作品タイトル不明
373、裏路地探検
次の日の朝。俺はいつもより早起きをして、平民の服に着替えて王都の外れに転移した。何でこんなことをしているのかというと、屋台を巡って食料を大量に仕入れる為だ。
最初は普通に貴族の服装で中心街の屋台を巡れば良いかなと思ってたんだけど、大公として行くと騒ぎになって屋台巡りを純粋に楽しめないし、平民に扮して俺の顔が知れ渡っていない王都の外れに向かうことにした。
それに今日は明日の準備で皆が忙しそうだし、屋台巡りに付き合わせるのも悪いからね。変装して平民として出掛けるのなら、従者も護衛も付かなくて良いし。
俺の実家がある方面だとレオンを知っている人も多いので、ロニーの孤児院近くの裏路地に転移をした。そして孤児院から遠ざかるように路地を探検しながら歩いていく。
……こういうの、ちょっと楽しいかも。王都もまだまだ行ったことのない場所って沢山あるし、暇な時は王都中を巡る旅をしようかな。
そんなことを考えつつ入り組んだ路地を進んでいくと、荷車さえ入って行けないような狭さの路地に、食堂らしきお店を見つけた。
こんな場所に食堂があることに驚いて、少しだけ中を覗き込もうかな……そう思った瞬間、ドアが内側からバンッと勢いよく開かれる。
「早く仕事を探してきな!!」
そしてそんな叫び声が聞こえて、三十代ぐらいのおじさんが投げ飛ばされて来た。おじさんは顔から地面に突っ込んで、凄く痛そうだ。
「あの、大丈夫?」
恐る恐る声をかけると、おじさんは鼻の頭を擦りながら顔を上げた。擦り切れて血が出てる……痛そう。
「俺、回復魔法が使えるから治してあげるよ」
あまりにも痛そうな傷跡を放っておけなくて、この程度なら簡単に治せるからとおじさんの返事を聞く前にさっと怪我を治した。そしてピュリフィケイションをさりげなく使って汚れも落とす。
「あれ、痛くねぇ。坊主が治してくれたのか?」
「うん。大丈夫?」
「大丈夫だが、俺は金がなくて治療費を払えねぇよ。どうするか……何かお礼になるようなもんがあったか?」
おじさんはそう言いながら、さっき投げ飛ばされたドアを開けようと立ち上がった。
「……中に入って大丈夫なの? 喧嘩してたんじゃ」
俺は思わずドアに手を伸ばしたおじさんを引き留めてしまう。それほどさっきの勢いが凄かったのだ。
「いつものことだから大丈夫だ」
「そうなんだ……」
あれがいつものことって凄いな……女の人の声だったし多分夫婦だよね? いろんな夫婦がいるなぁ。
「そういえば仕事を探して来なって言われてたけど、ここって食堂じゃないの?」
「食堂だけどよ、客が来なくて稼ぎがないから、嫁さんに仕事を探してこいって言われてんだ」
……そういうことか。まあこの立地でお客さんが来る方が奇跡だろう。よっぽどの名物料理とかなければ……いや、それがあっても難しいかな。
「もう食堂は辞めるってこと?」
「まあそうなるなぁ〜、俺の夢だったんだけどな。美味けりゃこんな立地でも人は来るかと思ったんだが」
「ここは相当奥まってるから……なんでこんなとこに食堂? って思ったよ」
俺のその言葉におじさんは苦笑して頭をかく。
「この建物の持ち主と前に働いてた食堂で知り合って、遠くに引っ越すっていうんで安く譲ってもらったんだ。本当はアパートで、一階が大家の住居になってて二階が貸し出せる部屋になってるんだけど、これで自分の店をもてる! って嬉しくなって勢いで仕事を辞めて、改装して食堂にしたんだ。嫁さんには散々無理だって言われてたけど無理を通してな……結局このザマだ」
おじさんがそこまで話して自嘲の笑みを浮かべたところで、また勢いよくドアが開いた。
