軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23話『復讐鬼』

「エリシア、話がある」

合同演習の前日。

放課後、俺は実行委員会が終わってこれから学生寮に帰ろうとするエリシアへ声をかけた。

「何? 私、忙しいんだけれど。それとも特訓の相手してくれる気になったのかしら?」

「特訓の相手はしない。ただ――エリシアが、明日の合同演習でやろうとしていることについて、話がしたい」

そう言うと、エリシアが訝しむような目で俺を見た。

「……やろうとしていることって言われても。明日は、普通に委員会の仕事をするだけよ」

「他にもあるだろ」

「何のことだか分からないわ」

普段通りの表情でエリシアは告げる。

踵を返し、立ち去ろうとする彼女へ、俺は再び声をかけた。

「エリシア= エスペランド(・・・・・・) 」

その名に、彼女は立ち止まる。

「もう一度言う。話がしたい」

「…………場所を変えるわよ」

そう言ってエリシアが向かった場所は中庭だった。数日前、エリシアと復讐の是非について話した場所だ。

前回と同じくベンチに腰掛けたところで、エリシアが口を開く。

「どうして、私のことを知っているの」

「知り合いに情報屋がいるんだ」

「貴方、遂に自分の怪しさを隠さなくなったわね」

エリシアに睨まれ、俺は視線を逸らした。

その情報源について追求されると困るのだが……今は、そんなことを話したいわけではない。

「目的は、ロベルト=テルガンデへの復讐だな」

「……そうよ」

意外なことに、エリシアはあっさりと認めた。

「……ジークが決闘を持ちかけた時、賛同したのは、同じ復讐者として情が湧いたからか」

「ええ」

あの時のことを思い出す。エリシアは、ジークが「復讐」という言葉を使った途端、態度を一変させた。エリシアがあの決闘に賛同したのは、俺の実力を確かめるためかと思ったが、そうではなかった。もっと単純で、年相応の感情的な理由だった。

「計画を中止しろ」

端的に、俺は告げる。

「お前が今、やろうとしていることは、破滅的な復讐だ。仮に成功したとしても、その後、お前自身が生き延びることはできない。正燐騎士団か、ロベルトを慕う団体に捕まって、散々嬲られた末に殺されるぞ」

「随分な物言いじゃない。私の計画を何も知らないくせに」

「合同演習の際に暗殺する気だろう。実行委員に立候補したのも、当日、少しでもロベルトに近づくためだ」

エリシアが黙した。図星らしい。

もっとも、この程度のことは最近の彼女の行動から簡単に推測できることだ。

「具体的な計画内容は知らないが……本当は自分でも、準備不足だと気づいているんだろう? だから直前になって、俺に特訓相手になって欲しいと頼んできた。……今更、特訓したところで、何も変わりやしない。お前は当日の不確定要素から――つまり不安から目を逸らしたかっただけだ」

つまり、現実逃避である。

計画を成功させる自信があれば、現実逃避なんてしない。

「……仕方ないじゃない。こんな千載一遇のチャンス、二度とこないわ。ロベルトは基本的に公爵領から出ないし、いつも護衛を傍に置くような小心者よ。そんな男が大衆の前に堂々と現われる機会なんて滅多にないわ。……私だって本当は、学園で実力をつけてから、復讐に臨みたかった。最低でも、正燐騎士団と互角に戦えるくらいは強くなっておきたかった」

「正燐騎士団と互角に、か。……ちなみに予定だと、何年かかる計算だったんだ」

「一年よ」

流石にその返答には、驚きを隠せない。俺は声を失い、唖然とした。

たった一年で、正燐騎士団と互角に戦えるくらい、強くなるつもりだったのか。

成る程、合点がいった。道理でストイックなわけだ。

「入学して、まだ一ヶ月だ。一年を一ヶ月に短縮するのは流石に無理じゃないか」

「無理でもやるしかないのよ。最悪、自分が死ぬことになってもね」

「前に話した筈だ。そのやり方では後に何も残らない」

「何も残す気はない。……貴方に言われたことは、全部覚えているわ。それでも、私はこの感情を堪えられそうにない」

憎悪を堪えるように、エリシアは強く拳を握り締める。

だが、その迫力に飲まれてはならない。

「楽に死ねるとは限らない。悲惨に死ぬかもしれないぞ」

「覚悟の上よ。復讐さえ果たせれば、どんな結末だろうが受け入れるわ」

「取り残された人はどうなる? ミゼは? グランは? エリシアが死んだと聞いたら悲しむぞ」

「それこそ、私たち、出会ってまだ一ヶ月よ。どうせ私のことなんて、すぐに忘れるわよ」

「……本気で言っているのか?」

あの二人が、出会ってからの日数で友人を格付けするような人間だと、本気で考えているのか。

そんなわけがない。エリシアも、あの二人の性格くらい知っている筈だ。

今になって後悔した。

以前、復讐について会話した時に、ちゃんと説得を試みるべきだった。

エリシアはここ数日で、復讐の決意を固めてしまった。その復讐心は、最早、エリシア本人ですら制御しきれないくらい燃え盛っている。

「家族や恋人を残すわけでもあるまいし。そんな理由で私が止まることはない。それとも――」

エリシアが、俺の間近に迫ってくる。

「――貴方が、私の恋人になってくれる?」

互いの鼻が触れあう距離で、エリシアは言った。

眼前に、エリシアの歪んだ瞳がある。そこに込められている憎悪を感じて、俺は答えた。

「それでエリシアが、止まってくれるなら」

互いに、ゆっくりと顔を近づけ、口づけをした。

俺もエリシアも、目は閉じない。

三十秒ほど唇を触れあわせていると、エリシアが徐に顔を離した。

「それが恋人に対する態度?」

「何のことだ」

「キスしている間も、隙一つ見せないなんて」

「緊張しているんだ」

「……そういうことに、しといてあげる」

エリシアが名残惜しそうに離れる。

――隙を見せたら間違いなく攻撃を受けていた。

それが恋人に対する態度なのか、訊きたいのは俺の方だ。

「じゃあね、トゥエイト。また明日」

そう言って、エリシアが踵を返す。

しかし立ち去る前に、こちらに振り向くことなく言った。

「できれば、止めないで」

その一言を最後に、エリシアは中庭を出た。

「……止めても止まらないから、困っているんだがな」

エリシアの姿が完全に見えなくなってから、溜息混じりに呟く。

話して理解した。俺に彼女は止められない。いや、恐らく世界中どんな人間でもエリシアを止めることはできない。

強引に動きを封じることはできるが、それはあくまで一時的な解決だ。あの憎悪は、ロベルトが死ぬまで消えない。

「仕方ない、か」

ああ――仕方ない。

重たい気分で、俺はポケットに手を入れた。