作品タイトル不明
第四十二話 揃いすぎた布陣
両陛下が去った後の執務室。
嵐のような余韻の中で、イザベラ様がガクリと膝をついた。
「ど、どうしよう……! 勢いで引き受けたけれど、予算半分なんて、新しいドレスの袖も買えませんわ!?」
「……」
私は無表情で直立不動を貫く。
喉まで出かかった「まずは現状把握です」という言葉を飲み込む。
今の私に許されたのは、イザベラ様からの命令を実行することのみ。助言も提案も、慰めすらも『作為』と見なされる。
「泣くな、イザベラ」
殿下がしゃがみ込み、イザベラ様の視線に合わせるように覗き込んだ。
「金は出せないが、俺の権限で『場所』の使用許可は出せる。王宮の庭園、広場。全てお前の自由に使えるように手配する」
「え……?」
「今回はリリアナは手足、頭脳はお前だ、イザベラ。お前ならできるだろう。だから思う存分暴れてみろ」
殿下の言葉に、イザベラ様がハッと顔を上げた。
その瞳に、ゆらりと怪しい炎が灯る。
「そうでしたわ……。悲劇のヒロインは屋根裏部屋のガラクタでドレスを縫うものでしたわ……!」
イザベラ様がバッと立ち上がり、私をビシッと指差す。
「リリアナ、直ちに輸送馬車を手配なさい! これよりローゼンバーグ公爵邸へ向かいますわよ!」
「公爵邸へ?」
「ええ、お金がないなら、実家の倉庫に眠っている『お宝』を掘り起こしますの! お父様とお母様が溜め込んだコレクションを、全て会場へ運ぶわよ!」
「はい」
私は短く答えた。
(ご名答です、イザベラ様。王宮の備品では出せない味が、歴史ある公爵家にはありますからね)
◇
イザベラ様の『逆境ハイ』は凄まじかった。
執務室の扉が開くと、ピンク色の髪をなびかせ、ミミが飛び込んできた。
「お嬢様! ローゼンバーグ商会・セカンドライン『メゾン・ミミ』の愛と奇跡のチーフデザイナー、ミミ・フォン・バロン! ただ今、馳せ参じました!」
バサッとピンクのマントを翻し、謎のポーズを決めたミミ。
そこに、かつての元取り巻きJの面影は一切ない。
イザベラ様の庇護下で店が大繁盛し、自信がついた結果、ミミの方向性は『謎のハイテンション・カリスマデザイナー』へと激変してしまったようだ。
「ミミ、予算はゼロよ! 倉庫に眠るお母様の古いドレスを、貴女の腕で『王妃様が腰を抜かすほど』現代風にリメイクなさい!」
「お任せを! ヴィンテージこそ至高! 私のゴッドハンドで最高の魔法をかけてみせます!」
その時、部屋の扉がノックされ、侍従が大きな木箱をいくつも運んできた。
「失礼します。ガレリア帝国のシルヴィア・ル・ベル様より、リリアナ補佐官宛にお荷物が届いております」
「シルヴィア様からですか……?」
ガレリア帝国といえば、以前私たちが介入して以来、かつてないほど景気が上向いていると聞く。イザベラ様の破天荒な行動がきっかけとなり、今や国全体が活気に満ち溢れているらしい。
この荷物も、その余裕からくる贈り物だろうか。
受け取りのサインを済ませ、廊下に出ると、大量の木箱が積まれていた。
その傍らに、一通の手紙が置かれている。
『リリアナへ。
以前、イザベラ様が帝国でばら撒いたお菓子への返礼品よ。帝国の特産品である『 氷晶花(ひょうしょうか) 』。装飾だけれど、冷気を放つから天然の冷房代わりにもなるわ。執務室にでも使ってちょうだい。
PS.イザベラ様に、よろしく伝えておいて』
手紙を読んでいると、イザベラ様が背後から覗き込んでいた。
「あら、あの片眼鏡からの手紙ね。……『PS.イザベラ様に、よろしく』? ふふん、あの方も少しは礼儀というものを覚えたようね」
イザベラ様は満更でもなさそうに鼻を鳴らすと、箱から漏れ出す冷気に反応した。
「あら? リリアナ、あの大量の木箱は何?」
「帝国の特産品、氷晶花だそうです。冷房代わりになるので使ってくれと」
「冷房の代わり……?」
イザベラ様の目がギラリと輝き、ズカズカと歩み寄ると、勝手に箱を開けた。
「……リリアナ! これを全て徴収するわ!」
「……」
「これを会場に飾れば高価な氷など不要! 予算ゼロで冷房問題が解決するわ! よって、没収よ!」
イザベラ様は高らかに宣言し、木箱を抱え込んだ。
私の私物を奪うその強欲さ、今回ばかりは感謝だ。
それに、私は聞かれたから答えただけだ。
国境を越えた貸し借り。
イザベラ様の無自覚な『ばら撒き』が、まさかここ一番で役に立つとは。
「あの鉄女も、たまには気が利くじゃない! これでドレスと空調は解決できそうだわ。次は……『人手』ね」
イザベラ様が扇子で口元を叩く。
予算半減で一流の楽団や給仕を雇う金はない。
だが、イザベラ様は不敵に笑った。
