軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5 絶対に笑ってはいけない護衛騎士

王太子レオナルド殿下の護衛騎士に任命され、もう四年が経過した。

あどけない子供の風情であった殿下も、今では十四歳。あどけなさはすっかり消え去り、代わりに怜悧な印象を纏われるようになられている。

痩身・優美な印象の殿下であるが、実は滅法剣の腕が立つ。

とはいえ、護衛を置かない訳にはいかない。

私は殿下直々に護衛に任命され、現在では殿下付きの筆頭騎士である。異例な事であるので、任命に際しては少し揉めたらしい。

が、殿下がそれらを全て黙らせてくださった。

「殿下、失礼いたします。少々、お時間よろしいでしょうか?」

尋ねてきた侍女に、殿下は「何だ?」と短くお尋ねになられた。殿下は無駄を嫌うのだ。おかげで職場の風通しが良く、居心地が良い。

「エリザベス様が、殿下への面会をご希望でございます。お時間いただけますでしょうか?」

「勿論だ。通せ」

「はい」

侍女は礼をすると、一旦下がった。

殿下がご婚約者のエリザベス様を邪険にする事はない。もしも時間がなかったとしても、エリザベス様が面会を求めるなら、無理をしてでも時間を作り出すだろう。

大切にしておられる事は、殿下の周囲の者は皆分かっている。

ややして、エリザベス様が侍女に伴われてやってきた。

儚げな印象を与える、とても見目麗しい姫君なのだが、彼女の魅力はおそらくそこではない。

「お時間いただきまして、ありがとうございます」

深々と礼をするエリザベス様に、殿下は執務用の椅子から立ち上がると、エリザベス様に歩み寄った。

そして手を取り応接用のソファへと促すと、ご自身はその隣に着席された。

エリザベス様は、不自然さのない仕草で、さっと執務室を見回す。そして一拍置いて、うんうんと頷かれている。

その仕草に、殿下が小さく笑みを零された。

同様に、私ともう一人居る護衛騎士も、笑いそうになってしまって瞳を伏せてしまう。

「合格かな?」

からかうように尋ねられた殿下に、エリザベス様は満面の笑みを浮かべられる。

「今日も今日とて、素晴らしい仕事でございます!」

「そうか……」

相槌をうつ殿下の肩が、小刻みに震えている。

対してエリザベス様は、満面の笑みである。

エリザベス様と殿下の初顔合わせの際、私もその場に居た。

殿下を含め、王族の方々の護衛騎士というのは、特別な条件をもって選ばれる。

我々『護衛』の一番の仕事は、護衛対象である王家の方々を『お護りする事』だ。

例えば賊が侵入などした場合、我らの仕事は賊の確保ではない。王家の方々の安全を確保する事なのだ。賊の確保などは、王宮の警備の騎士たちの仕事だ。

故に我らは、ただ剣の腕が立てば良いというものではない。いかに速やかに危険から彼らを引き離すか、どのように立ち回れば警護対象を安全に逃がせるか……などに重点を置いた訓練をする。

当然、ただの剣の腕も磨くし、体も鍛えておくが。

そういう仕事であるので、我々には決まった立ち位置がある。

特に王宮内では、『この場所の場合、護衛の人数と配置はこう』と完全に決められている。護衛対象を常に視界に捉え、且つ周囲に死角を作らない配置だ。

そして護衛騎士には、王家を守護する近衛騎士の中でも特に、見目の良い者を優先的に選択する。

我らは王族の方々のお側に侍り、常に御身をお守りするのが第一義だ。故に、彼らが貴人と面談などをする際にも、その場に侍る事になる。

そういった場合、余りに厳つい、強面の護衛を連れていると、『威圧された』と感じる者もある。

それを考慮して、なるべく威圧感のない、見目の良い者を選ぶのだ。

私はそれなりに見目の良い方であると自覚している。

護衛として立っているのに、ご令嬢に声をかけられる事もある。

殿下が私を選んでくださったのは、この見た目もある。

殿下曰く「ご令嬢の鬱陶しい秋波が分散されて有難い」との事である。……護衛というより、人身御供では?

殿下とエリザベス様の顔合わせの日、我々護衛はそれぞれの決められた配置についていた。

いつも通りだ。我らは殿下を視界の中心におさえ、同時にその周囲を警戒する。この場に居る護衛たちで、殿下の周囲の死角をなくす。

我らの目の届かぬ場所には、隠れて護衛が配置されている。

殿下が席につかれると、エリザベス様はまるで庭園全体を見るように、自然な仕草で周囲をぐるっとご覧になった。そして何かに納得したようにうんうんと頷いておられた。

庭園の美しさに納得されたのだろうか?

それとも、我らの見目が良い事に、優越感でも抱かれたのだろうか?

その後の会話に、その場に居た殿下を含む全員が度肝を抜かれる事になる。

そしてふと思った。

あれ程の見識のお方だ。

会話の中で、エリザベス様が庭園の美しさにお心を揺らすような事はないと知れた。

……では、何をご覧になられていたのだろう? そして、何に納得されていたのだろう?

