軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17 疲労で思考がグダグダの王太子殿下による自分語り。

「エリザベス嬢はどうした?」

開口一番で言われ、思わずイラっとしてしまった。

その前に言う事があるだろう。

私は輸出入協定の使者としてやって来ているのだぞ。形だけでもまずは歓迎の挨拶なりなんなりあるだろう。

「彼女は現在、学校へ通っております。学業に専念してもらう為、公務は最低限に控えております」

暗に、「お前はその『最低限』より下だがな」と伝える。

まあ、どうせ伝わらない。

「そうか。それは残念だ」

やはり伝わらない。まあそれでいいのだが。

「よく来たな、レオナルド王太子殿下。ゆるりと滞在せよ。夜は歓迎の宴の予定だ」

「ありがとうございます。お心遣い、感謝いたします」

隣国の王との謁見を終え、王宮内に用意してもらっている部屋へと向かう。

友好国で同盟国なので、それほど厳重な警戒はいらないだろうが、それでも気を抜いていい訳ではない。

部屋へついて、我が国のそれとは様式の異なるソファに乱暴に座る。少し座面が固いのだが、それがこの国の様式だ。

座って暫くすると、国から一緒に連れてきたエルザがお茶を淹れてくれた。

彼女は本来、マクナガン公爵家の使用人であり、エリィの侍女である。けれど、国外へ出るにあたり、エリィから借りてきた。

「おかしな様子などはないか?」

「はい。特には。この部屋にも、おかしな仕掛けなどは見当たりませんので、どうぞごゆるりなさって下さい」

それだけ言うと、一礼して部屋を出て行った。

もう部屋を調べ終わったのか。仕事が早いな。

侍女としても申し分ない働きぶりだが、彼女には更に付随する価値がある。つくづく、マクナガン公爵家とは魔境だと思う。

謎しかない魔境マクナガン公爵家だが、使用人にも謎しかなかった。

エルザは驚く事に、国王直属特殊部隊―――所謂『暗部』と呼ばれる場所の出身だった。

大きく分けて三部隊ある暗部の、『梟』。主に諜報を担う部署だ。

他の二部隊は、対象としたものの監視などを行う『鷹』、暗殺・破壊工作専門の『鴉』である。それぞれ全て、一癖も二癖もある連中の巣窟だ。

暗部の構成員の全容を知るのは、国王と私のみだ。王妃といえど、誰がそこに所属しているのかの全てを知る事はない。王妃の侍女に『鷹』が居るだとか、王の従僕が『鴉』であるとか、それを知る者は少ない。

