軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6 エリィ、背中の煤けた少年と出会う。(そしてすぐ別れる)

るんた、るんた、るん♪

エリちゃん、順調に成長中よ~。この間、十歳になったのよぉ~。

お誕生日に、殿下からとても素敵な万年筆をいただいちゃったわ~。書きやすいし、細工も美しいし、とってもお気に入りなの~。

殿下ったら、ホント、出来る男ねぇ~。

先日、全く味のない奇跡のクッキーもどきを製作し、殿下に贈呈した。

十枚程度あったのだが、あれらは結局、護衛騎士のお兄さんたちに配られたらしい。お兄さんたちにお礼を言われたが、全員して目が「ドンマイ!」と言っていた。……この屈辱、忘れぬぞ……。

何故失敗したのか、未だに分からない。

もしかして、これが世に言う『ゲーム補正』なのかもしれない。

知らんけども。

とりあえず、現在は王太子妃教育は一区切りらしい。

終わったというより、予想より進みが早かったので一休み、という事らしいが。

残りは、私がもう少し大人になってから、と言われた。

どうやら残っているのは、国防に関する部分や、王家の機密に関する部分、そして閨の授業らしい。

エリちゃん十歳だもの~。分かんないわぁ~(キャッ///)。

婚約を結んで一年後に、退路は既にほぼ絶たれていた。

ただ、この道を選んだのは私自身だ。

後ろがないなら、前に進んでやるさぁ!

あの時、そう覚悟を決めたのだ。

けれど現状、至って平和である。

六歳の頃に、貴族の前で殿下の婚約者としてのお披露目があった。それに先駆けて、殿下が仰ってくださったのだ。

「道は、私が拓こう。それを共に進んではくれないだろうか」と。

四つも年下のちびっ子の目を真っ直ぐに見て。とても真摯な、けれどほんの僅かな不安の混じった瞳で。

カぁっっっコ良かったぁぁぁ!!!

殿下、当時十歳よ!?

小学四年生よ!? いや、小学校とかないけども!

それが! どうよ、このセリフ! 痺れない!? 私は痺れた!

しかも「付いてこい」ではなく、「共に進もう」ってのがポイント高い!

もう、頷いちゃうじゃん! ここまで言ってくれた人が裏切るなら、それはもう、相当な何かがあっての事だよね。

だからこそ、婚約の白紙撤回という退路がなくなるとしても、殿下の差し出してくれた手を取った。

「貴女を生涯エスコートする栄誉を、私にいただけるだろうか」

って、気障ぁ~!! でも様になってる! カぁッコイイ~!!

そんな、十歳時点で既に『イイ男』だった殿下は、十四歳です。

もう子供っぽさは完全に抜け、頬や身体の線から丸みが消え、青年になりかけの少年だ。

美少年て、殿下の為にある言葉だわ……。

* * *

この国には、幾つかの教育機関がある。

殿下もいずれは、それに通われる事になる。恐らく、殿下が通われるのは、スタインフォード王立学院だ。

入学に特に条件などがなく、貴族だろうが平民だろうが全員入学できる。

アホみたいに難しい入試さえ突破できれば。

学費は貴族からは多めに、平民からは申し訳程度に徴収する。奨学制度もある。寮もあり、寮費は身分の貴賤を問わず一律の額である。

物語にある『高位貴族は特別室』などの措置はない。

公爵子息だろうが、下町の八百屋の長男だろうが、手続き順に二人部屋に押し込まれる。

ただし、成績上位者になると、一人部屋をもらえる。

完全実力主義の学校である。

この学院は、前世で言うなら大学に位置付けられる。

高校あたりまでの学問は、既に修めていて当然というスタンスだ。なので入試がアホ程難しい。

募集定員に達していなくても、入試の成績が一定に届かない人間は容赦なく落とされる。因みに定員は毎年四十名ぽっきりだ。しかし、定員に届かない年も珍しくない。というか、ほぼ毎年、定員に届いていない。