殿下にそれを告げてみたところ、殿下も同じように感じられていたらしい。

後日、エリザベス嬢に尋ねてみよう。

殿下はそう仰った。

初顔合わせから数か月経った頃、殿下があの日の事をお尋ねになられた。

その場に控えていた私は殿下に呼ばれ、殿下のお側に侍り会話に参加する事となった。

「初めて君と顔を合わせた時の事なのだが――」

何ですか?と不思議そうに首を傾げたエリザベス様に、殿下も合わせるように軽く首を傾げられた。

「私が席に着いた後、周囲を見回していただろう? 今日もそうだ」

そう。

この日も、そしてそれ以前も、エリザベス様は殿下が席に着かれると、周囲を確認し納得したように頷かれるのだ。

「君は何を見ているんだい?」

「えー、と……」

気まずげに視線を斜め上へ向けたエリザベス様に、殿下が苦笑された。

「もう今更、何を言われても驚かない。……いや、驚きはするだろうが、君を責めたりはしない」

驚くよなぁ……。

殿下の言葉に、心の中で勝手に相槌を打ってしまう。

暫くの逡巡の後、エリザベス様はおずおずと口を開かれた。

「護衛の方々の……、配置を、みておりました……」

配置。

……は? 配置!?

殿下も少しぽかんとしておられる。

エリザベス様と出会って以来、殿下の表情が豊かになった。……良い事なのだと思おう。

「立ち位置と、視野角。それらに死角も無駄もなく、最小の人数で最大の効率をあげており、素晴らしいものだな……と……」

こちらがぽかんとして言葉を失っているせいで、エリザベス様のお声がどんどんと小さくなる。

考えもしなかった答えだった。

庭園の美しさでも、殿下の美貌でも、我らのちょっと良い見目でもなく、配置!

そして今日も納得しておられたという事は、今日もそれらを確認していたという事だ。

……初めて見るタイプのご令嬢だ(良い意味で)。

それ以来殿下は、エリザベス様が納得したような仕草を見せる度に、「今日も合格かな?」などとからかうような口調でお尋ねになるようになった。

エリザベス様はそれに毎回、お可愛らしい笑顔で「素晴らしいです!」と頷いてくださるのだ。

これは手が抜けないな、などと、同僚たちと笑い合った。

そもそも、手を抜くつもりなどは毛頭ないが。

今日も我らに『合格』をくださったエリザベス様は、後ろに控えていた侍女から小さな包みを受け取っている。

繊細なレース模様の施された紙が、小さな巾着のように絞られリボンがかけられている。

殿下に何かプレゼントだろうか。

エリザベス様はそれを両手で恭しく持つと、殿下に差し出した。

「これは?」

不思議そうに尋ねた殿下に、エリザベス様は手の上の包みを見るように瞳を伏せた。

「私が作った、クッキーです」

「作った? エリィが?」

「はい」

頷くと、エリザベス様はその可愛らしい包みをじっと見た。目が真剣過ぎて少し怖い。

「女の子というものは、とかくこういった『手作り』ですとか、『可愛らしいもの』だとかに憧れるものだと思うのです!」

「あ、う、うん……。そうだね……?」

殿下! 疑問形になってらっしゃいますよ!

「女子たる者! 一度は手作りお菓子にも挑戦せねばと、一念発起したのです!」

「あ、うん……?」

殿下! 相槌すら疑問形はいけません!

「そして出来上がりましたのが、こちらのクッキー(仮)です!」

「いや、ちょっと待とうか。『(仮)』は何かな?」

殿下の突っ込みも慣れたものです。

エリザベス様も当然、殿下に突っ込まれるのに慣れておられます。

「どう考えても、『クッキーのような名状し難いナニか』としか言いようがありませんので……」

クッキーのような名状し難いナニか……。

どうしよう。物凄く興味ある。興味しかない。

殿下は少し遠い目をしておられるが、私個人としては興味しかない。

「我が家にお菓子作りの大変得意なメイドがおりまして、彼女に教えてもらいながら作ってみたのですが。どうしてこうなってしまったのかが、全く分からないのです」

真剣な表情で訴えているが、我々の腹筋を狙い撃つのはやめていただきたい。

エリザベス様には絶対にお伝え出来ないが、実はこの王太子付き護衛という任は、ここ数年ですっかり『腹筋強化部隊』と呼ばれるようになっている。

理由は、エリザベス様の言動がとにかく可笑しいからだ。

絶対に笑わせにきているだろうと言いたくなるくらい、色々と斜め上なのだ。

しかし護衛騎士たる者、主人の前でその言動を笑う事など出来ない。

なので常に我々は、エリザベス様に腹筋を試される事になるのだ。

「手順も材料も合っているのです。料理は化学なので、それらを間違えなければ、結果は自ずと付いてくる筈なのです」

「そうだね」

殿下の返事が少し雑だ。

エリザベス様はお手に持たれていた可愛らしい包みのリボンを解いた。

中には、綺麗な丸い形のクッキーが入っている。ここから見る限り、普通にクッキーではないか。

包みを膝に置き、そこから二枚のクッキーを取り出すと、エリザベス様はそれらを打ち合わせた。

「まるで良く出来た炭のような、良い音がいたしますでしょう?」

クッキーが触れ合う度、カキン、コキンと澄んだ音色が響く。

「そうだね……?」

殿下の相槌がまた疑問形になられた。

その間も我々は、腹筋を試され続けている。

「恐らくお察しでしょうが、驚きの強度なのです。そうなる理由が分かりません」

殿下が相槌すら放棄された。

エリザベス様は、手元にあるクッキー(仮)を見て、物憂げな溜息をついておられる。

「これでも、私が制作しましたもので、一番出来が良かったのです。ですので、殿下に差し入れをと思ったのですが……。あ! 食べても体に害はございません! それは実証済みです!」