その完全な秘密部隊である暗部に所属していたエルザは、恐ろしく才があり能があった。

本人は公爵家の使用人で満足しているらしいのだが、折角なので少しは働いてもらいたい。

個人的には非常に心外なのだが、私は彼女やその主にとって『神』だそうなので、私の命令は素直にきいてくれる。

……本当に、『神』と崇めるのをやめてもらえないだろうか……。信教の自由を法で謳ってはいるが、知らぬ内に神などに祀り上げられているこちらの身にもなってもらいたい。

宗教の弾圧をなさるおつもりですか!?とか、迫真の演技で言わないで欲しい。

エリィも「我らの信仰心は奪われはしません!」とか、訳の分からない事を言わないで欲しい。

マリナはただ静かに手を合わせるのをやめて欲しい。彼女のあの行動が、何気に一番心にクる。

エルザが「問題なし」と評してくれたのだから、この部屋は安全だろう。

これでも一応、国賓だ。何かあろう筈もないのだが。

現在、公務で隣国へ来ているが、城を出てからこちらの王宮へ到着するまでで四日だ。長い。

これでも十年前より馬車の走行性能があがっており、早くなった方だ。

とはいえ、分かっていても長い。

こちらで三日間公務を行い、来た時と同じ四日間かけて帰る。……長い。

その間、エリィに会えないのが、一番辛い。

ただ絶対に、エリィを一緒に連れてくる事は出来なかった。

何故なら、この国の若き国王は、紛う事なき 幼児趣味(ロリコン) だからだ。

どこに出しても恥ずかしいド変態だ。

エルリックの行き過ぎたシスコンもアレだが、この王の趣味も理解が全くできない。

先王がつい数か月ほど前に病で退き、それを継いだばかりだ。王としての仕事ぶりは悪くないのだが、趣味が悪い。最低に悪い。

昨年、三か国合同で行う事業の調印式が、我が国の王城を舞台にして行われた。そこに、この国の国王ジャハル陛下も参加していた。当時は王太子であったが。

彼は現在二十六歳だ。

妃は居らず、独身。恋人も愛妾も居ない。

女性に好まれそうな精悍な顔立ちの青年だ。

だが。

可愛らしいものが好き、と公言し、小動物と触れ合うのはいい。クマのぬいぐるみを贈られて喜ぶのも別にいい。

外交の仕事で我が国を訪問して、ずっと自分の隣にエリィを座らせるのは、どういう了見だ。

しかも、勝手に髪に触れるな。肩も抱くな。腰に手を回すな。

……ほんの少しだけだが、死んでくれないかな?と思った。

今日も非常に元気そうだったが。……そろそろ死なないものかな?

この国は強大な軍事力を持っている為、怒らせるのは得策ではない。

エリィもそれは良く分かっているので、「二日間の辛抱です。耐えきってみせます」と目に涙を溜めて言っていた。

あの兄に比べれば!と拳を握っていたが、エリィが不憫すぎて私の方が泣きそうだった。

だが、冗談(冗談だよな? 本気ではないよな?)で寝室に誘っているのを見た時は、うっかり殺気を漏らしてしまった。

言って良い冗談と、悪い冗談があろう。

アレは、殺しても良い冗談だ。

可愛いものを抱きしめていないと眠れないのだ、とかなんとか言い出したので、代わりに末の妹を差し出そうとしたのだが、妹たち二人に泣かれた。……少し申し訳なく思ったので、きちんと謝った。

お前たちだって十分、一般的に『可愛い』と言われる容姿だろうに。そう言ってしまったら、末の妹のマリーローズが本気で大泣きした。宥めるのが大変だった。

こんな場所にエリィを連れてくる事は出来ない。

こちらに外交で訪れる事が決まった際、エリィが「ヒッ……」と怯えた声を上げていた。

大丈夫。もう金輪際、あの王をエリィの側には寄らせないから。

これらの事情をエリィの侍女二人に話したところ、エルザが自身から同行を願い出てくれた。

エリィの敵となる相手を見ておきたい、という理由だった。……エリィの敵ではあるが、国の敵ではないからと、一応念押しをしてはある。

しかし、初っ端からアレか……。

先が思いやられるばかりだ。

ああ、エリィに会いたいな……。

きっとエリィは私が居なくても、いつもと変わらず過ごしているのだろうけれど。

* * *

全てのやるべき事を終え、帰国の途についた。

精神的な疲労がすごい。

エリィと出会う前は、こんな風ではなかったのにな……と、車窓の風景を眺めつつ思う。

エリィと出会う前の私は恐らく、面白味の全くない人間であったろう。

王と王妃の間の第一子、しかも男児。生まれ落ちた瞬間に、王位継承権第一位だ。

誕生をそれは喜ばれた。『次代の王』として。

周囲に期待されているという事は、物心つく頃には既に分かっていた。

第二子、第三子と女児であった為、より一層、私に期待がかけられた。

王も王妃も、私に次代の王としての期待をかけてくれた。『王太子』となるべく、お二人は時間を見つけては、様々な事を教えてくれた。

私にとって彼らは『王』であり、『王妃』であった。血縁上の父と母である事は理解していたが、どうしてもお二人を『両親』と思うより先に、『両陛下』と思ってしまっていた。そしてそれが当然であると考えていた。

