軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

40話『決別』

クリスが去ってから、凡そ一時間が経過した。

漸く毒による激痛に慣れてきた俺は、ゆっくりと男子寮への帰路につく。

「寮には戻るな。宿を使え」

監視役の男が言う。

宿の方が監視しやすいからだろう。そちらの都合に合わせるのは気に入らないが、従うしかない。

「……宿代くらいは払ってもらうぞ」

生憎と手元には金がないのだ。

男は何も反応しなかったが、俺はそれを了承と捉えた。

街の宿に着くと、監視役の男が部屋を二つ借りた。男たちは交代制で俺を見張るらしい。一人が俺と同じ部屋にいて、もう一人は隣の部屋で休憩する腹づもりだ。

「こんな、今にも死にそうな人間を監視して意味があるのか?」

「……それを決めるのは私ではない」

成る程、局が好んで使う忠犬らしい男だ。

以前の俺もこうだったと思うと、どこか感慨深い。

宛がわれた部屋に入った後、男が一人、隣の部屋へと移る。

徐に服を脱ぐと、部屋に残った監視役から声が掛かった。

「不審な動きはするな」

「シャワーを浴びるだけだ。お陰様で身体が焼けるように熱い」

「……ドアは開けておけ」

「覗くなよ」

男が舌打ちして離れた。舌打ちしたいのは俺の方だ。

脱いだ服をベッドに置き、風呂場へ向かう。

水のシャワーを浴びながら、俺はドアの傍にいるであろう男へ話しかけた。

「局では何をやっている」

「……貴様には関係のないことだ」

「ただの世間話だ。……体格からして、近接武闘式の使い手か?」

「だとしたら何だ」

男が苛立ちを露わにしながら答える。

適度に身体を冷やした後、シャワーの水を止めた。

「おい。ベッドの上にある俺の服を取ってくれ」

「……さっきここで脱いだのは貴様だろう」

「服も汗で汚れているから、ついでに洗うことにしたんだ」

再び男の舌打ちが聞こえた。

服を手に取った男が、足音を立てて洗面所に近づいてくる。

ドアの向こうにその半身が見えた瞬間――――俺は素早く男に接近した。

「き、貴様――」

男が応戦するべく構えを取る。だが、その両手には俺の脱いだ服があった。

今頃両手が塞がっていることに気づいたのか、男は慌てて後退しようとするが、少し遅い。

「ぐあっ!?」

顔面に掌底を叩き込む。

男の後頭部が勢い良く壁に衝突した。

「近接武闘式の使い手が、敵の前で武器以外を持つな」

男が壁に背中を擦りながら倒れる。

同時に、部屋の扉が開けられてもう一人の監視役が現れた。

「どうした、何があった!?」

焦燥に駆られた様子で部屋に入ってくる男。

その伸びきった腕に、《物質化》で指先から伸ばした刃を突き刺す。

「ぐうッ!?」

魔力の刃をゆっくりと手前に引き、男を部屋の中へ引っ張る。

ドアを蹴って閉めると同時に、俺は呻き声を上げる男の口へ掌を押し当てた。喉の動きから、男が口に含んだものを嚥下したことを確認する。

「な、何を飲ませた!?」

「お前が俺に飲ませた毒だ。飲むフリをして回収しておいた」

そう説明して、男から離れる。

「く、くそっ!!」

腕から血を垂れ流す男は、恐怖に冷や汗を掻きながら自らの懐を探った。

軍服の内ポケットから透明な瓶を取り出したところで――それを取り上げる。

「なっ!?」

「やはり解毒剤を持っていたか。……クリスめ。俺のことを信用していないくせに、まだ俺に死なれたら困るらしいな」

万一、俺が死にそうになった時のために用意していたのだろう。

毒の回りが予想よりも早くなったり遅くなったりすることはよくある話だ。時限爆弾でもあるまいし、そう簡単に人の死をコントロールすることはできない。

「お前に飲ませたのは外で拾った石ころだ。……安心して死ね」

解毒剤が手に入った以上、もうこの男に用はない。男の喉元を強く蹴る。

本人が薬を持っているなら最初から殺して奪った方が早かったか。動かなくなった男を放置して、瓶の中に入った解毒剤を飲み込む。

「……全裸で戦った甲斐があったな」

順調に熱が引いていく。

完治まで待つわけにはいかない。この男たちが局と定期連絡を取っていた場合、すぐに異変に気づかれる。

服を着た後、二人の男をベッドに載せ、その上にシーツを被せて部屋を出る。

念のため他に俺を監視している者がいないか確認しながら女子寮へと向かった。

寮の裏手に回り、足元に落ちてある石ころを拾う。

ここ数日の護衛で、ミゼの部屋の位置には目星がついていた。時刻は既に深夜だが、夕刻あのような事件が起きたばかりだ、いつも通りには眠れていないだろう。ミゼがまだ起きている可能性に賭けて、石を部屋の窓に向かって投げる。

カーテンが開かれ、窓の向こうに寝巻姿のミゼが現れた。

無言で表通りの方を指さすと、ミゼは神妙な面持ちで頷く。

数分後、女子寮の前でミゼと合流した。

「トゥエイトさん? ――ど、どうしたんですかっ!? 酷い汗……」

「……心配するな、既に処置は終えている」

解毒剤を使ったとは言え、まだ発熱は続いている。

宿から寮に移動するだけでかなりの汗を掻いてしまったが、気にしている場合ではない。

「時間がないから端的に説明するぞ」

気を抜けば何も考えられなくなる頭に鞭打ち、クリスから聞いた話を簡潔にミゼへ伝える。

「《叡智の道》……そんな力が、私の中に……」

説明を聞き終えたミゼは、複雑な顔をした。

驚いてはいるが……同時に納得もしているのだろう。これまで、ミゼ自身も得体の知れない既視感に悩まされていた。その正体が発覚したことで、多少は安堵しているのかもしれない。

「トゥエイトさんは、私の味方なんですよね?」

「そのつもりだ。信用できないとは思うが――」

俺が言い切るよりも早く、ミゼが首を横に振った。

「言ったはずです。私は貴方を信頼していると」

そう言ってミゼは真っ直ぐ俺を見つめる。

「お願いします。どうか私を、ここから連れて行ってください」

「……手遅れね」

宿の一室に駆けつけたクリスは、シーツに隠されていた二人の死体を見て呟く。

男たちは28を監視しながら、クリスへ定期連絡をするよう指示されていた。その連絡が途絶えたのは凡そ一時間ほど前。既に28は何処かへ逃げた後だった。

念のため、定期連絡が途絶えると同時に、ビルダーズ学園の女子寮付近へ兵を送り込んだが――。

『駄目です、見つかりません』

「……部隊の半数を聞き込みに回して。まだ28が近くにいるかもしれないわ、こまめにお互いの無事を確認しながら行動しなさい」

『了解』

部下との通信を切断し、クリスは『通信紙』をポケットに入れる。

「28、逃げちゃったね」

クリスの後ろで、オズが部屋を眺めながら言った。

「他人事じゃないわよ、02。そもそも貴方が28を王城から出さなければ――」

「仕方ないじゃん。……28があんな風に行動するなんて、思ってなかったもん」

オズが視線を落とし、拗ねた子供のような口調で言う。

だが、やがて顔を持ち上げたオズは、その瞳に怒りを滲ませていた。

「責任は取るよ。……28には後悔させてやる」