軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

41話『逃避行の始まり』

ミゼを連れ出すと決めたあの日から、数日が経過した。

「どうにか、王都を抜けられたな」

幌馬車の荷台に腰を下ろした俺は小さく呟く。

馬車の荷台には俺とミゼの二人しかいなかった。幌の隙間から見える王都の城壁は、馬の足音と共に少しずつ離れていく。

「これで少しは落ち着けそうですね」

向かいに座るミゼが微笑む。

確かにここ数日は忙しかった。局の監視を掻い潜って王都を抜けるには、随分と精神を磨り減らした。彼らの動きを先読みしながら行動するのは、機関の兵士として長年働き続けた俺だからこそできた芸当だ。

だが、局の監視網も王都を抜ければ幾らか落ち着く。

ここからは時間との勝負だ。彼らが俺たちの行き先を予測し、行動するよりも早く、俺たちは逃げ切らねばならない。

「お客さん、行き先は港町でいいんですね?」

幌の向こうから御者が問いかける。

「ああ。少し遠いが頼む」

「その分の報酬は貰っているんで、大丈夫ですよ」

御者の言葉を聞いて安心する。

この御者は王都の城壁を出てすぐに見つけた商人だった。王都で馬車を手配すれば簡単に足が着くため、移動手段は外で確保するしかなかったが……どうやら当たりを引いたらしい。ぼったくりに悩まされることもなく、目的地に辿り着きそうだ。

「ミゼ……最後にもう一度だけ確認させてもらうが、アルケディア王国には戻らなくていいんだな?」

「……はい」

目の前に座るミゼは、小さく頷いた。

「父は私のことを、初めから王家を繁栄させるための道具としか見ていませんでした。母はそんな父に、お金欲しさに私を売りつけるような人間です。どちらにも愛着はありません。……あの国に、私の居場所は存在しません」

ミゼには《叡智の道》という不思議な力がある。

今までその力は半覚醒状態であり、既視感という形で能力の一端が現れていたが、ここ最近で少しずつその力が安定してきたようだ。《叡智の道》によって、ミゼは自分の両親やアルケディア王国に対して、考え方を固めつつある。

「心残りがあるとすれば……エリシアさんやグランさんに、お別れの挨拶ができなかったことですね」

僅かに落ち込んだ様子でミゼは言った。

「心配するな。出発前に、二人には事情を記した手紙を送っておいた」

男子寮と女子寮の郵便受けに、それぞれ手紙を入れておいた。

手紙は今頃、二人の手に渡っている筈だ。

「それなら、もう思い残すことはありませんね」

ミゼが言う。

それはきっと本音ではない。自分を納得させるための言葉だ。

――俺たちはもう二度と、エリシアやグランと会えないかもしれない。

王都を出る時点で覚悟していたことだ。

局に逆らった俺も、実の父であり一国の王に命を狙われたミゼも、あの国に居場所なんてない。

それでも、俺たちは前に進むしかない。

生きるために。――自由を掴み取るために。

「予定では港に着いた後、船を利用するんですよね?」

「そのつもりだ。局から逃れるには海外への亡命が手っ取り早い」

王政国防情報局を相手に居場所を隠し続けるのは不可能だ。

ならば、たとえ居場所を知られていても、手出しされないような環境に身を置くしかない。

そう思った俺は、王都から東に進んだ先にある港町へと向かうことにしたが――。

「……先手を打たれたか」

港町に到着した俺たちが目の当たりにしたのは、いつもより物々しい雰囲気に包まれていた街並みだった。

「トゥエイトさん。これ、二日前に配られていた新聞みたいです」

商人から買った外套で変装したミゼが俺のもとに戻ってくる。

軽く街の近辺を散策してくると言っていた彼女が、手に入れてきたのは捨ててあった新聞だった。

「凶悪犯が密航した恐れあり、か。……警備がいつもより厳重なのはそのせいだな」

密航云々は十中八九、嘘だろう。

真相は俺とミゼを他国に逃さないための厳戒態勢だ。

「駄目だな。船が押さえられた以上、他をあたるしかない」

検問もいつもより厳重だ。流石にこれを誤魔化すことはできない。

「しかし、他と言うと……」

「……共和国へ向かおう」

港の光景を眺めながら、俺は言う。

「テラリア王国の西にあるカーナブン共和国へ向かう。道中、アルケディア王国との国境に近づくことになるが、背に腹はかえられない」

「……そうですね。南側から回り道するにしても、私たち二人で山脈を超えるのは難しいでしょうし」

東部の港町は既に押さえられていた。この手際の良さなら北部の方も押さえられているに違いない。

神聖アルケディア王国は、テラリア王国から見て北西の位置にある。カーナブン共和国は真西だ。西へ向かうにつれ、アルケディア王国に近づくことになるが、海路を利用できない以上やむを得ない。南側から回り込むにしても、テラリア王国の南部には長い山脈が続いている。

