軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

78.モブ少女の奮闘(レミ視点)

「ステラに、力になってほしいの。私、思い出して……、助けたい人がいて……。でも私一人じゃどうしようもないの……。私の知ってること、ううん、私の“記憶”を、話すから……。お願いステラ。信じられないかもしれないけど、でも、信じてほしいの。こんなこと、あなたにしか話せないの、ステラ……」

私は、なるべく優しいステラの気持ちに訴えかけるように、目を伏せ、力無くそう言った。

正直、自分でもずるいと思う。

まだ五歳のこの子の、優しい部分に付け込もうとしてるみたいだから。

日本の歌を知っていたステラはきっと私と同じ転生者か、それに近い何かだと思う。

だけど、ステラは本当に、ただの小さな女の子だ。

日本のことや前世の知識をたまにポロリと零すことはあっても、それは『なぜだか知ってる』程度の認識で、中身はやっぱり五歳のステラなんだと思う。

私とは違う。

私はある程度、前世日本人の高校生として生きてたんだってことを覚えてる。

それに、体が成長してきたせいか、最近では前世の生活や家族のこと、この世界の元になっただろう乙女ゲーム『学園のヒロイン』のストーリーにあった出来事なんかを少しずつだけど思い出してきてる。

普段は体の年齢に引っ張られがちな私だけど、それでもやっぱり考え方とか、性格とかは、前世の十代後半まで生きた意識が強いんだと思う。

だから、私がこうしてステラに話すのは、ステラが孤児の私とは違って影響力があるってちゃんと分かってるからだし、もしステラから誰かにバレても、小さな子同士の秘密のおはなしってことにすればいくらでも誤魔化しがきくって、そんな打算がやっぱりあるから。

そ(・) れ(・) を思い出したのは、数日前のことだった。

「っ!! やばい……っ! やばいやばいやばい!」

「ん~、なんだよ……。寝起きでいきなり、素っ頓狂な声出すなよ……」

「シド! 違うんだって!」

「何が違うんだよ……」

早朝、寝起きの、第一声。

突然騒ぎ始めた私に、まだ寝ている他の子たちは迷惑そうに唸ったし、隣で寝てたシドは寝ぼけたまま私に「怖い夢でも見たかぁ?」と言って、それから大あくびをしながら布団の上から私のお腹をポンポンとしてくれた。

ちなみに反対隣のソラはスヤスヤ眠ってる。

臆病だったソラは、今では私たちと寝てるときならちょっとやそっとのことじゃ起きないくらいには図太くなった。

シドは私をもう一度寝ろと促してくるけど、私はそれどころじゃない。

だって、とんでもない夢を見た。

ただの夢じゃない。

それは、最近見るようになった、前世の夢。

たぶんきっかけは、『学ヒロ』では攻略対象者だったチャーリーと第二王子のデイヴィスと会ったあの日、つまりステラが初めてこの孤児院に来た日だ。

あの日、ステラの海のうたを聴いて倒れた私は、前世のお兄ちゃんの夢を見て、忘れてしまっていた前世のお兄ちゃんのことを少しずつだけど思い出してきてる。

それからというもの、私はたまに前世のことや、大好きだった乙女ゲーム『学ヒロ』の夢を見るようになった。

見る夢は、内容も時系列もてんでバラバラで、なんてことない普通の夢を見る日もあるものだから、どこまでが本当に前世の記憶か、乙女ゲームのストーリーか、分からない部分もあるんだけど。

