは同じなのですが、別の件についても話し合いの場を設けたいとのことです。そちらは軍事関連の内容ですので、私が対応いたしますわ」

「ふむ……どんな内容なのか、後で教えてもらってもいいですか?」

「もちろんです。詳細はまだ私も知りませんので、会談が終わった後にお話させていただきますね」

一良の申し出に、ジルコニアは微笑み頷いた。

アルカディアの外交状況については早急に情報を集める予定だったので、会談の内容と一緒にジルコニアから話を聞くのがいいだろう。

「他にもいくつか問題が起こりまして、ご相談させていただきたい話がありましてな……とりあえず詳細は明日にということにして、今日のところはお休みください。風呂の用意もできておりますので」

「そうですね、そうさせてもらいます」

どんな話か気になるが、今は旅の疲れでくたくただ。

運んできた荷物の荷解きもしないといけないので、勧めに応じて部屋に戻ることにした。

荷物をアイザックたちに任せて風呂に直行し、一汗流してから自室へと戻った。

ふとテーブルに目を向けると、ノートパソコンの隣に便箋と布の小袋が置かれているのに気がついた。

「なんだろ……お、クッキーか」

袋を開けてみると、中には四角いクッキーが沢山入っていた。

便箋を手にとると、綺麗な文字でメッセージが書かれていた。

差出人はリーゼのようだ。

「『おかえりなさい。エイラに教わりながらクッキーを焼いてみました。美味しくできたのでおすそ分けです。 リーゼ』……忙しい身だろうに、ホントにマメだな。いただきます」

ポリポリとクッキーを齧りながら、ノートパソコンを起動する。

その間に床に積まれたダンボールを開封し、 中から『オリジナルフォント作成ソフト』を取り出した。

説明書をぱらぱらとめくり、使い方に目を通す。

「なになに、『手書きの文字をスキャナで取り込んで登録します』……せっかくだからリーゼに手伝ってもらうか。俺よりよっぽど字が上手だし」

ソフトをインストールし、軽くいじってみる。

特に複雑な操作は必要なく、簡単にフォント作成ができそうだ。

「これで文書作成ソフトとかにフォントを対応させれば、書類作成の効率が格段に向上するな。エイラさんとかにも手伝ってもらえるだろうか」

エイラやマリーにパソコンで書類作成を頼むことができれば、一良やナルソンの負担は大幅に軽減されるだろう。

情報によっては機密扱いになるだろうが、そういったものはリーゼやジルコニアに頼むこともできる。

とはいえ、彼女たちにパソコンの扱いを覚えてもらうという前提があるので、仕事を頼めるようになるまでは多少時間がかかるだろう。

「……バレッタさんだったら、何でもぱぱっと覚えてくれそうだよな。あっという間に俺より使いこなせるようになりそうだ」

昨日別れた時のバレッタの笑顔を思い出し、少ししんみりとしてしまう。

彼女の驚異的な飲み込みの速さならば、文章作成ソフトどころか表計算ソフトまで簡単に使いこなしてしまいそうだ。

気心も知れているので、傍にいてくれれば最高に心強い。

だが、いないものは仕方がない。

村の人間にはなるべく迷惑をかけないと決めたのは自分なので、雑念を振り払って荷解きを再開する。

「化粧品、とりあえず10種類くらい買ってきたけど、使い方は全部同じでいいのかな……てか、同じものが1個もないんだけど、そっちの方が問題だったりするんだろうか」

その後、ぶつぶつ言いながら荷解きを済ませると、ベッドに潜り込んで泥のように眠るのだった。

次の日、いつものように一良とナルソン一家で朝食を済ませると、全員そのまま一良の部屋に移動した。

昨晩の話の続きをするためだ。

隣室からは、ノミで壁を削る鈍い音が響いてくる。

隣室を快適な作業場とするべく、エアコン設置のために職人が壁に穴を開けている音だ。

監督はルートに任せており、一良の部屋にはアイザックとハベルもいる。

部屋に入った2人は、エアコンの涼しさに「おお……」と声を漏らしていた。

テーブルを囲むようにして皆で席につくと、ナルソンが口を開いた。

「では、昨晩の話の続きをさせていただきます。まずは水車について話を聞かせろと使者が来ている件ですが、そちらは私が対応いたします」

「お願いします。イステリアの技術者が作ったことにするんですかね?」

「そうするつもりです。すでに構造を熟知している職人には口裏を合わさせてあるので、特に怪しまれることもないでしょう。幸い、手押しポンプや製材機などは、試作機が出来上がったばかりで話は漏れていないようです。そちらはすっとぼけておこうかと思います」

