軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

28話『復讐鬼の末路』

まるで現実味がない。

エリシアは吐き気を堪えながら、一心不乱に路地裏を走った。

――トゥエイトが負けた。

大量の血を流して倒れるトゥエイトを見て、エリシアは「信じられない」と思った。

幼い頃から剣を振り続けてきたエリシアは、自らの強さに自信があった。だが、それでもトゥエイトには敵わないと思っていた。なにせトゥエイトは入学試験で自分を軽々と無力化してみせたのだ。トゥエイトは自分よりも一つ上の次元にいるのだと、すっかり考えていた。

そのトゥエイトが負けた。

強くて、どこか得体が知れず、それでいて妙に頼りになる男。そのトゥエイトが――――今、あっさりと負けた。

――違う。

負けただけじゃない。

あれだけの傷を受けて、単に「敗北」だけで済む筈がない。

認めなくてはならない。

きっともう、トゥエイトは自分を助けてくれない。

走り続ける自分の後ろから、トゥエイトが追いついてくることはない。

トゥエイトは……。

トゥエイトは、死――。

「どこへ行く?」

走って逃げるエリシアの前方から、声が聞こえた。

目の前に、黒い外套を纏った男が立ち塞がる。

――二人目の襲撃者。

もう一人の襲撃者が現われた。

驚きのあまり、エリシアはつい立ち止まる。

その間に、先程トゥエイトを刺した一人目の襲撃者も追いついた。

「遅かったな」

一人目の襲撃者が、エリシアを挟んで二人目の襲撃者へと告げる。

「ああ。途中、邪魔な二人組がいたから、少し手間取った」

そう言って、二人目の襲撃者が、背に回していた手を前に出す。

ごろり、と音を立てて。

大きな球のようなものが二つ、エリシアの足元に転がった。

それは――人間の生首だった。

一つは少女のもの。

もう一つは少年のものだ。

「女。この二人に見覚えはあるか?」

襲撃者が言う。

生首は、エリシアの良く知る顔をしていた。

グランと、ミゼだ。

「あ、あぁぁ、あぁあああぁぁああ…………ッ!?」

「やはり知り合いか。ふんっ、面倒な餓鬼だったぞ。大して強くもないくせに、威勢ばかり良くてな」

頭を抑えて蹲るエリシアに、襲撃者は淡々とした口調で言う。

「なんで、なんで……あ、貴方たちの狙いは、私の筈でしょ? なのに、どうしてこんな、酷いことを……」

涙を流しながら、エリシアは訊いた。

「おい。まさか今、 何故(・・) と訊いたのか?」

襲撃者の男が、苛立ちを露わにして言う。

男は激しく舌打ちし、外套の胸辺りを左右に開いた。

外套の内側にあったのは、見覚えのある鎧だった。

「正燐、騎士団……」

「そうだ。我々は正燐騎士団だ」

男が言う。

「今でこそ、我々は騎士という身分だが……かつてはロベルト様に拾われた孤児だった」

その一言に、エリシアは目を見開いた。

だが冷静に考えれば驚くことではない。近衛騎士団と違って実力主義の風潮が強い正燐騎士団は、実力さえあればどんな身分の人間でも重用する。

「今から八年前。まだ大戦が始まったばかりの頃だ。魔物によって、家族や故郷を奪われた我々は、正燐騎士団に命を救われた。その時、騎士団を指示していたのがロベルト様だった。我々はロベルト様に恩を返すべく、修練を積み重ねて騎士団に所属した」

男は、怒気を孕んだ声音で語り続ける。

「我々はまだ、団の中でも下っ端だ。先日の演習にも参加していない。故に、これから着実に功績を上げて、ロベルト様に恩を返すところだった。……だが、ロベルト様は、我々が恩を返す前に死んでしまった。貴様の手によってな」

