軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【番外編】虹色の成人式

大陸暦2026年、1月12日。

冬の寒さが続く中、新春の光が差し込む季節。

王都は間近に迫った『成人式』の話題で持ちきりだった。

今年、成人を迎える世代は「豊作」と呼ばれている。

筆頭は王太子アレクセイ殿下。

その婚約者と叫び倒す、公爵令嬢イザベラ様。

そして不肖、この私、リリアナも成人を迎える。

「リリアナ! 緊急事態よ!」

執務室の扉がバンッと開き、いつものようにイザベラ様が飛び込んできた。

「どうなさいました? また殿下に『成人のお祝いに婚姻届を』と迫って、衛兵につまみ出されたのですか?」

「違うわ! それは昨日のことよ! 今日の問題は、私の大切な取り巻き軍……友人たちよ!」

イザベラ様は扇子をバシバシと叩いて嘆いた。

「成人式といえば一生に一度の晴れ舞台。なのに、あの子たちといったら『目立たないようにベージュにします』だの、『壁と同化するグレーにします』だの、志の低いことばかり言っているの!」

……耳が痛い。

私も「公務のついでだから地味な紺色でいいか」と思っていたところだ。

取り巻き軍団総勢20名(多分)は賢明だ。

主役であるイザベラ様より目立てば不敬だし、かといって半端に飾れば公開処刑される。

ならば 背景(モブ) に徹するのが生存戦略としては正しい。

「許せないわ! 私の周りが地味だなんて、私の『格』に関わるわ! それに……」

イザベラ様は、ふと真面目な顔をして呟く。

「あの子たち、いつも私の引き立て役ばかりしているでしょう? せっかくの成人式なのに、自分のためにドレスを選べないなんて、かわいそうじゃない」

珍しい。

イザベラ様が他人の心情を慮っている。

彼女は顔を上げ、ニヤリと不敵に笑った。

「決めたわ。あの子たちのドレスは、この私が全てプロデュースするわ! 誰もが振り返る最高の主役。そうね……テーマは『光のプリズム』だわ!」

そして、そのギラついた瞳が私を捉えた。

「もちろん、リリアナ。貴女も逃がさないわ!」

数日後。

私は公爵家の衣装部屋を訪れた。

「綺麗だわ……」

「これを本当に私が着ていいのですか……?」

そこには一軍(B~K)と、二軍(L~U)の20名の取り巻きたちが集められていた。

彼女たちの前には特注のドレスが並ぶ。

デザインは統一されているが、色彩は、それぞれ異なっている。

赤、橙、黄、緑、青、藍、紫……。

素材は最高級のシルク・サテン。光の角度によって真珠のような光沢を放つ、極上の生地だ。

一人一人の肌の色や髪の色に合わせて、最も映えるパーソナルカラーが選ばれている。

「いいこと! 貴女たちは『その他大勢』じゃないわ!」

部屋の中央で、イザベラ様が熱弁を振るう。

「一人一人が固有の色を持つ『宝石』なのよ! ベージュやグレーで自分を塗りつぶすなんて許さないわ! 今日は全員が主役として、会場を虹色に染め上げるのよ!」

「「イザベラ様……!?」」

取り巻きたちが目を潤ませる。

普段は背景として扱われる彼女たちが、初めて『個』として認められた瞬間だ。

「さあ、リリアナ。貴女はこれよ」

イザベラ様が私に差し出したのは、深い夜空をイメージした、ミッドナイトブルーのドレス。

シンプルだが、生地に織り込まれた銀糸が星空のように瞬いている。

「貴女はいつも影で支えてくれているけれど、その知性は夜空のように深くて美しいわ。……たまには堂々としなさい」

さすが完璧なファッションセンス。

私は眼鏡の位置を直し、素直に礼を伝える。

「ありがとうございます、イザベラ様」

地味な私が着こなせるかは心配だが、ここはありがたく頂戴した。

当日。王宮大広間。

扉が開かれると同時に、ファンファーレが鳴り響いた。

「ローゼンバーグ公爵令嬢、及びその御一行、入場!!」

現れたのは息を呑むほど美しい『虹のパレード』。

先頭を歩くのは、燃えるような赤、鮮やかなオレンジ、輝く黄色を纏った令嬢たち。

続いて、新緑の緑、澄んだ空の青、高貴な紫。

20人の令嬢たちがグラデーションを描くように並んで歩く姿は、まるで動く宝石箱だ。

会場がどよめき、無数の視線が一斉に彼女たちへと注がれる。

「なんだ、あの美しさは……?」

「あの子、あんなに可愛かったか?」

「おい、ドレスの色が彼女たちの瞳の色と合っているぞ」

今まで『悪役令嬢の取り巻き』という記号でしか見られていなかった彼女たちが、初めて『一人の美しい女性』として認識された。

彼女たちは緊張しながらも、イザベラ様に言われた通り、誇らしげに胸を張って歩いた。

虹の列が左右に分かれ、中央に道ができると、満を持してプロデューサーが現れた。

「ごきげんよう、皆様!」

優雅に告げたイザベラ様は、すべてを照らす光そのもののような純白のドレスを纏っている。

最高級のシルクを幾重にも重ね、そこには無数のダイヤモンドが星屑のように散りばめられている。

(イザベラ様、成人式も派手ですが、『光』のテーマに合わせた装いは流石です)