「あんたいつまでこんなところにいるんだい! 早く仕事を探して来なって言ってるだろ! このままじゃあ、子供たちにご飯も食べさせてあげらんないよ!」
うぅ……耳がキンキンする。俺はおじさんと話していたせいで、おばさんの怒鳴り声を至近距離で聞いてしまった。
「あれ、あんた誰だい?」
おばさんは俺のうめき声で、やっと俺の存在に気づいてくれたらしい。もうちょっと早く気づいて欲しかったです。
「ちょうどうちの食堂を覗き込もうとしてた坊主だよ。俺の怪我を治癒で治してくれたんだ」
「なんだって、それじゃあ早くお礼をしなきゃダメじゃないか! なんだってこんなところで突っ立って話をしてるんだい!」
おばさんは大袈裟なほど驚いたように目を見開き、おじさんと俺の腕を引っ張って食堂の中に入った。えっと……俺も一緒なんですか? お昼ご飯までには屋台巡りの他に、ベッドも買いに行きたいんだけど……
そんな俺の心の叫びはもちろん届かず、おばさんは俺を椅子に座らせると水を出してくれた。そしておじさんを厨房に投げ入れる。うん、言葉の通りに投げ入れてた。
強引で豪快な人だな……このぐらいの方が住みやすい世の中なのかもしれないけど、おじさん頑張れ。
「怪我を治してくれたっていうのに、お礼もしないでごめんなさいね。うちの人は気が利かなくて。申し訳ないけどお金はないから食事で勘弁してくれるかい? この時間ならまだ食べてないだろう?」
「あの、別にお礼はいらないのですが……」
「治癒してもらってお礼もなしなんてダメだよ! すぐできるからちょっと待ってな」
ニカっと笑ってそう言うと、おばさんも厨房に行ってしまった。ここはありがたく受け取った方が良いかな……実は朝ご飯は屋台で食べれば良いかなと思って食べてないのだ。だからお腹も空いてるしちょうど良い。
食事ができるのを待っている間に中をぐるっと見回してみると、もともと食堂ではなく住居として作られたからか、食堂には向いていない建物だと分かる。
まずはとにかく狭い。小さめのテーブルが三つしか置かれていないし、全部にお客さんが座ったら椅子同士がぶつかりそうな距離感だ。
それに窓が小さい。もう少し大きい方がお店としては明るくて良いだろう。後は厨房がカウンターで繋がっていない。この国の食堂は基本的に厨房と食事スペースはカウンター越しに繋がっていて、それによって解放感が生み出されている。ただでさえ狭いこのお店でその解放感もないと……うん、ちょっと息が詰まりそうな空間だ。
おじさん……この建物で食堂を始めようと思ったのが間違いだよ。ここはアパートとして運営して、その利益で新しく食堂を開くお金を貯めれば良かったのに。
そんな失礼なことを考えながら待っていると、厨房に続いているドアが開き、おじさんとおばさんが部屋に戻って来た。
「待たせたね。はいよ、うちの食堂おすすめだ」
「うちはメインがスープなんだ。それにパンと水も付いてくる。後は追加料金で肉もつけられるんだが、生憎今は在庫がなくて焼けなかった……すまない」
「気にしないで。ありがとう」
スープはラーメンの丼みたいな大きな器に、並々よそられていた。基本的にこの世界の食堂でスープとは、少量がセットとしてついてくる程度でメインというのは珍しい。
「いただきます」
俺はスプーンを手に取って、良い匂いがしているスープをひと掬いして口に入れた。
「え、美味しい」
「そうだろ! 俺もスープには自信あるんだ!」
あんまり期待してなかっただけにかなり驚いた。この時期の野菜がたくさん入っていて、味が凄く良い。場所がここじゃなかったら普通に流行りそうなのに……もったいないな。