「うん、そうか……」

「しかも更に驚く事に、何をどうしたものなのか、全く味がないのです!」

切々と訴えるエリザベス様に、戸口付近で立っていた同僚のノーマンが堪え切れず噴き出してしまった。

私も危なかったが、口元に拳を当てて耐えた。

噴き出したノーマンは、誤魔化すように小さく咳をしている。

エリザベス様はそれを気にした風もない。

「あの大量に投入した砂糖は、バターは、卵は、一体どうなってしまったというのでしょう……? 一体このクッキー(仮)に、どのような奇跡が起きたというのでしょう……?」

「奇跡が……」

やめてください殿下。

我々の腹筋が悲鳴を上げそうです。

「これでも、一週間も練習に練習を重ねたのです。クッキーというジャンルにおける、私の最高傑作なのです。そして、我が家の料理長から、私にはもう厨房を使わせないと言われてしまいましたので、最初で最後のクッキーなのです」

「最初で最後……」

ピンポイントで復唱する殿下のおかげで、何度も咳払いする羽目になった。

ノーマンはプルプル震えている。

「一応、『作ってみた記念』という事で、殿下にもお持ちしたのですが……。遠くにピンを立てて、それに向けて投げて遊ぶ、などの使用法がございます」

「……いや、クッキーだよね?」

「私個人としましては、そのつもりです」

大真面目に頷くエリザベス様に、私までプルプルと震えてしまう。

今日の腹筋の鍛錬は、中々にハードだ。

「一枚、いただいてみようかな」

殿下はエリザベス様が膝に広げている包みから、クッキー(仮)を一枚取り上げた。

それを二つに割ろうとしているが、中々割れない。結構な力が入っているらしく、殿下の腕が震えている。

その光景に、ノーマンが既に瀕死である。

「……これは本当にクッキーなのか?」

割る事を諦めた殿下に尋ねられ、エリザベス様が首を傾げられた。

「分かりません。素材と製法は、一般的なクッキーそのものです」

殿下は執務机に歩み寄ると、机にハンカチを広げ、その上にクッキーを置いてハンカチで包んだ。

そして引き出しからペーパーナイフを取り出すと、その柄でクッキーを叩きつけた。

ガキン、と、菓子にあるまじき音がした。

ノーマンがそれと同時にそっと退室していった。入れ替わるように、廊下の警備をしていた騎士が入って来る。

入れ替わりでやって来たディオンは、何がノーマンの腹筋を破壊したのかと、少し楽し気な顔をしている。

余裕をもっていられるのも、今の内だけだぞ。

クッキー(仮)が砕けているであろうハンカチ包みを持ってソファに戻った殿下は、包みをそっと開いてみた。

「良かった。ちゃんと割れている」

ほっとしたような殿下の言葉が、私の腹筋を直撃する。

私もノーマンのように出ていきたいのだが、筆頭の名を賜っているので、そうそう簡単に殿下のお側を離れる訳にはいかない。

殿下は包みから小さな欠片を一つ摘まみ上げると、それを口に含んだ。

「あ! 噛んだりなさらないで下さいね! それで我が家の庭師の歯が欠けてしまいましたので!」

庭師!!

災難だったな、庭師!!

殿下は暫く黙って口の中でクッキー(仮)の欠片を転がしていたが、ややして溜息をつかれた。

「……本当に、何の味もしない」

「そうなのです……」

真剣なお顔で頷かないでください! 私はここから動けないのです!

「お前たちにもやろう」

殿下はすっと立ち上がると、私とディオンにもクッキー(仮)の欠片をくださった。

「あ、お二方とも、無理に噛んだりなさらないでくださいね!」

目の前で、殿下も召し上がられていたのだ。

我々が辞退する訳にはいかない。

取り敢えず、口に含む。

舌触りが妙につるんとしている。まるで滑らかな石を口に含んでいるようだ。

そして本当に、舌で溶かしてみても味がない。

ほんの僅かながら、バターの風味がする……気がする。

「考えたのですが……」

また隣に座った殿下を見て、エリザベス様が真剣なお顔をされた。

「うん?」

「軍用の携帯食料などにどうでしょう? 味はありませんが、長持ちしますし、砂糖やバターが入っているのは確かですので、カロリーの補充にはなります。それに、いざとなったら、武器にもなるやもしれません」

ゴフっと、ディオンが噴き出す音がした。

その夜、宿舎へ戻り、ハードだった今日の腹筋の鍛錬をノーマンとディオンと労い合うのだった。