……恐らく、お二人には少し寂しい思いをさせてしまっていたのではなかろうか。

学校に通う為に時間をくれとお願いした際のお二人の笑顔が、初めて見るような柔らかい『親としての』笑顔だったからだ。

臣としてしか接しない私に、お二人は合わせて下さっていたのだろう。

申し訳ない事をしていたなと、今では本当にそう思う。

それに気付けただけ、ましなのかもしれないが。

けれどそれも、エリィが居てくれたからだ。

エリィと一緒に居たくて、その為に学院に通いたくて、ただそれだけの為の我儘だ。

穏やかに柔らかに、そして少し嬉しそうに笑うお二人に、僅かに胸が痛んだ。

これからはもう少し、彼らの『息子として』接する機会をもってみようかと。

そう考えた事を、エリィに言ってみた。

その言葉に、エリィもとても優しく微笑んで、頷いてくれた。

「是非、そうなさってください。両陛下も恐らく、お言葉にはされないかもしれませんが、お喜びになられます」

うん。そうだろうね。

今の君とよく似た笑顔を、あの時の母上はなさっていたからね。

言葉には出さず、そう思った。

私はとても出来の良い子供だった。

両陛下が見目の麗しい方々なので、お二人の良い所を集めたかのように整った容姿をしている。お二人の聡明さも受け継いだ。

三歳から始まった教育では、特に躓く事も何もなかった。

大人たちに囲まれて育ったので、頭の中身も同世代の子らよりは早熟であった。

それはまあ、可愛げなどないだろう。

今もし、私の目の前に、幼い頃の私が居たとしたら、『可愛げのない、生意気な子供』だと思うだろう。

頭でっかちなのだ。

教師の講釈や、書物などで知識はある。けれど、人の感情に疎く、情緒が未発達。

考えてみたら、子供らしい癇癪など起こした事がない。大人びているといえば聞こえはいいかもしれないが、はっきり言って子供としては異常だ。

他人の感情に疎いばかりでなく、自分の感情も希薄だった。

妹のリナリアが両親から誕生日にぬいぐるみを貰い、飛び上がって喜んでいた。それに私は「良かったな、大事にするんだぞ」などと言って微笑んだが、その言葉にも表情にも、感情が存在していなかった。

……リナリアは、良くそれに笑顔で頷いたものだな。振り返ってみると、あの妹も大概なのではなかろうか。

こういう時は笑うもの、こういう時は怒ってみせると有効、こういう時は悲しんでみせると良い。そんな『基準』で表情を選ぶのみだ。

……我が事ながら、薄気味悪い。上に立つ者として間違ってはいないが、私は『常に』そうだったのだ。

全てが『感情』ではなく、『知識』と『思考』から齎される。

笑顔がさぞ作り物めいていただろうな、と今では思う。

実際、エリィに「笑顔が時々胡散臭い」と言われた。……胡散臭いとはどういう事だ。エリィに対しては作り笑いなどしていないのに。……出会った当初はしていたが。

エリィと初めて顔を合わせた時もそうだ。

自身の知識から、『この年頃の女の子はこういうもの』という形を作り、それをエリィに当て嵌めようとした。

まあ、あっという間に失敗したが。

あれ程に読めない相手は、初めてだった。

多くの令嬢が好むものにことごとく興味を持たず、私も敵わないと思う事もあるほどの見識を持ち、それでいて驕る事もなく無邪気で、時には老人もかくやという程に達観している。

そんな彼女に私は、会う度に必ず何か驚かされ、そして何かに気付かされるのだ。

それまで揺らいだ事のない感情の湖面が、エリィの言葉に、態度に、僅かばかりではあっただろうが、揺らぐのが分かった。

初めはほんの小さな揺らぎ。

広い湖面に、水滴が一つ落ちた程度の。

けれどその小さな波紋は消える事無く広がり続け、やがて湖面全体を揺らすさざ波となる。

おかげで、色々な感情を知った。

名前は知っていた。物語などでも言葉は見た事があった。けれど、実感がなかった。

それらをエリィが教えてくれた。

一つずつ、これはきっとこう呼ぶ感情なのだな、と確認しながら。

少しずつ、少しずつ積み重ね。

その結果私は、随分と人間らしくなったのではないかと思う。

気付けばエリィは、『私』という人間の中心に寄り添う、とても大切なものになっていた。

失う事など、考えられないくらいに。

依存と言うなら言え。

既に彼女は、今の『私』を構成する、とても重要で替えのないパーツなのだ。

彼女が居なければきっと、以前の私に戻ってしまうだろう。

あの『可愛げのない、生意気な子供』で、そしてとても哀れな子供に。

ただ、感情というのは厄介なもので、大抵が表裏一体となっている。表は温かく、美しく。その裏は冷たく、醜悪に。愛情というのは特に美しい反面、おぞましく醜悪なものでもある。