殺意を漲らせて、男は言う。

「分かるか? ――腸が煮えくり返っているんだ。今の我々は、貴様を殺すためなら、どんな残虐な手も厭わん」

外套に隠された頭部。

真っ暗な闇に、憎悪の瞳が浮かんでいた。

「あ、あぁ……」

同じだ。

その男を理解すると同時に、エリシアは恐怖に身体を震わせた。

――私と同じだ。

目の前にいる男は、少し前のエリシアと同じだった。

憎悪に駆られ、復讐心に飲まれ、己という器を殺意で満たしている。

憎い敵を殺すことしか考えられない。

そのためなら、どんな非道も厭わない。

「っ!?」

エリシアは反射的に走り出した。

「ちっ」

男の舌打ちが、エリシアの逃げ足を更に加速させる。

だが、恐怖に染まったエリシアの身体は、鉛のように重たかった。目を開いている筈なのに景色が見えない。果ての無い闇を彷徨っているような気分だった。

「あ――っ!?」

地面の窪みに躓き、エリシアは転倒する。

激しく顔を擦り剥いたエリシアに、男は追いついて声をかけた。

「何故、逃げる」

男の問いに、エリシアの頭の中が真っ白になる。

「こうなることくらい分かっていただろう。貴様は未来を捨てる覚悟で、ロベルト様を殺した筈だ。なら何故、今更逃げようとする」

男の言う通りだった。

自分は未来を捨てるつもりでロベルトを殺した筈だ。

それがどうして、今は死から逃れようとしている。

「命が惜しくなったのか」

「――っ」

その言葉を聞いた瞬間、エリシアの身体から力が抜けた。

図星だった。

それが自身の本心だと、理解した。

復讐を終えた後。

生き延びたエリシアは、トゥエイトやグラン、ミゼと久々に向き合って会話した。

彼らの笑顔を見ているうちに、エリシアは再び未来を見るようになった。――なってしまった。

今日。エリシアは一瞬だけ、未来という希望を抱いた。

例えば、冒険者ギルドに登録して、ミゼと共に一流の冒険者を目指す未来。その過程で世界中を旅することになるかもしれない。新たな仲間と巡り会うかもしれない。二年生になった頃には、学園の友人も増えて、和気藹々と学園生活を謳歌しているかもしれない。

いつしか、何の蟠りもない、自由な人生を歩めるかもしれない。

そんな未来を――見てしまった。

「貴様はロベルト様を殺した後、自らの命も絶つべきだった。しかし貴様はそうしなかった。一度捨てた筈の未来を、意地汚く拾おうとした結果……三人の人間が、貴様の運命に巻き込まれて死んだ」

「ぁ……ぅ……」

「これが貴様の復讐だ。未来と引き換えに願いを叶えた人間が、何のリスクもなく未来を取り戻せると思うな。生きたいと……未来が欲しいと思うなら、貴様は最初から未来を捨てないやり方を考えるべきだった」

全て、男の言う通りだった。

トゥエイトが死んだのも、グランとミゼが死んだのも、自分のせいだ。

未来を捨て、後先考えずに行動した結果だった。

本来なら捨てられた筈の未来をエリシアが拾ってしまったため、その皺寄せがトゥエイトたちにいったのだ。

ロベルトを殺した時は狂喜乱舞した。

だが今となっては、その時の感情を全く思い出せない。

一晩経ってエリシアの胸中に残っていたのは、無味無臭の虚しさだった。

トゥエイトが言っていたことを思い出す。

復讐は失ったものを取り戻すための行為であり、決して新たに何かを得る行為ではない。

確かに自分は何も得ていなかった。この虚無感が証拠だ。

割に合わない結末だった。

自分は、こんな虚しさを感じるために、三人の友を死なせてしまったのか――。

「こんな、ことになるなら…………」

男が突きつけてくる刃を見て、エリシアの全身から力が抜けた。

もう、抵抗する気力はない。

エリシアは頭を抱えて、絞り出したような声を出す。

「復讐なんて……するんじゃ、なかった……」

「――よし。その言葉、忘れるなよ」

男の言葉に、エリシアは目を見開いた。

言葉の意味が分からない。だがそれ以前に――今の声に、聞き覚えがあった。

男が外套を取り外す。

隠れていた顔を目の当たりにした瞬間、エリシアは愕然とした。

「トゥ、エイト………………?」

腹を刺され、血を吐き出していた筈の人間が。

何故か、平然とした様子でそこに立っていた。