作品タイトル不明
第248話「空気の変化」
#第248話「空気の変化」
アイドルユニット『トライ・スピア』の護衛兼レベリング補助に、本田、佐藤、そして紗月が参加してから――空気は一気に変わった。
今日は新宿ダンジョンの三階層。比較的やさしい体力ダンジョンだが、もちろんレベル2のアイドル達にとっては油断できない場所だ。彼女たちにとっては一瞬の間違いで命を落とすこともある階層。
本当は100体の討伐だけでレベル3にレベルアップする四階層でのレベリングが理想ではあるがさすがにアイドルの心情的にも、護衛メンバーのレベル的にも厳しいといいうことで三階層での討伐となっていた。
三階層になるとレベルアップまでに1000体もの討伐が必要ではあるがそれは仕方がない。
配置は紗月が考えていた想定通りになった。
紗月は司と並んでアイドルたちのすぐそばに付くポジションだ。
アイドルたちから見ればすぐ近くにいるハンターが他のいかつい男性よりも安心できる。
とは言え紗月はレベル3なので1人ではさすがに心持たない。そこでこれまでアイドルのそばで護衛をしていた司とのタッグになった。同じクランということで気心が知れているからいいだろうと本田が提案、テレビ局側も納得した。
「まあ、私はレベル3だからね。ここは司くんと協力しないと無理だよ」
そう笑う紗月は自分が“司のブレーキ役”を任されていることも理解している。
一方の司は――相変わらず、真剣味が足りない。
「俺はクラン『エクリプス』のリーダーで、御影グループ社長の息子だぞ? まぁ任せとけって!」
仕事をそこそこに自慢が始まり、『トライ・スピア』の五人はげんなりした顔で目を合わせる。
しかし今回は違った。そこで紗月がすっと横から入る。
「司くん、会社の名前出すのは今すぐやめた方がいいよ? 社長が“勘当もありえる”って怒ってるらしいし」
「は、はぁ!? そんなわけ……」
「社長が本気で言ってたって。本当にマジでまずいらしいよ? 勘当されても私は知らないよ?」
「く、くそっ……せっかく宣伝してやってるのに……」
「何言っているのよ。会社の宣伝なんていらないでしょ。御影グループは何もしなくてもどんどん伸びているんだから。それよりも勝手に会社の名前を出すのはまずいよ。今後は控えた方がいいよ」
「勘当? くっ、そんなわけが……でもそうなったらやばいな」
そうして司は悔しそうにしながらも黙った。
『トライ・スピア』の五人はポカン。それから、ほっと息を漏らした。
「……紗月さん、すごい……」
「司さんが静かになった……」
司が自慢をしなくなった。おかげで余計な気を遣わずに済み場の雰囲気が一気に明るくなった。そして討伐にも集中できるようになった。司の相手をしなくてもいいのはやはりありがたいのだ。
前方では本田が手際よく動き、他の護衛たちと連携を取っていた。
本田はさすがに経験が長い。他のクランとの連携の経験も豊富。まずはしっかりと他のハンターと打ち合わせ。その中でも問題が出そうなところはうまく指摘していった。
「さすがですね、その連携は凄い! ただ……」のように相手をうまく褒めておだてながらの指摘なので空気は悪くならない。佐藤だけでは厳しいところだっただろうがすぐに馴染んでいった。
そして本田は佐藤と組んでの討伐が基本となった。
「ここは俺が前に出ます。佐藤、右から回って」
「わ、分かりました!」
本田はさすがベテランだ。誰と組んでも実力を発揮する。とにかく状況判断が速い。佐藤の力量を把握していることもあってうまく仕事を任せていった。
佐藤は他のハンターとの連携は初めてでぎこちないが、本田のフォローでなんとか形になっている。
そうして新しい三人の加入で現場は明らかに安定していった。
だが、やはり問題は司である。
ストロングボアが一体、前線をすり抜けてこちらへ走ってきた瞬間――
「クラン『エクリプス』のリーダーの一撃を受けてみよ!」
「あーあ、勘当かもね、しーらない!」と紗月が囁く。
「うるせぇ!」
司もどうしても勘当だけは避けたい。そうして二言目には勢いがしぼんでいった。
それでも忘れた頃に騒ぐ。そこでここは頃合いだと言う時に紗月はツッコミを入れた。
さらに攻撃時の細かい指摘もしていく。
「ていうか、なんで司くんが倒しに行くのよ。弱らせて、アイドルの子たちにトドメさせないと意味ないでしょ」
「こ、こうでもしないと体がなまる!」
「そんなの適当に運動すればいいでしょ。それより仕事しよ?」
さすがに司との付き合いは長い。言い訳するのは間違いないと思って紗月は常に先回りの回答も用意している。まあ暴れ出したらどうにもならないが普段の司ならばなんとか相手ができるのだ。
そうして、この漫才のようなテンポの良いやり取りにアイドルたちは笑う余裕まで出てきた。
「紗月さん……ほんと頼れる……」
そんな声が後ろから聞こえる。
更に紗月は同性ということもあってかよく気が利いた。
アイドルメンバーに対し戦闘だけでなく心構えなど細かいアドバイスもしていった。アイドルたちの信頼は日に日に増していった。
様々な相談にも乗ってくれる紗月。
一方で紗月も、本田のクランでのリーダーシップを思い出し、褒める回数を増やした。それで指導する人間が信頼してもらえるということを見ていて、経験として学んだからだ。
「今の一撃は素晴らしいよ! ただし真正面は危険だから、死角から狙ってね!」
「はい。ありがとうございます!」とアイドルユニットリーダーの桐谷ひかりが答える。
アイドルの5人は実感した。
(本田さんも紗月さんも――凄く“仕事ができる人”だ。司さんとは比較にならない)
そうして、このまま順調に進むかに見えたが――
もちろんそんなに甘いわけがなかった。やはり爆弾処理は簡単ではないのだ。