作品タイトル不明
第124話「チャンスとピンチ・その2(佐藤君視点)」
#第124話「チャンスとピンチ・その2(佐藤君視点)」
御影君の元ではもう無理だ――みんながそう思うようになるのに時間はかからなかった。いつクランが崩れるか分からない、そんな足元のぐらつきの中で、僕達はただ耐えるだけだった。
そこに現れたのが石動さんだった。社長直轄、御影君の「相談役」。肩書きを聞いた瞬間は身構えた。つまりは御影君側の人だと感じたからだ。何か命令でもされるのか?最初はそう思った。
けれど、その警戒心はすぐに崩れた。会って早々、石動さんが深々と頭を下げたからだ。
「これまで司さんのもとでよく耐えてくれました。厳しい状況でもクランが保てたのは、佐藤君たちの踏ん張りがあったからです」
御影グループのお偉いさんが、僕なんかに頭を下げる。胸が熱くなり涙がこぼれそうになった。いままでの頑張りが少しだけ報われた気がした。見てくれる人は見てくれているんだ。
その日、石動さんはクランを立て直すと断言してくれた。
「クラン『エクリプス』を必ず立て直します。時間はかかるとは思いますがもう少し頑張ってください。何か問題があればその時は私が前に立って司さんを止めます。もちろん君たちの名前は出さない。矢面には私が立ちます。君たちを必ず守りますので」
その言葉だけで折れそうだった心に芯が通ったような気がした。
石動さんが相談役として動くようになり、ほどなくして御影君の“表面上の”行動が変わった。ダンジョンにも顔を出すようになったのだ。僕たちは少し期待した。石動さんの言うように御影君、そしてクランが変わるかもしれないと期待したんだ。
けれどその期待はすぐに裏切られた。御影君の本質は変わらなかったんだ。ダンジョンに来るようにはなった。でもすぐに怒鳴る、そして自分は何もしない、適当に指示をして帰っていくだけ。そんな日が続いた。
その間も石動さんは定期的に連絡をくれた。「やはり今のままでは駄目ですね。更に期限を切ります。改善が見えなければ、司さんをリーダーから降ろします。そして代わりに君をリーダーに据えたい。一番真面目に活動をやってきた君こそがリーダーにふさわしい、引き受けてくれるかい?」
電話越しに、思わず「ありがとうございます。やります」と声が震えた。石動さんほどの人が僕を認めてくれている――それだけで、また前を向けた。
その後、僕は少しだけ変わった。クランの空気を少しでも明るくしようとミーティングの回数を増やした。
みんなも応えてくれた。おそらくみんなにも石動さんから連絡が入っているのだろう。その動きはスムーズだった。かすかな追い風が確かに吹き始めていると感じた。
そして、その時は思っていたよりも早く来た。ある日の夕方のミーティングで石動さんが切り出した。
「御影さんはリーダー降格です。新リーダーは――佐藤君になります」
石動さんの一言は淡々として迷いが全くなかった。それが当たり前、当然かのように語る。僕もあっけにとられた。まるでそれ以外は選択肢にないかのような。魔法をかけられたかのようだ。
これで御影君はもう逃げられない。しかしそれは僕も同じだ。リーダーを引き受けると返事したんだ。腹を括るしかない。御影君からの反発はあるだろうが負けてはいられない。
実は石動さんが御影君の降格を告げる前に動きがあった。
「当日の流れを“シミュレーション”しておきましょう」
会議室で、石動さんは淡々と“型”を教えてくれた。
「司さんは反発するでしょう。『自由がない』『実権は自分だ』などとと言うと思います。その他、詳細までは予測できませんが様々な言い訳などをしてあなたたちを惑わそうとしてくると思います」
「その時は、まず『それも一理ある』と受けてあげてください。ただし結論は『でも石動さんの決定だからそれに従うしかない』という形で統一してください。一応は認めてあげてください。そして、でも私の決定だから仕方がない、変えるなら文書が必要だから作って欲しいとして話を終わらせてください。そうすればあなたにもヘイトが向きにくいし議論になりません。それだけで司さんはどうしようもありませんので」
「特に感情でぶつかるのは駄目です。そうすると売り言葉に買い言葉でおかしな方向に話が向かう可能性があります。感情は必要ありません。とにかく結論を1つに絞って揺らがないことが大事です。淡々とその結論を繰り返し告げてください」
僕の性格――強く出られないこと――も見抜いた上での、現実的な手順だった。石動さんは凄い。全てを見通しているかのようだ。
正直、怖い。御影君は僕よりずっと声が大きい。言葉も強い。でも、僕には“型”がある。背後には石動さんがいる。みんなもいる。
僕は深呼吸して、うなずいた。
「やります。僕がやります」
「いい返事です。とにかく最初は決められた“型”でいいですよ。その型を繰り返せばいずれ成長し確かな実力にもなります。そうすれば大きく羽ばたくこともできることでしょう。私は佐藤君に期待しています。頑張ってください」
ああ嬉しい。認めてもらい期待されることがこんなに嬉しいなんて。僕は絶対にやり遂げよう。
会議当日、石動さんが御影君に降格を告げた。そして僕がその代わりにリーダーになることが決まった。そして石動さんはその場を去った。
その後すぐに御影君が声を荒げた。笑えるぐらいに石動さんの想像通りだ。ただ想定通りとは言え喉が乾く。手のひらに汗が滲む。
――でも、大丈夫。型通りに返すだけだ。ブレないようにしないと。期待に応えないと。
石動さんに教わった言葉を順番に置いていく。まずは御影君を認めその後で石動さんの名前を出して結論付けるだけだ。
「御影君の言うことも一理ある。でも石動さんが決定したことだから仕方ないよ」
「困るよ、御影君。討伐の中心がいなくなるのは本当に困る。でも、石動さんの計画に従えないならクランからの追放が選択肢になるよ。……御影君はそれでいいの? 一緒に頑張ろうよ」
びびっていると思われてはいけない。声が震えないように淡々と声を出す。
御影君は往生際が悪くさらにおかしな提案をしてきた。
「なら、俺たち会社から独立するのはどうだ!縛られずに好きにできるぞ!」
でも僕は淡々と言葉を返し反論した。これは”型”通りではないけどまあいいよね。
「そんなの無理だよ。今までも会社から経費を出してもらってやっていたんだよね。それが無くなったら運営が一気に厳しくなるよ」
御影グループの社長の息子の御影君、そんな凄い人が僕程度の人間の簡単な反論に困惑しているのが目に見て分かる。
ああ、なんとも愉快だ。強い人間がバックに付いていれば僕でも御影君を手のひらで転がすことができる。これが上に立つ人の景色なんだな。
もちろんこれは僕の実力ではない。自分が石動さんには到底及ばないことを知っている。先を読み、人を動かし、矢面に立つ。本当のリーダーの背中はままだ遠い。そんなことは分かり切っている。
それでも今は僕がリーダーだ。このクランのトップなんだ。
場合によっては御影君の彼女の紗月さんも奪えるかも。高嶺の花だと思っていたけど意外と手が届くかもしれない。彼女の動向も見ておこう。御影君に愛想を尽かして困っていたら手を差し伸べるのもいいだろう。今なら全てを思うように動かせる。
僕には運が回ってきた。でもまだ序の口だしこれからだ。まずは崩れかけたクランをもう一度立て直す。そうすればみんなの僕を見る目が変わる。ここからが僕の本当の仕事だ。このチャンスを逃すわけにはいかない。
大きく世界が広がった。選択肢も増えた。この時の僕はそう思っていた。