綺麗な面だけを持っていてくれたら良いのに、目を背けたくなるようなものも同時についてくる。

エリィを愛している。それは恐らく、一般的に綺麗な感情である筈だ。

……私が 幼女趣味(ロリコン) という噂があるようだが、別に幼女などに興味はない。ただ、エリィを愛しているだけだ。

勘違いの輩が、やたらと私に幼い娘を引き合わせようとしてくるのだが、課題図書として『悠久なるアガシア』の読破を課してやったら静かになった。……もしかして、読破したらまた迫ってくるのだろうか。まあ、そうなったら、エリィが読んできた本を次々に課題としてやるだけだが。

まったく、何故、幼女を相手にせねばならんのだ。ジャハル王と一緒にするな。

エリザベス・マクナガンという女性を、愛しているのだ。

エリィは可愛い。

恐らく、百人が百人、エリィを見て可愛いと言うだろう。

決して私の贔屓目ではない。単なる事実だ。エリィは可愛いのだ。

実際、彼女は王城の使用人たちからも愛されている。

エリィはやたらと、使用人たちから菓子を貰ってくる。エリィはそれを不思議がっていたが、私は知っている。あれらは、菓子を食うエリィが可愛いので、それを見たくて菓子を与えているのだ。

使用人たちに、「エリィに無闇に菓子を与えないでくれ」などと、幼子の父親のような通達を出してしまった。多少の文句が出たが、私は王太子だ。文句を言われる筋合いはない。

エリィが菓子を食べて嬉しそうに表情を崩すところなど、私だけが知っていれば良いのだ。

あの幸せそうに緩んだ顔を、他の人間に見せる必要などない。

そもそも、だ。

エリィ自身を人目に触れさせる必要があるだろうか。

いや、王妃となるのだから、全く外に出さない訳にはいかない。けれど、必要以上に人目に晒す必要などないのではなかろうか。

遠目からでもエリィを見て、懸想する不埒者が居るかもしれない。

エリィは可愛いのだから、その可能性は絶対にある。何故ならエリィは可愛いのだから。

もしそのような身の程知らずの輩が居たら、どうしてくれようか。

そしてもしも、エリィがそういった輩に、惹かれてしまったら―――?

ああ、駄目だ。

そう考えただけで、全てが真っ黒に塗り潰されてしまう。

大丈夫。

エリィは私の側に居る。

私たちは四年後には夫婦となるのだから。

大丈夫。

エリィは私と共に歩むと約束してくれたのだから。

そう言い聞かせておかないと、何をしてしまうか分からない。

エリィは私を信用してくれているようだけれど、私はエリィに関する事だけは、自分を信用していない。

一つ、ずっと気になっている事がある。

エリィから、愛の言葉を貰った事がない。

嫌われていないのは分かっている。けれどエリィは、私を『男として』どう思ってくれているのだろうか。

ああ、全く。

こんな『不安』も、君が教えてくれたんだ。

特に知りたくなんてなかったけれどね。

最近は、四つの歳の差が恨めしい。

それさえなければ、すぐにでも彼女と婚姻できるのに。あと四年もあるとは!

けれど、エリィを王城へ連れてくる事には成功した。

公爵たちがエルリックを素早く隔離して、エリィが「公爵邸へ戻った方が良いのでは?」などと言い出したが、それも何とか押し留めた。

君を怯えさせるエルリックから助けたかったのも本心だけれど、ただ君の側に居たいという気持ちの方が大きいんだよ。

逃がす訳がない。

エリィが現在使用しているのは、王太子妃の私室である。

それは、王太子の私室の隣にある。

王太子の居室があり、続き間に居間があり、その奥に寝室がある。

その居間は、王太子の私室からも、王太子妃の私室からも出入りが可能だ。奥の寝室は『王太子夫妻の』寝室である。現在は、私が一人で使用しているが。

……非常に残念な事に、王太子妃側の扉は、恐ろしく厳重に施錠されている。

扉には鍵は一つなのだが、扉を固定する仕掛けが多数ある。全てで幾つあるのか、私も知らない。……どうやら、侍従長に信用されていないらしい。

以前尋ねたら「その時になりましたら、扉はきちんと開きますので、どうぞご心配なく」と微笑まれた。その笑顔が怖かった。……誰も勝手に開けようなど言っていないではないか。

