軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王太子1

夢を見ていた。

婚約者である公爵令嬢セリーナが「ウイリアム様」と私の名前を呼んで、ふわりと微笑んでいる。私は心から彼女を愛していた。その存在はときに頼もしく、ときに癒しだった。また一緒に力を合わせて国を支えていく同士でもあった。

でもセリーナは私を騙していた。裏切ったのだ。

怒りの感情が湧き上がった途端、意識が覚醒した。すぐに嫌な臭いに気付く。これは……身に覚えのある臭い。いいや、そんなはずはない。私は体を荒々しく起こすと確かめるために手を頬に当てた。するとぬるりとした感触がある。視線を手に移すとそこには膿が付着していた。

「ば、馬鹿な! 治ったはずなのに!」

ベッドから降り恐る恐る鏡を見れば、顔半分が爛れて膿んでいた。酷い状態なのになぜか痛みはない。痛みがないことはいいが、それはそれで恐れを感じる。

これは普通の病ではない。呪いによる奇病で、呪ったのはセリーナだった。

なぜもう一度呪われたのだ? もしくは新たな呪いの発動なのか? まさかセリーナが? いや、セリーナは死んだはずだ。どういうことなのだ。

私は苛立ちのまま髪を掻きむしると、目についた花瓶を床に叩きつけた。花瓶が大きな音を立てて割れたのに誰も来ない。護衛の騎士は何をやっているのか。王太子の寝室に異変があれば駆けつけるはずだ。従者の気配すらない。

「誰か! 誰か来い!」

大声で呼べばすぐに従者が入室した。

「で、殿下。お呼びでしょうか?」

「なぜすぐに来なかった?」

「それは殿下が呼ぶまで誰であっても入室は許さないと仰せになられたからです」

「私がいつそのような命令を出したというのだ?」

「お顔に症状がでた、一か月前の、そのときに……」

「一か月前だと?」

「はい……」

おどおどと言い訳をする従者は、視線を床に下げ怯えている。

昨日は新たな婚約者となった宰相の娘と観劇に行った。そのときは顔に異変はなかったはずだ。ふと気になり従者に今日の日付を確認した。すると忘れもしない、呪いで顔が爛れて、もうすぐ一か月が経とうとした頃だった。

そんな馬鹿な――時間が戻った? ありえない。

私は状況を飲み込むことができない。いったん従者を下がらせ頭の中を整理することにした。

「それにしてもこの臭い……」

今自分の顔は右半分が爛れている。爛れている場所と鼻の位置が近いせいで臭いを直接嗅いでしまう。耐え難い臭いに頭まで痛くなってくる。臭いのせいで思考が鈍る。忌々しいことだ。

日付が従者の言う通りなら、時間を遡ったことになる。にわかには信じがたいが治ったはずの爛れが再発していることを考えれば、そうとしか思えない。

「冗談じゃない。ああ、そうだ。呪いをかけた呪術師を捕まえて解呪の薬を作らせればいいのだ」

前回はセリーナが必死な様子で街から女を連れて来た。私のために一生懸命治そうとしてくれていると信じていたのに、まさかの自作自演だったとは。私を治癒した女は偽物、すなわち聖女は存在しなかった。あの女は役に立たないから探す必要はない。

「セリーナ……私を騙し、裏切った女……」

セリーナは公爵家令嬢で宰相の娘の侯爵令嬢とともに、私の婚約者候補だった。政治的なバランスを鑑みてセリーナが婚約者になった。

宰相の娘は少々傲慢で我儘な振る舞いが鼻についた。宰相にとっては歳をとってからできた愛娘なので甘やかして育てたのだろう。私に好意を抱いてくれていたようだが、王太子妃になるには精神的に幼く、能力が不足しているように思えた。

その点セリーナは利発でしっかりとした考えを持っており能力も高い。勤勉で私のサポートもしてくれる。朗らかな性格は常に緊張を強いられる王太子としての私の心を癒してくれた。

そんなセリーナを愛おしく思っていた。心から愛していたのに、それなのにセリーナは裏切った。私の確かな愛と確固たる地位を得るために。またキャンベル公爵家の権力を不動のものにするために。そのために卑怯な手段を用いたのだ。

呪術師に依頼し私を呪った。その呪いで顔半分が爛れ膿んだ。治せる人間を探すふりをして献身さをアピールしていたのだ。そして私を追い詰めたところで、女を連れてきて治癒能力者の振りをさせた。

宰相の報告だと女は金で買収されたそうだ。顔の爛れを治す薬はお茶に入っていた。毎回治療の前にリラックス効果のあるお茶を飲むようセリーナから勧められていた。からくりを聞けば騙された自分が無様としか言いようがない。

セリーナが犯人だとわかる前は、女を聖女と呼んでいた。そして病人の治療を望む者に治癒を施させた。ところが治癒できる場合とできない場合がる。そのことで貴族の中で聖女は偽物だと噂が立った。さらには聖女を連れて来たセリーナを非難する声が高まった。