イザベラ様はそのドレスで、虹の中心を堂々と歩く。

その隣、一歩下がった位置に夜空色の私。

白と黒、そして20色の虹。

それは完璧に計算された一つの巨大な『絵画』だった。

その光景に嫉妬したのか、会場の隅では意地の悪い令嬢たちがヒソヒソと囁き合っている。

「あら、まあ……。あの方たち、公爵令嬢にドレスをおねだりしたのかしら?」

「ご自分の家で用意できないなんて、随分と安上がりなプライドですこと」

「ふん、金魚のフンも装いだけは一人前ね」

その心無い言葉に取り巻きの一人が唇を噛み、視線を伏せる。

イザベラ様はそれに気付いたのか、ピタリと足を止め、優雅に虹色の扇子を開いた。

「……あら? 何か耳障りな雑音が聞こえましたわね。おねだり? 訂正してくださる? これは私が彼女たちに『着ていただいた』のですわ」

「え……?」

「彼女たちは私の大切な友人であり、私の世界を彩るかけがえのない色彩ですもの。あなたたちのような流行のカタログ通りのドレスを着ているだけの『没個性』とは違いますわ。彼女たちは今日、自分だけの『色』を誇るためにここにいますの」

イザベラ様は俯いていた彼女の肩に、そっと手を置いた。

「胸を張りなさい。貴女のそのスミレ色は、誰よりも気品があって素敵よ。雑音なんて気にすることないわ」

「イザベラ様……はいっ!」

彼女は涙を拭い、顔を上げた。

その堂々とした姿に、悪口を言っていた令嬢たちは気圧されるように去っていった。

会場から自然と拍手が沸き起こる。

それはイザベラ様のカリスマ性と、20人の令嬢たちの美しさへの心からの称賛だった。

「派手好きなのは相変わらずだが、今回ばかりは一本取られたな」

呆れたような、しかし優しい声と共に、正装のアレクセイ殿下が歩み寄ってきた。

殿下もまた、成人を迎える主役の一人だ。

「殿下、私の『虹色の世界』に見惚れてしまいましたの?」

「ああ、見事だ。全員が自信に満ち溢れている。光と夜空、そして虹か。 美(・) し(・) い(・) 成人式だ」

殿下は満足げに頷くと、私の方を向いた。

「リリアナ、お前もだ。今日は随分と様になっているぞ」

「恐縮です、殿下」

私は少し照れくさくて眼鏡を押し上げ、ふと隣のイザベラ様に視線を向ける。

いつもなら「殿下、私を見てくださいまし!」と割り込んでくるはずのイザベラ様が、なぜか不自然なほど静まり返っている。

何かがおかしい。

「おい、イザベラ。急に俯いてどうした? 具合でも悪くなったのか?」

「殿下……今、 美(・) し(・) い(・) と仰いました……?」

「ああ、今日は特に一段とドレスが……」

「この公衆の面前で私を美しいと!? う、うう嬉しいですわ、殿下! 私への愛が……」

まずい……。

成人式という全員が主役の舞台で、いつものように暴走されでもすれば、全て台無しになるかもしれない。

私は咄嗟に殿下とイザベラ様に割って入ろうとした、その時だ。

「愛が溢れて止まりませんわぁぁぁ!!」

顔を沸騰させ、感極まったイザベラ様が瞳孔を開きながら叫んだ。

バサァッ!

イザベラ様の絶叫と共に、背中のトレーンから極薄のシルク・オーガンジーが一気に展開した。

半径およそ3m。空気を含んでふわりと広がる純白の薄衣は、翼のようでもあり、後光のようでもあった。

(前言撤回。あれは雪山のアルビノ(白孔雀)……いや、イザベラ様のことだ。今回は……まさか、遥か東の大陸に伝わる伝説の『天女』か!)

私がそのあまりの神々しさと物理的な圧迫感に戦慄している間に、会場を埋め尽くす新成人たちがざわめく。

「……発情期のアヒル?」

「発情期のアヒルですって!? 失礼な! これは成人式仕様の最高傑作! アルビ……ではなく、東方の神秘『天女の羽衣』よ!」

会場中が「うわぁ……」と引く中、殿下は「くっ、やはりこうなるのか……」と頭を抱えている。

だが、そんな空気など意も介さず、イザベラ様は優雅に一歩踏み出す。

「さあ、殿下! 踊りましょう! 愛のダンスを! 私の羽衣に包まれてくださいまし!」

「よ、寄るな! 羽が顔に当たるのだ! 前が見えん!」

音楽が流れ出すが、それは優雅なワルツではない。

アヒルに絡め取られそうになる王太子の攻防戦だ。

だが、虹色の取り巻きたちは、「イザベラ様は今日も素敵ですわ!」と叫び、楽しそうに踊り始めた。

私はグラス片手に、その光景を眺めていた。

手元には殿下に渡すはずだった請求書がある。

『特別衣装制作費:金貨500枚』。

『追加オプション:変形型求愛機能付きドレス改造費:金貨100枚』。

(ああ……まあ、いいか。今日は祝いの席だし)

私は請求書をそっとポケットにしまう。

殿下への請求は、明日の朝一番に回すとしよう。

今はこの騒がしくも美しい景色と、友人たちの幸せそうな笑顔に免じて。

私は静かに言葉を結ぶ。

私と、カラフルで騒がしい仲間たちへ。

世界は誰一人として背景ではない。

「皆、成人おめでとう」