「あ、試作機できたんですか。どんな具合ですか?」

一良が期待した眼差しをナルソンに向ける。

「製材機と既存の水車を改良した動力水車の試作機が完成しまして、とりあえずは使用に耐えられそうだとのことです。ですが、手押しポンプの動作に少々難があり、水漏れが発生して動作不良を起こすことがあるようです」

「え、そうなんですか。どの部分がダメだったんです?」

「製作当初は問題なく動作していたとのことですが、何日か使わずに置いておくとピストン部分から水漏れが起こると職人は言っておりました。ピストンに使っている木材が乾燥すると収縮してしまうことが原因だろうとのことで、代えの部品を用意しておく必要があるとのことです」

「なるほど……ここ最近、かなり空気が乾燥してますもんね。でも、その程度の問題なら毎日使っていれば大丈夫そうですね」

手押しポンプのピストンには 木玉(もくだま) と呼ばれる 円錐台(えんすいだい) の形をした部品が使われており、現代ではゴム製が一般的である。

イステリアではゴム部品を手に入れることができないので、代わりに木製の木玉に動物の皮を巻きつけたものを使うことになっている。

これは戦後の日本でも使われていた部品と同等のものであり、手押しポンプを購入した会社で買ってきた本にも説明が記載されていた。

「また、あまり長く使い続けると、逆にピストン部分が膨張して詰まってしまい、ハンドルが動かなくなってしまうとのことです。かなり微妙な調整が必要とのことなので、ピストン部分を製作する工房は一箇所に限定して専門に作らせることにしました」

「分かりました。量産は開始できそうですか?」

「製材機は量産が可能です。手押しポンプは製作に手間がかかるので時間がかかりそうですが、試作中の鍛造機が完成すれば多少早く製作できるようになると思われます。私の提案なのですが、今後予定されている製粉機の試作を一旦取りやめ、製材機と鍛造機の量産を優先させてはどうかと思うのですが」

「そうですね、そうしましょうか。早めに手押しポンプの数を揃えてしまいましょう」

「かしこまりました。では、次の話なのですが、隣のグレゴルン領との塩の取引で問題が発生しました」

「塩、ですか?」

今まで一良がまったく手を出していなかった、輸出入関連の話のようだ。

イステール領には海がないので、塩の都合は他の地域に頼っているのだろう。

「はい。現在、領内で使っている塩は西のグレゴルン領と南のフライス領から輸入しているものです。ですが、先日グレゴルン領の商人から、塩の取引規模を縮小したいとの申し出がありました」

「え、いきなりですか? いったい何があったんです?」

一良が問うと、ナルソンは合点がいかない様子で眉を寄せた。

「それが、グレゴルン領の沿岸で天候不順がここ最近続いているとかで、製塩作業が行えないと商人は言っていたのですが……どうにもよく分からない部分がありましてな」

「分からない部分?」

「ええ、4日前にこのあたりにも雨が降りまして、ようやく日照りは終わりを迎えたようなのです。おそらくグレゴルン領でも雨が降り始めたのだろうとは思うのですが、製塩作業に支障をきたすほど天候不順が以前から続いていたとは予想外でしてな。この時期にそこまで長雨が続くことは珍しいものでして」

「今までの取引では問題なかったのですか?」

「はい、昨年の同時期は量も価格もいつも通りでした。こんなことは今回が初めてです」

その話に、一良は首を傾げた。

天候不順で製塩作業ができないという話は分かるが、急に取引規模を縮小したいと申し出ることなどありえるのだろうか。

長期間天候不順が続いていたというのなら、それに関連する話が以前からナルソンの耳に入っていてもおかしくないはずだ。

「グレゴルン領で作られる塩は、他の地域と比べて圧倒的に高品質です。なので、天候不順によって塩の品質を維持できなくなったのかとも考えましたが……彼らの製塩方法は極秘扱いのため、手法がさっぱり分からず確証が得られません」