扉一枚隔てた場所にエリィが寝ていると思うと、蹴破りたくなる。

夜、眠ろうと寝台に入ると、早くここにエリィを招く事が出来たらいいのに……と考えて寝付けなくなる。

あと四年。

……私は本当に、我慢できるのだろうか。

いや、耐えねばならない。エリィは今まだ十二歳で、成長の途中だ。彼女に無理を強いてはならない。それに、無体を働いて嫌われたくはない。

エリィと出会ってこれまで七年。その約半分だ。きっと、あっという間だ。

……本当に。

こういった下らぬ欲を持たぬ、清廉な人間であれたら良かったのに。

せめてエリィには、綺麗なものだけをあげよう。

彼女の望むものを差し出そう。

……早く会いたいな。

顔が見たいな。声が聞きたい。

君に、触れたい。

* * *

ようやくの王城だ。

まずは両陛下に帰城の挨拶をし、成果の報告をする。その後、執務室へと寄り、簡単に報告書を製作し、ロバートに清書を頼んでおく。

留守にした間の報告を側近の三人から聞き、急ぎの書類だけ片付ける。

日常に帰って来た、という実感がわく。

残りは明日以降で、とペンを置くと、時間は九時を回っていた。

……エリィに会う時間がない。

もうエリィを訪ねるには非常識な時間だ。……あの居間の鍵さえ開けば……。いや、それはしてはならない。侍従長の私に対する信用が底辺まで落ちてしまう。既に信用はほぼされていないのだ、更に落とす訳にはいかない。

昔、エリィを公務のついでにミスラス共和国へと連れて行った。

その時に、私をそっちのけで師と二人で楽しそうにしているエリィに腹が立ち、勝手にエリィの寝台に潜り込んだ。

侍従長は、それをまだ許していないのだ。

……子供故の、幼気な過ちと忘れてくれぬだろうか。

無理だろうな……。

しんとした城の廊下を歩いて、自室付近で足を止めてしまった。

私の部屋の扉の前に、エリィが居る。

疲労が祟って、幻覚でも見ているのだろうか。

「レオン様」

幻聴まで聞こえる。

こんな時間なのに、きちんとワンピースを着て、髪も結って。ああその服は、私が贈った物だね。良かった、エリィに良く似合っている。私の髪と、瞳の色だ。エリィにはずっと、その色を身に着けていて欲しい。

「レオン様、どうされました?」

エリィが軽い足取りで歩いてきて、私の手を取った。

温かい。

もしやこれは、現実なのでは……。

「エリィ?」

「はい?」

呼びかけると、不思議そうな顔でこてんと首を傾げる。

本物だ。

「お帰りになられたと聞いて、お待ちしてたんです。……ご公務、お疲れさまでした。お帰りなさいませ、レオン様」

ふんわりと、花が綻ぶような笑顔で。

とても優しい声で。

『お帰り』と、君が言ってくれるなら―――

「ただいま」

返した言葉に、エリィがまた微笑む。

私の手を取る小さな手を、思わずぎゅっと強く握ってしまった。

本当はもっと、こうして居たいけれど。

本当はずっと、君と一緒に居たいけれど。

「遅い時間に、ありがとう。でも、エリィはもう部屋へ戻りなさい」

エリィの額にキスを落とし言うと、エリィは僅かに照れたように頬を染めた。……可愛い。

「……はい」

握っている手を放したくない。

放したくはないのだが……。

……侍従長、何故そのような廊下の角からこちらを窺っているのだ?

「おやすみなさいませ。また明日」

また明日。

そんな小さな、約束とも言えない言葉が、こんなに温かく嬉しいのだと。

それも、君が教えてくれた事。

「また明日」

そっと、エリィの手を放す。

彼女が部屋へと戻るまで見送ると、侍従長も一度頷き消えていった。

……この信用のなさよ……。

君が『お帰り』と言ってくれるなら。私は必ず君の居る所へ帰るよ。

おやすみ、エリィ。良い夢を―――。

余談だが、この日エリィがここで待っていてくれたのは、エルザとマリナが私に気を利かせてくれたからであった。

後日二人に礼を言うと、褒美として肖像画を描かせてくれといわれたので、それは断固として断っておいた。

……その肖像画を、何に使うつもりなんだ?

公爵邸の祭壇とやらは、撤去されたんだよな!?

要確認、と心の中のメモ帳にしっかり記しておいた。