軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第36話

「……昨夜は、ご迷惑をおかけしました……」

G166ダンジョン、宿泊施設のビュッフェ式朝食エリア。

神代は二日酔いでずきずきと痛むこめかみを揉みながら、椅子にぐったりともたれかかった。

「あなたたちがいなかったら、私……本当に、そのまま倒れてたかもしれない……」

「一人で勝手に酔い潰れるのやめなよ。ダンジョンでどれだけ質の悪い冒険者に当たるかなんて、想像つかないでしょ……」

青野は気だるげにあくびをひとつこぼす。

「私とあの男、どっちも依頼の目標アイテムは見つけてたの。提出場所は一階の酒場。でも“達成できるのは一人だけ”ってことで、依頼人が言い出したのよ。“酒で勝負して、勝った方が提出、負けた方は辞退”って……まさか、あいつがイカサマしてくるなんて」

神代はぎゅっと拳を握りしめる。

「あいつ、わざわざ筋力型の戦士みたいな格好してたけど……実際は、酒勝負でイカサマする独自の手口を持ってる。常習犯かもね」

青野は眠たそうに分析する。

その言葉に、神代の表情がふっと変わった。

「……そんな都合のいい話、ある? ちょうど同じタイミングで依頼を終えた相手がいて、同時に提出に来て……しかも勝敗の決め方が、ピンポイントでその相手の得意分野だったなんて……」