少数精鋭の、超難関エリート校である。

ここの卒業生は、国の中枢機関に組み込まれる。

ただし、入学するのも難しければ、卒業するのも難しいのが特徴だ。

卒業試験で規定の成績を修められなければ、問答無用の留年である。

一応、履修期間は三年。その後、三年間の留年期間が残されている。……大学が八年居られると思うと、そこから二年短いのは鬼の所業と思う。

六年目の卒試で落ちると、当然除籍だ。

除籍は中々不名誉なので、五年程度で諦めて退学する者が多いらしい。

しかし退学したとしても、スタインフォードに在籍していたというだけでそれなりの箔が付く。それくらいの難関校なのだ。

余談だが、入学時の三十五名が、全員そろって卒業を迎えられた年がある。それは未だに伝説として語り継がれている。

ここを受けようとする貴族の子息らは、大抵十三歳か十四歳で一度目の受験をする。

十八歳が成人なので、成人前に卒業できれば重畳、といったところである。

殿下は現在十四歳。そろそろお受験のシーズンなのでは?と思ったのだ。

「今年は受験しない」

殿下、お受験は?と尋ねたら、返事がそれだった。

「 今(・) 年(・) は(・) ?」

あ、来年するって事?

「私がどの学校へ通うか、エリィは知っているかな?」

いつもの殿下の私室近くのお庭で、のんびりティータイムだ。

「スタインフォード校では?」

殿下のおツムでしたら、合格されるでしょうしね~。

というより、それ以外の学校なら、殿下は通う意味がないのではなかろうか。

なにせ城の講師陣は超一流!なのだから。

「そう。スタインフォード校なのだが……、エリィと一緒に通おうと思ってね」

にこっと微笑まれた殿下に、「ほへ?」と間抜けな声が漏れてしまった。

「えー……、あの、私、スタインフォード校に通うのですか?」

「通わないのかい?」

逆に不思議そうに問い返されてしまった。

「いえ、いずれは……とは思ってましたが」

そう。

スタインフォード校は、何といっても城に負けないレベルで一流の講師陣を揃えているのだ。

しかも様々な学問の最先端でもある。

王城の講師陣も、ほぼ全員がスタインフォード校の卒業生だ。……マナーのハミル夫人を除いて。

「スタインフォードは女子学生が少ないからね。エリィを一人で通わせるのは、少し不安なんだ」

「それはそうですが、相手を『女だから』と侮るような輩が、スタインフォードに居ますでしょうか?」

スタインフォード校は、学生の九割が男性だ。

理由は単純。

女性に『国家の中枢で働く』という意識がないからだ。

貴族女性ならノースポール女学院、平民の女の子ならコックフォード学園などに通う人が多いだろう。

ノースポール女学院は『淑女たれ』が校訓だし、コックフォード学園は『学問は平等』が校訓だ。マナーを教えてくれているハミル夫人は、ノースポールの卒業生である。授業に刺繍とかあるんですってよ! 筆記試験で満点取るより、出来る気がしないよ!

因みにスタインフォード校の校訓は、『自ら手を伸ばす者だけが成功を掴む』である。やらねー奴とやる気ねー奴にゃ用はねぇんだよ、という素晴らしい校訓だ。

殿下は「ふふ」と小さく笑うと、私の髪に手を伸ばした。僅かな風にもふわっふわ舞う、地味に鬱陶しい私の髪を、殿下は指先に絡めた。

「単に私が、エリィと一緒に学校へ通いたいんだよ。……ダメかな?」

指先に絡めた髪を唇に寄せ微笑む殿下に、思わず頬を染めてしまう。

「レオン様が、お望みでしたら」

色気がー!! だだ漏れてるんですけどー!!

殿下は指先の髪にちゅっとキスすると、するりと髪を放してくださった。

「ありがとう。……来年か、再来年かな? 一緒に試験を受けよう」

「……頑張ります。レオン様だけ受かって私が落ちたら、中々悲惨ですね……」

「大丈夫。エリィなら絶対に受かるから」

何故そんなに自信満々なのですか……。本人は五分だと思っているのに……。

という訳で、エリちゃん、これから受験勉強しなきゃいけないみたい。

藪つついて蛇出ちゃった感あるけど、まあ、いっか。

* * *

「側近」

スタインフォード校の受験に向け、資料を集め始めた夏の日、いつものお茶会で殿下がいきなり言ってきたのだ。

そろそろ私の側近というものを固めねばならないのだけれど……と。

「そう。手足となって動いてくれる者が、何人か必要だからね」

「というより……、今まで居られなかったのですか……?」

そういや、そういう人に会った事ないわ。

え!? 殿下、今まで執務とか、全部お一人でされてたの!? マジで!?