「ふふん、金で雇えないなら『愛』で動く者を呼べばよくってよ! リリアナ、白銀館へ連絡を! 花嫁修業の名目で送り込んだ、私の取り巻き軍……友人たちを召喚なさい!」
「……直ちに」
◇
翌日。
「「イザベラ様ーっ!!」」
執務室になだれ込んできたのは、総勢20名の令嬢たち。
イザベラ様の取り巻き軍団だ。
「まずは王都にいる『一軍(B〜K)』! 私の美意識を崇拝する精鋭たちよ!」
「お任せくださいませ! 楽団など雇わずとも、私たちが最高の演奏を披露いたしますわ!」(取り巻きB)
「会場の案内や接客も、私たちのマナーにお任せあれ!」(取り巻きC〜K)
「そして感動の再会ね! 花嫁修業のために帰還した『二軍(L〜U)』のみんなよ!」
彼女たちは以前、私の経営する温泉宿『白銀館』へ送り込まれていた令嬢たちだ。
「お久しぶりです、イザベラ様! ただいま白銀館から帰還いたしました!」(取り巻きL)
代表の令嬢が、キリッと敬礼する。
驚くべきことに、彼女たちの肌は温泉効果でツヤツヤに輝き、地獄の労働プログラムによって無駄な脂肪が落ち、アスリートのような健康的な体つきになっていた。
「私たちは温泉宿での充実した修行により、無限のスタミナを手に入れました!」
「さらに『お客様は神様です』の精神も叩き込まれております! 皿洗いから会場設営まで、灼熱の肉体労働は、全て私たちにお任せくださいませ!」(取り巻きM〜U)
彼女たちの瞳には、もはや貴族の怠惰はない。
あるのは勤労の喜びを知った者の輝きだ。
結果として、イザベラ様は『最強の肉体労働部隊』を手に入れたわけだ。
しかし、ここで私はある懸念を抱いた。
貴重な労働力である彼女たちが、全員戻ってきたとなると、白銀館の業務は誰が回しているのか、と。
早速、私の不安を察したのか、懐の通信用魔道具が小さく震え、確認しようとした、その時だ。
「あら、リリアナ? 悪巧みが成功した時の顔をしていますわね?」
野生の勘が鋭すぎるイザベラ様が、私の背後からニュッと顔を出した。
「何も企んではいませんが?」
「嘘おっしゃい! 見せなさい!」
イザベラ様が私の手元を強引に覗き込む。
そこには白銀館の総支配人、クルトさんからの文字が浮かんでいた。
『拝啓、オーナー。
二軍の卒業に伴い、イザベラ様の新たな信奉者たち――『三軍(取り巻きV〜Z)』の5名を入れ替わりで収容……ではなく、雇ったよ。
彼女たちもまた、素晴らしい根性(浪費癖)を持ってるので安心したよ。
今は灼熱の厨房で、泣きながら更生プログラムを受けさせてるし、館の業務に支障もないからご安心を』
「まあ! あの子たちもしっかり修行に励んでいるようね! 素晴らしいわ!」
イザベラ様が手を叩いて喜ぶ。
そして、続く追伸に目を留めた。
『PS.マーサさんが『園遊会』の話を聞きつけ、「せっかくだ! あたしの料理が王妃様に通用するか、試してくるよ!」と、大量の食材を持ってそっちへ向かったよ。
食材費は館の宣伝費として考えれば安いものだし、あとはよろしく』
「マーサも来ますの……!?」
イザベラ様が瞳をギラギラと輝かせた。
「……最高の食材に最高の料理人。ふふん、さすが私の豪運ね! もう何も怖くないわ! 王妃殿下に、私の『人徳』を見せつけてあげますわ! オーホッホッ!」
まさか最高の料理人と食材まで経費ゼロで勝手にやって来るとは。
私はホッと胸を撫で下ろした。
クルトさんの管理能力は変わらず完璧だし、悪役令嬢の取り巻きを労働力に変える循環システム(サイクル)も最高だ。
何より、これで『食』の問題も解決した。
ミミさんのドレス。
シルヴィア様から贈られてきた帝国の氷晶花。
一軍の 芸術性(センス) 。
二軍の 機動力(パワー) 。
そして、留守を預かる三軍。
最高の料理人と食材。
これら全て経費ゼロである。
完璧だ。
これだけの布陣なら、王妃様の無理難題など恐れるに足らない。
私は成功を確信する。
だが、ふと背筋に冷たいものが走った。
(ん? 待てよ?)
私は並べられた最強の布陣のリストをもう一度見直す。
爆走するハイテンション・デザイナー。
筋肉と根性だけの肉体労働部隊。
王妃に喧嘩を売りに行く料理人。
それらを率いるのが、予測不能の悪役令嬢・イザベラ様。
これは『チーム』ではない。
『猛獣の檻』なのだ。
個々の能力は高いが、混ぜるな危険の劇薬ばかり。
一抹の不安が、私の脳裏をよぎる。
私は知っている。
イザベラ様が「これで何も怖くないわ!」と笑い、全てが噛み合ったように見える時ほど、事態は必ず、想定の斜め上から崩れ始めるということを。
私の勘は、よく当たるのだ。