「うーん……その商人、他の地域と取引をするために嘘をついているんじゃないですか? もっと高値で買ってくれるところが見つかったとか」

取引縮小の理由が天候不順によるものではないとすると、そう思うのが普通だろう。

だが、ナルソンは首を縦には振らなかった。

「それはないでしょう。グレゴルン領が塩の取引をする相手は、我が領とフライス領、そして王都くらいしかありません」

「クレイラッツと取引しているとかは?」

「クレイラッツとの塩の取引は、我が領がグレゴルン領との間に入って 卸(おろし) をしている状態です。事前連絡なしにグレゴルン領がクレイラッツと直に取引を行うと我々と摩擦が生じるので、事実を隠蔽してまでそれを行うメリットがありません」

「なら、隣接しているバルベールと取引してるとかは?」

「休戦状態ではありますが、バルベールとの商業取引は王家から自粛するように指示が出ております。それに、バルベールも長い海岸線を持っているので製塩も行っています。グレゴルン領の塩は高品質で人気はありますが、現状でそれを理由に大規模な取引を行うといったことはないでしょう」

「(その他の理由だと……グレゴルン領が裏切っているっていう可能性もあり得るよな)」

一良の頭に不穏な考えが浮かんだが、口には出さないでおく。

ナルソンからしてみれば、グレゴルン領は先の戦争を共に戦い抜いた盟友であるはずだ。

先の戦争について詳しい話を知らない現状では、あまり分かったような口はきけない。

両陣営が限界まで戦ったような状況で最後まで手を取り合っていた仲間に対して、「実は裏切っているんじゃないか」などと軽々しく口にすべきではないだろう。

「そうなると、バルベールが大金を積んでグレゴルン領から塩を買ってるってのもありえないですよね。グレゴルン領としても危険を冒すことになりますし、バルベール側からすると敵国に資金提供するようなことになりますし」

「そうなのです。なので、ことさら不思議でしてな。まあ、どちらにせよ取引が縮小されることには変わりがないので、フライス領からの輸入を増やさざるを得なくなりました」

「あ、そうか、フライス領から買えばいいんですもんね。そっちの商人とは話はしたんですか?」

「はい。来ていた商人に相談したところ、『可能な限り融通するようヘイシェル殿に進言するが、生産が追いつかないと思う』とのことで……フライス領には今まで何かと無理な頼みばかりしているので、こちらとしてもこれ以上強く言えません。かといって塩の価格が高騰するのも困りますし、何とかならないかと思いまして」

塩の価格が高騰すると、市民の家計を圧迫することになるので何とかしたいところだ。

どのような製塩手法をとっているのかは分からないが、日本で行われている製塩手法を取り入れれば、多少なりと増産することができるだろう。

ちなみに、ヘイシェルとはフライス領の領主であるヘイシェル・フライスのことだ。

「となると、自分たちで塩を作るしかないですね……私が製塩技術を提供しましょう。グレゴルン領の海岸線が天候不順で使えないとなると、フライス領の海岸線で製塩させてもらえるといいんですが、話をつけることはできますか?」

「利権の問題があるので簡単にはいきませんが、技術提供のみを行うというのなら問題はないはずです。ただ、我々が製塩技術を有しているというのもおかしな話になってしまうので、現地に行って試行錯誤するふりなどをして、共同開発という形にする必要はあるかと思います。それでもだいぶ苦しいですが」

「そうですね……でも、塩が足りなくなるのは死活問題なので、そこは何とか押し通しましょう」

「かしこまりました。製塩作業協力の打診をしてみます。我が領からフライス領までは大きな川が流れているので、物資の輸送には船が使えます。塩の増産が軌道に乗れば輸送コストも安く済むので、塩の価格を抑えられるでしょう。グレゴルン領との取引量もなるべく減らさずに済むよう、交渉に当たる文官に対応させます」

ふと一良が視線を感じて隣を見ると、リーゼと目が合った。

何やら表情が曇っており、元気がないように見える。

声をかけようと一良が思った時、ナルソンが話の続きを口にした。

「では、次の話です。ここ最近、市民の間で、イステリアにグレイシオール様が現れたとの噂が流れているようでして……」

ナルソンの台詞に、一良はぎょっとした。