「『候補』は数名居るよ。彼らをそのまま側近として取り立てるかどうかは別として」

シビア~。

「少し、ふるいにかけたいと思っていてね。……エリィにも、手伝ってほしいんだ」

にこっ。

微笑んで小首を傾げる殿下は、とてもあざと可愛い。

しかし知っている。

こういう時は大抵、ロクな事ないヤツだ。

「えっと……、私は、何をすれば……」

恐る恐る尋ねると、殿下はにーっこりと綺麗に笑われた。

「特に何も」

「とくになにも」

アホの子のように復唱してしまった私に、殿下は微笑んだまま頷いた。

「そう。エリィはいつも通りにしていてくれたらいい。頼んだよ」

頼まれても……。

しかし、まあ――

「はい」

とお返事するしかなかろうよ。……一体、何をする気なのやら。

エリちゃん今日はお城の図書室に居ま~す。

スタインフォード校の受験に向けてだ。

殿下は「私の準備が整い次第」試験を受けるつもりでいらっしゃる。整い次第って言われてもなー。向こうに期限切ってもらった方が、気持ち的にラクなんだけどなー。

まあ、再来年かな? と、私は思っているし、殿下もそれくらいと考えているようだ。

殿下の余裕っぷりからして、殿下は既に準備は終えている模様。

こちらの世界の年度始まりは五月である。

あ、カレンダーは地球とほぼ同じね。一月から十二月まであって、十一月を除いて毎月三十日。十一月だけ二十九日。

年度始まりが五月なのは、社交シーズンが五月半ばから始まるからだ。

学校などもそれに合わせている。

現在、七月。

今年の受験はもう終わっている。

入試は三月にあるので、来年の受験までは七か月。間に合わんでしょー、これは。

スタインフォード校の受験は、まず入学願書に論文を添える必要がある。

そこから突っ込みたい。

論文、入試に組み込んでくれよ! 願書に添付ってなんだよ!

しかも作文に毛が生えた程度の小論文ではなく、ガッツリ論文。マジかよ!

そこで一次選考があり、通った場合のみ受験票が送られてくる。

試験は二日間で、科目は外国語1、外国語2、地理、歴史、政治、経済、数学1、数学2である。外国語は、受験者が選択できる。母国語の試験はない。古文などもない。

数学1や数学2は、所謂『数Ⅰ』などとは違う。数学1が数学的な計算問題。数学2は物理や化学などがごちゃっと混ぜられた計算問題だ。

これらの試験は、恐らく何とかなる。

問題は論文だ。

テーマ考えて、資料集めて、構成考えて……、気が遠くなるわ!

卒業時には勿論、卒論があるよ! やったね!

……乙女ゲームの『学園』て、こんなガチ仕様だったっけ……?

何かよく『学園では平等』とかの建前出てきてた気がするから、コックフォード学園の方が乙ゲーっぽくない? あそこ、校訓が平等(学問は、だが)だし。

やっぱこの世界、乙女ゲームとか関係ないのかも。

最近はそう思う事が多い。

我らが御師様、ナサニエル師に論文について相談したらば、「ディマイン帝国滅亡の新説でもぶち立てようか?」と笑い混じりで言われた。

いいすけど、落ちたら責任取ってくださいね?

この両肩には、殿下の重~い信頼が乗っかっちゃってるんですからね?

そう言ったらば、途端に真剣な顔になりやがった。

そんな御師様が、私は好きですけども。

そんなわけで、「論文かぁ~、何書くかねぇ~」と書架を眺める日々である。

るんた、るんた♪と書架を移動する私の傍には、護衛騎士のお兄さんが居る。城に居る間は、殿下が彼らを付けてくれているのだ。

日替わりで色んな人が付いてくれるのだが、最近はずっとノエル・グレイ卿だ。

殿下専属の護衛騎士筆頭の方である。

私の味なしクッキーを食し、「味のない食べ物を生まれて初めて食べました。貴重な経験です」と仰ってくれた。……ねえ、褒めてんの? 貶してんの? どっち?

グレイ卿は侯爵家の次男さんで、お父様が幾つかお持ちの爵位の一つをいただいているそうだ。子爵位である。

故に私は、彼をグレイ卿とお呼びしている。

現在、二十一歳だったか二十二歳だかの、中々のイケメンでナイスガイだ。

書架の高い場所にある本などを、すぐさま取って渡してくれる、気の利く護衛さんである。

そういうのは護衛の仕事ではないのでは?と尋ねたらば、「エリザベス様は踏み台との相性が少々お悪くいらっしゃるので」と微笑まれた。

……ええ、良く踏み外しますがね。……マジで、喧嘩売ってんの? 何なの?