「つまり、依頼人とあいつがグルだったってこと? タダ取り専門の詐欺コンビ?」

「可能性は高い。でも……証拠が足りないわね」

二人が眉を寄せて考え込んだ、そのとき。

店の外から、突如として悲鳴が響いた。

「兄貴!? 誰がこんなことを……兄貴ぃぃ——!!」

次の瞬間。

ぼろぼろの衣服をまとった大男が、まるで乞食のような有様で店の入り口に転がり込んできた。

ドサッ、と鈍い音。

全身には、軽傷ではあるが確実に痛みを伴う鞭の痕が無数に刻まれている。髪も服もびしょ濡れで、肌に貼りついていた。

——昨日、酒勝負で不正を働いたあの斧使いだ。

「……ぷっ。なにあれ、あいつ……どうしてあんなボロボロなのよ」

妙な爽快感がこみ上げてきて、神代は思わず吹き出しそうになる。

その斧男の傍へ、痩せこけた男が慌てて駆け寄り、必死に支え起こした。

——昨日の依頼人だ。

「お、おい……何があった!? 一体どうしたんだ!?」

「……俺は……平気だ」

大男は慌てて立ち上がり、目を泳がせながら依頼人を押しのけようとする。まるで他人のふりをしようとするかのように。

だが依頼人は腕を掴んで離さない。

「平気なわけあるか!! 何にやられた!?」

「……ただの、ツタ系の魔物だ……もう……片付けた……ゴホッ」

そう答えた瞬間。

大男の視線が、店内のある一点をかすめた。

——次の瞬間。

彼の顔色が一瞬で蒼白に変わり、全身が激しく震え出す。

まるで“この世で最も恐ろしい何か”を見てしまったかのように。

——その視線の先にいたのは、私だった。

私は椅子にだらしなくもたれかかり、口元からよだれを垂らし、上下のまぶたを必死に戦わせていた。

頭はカクン、カクンと揺れている。

口の中では——

「……たけのこ……きのこ……おいしい……違う……いらない……ハムスターには……なりたくない……」

などと、意味不明な寝言まで漏れていた。

どう見ても、三日三晩寝ていない限界人間である。

「……随分と激しい戦闘だったみたいね。どこか怪我してるの?」

「……俺は……平気だ……ただの打撲だ……傷は……ない……」

大男はその場から逃げ出そうとした。

だが——

キィン、と澄んだ金属音。

鞘走る音と共に、蒼い長剣が彼の進路を塞ぐ。

「今の話、聞かなかったことにはできないわね。——依頼人。さっき、“兄貴”って呼んでたわよね?」

神代の視線が、氷のように冷たく二人を射抜いた。

依頼人の顔が引きつる。

「ち、違う! そんなことは言ってない! 聞き間違いだ!」

「じゃあ警察に通報して、この店の防犯カメラの記録を確認してもらいましょうか?」

「やめてくれ!! 通報はやめてくれ!!」

依頼人の顔に露骨な恐怖が浮かぶ。

神代は目を細め、そのままじっと見つめ続けた。

やがて——

依頼人は力なく肩を落とす。

「……分かった」

両手を上げ、観念したように言う。

「報酬、二倍払う! 二倍でどうだ!」

「二倍?」

神代は鼻で笑った。

そして、ゆっくりとした口調で条文を読み上げる。

「共謀による依頼詐欺。報酬未払いの意図的行為。冒険者協会規約により——永久ブラックリスト登録、三年以上十年以下の拘束刑、及び罰金は被害額の十倍以上……だったかしら?」

「ご、五倍だ! 五倍払う! それでこの件は水に流してくれ……!」

「五十倍」

神代は即答した。

まるで判決を下すかのように、揺るぎない声音で。

「……は?」

「五十倍。これ以下は認めない。これは拘束刑を回避するための示談金よ。——通報はする。ブラックリストも確定ね」

「そんなの無理だ……! そんなに稼いでないんだぞ俺たち……!」

「詐欺をやるなら、それ相応の覚悟を持ちなさい。牢屋か、金か。好きな方を選びなさい」

「……っ……くそ……分かったよ……!」

依頼人は歯を食いしばりながら、“冒険者銀行”のアプリを開き、震える指で送金操作を始めた。

「——はい、私の分はこれで終わりね」

送金完了の通知を確認した瞬間。

神代の表情から、氷のような殺気がすっと消えた。

代わりに浮かんだのは——温かな笑み。

「でも……あなたたちの問題は、これからが本番みたいね」

その言葉の直後。

神代が席を離れるや否や——

怒りに満ちた冒険者たちが、二人を取り囲んだ。

「やっぱり詐欺だったのかよ!!」

「前からおかしいと思ってたんだ! なんで毎回ちょうど同時に依頼を達成したやつが現れて、酒勝負で決める流れになるんだよ! どう考えても出来すぎだろ!」

「お前ら、覚悟しとけよ!! 刑務所送りだ!!」

神代はすっきりとした顔で席に戻る。

まるで二日酔いの不快感さえ消えたかのように。

「……で、あれ何?」

神代は私を見て、わずかに頬を引きつらせた。

私はフォークを握りしめ、必死に意識を保とうとしていた。

皿の上のエビフライを、どうにか口へ運ぼうとする。

だが。

毎回、途中で意識がブツッと途切れる。

寝る。

——そして直後。

夢の中で思い出すのだ。

“これは無料のビュッフェだ”

“しかもG166高級宿の朝食”

“こんな機会、二度とないかもしれない”

——パチッ、と目が覚める。

再びエビフライを持ち上げる。

……途中でまた寝る。

フォークが皿に落ちる。

カチャン。

びくっとして起きる。

また持ち上げる。

「これ、わりと普通じゃない?」

青野が私をちらっと見た。

「少なくとも、浮いてはないし」

「それはそうね」

神代は真顔で頷いた。

少し離れたテーブル。

「……S級以上のポテンシャル? あれが?」

魔女帽にローブ、その下に警察制服という奇妙な格好の二人が、こちらから視線を外しながら呟く。

「上の人、頭おかしくなったんじゃないの? あれを“要注意対象”扱いして、しかもこんな高級宿に泊めるとか……予算の無駄でしょ」

「油断は禁物だ」

男の警官が眼鏡を押し上げ、手帳に目を落とす。

「上がわざわざ俺たち二人を寄越した以上、理由があるはずだ。高危険個体が精神的に崩壊した場合の被害……お前も見たことあるだろう」

「……まあね」

「顧問として勧誘する以上、“あの案件群”に関わらせることになる。事前の秘密評価は必須だ」

女警官は皿の上の目玉焼きをつつきながら、ため息をつく。

「評価が必要なのは分かるけどさ……あれ、本当に必要? どう見ても精神問題抱えてるタイプには見えないんだけど」

「ああいうタイプが、壊れると一番厄介なんだ」

「……否定できない」

「だが、現時点での評価は出せるな」

男警官は手帳を開き、淡々と書き込んだ。

[初期観察結果]

[対象、犯罪を実行する知能を有していない]

[脅威度——カピバラ相当]