治癒の可否の真相は、ほとんどの怪我人や病人はキャンベル公爵家で周到に用意した偽装した者たちだった。その者たちはそもそも健康で治った演技をした。ところが宰相の連れて来た病人は本当の病人で治癒できなかったのだ。

その話を聞いてもなお、私はまだセリーナの潔白を信じようとしていた。

「宰相。聖女が偽物だという証拠はあるのか? 本当にセリーナが呪術師を雇ったのか? セリーナを嵌めるための嘘の情報の可能性は?」

「怪我や最近になって病を患ったものだけは治癒できている、それは元々何ともなかったのを病気の振りをしただけでした。その証拠に先天的な病は一人も治せていません。聖女の力で治ると一縷の希望を持って訪れた者からは、非難の声が上がっています。本当の治癒能力を持つ聖女ならどんな症状でも治せるはずです。呪術師については商人がセリーナ様から紹介を頼まれたと証言しています。また呪術師も捕縛しましたが、キャンベル公爵とセリーナ様から依頼を受けたと言っています」

「証言だけか?」

「はい。ですが呪術師が認めています」

「そうか……。直接セリーナに確かめたい」

宰相からの報告を聞く限りセリーナが黒としか思えない。私はもうこの段階でセリーナを疑い、信じることができなくなっていた。それは、あの顔が爛れる病……どれだけ絶望したか。発病してすぐに箝口令を敷いたが、人の口に戸は立てれない。いずれ公になれば私は王太子でなくなる。それどころか幽閉されることになったはず。

医者に診てもらっても原因不明で治療できない。希望は見出せず、心は疲弊していった。それを支えてくれて、どれだけ感謝していたか。でもそれが目的でセリーナは私を呪った。

憎む気持ちもあるが、それ以上に長く婚約者として過ごしてきた日々も胸の中にある。だからセリーナが罪を認めて反省し謝罪してくれたのなら、刑を軽くできるよう最大限努力しよう。そう決意してセリーナに問いかけた。

「セリーナ。聖女まで用意したのはやりすぎではなかったのか?」

もう私の頭の中でセリーナの犯行は確定していた。ただ聖女を呼んで治癒する必要はあったのか疑問だった。特効薬が見つかったと出せばそれでよかったのに。セリーナにしては派手な立ち回りで、怪しまれることを危惧しなかったのかが不思議だった。

「私は治癒できる女性がいるという噂を聞いてステラさんを連れてきました。聖女だと言ったことは一度もありません。聖女ではなかったとしても、殿下の奇病を治したのは本当のことです。もう、ステラさんを解放してください」

セリーナの言い訳に私は苛立った。ただ謝ってほしかった。「愛してるから愚かなことをしてしまった」そう言ってくれたのなら許せたのに……。

「あの女が聖女ではないと認めるのだな。あの女は力など持っていないし、私を治していない。聖女はこの世に存在しない。病が治ったのは薬のおかげだ。治療前に私に飲ませていたお茶が解呪薬だったのだろう?」

セリーナは片方の眉をピクリと動かすときっぱりと断言した。

「いいえ。お茶はただのお茶です。本当です。信じてください」

「呪術師の証言、その呪術師をキャンベル公爵に紹介した商人の証言もある。もう、セリーナを信じられぬ」

「ウイリアム様……」

セリーナの絶望した顔を見て胸が痛んだ。だが最後まで認めようとしない。それは私への明確な裏切りだ。愛していたからこそ、セリーナに向ける感情が激しい憎しみに変わった。

取り調べの途中で呪術師が心臓発作で死んだ。だがキャンベル公爵とのやり取りしている手紙が発見され、キャンベル公爵とセリーナの罪は確定した。

アーサーが何度も再調査を嘆願してきたが、証拠がある以上覆せない。アーサーは騎士団をまとめていて人望も厚い。調査結果に不満を持つアーサーがいると裁判が始められない。ちょうどその頃、国境沿いに盗賊が頻繁に出没するとのことで、アーサーを騎士ともども向かわせた。

アーサー不在の間に宰相がキャンベル公爵とセリーナを捕縛させることを決定した。騎士を公爵邸に差し向けると、屋敷は炎に包まれていた。断罪の果ての処刑を恐れたのか、使用人を逃がし屋敷に火を放ったらしい。その後、公爵家全員の死亡が確認された。

これは前代未聞の大スキャンダルだ。貴族や民の不安を払拭するために、私の新たな婚約を大々的に祝った。新しい婚約者は宰相の娘の侯爵令嬢だ。セリーナと比べれば未熟なのは仕方がないが、宰相が後見を務めるのでどうにかなると期待するしかない。侯爵令嬢は私を慕っている。いつだって焦がれるような熱いまなざしを私に向けていた。だからセリーナのように裏切ったりしないだろう。

聖女を偽った女には恩赦を与え、死刑ではなく終身刑になった。それは宰相の進言によるものだった。