しかしグレイ卿は背が高く便利なので、遠慮なく使わせていただこう。

あれ取って、これ取って……と手あたり次第に本を取っていただき、それら全てを文句を言わず持ってくれているグレイ卿にお任せする。

席は奥まった場所にある他より小さなテーブルがお気に入りだ。

ずらりと一辺に六脚もの椅子が置かれたテーブルは落ち着かない。端のデッドスペースのような場所に置かれたテーブルは、それらより大分小さいのだ。

素晴らしいです。渡〇篤史氏もニッコリです。ジャーミラーだぞー(低音で)。

お城って、正方形・長方形じゃない部屋多いから、謎のデッドスペース生まれがちなんだよね。そういう謎の角っこ見つけると、とりあえずハマりたくなんじゃん。

テーブルに本を置いてもらい、グレイ卿が引いてくれた椅子に腰かける。

論文のテーマを考えつつ、持ってきてもらった本をめくる。

ディマイン帝国絡みであれば、一番資料収集が楽なのは確かだ。自宅にもかなりの量の文献がある。アガシア大河流域文明についても、何か書く事は出来る。

ただ、学院が指定している大テーマは、『学びたいものに関して』論ぜよ、というものなのだ。

別に歴史学者になりたい訳ではない。

というか、将来の職業は既に決まっている。

では、何を学び、殿下の妃として生かしていくのか。

手を付けたい分野は幾らでもある。学ぶ為の機会も貰える。

「……グレイ卿」

背後に立つグレイ卿に、小さく声を掛ける。

「は」

「マドレーヌはお好きですか?」

その質問に、グレイ卿が戸惑う気配がする。暫しの逡巡があり、グレイ卿が小さな声で答えた。

「……一般的なもの、でしたら」

ん? どういう意味かな?

エリちゃんが作るとは、一言も言ってないけどな?

「私が作るお菓子が何故失敗するのか、それらを論文にまとめたら、スタインフォード側はきちんと読んでくださるでしょうか」

「何故失敗なさるのかの理由が解明されておりませんので、結論のない、尻切れトンボな論文になってしまわれるのでは……」

チッ。ごもっともだぜ。

因みにグレイ卿は、王城の敷地の外れにある『ベレスフォード王立騎士学院』卒である。騎士を目指す者は、ここを卒業しないと話にならないからだ。

……実はちょっと、この学校も入ってみたいと思っていたりする。絶対に、殿下のお許しがでないとは思うが。

軍略の授業とかあんだもん……。楽しそうなんだもん……。

「更なる研究を要する、で締めておけば、それなりの体裁は保てるのでは……」

「しかし厨房に出禁をくらわれたのでは?」

ホントの事だけど、言い方よ!!

……グレイ卿に悪気がないのも、嫌味で言っているのではないのも分かるけども……。

何かしらね……。ちょっとばかし、心が痛いわね……。

「図書室では静かにしてもらえないか?」

急に声を掛けられ、仰る通りなのでバツの悪い思いで、声のした方を向いた。

デッドスペースの小さなテーブル席で、一つテーブルを挟んだ席に、少年が座っていた。

年の頃は、恐らく殿下と同じくらいだ。殿下と同年代の貴族の子供は多い。なので珍しい事ではない。

「申し訳ありませんでした」

軽く頭を下げると、少年は「フン」と鼻を鳴らし、開いていた本に視線を落とした。

神経質そうな子。

それが一番の感想だ。

ダークブラウンの髪は短めに整えられているのだが、前髪だけが耳の下あたりまでと長い。それをセンター分けにしている。銀縁の細い眼鏡がまた、神経質感をアップさせている。

目鼻立ちは整っているが、口がぎゅっと結ばれていて、『僕、気難しいです!』と主張しているようだ。……なんて得しない主張だろうか。

大人しく論文のネタを探そう、と、私も開いていた本に視線を落とした。

すぐそこに人の気配を感じ顔を上げると、真横に神経質少年が立っていた。思わずぎょっとしたが、背後のグレイ卿が動かないという事は、彼に危害を加えられる心配はないという事だ。

「あの、何か……?」

用があるのか。

私は静かに本を読みたいのだ。……先に邪魔したのは私かもしれないが、それに関しては謝罪したではないか。まだ足りんか?

