軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第38話

私と青野は、目の前に突如として現れた市場を、ただ呆然と見つめていた。

高二の「ダンジョン奇遇イベント課」で叩き込まれた知識が、頭の奥から一気に浮かび上がってくる……

――「古代魔法市」は、レアリティA級に分類される奇遇イベントであり、平均して年に四回発生する。出現場所はG166番ダンジョンのみに限定されている。

奇遇イベント――それは、出現に規則性がなく、能動的に探索することもできず、発生原因も未だ解明されていない特殊なダンジョン現象。

発生確率は極めて低いが、一度起きれば莫大な機会、あるいは致命的な危険をもたらす。

そして――この「古代魔法市」は、一般的な“当たり”でも“ハズレ”でもない。

名前の通り――ただの市場でしかないのだ……

「……ちょっと待って」

最初こそ狂喜していた私と青野だったが、そこで――ふと、ある恐ろしい問題に気づく。

「……お金、ある?」

「……」

気まずい沈黙が流れる。

私たちは、ゆっくりと顔を見合わせた。

私はさっきポチの嗅覚モジュールを購入したばかりで――

残高は、もう……一桁しか残っていない。

青野も火災で財産の大半を失っていて、冷蔵庫に奇跡的に残った錬金薬も一本も売れていない……

仮に物々交換だとしても、私が差し出せるのは古びた服一式と、リュックに入っている血まみれのかじりかけの竹くらい。

――コメント欄は、もう大爆笑だった。

『超レアの「古代魔法市」を、地球最貧クラスの二人が引き当てたの草www』

『この市場って時間回廊で、四十万年前の魔法文明に繋がってるらしい。でも入れるのは発生者とその周囲の人間だけなんだよな……中には現代じゃ手に入らない品が山ほどあるって聞いた』

『四十万年前の文明なら、当然円なんて使わないよな。じゃあ何で取引するんだ? 情報少なすぎる……』

『今まで入ったのは十五人だけ。うち二人は羊にされて、それ以外は全員S級以上の冒険者になってる』

『でも誰も情報公開してない』

『今日、配信でそれ見れるの!?』

『奇遇イベント生配信!? 激アツすぎる! タイトル変えろ、絶対バズる!』

――ポチが、すでにタイトルを変更していた。

「……まあ、せっかくだし入ってみよっか。どうせ何も買えないのに見て回るの、ちょっと白い目で見られそうだけど……」

正直、この場から逃げ出したかった。

気に入ったものを見つけても買えないなんて――

精神に悪すぎるんだけど……

「いらっしゃいませ」

市場の入口で、優雅な魔法使いが微笑みながら、私たちに一礼する。

「えっと……」

買うつもりもないのに、こんなに丁寧に迎えられると、逆に罪悪感がじわっと刺さってくる。

視線を合わせることすらできない。

「ご心配には及びません、未来より来たお客様。この魔法商店では、円での取引は行いませんので〜」

まるで心を読んだかのように、柔らかな口調で私の不安を見透かしてくる。

「でも、円以外も何も持ってなくて……」

「お二人とも、まだ理解されていないようですね。ここでは――あなた方は、かなりの“富豪”なのですよ〜」

魔法使いはそう言って、私たちを市場の中へと導いた。

市場は「井」の字型に区画され、縁日のように道の両脇に屋台が並んでいる。

そこには見たこともない品々と、それぞれの“価格”が表示されていた。

たとえば――「雷竜の鱗」、価格は――「未来世界の物語を一つ語ること」。

たとえば――「瞬間治癒ポーション」、価格は――「三つの謎を解くこと」。

多くの屋台は明かりに照らされ、商品と対価がはっきりと示されている。

だが一部の屋台だけは――なぜか黒い布で覆われていた……

私の視線に気づいたのか、魔法使いはわずかに笑う。

「黒布の屋台は、公開に適さない商品を扱っております。まずは通常の屋台をご利用いただき、その後お一人で黒布の屋台へ入り、商品をご確認ください――なお、同時に入れるのは一名のみです」

一人だけ?

私と青野は顔を見合わせる。

――あの市場から戻った冒険者たちが隠し続けている“何か”。

それが、あの黒布の中にあるのかもしれない。

「……みんな隠してるのに、私が配信で全部出しちゃうのって……まずくないかな……」

それに、配信つけたままだと“一人で入る”扱いになるのかも怪しい。

少し、不安になる。

「――その装置、外界へ映像を送信しているのですか?」

いつの間にか、魔法使いの手が空中に浮かぶポチへと伸びていた。

掌から発生した吸引力が、ポチを引き寄せる。

「やめて!! それに触らないで!!」

私は慌ててポチを抱き寄せる。

「……ご安心を」

魔法使いは手を下ろし、どこか意味深な笑みを浮かべた。

そして、静かに呟く。

「――すべては、運命の流れの中に――」

「あなたと私の邂逅もまた運命。そして、その配信もまた、運命の一部に過ぎません」

「……え?」

「彼らは商品を持ち帰った時点で、“公開される”という債務を背負っているのです。あなたがそれを世に示すことで――その支払いが完了する」

「それも――取引の一部に過ぎませんよ」

取引の……一部?

「ですが――」

魔法使いの視線が、私と青野の上をゆっくりと巡る。

「あなた方は、どのような“負債”を背負うのでしょうね……」

その瞳が、わずかに細められる。

「――実に、楽しみです」