作品タイトル不明
第227話「揺れる世論と政府の苦悩」
#第227話「揺れる世論と政府の苦悩」
横須賀ダンジョン、そして陣馬高原ダンジョンの氾濫。
この二つの事件は、政府を本気で動かすには十分すぎるインパクトを残した。
高泉首相と大泉防衛大臣はこれまでにない速度で次々と手を打っていった。過去の優柔不断な検討だけする首相の政府だったらここまでの動きはとてもできなかったであろう。危機管理としては完璧な動きを見せていく。
まずは――氾濫そのものを “イレギュラー事故” として扱うための情報操作。
次に都市部ダンジョンの 24時間監視体制の整備。
ハンター不足を補うための広報強化とハンター募集キャンペーン。情報番組では女性アイドルにハンターが憧れの職業と語ってもらい男性心を揺さぶった、更にはアイドル自身にハンターを目指してもらいドキュメンタリー番組制作の指示も出すなど様々な施策を打った。
ただ、当然のことながら予算は足りない。不足する予算は緊急性を理由に国債発行でしのいだ。
どれもこれまでの日本政府では考えられないほどの迅速な動き。
首相の高泉、防衛大臣の大泉の決断力と実行力があってこそ成り立つ政策ラッシュだった。
――しかし。
こうやって大きく動けば必ずひずみも生まれる。それは当然のことだった。
どんなに素晴らしい政策にもメリットとデメリットがある。そして批判するのは簡単だ。デメリットだけ都合よく大きく切り取って批判するだけでいいからだ。答弁動画の一部だけ切り取って矛盾のある説明のようにし喧伝する切り取り動画が掲示板やSNSに次々にアップされ時には炎上した。
そうして政府の動きに対して“デメリットだけ”を喧伝する声が爆発的に増えた。
「国債発行? 未来へのツケだ! とんでもない政府の大失策だ!」
「ここまで予算を増額してどうする! 歴代最低の政府だ!」
「監視体制強化だと? 無駄な予算を使って国民を監視し将来の徴兵制、軍事国家化でも狙っているのか!」
「ハンター募集? 若者を戦場に送る気か? 亡くなった人への補償はどうなっている?」
反対派にとっては批判材料に事欠かない状況。大きく動く政府ほど叩きやすいものはないのだ。逆に動かない政府は叩きずらい。それは日本を停滞させているだけなのだが、過去の大きく叩かれない首相はそういった道を歩んでいた。
その一方で今回の政府は大きく動いていく。そして動くほど批判する材料が増えいく。叩く方が圧倒的に楽な戦いになっていった。
高泉首相と大泉防衛大臣はまず緊急予算を国債で補填した。
だが当然、それを延々と続ければ財政は破綻する。
「このまま国債を乱発すれば金利が上がり、円の信頼は落ち、円安が進んで破綻する――」そういった批判がすぐに出てきた。これは当然のことだ。いつまでも国債発行、すなわち借金に頼るわけにはいかない。
だからこそ、次の手として国債発行に頼らない増税案も出した。
だが、当然のごとく野党は激しく反発。
「ハンター予算がそんなに必要なのか! おかしい」
「なぜ一般国民がハンター予算を負担しなければならない! やりたい人間だけがハンターになればいいだけだ」
野党による追及は毎日のように続いた。同調する国民も次々と増えた。
与党内からも「説明責任が足りない」と不満の声が出始める。そうして高い支持率もじわじわと落ちていった。
テレビメディアは連日、批判的に取り上げるようになった。メディアによっても論調はやや違うがやはり野党の声を大きく取り上げるのが基本路線。
ハンターで家族を失った人たちの被害者家族会を中心としたデモなども発生した。こういった活動はこっそりと野党が後押ししている。そしてそれほど数が多くなくてもメディアが喧伝しまるで大きな動きのように、あたかもそれが正義の活動のように報道した。
大泉は深夜の執務室で拳を握りしめた。
(本当の危機……“世界のダンジョン状況”を説明できればどれだけ楽か……)
しかしそれを口にすることだけは絶対にできない。氾濫動画ですら“フェイク”として扱っているのだ。国家混乱を避けるために現時点では事実の大半を隠さなければならない。
それは昨今の諸外国からの軍事圧力も同じだ。他国が戦争の準備をしていることを把握してもそれを公にして防衛費を引き上げることは難しい。だから歴代政府はごまかしていた。
でもダンジョン危機にも備えが必要、また他国からの戦争の可能性を考慮したら防衛費の増額は必須。本来は批判されてでも絶対にやらなければいけない仕事だ。そういう信念をもって進めた。
もちろん批判は止まらない。
「ダンジョン活動予算なんてゼロでいい!」
「監視も強化も必要ない!」
「他国をまるで悪党のように言うな。平和が一番だ。戦争に備える必要などない!」
「防衛費を増額することとそが他国を刺激し戦争を近づける。日本は平和を主張し防衛費はゼロに近づけるべきだ!」
無責任とも思える主張が飛び交う。
しかしその全てを切り捨てることはできなかった。混乱するので詳細な説明はできないから「現時点では緊急な問題はない」と答弁せざる得ない、そして、そういう説明をしながらの防衛費増額は大きく矛盾しているのだ。当然野党はそこを突いてくる。
野党は自らが動いているわけではないので責任を考える必要がない、追及するだけでいいので楽だ。答弁に少しでも矛盾があれば更にそこを突くだけ。失言を狙うだけの後ろ向きの質問をする議員も増える残念な状況になっていった。
とは言えこういった野党の追及が全くの無駄というわけでもない。いくら理由があるからと言っても政府が無制限に増税していいわけがないのだ。野党の一見、無意味でレベルが低く見える反対質疑の声ではあるが、それがあるからこそ政府の暴走を防ぐぎりぎりの“バランス”が保たれていく。
大泉は野党の追及も当然必要なことだと理解しつつも胸の奥には苛立ちが募る。国の危機に対し自分たちには語れない“本当の理由”がある。
そのもどかしさが、大泉をさらに苦しめた。
現実に何も起きなければ政府は最低、無能といった烙印だけをおされ失脚し信用を失うだろう。
それでも――。
動きは止めない。
高泉と大泉は、批判の嵐やリスクを覚悟の上で自らの信念の元に政策を推し進めていった。
日本を守るために。そして、いつか必ず訪れるだろう“更なる危機”に備えるために。