「カール・スミスの『市場経済論』か。どうせ読んでも理解できないだろうに」

フッと、鼻で笑いつつ言われた。

すげぇ! クソみたいなガキだ! 略してクソガキだ!

「そうですね。現在、理解の途上でございます」

この本は、市場とそれをコントロールする通貨について論ぜられている。内容は半分くらいが、地球で有名なかのマルクスの『資本論』と被る。

ただしこちらは共産主義を良しとせず、如何に資本主義の枠組みの中で経済を発展させていくかに主眼が置かれている。

個人的な感想は、資本論とドローである。どちらにも一理あり、どちらにも反論の余地がある。

マルクスと戦わせてみたら面白いだろうなぁ……と本気で思った。不可能だが。

「素直に『理解など出来ません』と言えば、可愛げもあるものを」

また、今度は「ハッ」と嘲笑される。

すげぇ! クソみたいな(以下略)!

「現状、理解の甘い部分があるのは否めません」

だからこそ、再読しているのだ。

経済学の授業で、この本を元に先生とディスカッションをした。……互いに白熱しすぎて、三回で終わらせる予定だった授業が五回に伸びた。楽しかった。

こちらの立てたテーゼに、先生がアンチテーゼを投げかける……という形だ。

互いに「負かしてやるぜ!」と力が入り過ぎた。

最終的に折衝点を見つけ、五回目の最終回は互いにがっちり握手をして健闘を称え合ったものだ。少年マンガのような爽やかな結末であった。

「見栄を張りたいにしても、もう少し現実味のあるものを選んだらどうかな?」

眼鏡の奥の目が、完全に馬鹿にしている。

「ご忠告、ありがとうございます。……読書に戻ってもよろしいですか?」

もう、面倒くさい。

どうせこの手の人間は、こちらの言う事など聞きはしない。

少年は、テーブルにあと三冊積み上げてある本を見て、また「ハッ」と笑った。

「どれもこれも、女が読むような物ではないな」

『女が』ときた!

すげぇ! クソ(以下略、三回目)だ!

この国の思想は基本的に『男性上位』だ。『男尊女卑』ではない。

ただ、男性の方が基本的に上に配されるだけだ。女性を蔑ろにする訳では決してなく、数は多くないが女性の官吏も居る。彼女たちはきちんと、能力に応じて昇進も昇給も行われている。

けれどやはり時々、何を勘違いしたのか徹底した男尊女卑思想の男性が現れる。

そういう輩は大抵、社会からそっと弾き出されて消えていくのだが。

アカン。

もう本当に面倒くさい。

この子、アカン奴条件が数えで 跳満(はねまん) くらい乗ってる。

まず名乗りもしない( 一翻(イーハン) )。

相手が女性であるにも関わらず絡んでくる(一翻)。

背後にグレイ卿(王族専属護衛騎士、しかも王太子殿下専属筆頭)が控えている相手に対して、礼を取らない。つまりその意味に気付いていない( 三翻(サンハン) )。

男尊女卑に基づいた嘲笑(一翻)。

合計 六翻(ローハン) 、一万二千点、跳満。

そもそも跳満とは何ぞ?とお思いの淑女の貴女。『麻雀 符計算』などで検索、検索ゥ!