道中、協力してもらった御者は港町の方で仕事があるらしく、今は別れている。全ての仕事が終わった後ならまた協力していいとのことだが、ここまで警備が厳重なら俺たちは長居できない。早急に去るべきだ。……寧ろ、御者が俺たちのことを警備の者に告白する恐れがある。

すぐに移動を開始しよう。

そう、ミゼに告げようとした直前――。

「……囲まれているな」

足を止め、視覚と聴覚に神経を傾ける。

付近に刺客が潜んでいるのは間違いなかった。これまで俺が倒してきた『赤龍の牙』とは気配の消し方が違う。局の人間だろう。

「ミゼ、悪いが――」

どこかへ隠れてくれ。そう言おうとしたが、止める。

いつもの癖で忘れていた。もう俺は彼女に隠し事をする必要はないのだ。

「……ここで暫く、じっとしていてくれ」

「はい」

状況を察したのか、ミゼは揺るぎない瞳で俺の顔を見つめながら頷いた。

強い信頼を感じる。それに応えねばならないという使命感を抱く。

「出てこい」

短く告げると、木々の影から複数の刺客が現れた。

小型化という機能を搭載した真っ黒な外套をその身に纏っている。俺が持っているものと全く同じだ。つまり、彼らは俺と似たような立場の人間だが――最早どうでもいい。既に俺の中での優先順位は決まっている。

ミゼを守る。

少なくとも、彼女を見捨てた先に俺の求める日常はない。

「28。我々の目的はあくまでもそこにいる女だ」

交渉を始めるつもりなのか、刺客の一人が話しかけてきた。

「その女さえ渡せば、お前には手を出さない。もっとも、国に戻ってから罰は受けてもらうが……」

なんてことはない、ただの降伏勧告だった。

それをこのタイミングで口にされたことに、思わず笑う。

「この期に及んで、局はまだ俺を利用するつもりなのか」

「なに?」

「帰って上官に伝えろ。こちらが要求するのはミゼの安全のみだ。それが飲めないというのであれば――――和解の余地はない」

刺客が構えるのと俺が構えるのはほぼ同時だった。

彼らとしても、俺たちがすんなり降伏するとはさらさら思っていなかったのだろう。敵対した部下に降伏を勧めるなど、いかにも現場に出たことがないデスク組が考えそうなことだ。その油断が命取りとなるのは、いつだって現場で戦う末端の兵士たちである。

俺も元は末端の兵士だ。

彼らが警戒し、どういう風に動く気だったのかは、手に取るように分かる。

「ぐあッ!?」

取り逃がしても面倒なので、まずは一番遠くにいた刺客を《魔弾》で倒す。

降伏勧告を最初からする予定だった場合、包囲が完全に済んでいたら彼らの方から姿を現していた筈だ。だがそうしなかったということは、まだ包囲には穴がある。

背後は取られていない。

敵の潜んでいる位置に目星をつけながら行動する。

「気をつけろ! 相手は元機関のエース――」

一瞬で《靭身》で距離を詰め、警戒を促そうとしていた男を倒す。

「人よりも自分を心配したらどうだ」

腹に掌底を受けた男が膝から崩れ落ちる。

その後、すぐに傍にいた他の二人に狙いを定めた。

「きょ、距離を取れ!」

「ここは一度、態勢を――っ!?」

後退する二人の刺客にそれぞれ《魔弾》を放つ。

対応に遅れ、今更反撃を試みる刺客。その攻撃を躱し、《物質化》の刃で斬りつける。

刺客は六名。そのうちの五名が死んだ。

後の一人は敢えて生かしているが気は失っている。彼にはメッセンジャーとして、俺たちが交渉に応じるつもりはないことを局に伝えてもらうつもりだ。

「追手が来ても面倒だ。早めにここを離れよう」

そう言ってミゼの方を向くと、彼女は神妙な面持ちをしていた。

「……それが、トゥエイトさんの本気なんですね」

言われてから、俺は気がついた。

幾ら王家の娘とは言え、彼女も十五歳か十六歳の少女。こんな血みどろの光景、安易に見せるべきではなかった。

「すまない。こんなもの、人に見せるべきではなかった」

「いえ、大丈夫です」

倒れる死体から目を逸らすことなく、ミゼは言った。

「自分が自由に生きるために、何を犠牲にしてきたのか。私にはそれを見届ける義務があります」

「……そうか」

こういう時、ミゼは本当に強い人間だと思う。

ただ、その強さに押し潰されないように……注意深く見ておかねばならない。