軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29話『模擬復讐』

「先にネタばらしをしておこう。今回の件は、全て 芝居(・・) だ。俺は最初から死んでいないし、グランとミゼの生首は《 錬金(アルケミー) 》で創った偽物だ」

驚きのあまり、声を失っているエリシアへ、俺は告げた。

「襲撃者の正体も、見ての通り俺だ。もう一人の方は俺の知人だが……そいつはもう用済みだから、既に帰らせている」

最初に現われた方の襲撃者は、俺の元同僚である。

人手が足りないので手伝ってくれないかと頼んだところ、快く承諾してくれた。もっとも、借りを作ることにはなってしまったが。

「全て、芝居……? じゃあ、今日起きたことは、全部……」

「今日だけではない」

その一言に、エリシアは目を見開く。

「まさか、私が殺したロベルトは……」

エリシアの呟きに、俺は頷いた。

「 死んでいない(・・・・・・) 。昨晩エリシアが殺したのは、こちらが用意した 人形(ダミー) だ。本物は今も生きている」

真実を伝えられたエリシアは絶句した。

だが、当然である。

素人が、公爵家の次男を暗殺して、そのまま逃げ延びることなどできる筈がない。どれだけの幸運に恵まれても不可能だ。

エリシアの暗殺は、そもそも事件として周知されていない。

昨晩は何もなかったことになっている。

本物のロベルトは死んでいないのだから、本物の正燐騎士団も今頃、のんびりと王都での休日を満喫しているだろう。

「どうしても復讐を止めてくれそうになかったんでな。一度冷静になってもらうためにも、一芝居打たせてもらった。憎き怨敵を倒した気になって、少しは頭も冷えたと思うが――」

そこまで説明したところで、ふと気がついた。

異臭がする。そう思い、視線を落としてみると――地べたに尻餅をつくエリシアの周りに、小さな水溜まりができていた。

「……お互い、まずは着替えるか」

近くに服屋はあっただろうか。

そんなことを考えながら、俺は移動した。

鎧を脱ぎ捨てた後、俺は服屋で女性ものの服を購入し、エリシアに渡した。

数分後。着替え終わったエリシアに、俺は傍にあった公園へ向かおうと提案する。

魂の抜けた様子で小さく頷いたエリシアを連れて、俺は公園へと向かった。

そろそろ日も暮れるというこの時間帯、公園はすっかり静まりかえっていた。

噴水の縁に腰を下ろし、夕焼けを眺めながら、俺は口を開く。

「……少し、やり過ぎたかもしれないと反省している。しかし、こうでもしないと話ができなかったのも事実だ」

先日まで。

エリシアは憎悪に満たされ、視野狭窄に陥り、制止がきかない状態だった。

だから俺は、一度 彼女の憎悪を取り除く(・・・・・・・・・・) ことにした(・・・・・) 。

即ち――彼女に、復讐を果たしたという認識を持たせることにしたのだ。

偽物のロベルトを殺したことで、エリシアは冷静な自分を取り戻した。

復讐しても虚無感しか残らないこと。そして、未来があることの素晴らしさ。

憎悪を失ったエリシアは、そこで漸く二つの事実に気づいてくれた。

場合によっては、エリシアが 人形(ダミー) を壊すと同時に自害する可能性もあった。その時はすぐに駆けつけて止めるつもりだったが……案の定、彼女はそうしなかった。

分かっていたことだ。

これでも元"裏"の世界の住人である。

エリシアは復讐を遂げた後、必ず命を惜しむだろうと確信していた。

復讐を遂げた後、清々しい気分のまま自決する人間なんて、そういない。そんな特異な人間を、そうでない人間と見極められるくらいには、俺も"裏"の事情に精通している。

「さっきも言ったが、今回の件は全て芝居だ。だが、芝居とは言え適当なシナリオではない。これは紛れもなく起こり得た未来だ。実際、正燐騎士団には孤児だったところをロベルトに救われたという経歴を持つ騎士がいる」

エリシアが無言で首を縦に振る。

態々説明する気はないが、今回のシナリオは俺だけでなくクリスも制作協力している。

即ちこれは――王国最大の情報機関である王政国防情報局が、最も起こり得る可能性が高いと判断した状況だ。その的中率はかなり高い。正燐騎士団の団員ひとりひとりの経歴だけでなく、その性格や戦力まで緻密に計算されている。

言うなればこれは、 模擬復讐(・・・・) というやつだ。

復讐のシミュレーションである。

「先程、お前が経験したこと。あれこそが破滅的な復讐の末路だ。……何故ああなったか、分かるか?」

「……私が、捨てた未来を、拾おうとしたから」

「そうだ」

絞り出したような声で言うエリシアの回答に、俺は頷く。

「覚悟なんてものは所詮、一過性だ。環境が変われば、それ以前にした覚悟など役に立たなくなる。……復讐を果たすというのは、大きな環境の変化だ。死んでもいいとすら思っていたのに、いつの間にか未来が欲しくなるというのは、当然の変化と言えるだろう」

エリシアの復讐は、その変化を見通したものではなかった。

だから、彼女は最後の最後で失敗を自覚した。

「全部、貴方の言う通りだったわ」

エリシアが言う。

「復讐しても、晴れやかな気分になったのは最初だけだった。一晩経つと虚しさしかなくて……その虚しさを埋めようとするうちに、いつの間にか『これから』のことを考えていた。

父が死んでから、ずっと、復讐だけを目的に生きてきたわ。でも、復讐を果たした後に待っていたのは、虚無感と……不安だった。いつか自分のしたことが騎士にバレるんじゃないか。このまま平穏な日常に戻っていいのか。そんな不安が、頭の片隅にこびりついていた。

これぞまさしく、破滅的よね。不安に苛まれて、凄惨な最後を迎えて。……自らの死を悟った時、私の頭の中には後悔しかなかったわ。……こんなことになるなら、復讐なんてするんじゃなかった。あの時の言葉は、紛れもなく本音よ」

「……そう言ってくれると、俺も安心する」

自嘲気味に語ったエリシアに俺は言った。

ロベルトはまだ生きている。しかし彼女にはもう、復讐する意思がない。

彼女が今後、破滅的な復讐に手を出すことはないだろう。

多少強引ではあったが、漸く説得できたようだ。

一先ず、これで俺たちの日常は守られたことになる。

「――とは言え、このままだと収まりが悪いのも事実だ」

俺の言葉に、エリシアが伏し目がちだった顔を持ち上げた。

「以前、やるなら生産的な復讐だと言ったことを、覚えているか」

「ええ。……でも、私はそれを、できなかった」

「無理もない。生産的な復讐は難しいんだ。時間をかけて正攻法でいくか、或いはジークのように権力を持っているなら話は別だが……素人の復讐は大概、破滅的になる。

だから、 その道のプロが重用さ(・・・・・・・・・・) れる(・・) 。素人には難しい復讐を、単なる仕事として、アフターケア込みで完璧にこなしてくれるような専門家が、世の中にはいる」

公園の入り口から、グランとミゼが俺たちの方へ近づいてきた。

近づく二人から視線を外し、ゆっくりと立ち上がる。

「二人には、適当に誤魔化しといてくれ」

「……どこへ行くの?」

エリシアの問いに、俺は短く答えた。

「仕事だ」