グレイ卿の着ている団服の意味に気付かないって、王城に出入りする人間にしては致命的だわね~。

専属護衛のお兄さんたちは、彼ら専用の黒い団服を着用している。これがまたクソカッコいいのだが、カッコよさについては割愛。

これはエリート集団である近衛騎士の中でも、更に選ばれた者だけが着用を許されているのだ。

彼らは一代爵位である騎士爵を持つが、近衛や護衛騎士のお兄さんたちはグレイ卿のように永代爵位をお持ちの方も少なくない。

決して彼ら自体も軽んじて良い存在でないし、彼らが護衛している対象となれば言うに及ばずだ。

私のような準王族、国の賓客などに、王族から貸し出されるのが彼らだ。

貴族のお坊ちゃん風情が突っかかって良い相手でないのは明白なのだ。

故に、三翻。高めに設定させていただいた。

決して、無理くり跳満に乗せたかったからではない事を、知っておいて欲しい。

まあ、私個人としては、別に突っかかられてもどうという事はない。

けれど一応、立場は準王族。

個人の思いと現実の間には、高い壁があるのだ。

この坊ちゃまは既に、無礼討ちされてもおかしくないレベルでやらかしている。

どーすんの? この子……。

そう思いつつ、背後のグレイ卿をちらりと見ると、グレイ卿は小さく微笑んでくださった。

あの笑顔は「どうぞお好きなようになさってください」だ。

この子の思想をどうこうするのは恐らく、一筋縄ではなかろう。

そしてそれを、私がやってやる必要はない。

どちらのお宅のお坊ちゃまかは分からないが、ご家庭なり、家庭教師なりの仕事であろう。……そのご家庭の思想がアレな可能性も大いにあるのだが。

いずれにせよ、私の仕事とは思えない。

「……グレイ卿」

「は」

背後に控えていたグレイ卿が、一歩こちらに歩み寄ってくれた。背の高いグレイ卿を見上げつつ苦笑する。

「これらの本の片付けを、司書様にお願いできますか?」

「御意に。……お部屋へ戻られますか?」

そう。実は王城内にお部屋をいただいている。

殿下の私室の隣、つまり『王太子妃の私室』である。現在はまだ、殆ど使用する事のない部屋だ。

「そうしましょうか」

溜息をつきつつ立ち上がろうとすると、グレイ卿が丁寧に椅子を引いてくれた。

テーブルに積んであった本をグレイ卿が持ってくださり、その場を後にしようとした。

一度だけ、神経質跳満少年を見やると、少年はやっとグレイ卿に気付いたようで、少し顔色を悪くさせていた。

遅ぇよ!! どんだけ視野狭ぇんだよ!!

本は司書様に片づけをお願いしようとしたら、司書様が貸し出し手続きをとってくれた。

なので大人しく賜ったお部屋に行き、そこでのんびりと読書をする事にした。

「むしゃくしゃした時にお菓子を作って発散する、というストレス解消法があるそうですよ」

廊下を歩きつつ言うと、グレイ卿が苦笑された。

「ストレスの発散でしたら、他にも色々とあるようですよ。長めの入浴をするですとか、散歩をするですとか……」

そんなに私の菓子はダメか!

「運動をする、という方法も―――」

「他には眠ってしまうだとか、私の周囲ですと好きな物を目いっぱい食べるなどという者も居りますね」

……運動もダメか……。

めっちゃ食い気味に遮られたわ。

「寝てしまう、というのは、良いかもしれませんね」

溜息をつきながら言うと、グレイ卿は少しほっとしたように「そうですね」と頷いてくださった。

少々解せない気持ちで、部屋に向かうのだった。

* * *

件のやらかし跳満坊ちゃまの邂逅から数日後、いつものまったりティータイムにて、殿下が非常に清々しげな笑顔で仰った。

「側近という者を定めたよ。時間がある時に、エリィにも紹介しよう」

「あ、決まったのですね。おめでとうございます(?)」

おめでとうは違うだろうか?

まあ、いいか?

「そこのノエルを含め、四人だ。それぞれ特徴のある者ばかりだから、覚えられないという事もないだろう」

『そこのノエル』氏は、今日もバッチリ所定位置に控えておられます。

今日も完璧に、死角のない配置ですわ。

筆頭であるノエル・グレイ卿は、常に殿下に近い位置だ。有事の際には、身体を張って殿下をお守りするのがお役目だ。

「グレイ卿は、殿下の側近というお立場だったのですか……」

知らんかった。

専属護衛筆頭ってだけでも、肩書の威力は凄いのだが。

「正確には少々違うが、そう思ってくれて構わない。周囲にはそう見えているだろうしね」

「成程……?」

良く分からん。

けれどまあ、知る必要があるのならば、殿下がお話しくださる筈だ。

詳しくお話しにならないという事は、そこは私が特に知っておく必要はないという事だ。

良く分かっていないという事が恐らく顔に出ている私に、殿下がにこっと微笑んでくださる。

「エリィのおかげで助かったよ」

「……特に何もした覚えがございませんが……」

全く身に覚えがない。

私のおかげ……? ……ハッ(ピコーン)!

「もしや私のクッキーが―――」

「いや、それは関係ないから」

……殿下も、めっちゃ食い気味に突っ込まれますね……。

そんなダメか!?

後日引き合わされた側近の方々は、皆さまとても腹に一物ありそうで、素敵な方々ばかりでした。

お流石でございます、殿下……。