特に乙女ゲームではそんなシーンなかったよね? っていう、攻略対象者の一人称視点の夢なんかは、起きてから毎回、自分の想像力の豊かさに感心しちゃうくらいだ。

学ヒロのストーリーを踏襲した日常シーンや、バッドエンドシーン、それに悪役と対峙するシーンなんかをそれぞれの攻略対象者の視点で、かなりリアルな情景を夢で見た。

そして今回、その悪役との対峙シーンの夢を見た私は、飛び起きたのだ。

見たのは、騎士団長の息子マルクスのルートの、一つの山場。

マルクスルートが進行して好感度が一定以上に上がったときに発生する、マルクスの思い出の町へと二人で遊びに行った際の、一幕。

主人公を攫ったのは褐色肌の青年で、過去の因縁によって騎士に、ひいてはマルクスの祖母である元騎士団長に強い恨みを持っているマルクスルートの悪役だ。

悪役の名はアーマッド。

マルクスがまだ幼い頃に、マルクスの祖母が死なせてしまった少女の、兄だった男。

騎士たちの手によって、仲間の多くを失い、復讐に人生を狂わせた男。

学ヒロでは攻略対象ごとに悪役が設定されていて、むしろどの悪役とのフラグを立てるかでルートが変わるなんて言われるほど、悪役の扱いが特徴的なゲームだった。

例えば、この間会ったルイは第二王子デイヴィスルートの悪役で、悪役の中で唯一攻略可能な隠しキャラ。

私の学ヒロの記憶は曖昧で、だけど登場人物と出会うたびに少しずつその内容を思い出してきていて、今回だって、何がきっかけかは分からないけど、マルクスや騎士家とアーマッドの因縁を夢で見て思い出した。

学ヒロのファンで、特にマルクスを推していた前世の私は、何度もマルクスルートの騎士にまつわる因縁のストーリーを消化し、ドキドキしながら彼らの対峙シーンを主人公視点でプレイしていたはずだった。

だけど、忘れてた。

そして、思い出して愕然とした。

『今ここで! 孫と、平民の女の命を! 選別してみせろやッ!!』

やばい。

端的に言って、それしか出なかった。

学ヒロのストーリーで語られる凄惨な過去を、生きているのかもしれない今。

人の生き死にに関わる情報を、私だけが知っているのかもしれない。

マルクスやその家族の、未来や名誉を失わせないための条件を、私だけが知っているのかもしれない、その事実に。

たしかに、先日ステラの家で知り合ったマルクスは、私の知ってるゲームの登場人物のマルクスとは違ってた。

最初は、もしかして『学ヒロ』にはいなかったステラが関わったせいかも、とも思った。

だけど、それだけじゃ説明できないくらいには、登場人物たちの置かれてる状況は違って来てる。

もしかしたら、今私が生きてる世界は、乙女ゲームとただよく似てるだけの別の世界なのかもしれない。

もしくは、私が知らないだけで、ステラみたいに登場人物やストーリーに影響しちゃうような、学ヒロにはなかった要因があってこうなってるのかもしれない。

それは、私には分からないけど───。

今初めて、私の前世の記憶が役立つのかもしれないって、そう思うから。

私は駆けた。

シドたちの制止も聞かず、孤児院を飛び出し、寝間着のままで、必死に駆けた。

ステラと出会うまでは朧げな記憶に現実味なんかなかった。

ステラと出会ってから、記憶とは違ってる登場人物たちに、ちっぽけな私にできることなんて無いだろうって高を括った。

でも、私にも、できることがあったんだ。

もし、その可能性があるのなら、知らせなきゃだめだ。

知らせなきゃ。知らせなきゃ、知らせなきゃ。

「っ!」

初め、マルクスの家に向かおうと走り出したのを、すぐに思い直して別の方向へと駆け出す。

たった一度きり、遊んだことのあるだけの孤児の私がマルクスに全て話したとしても、きっと何にもならない、響かない。

ましてや、まだ起こっていない事件なのか、すでに起きてしまった事件なのか、本当に起こることなのか、それすら何も分からない、騎士にとって不名誉な“もしかしたら”の話だ。

私が思い出したのは、マルクスルートで起こる悲劇の、ほんの一場面、それだけ。

夢で見た以外の部分は相変わらずその大半が霞がかったように曖昧で、説得力なんてあるはずない。

何より、私が知っているのはただ、この世界が本当に『学ヒロ』の世界だったら、起こるのかもしれない仮定の話。

『学ヒロ』によく似たこの世界で、よく似た人物たちが、体験するかもしれない、ほんの可能性だけの話。

私が言ったんじゃ駄目だ。

そう思ったらもう、向かう先は一つだった。

─────ステラ!

こんなとき、頼りになる友達の顔が、脳裏にはっきりと浮かんだ。

きっとあの子なら助けてくれるって、私はもう知っているから。

◇ ◇ ◇

「そしたらさあ、門番さんにステラは旅行に行ってるって言われるし、戻ってくる正確な日は分かんないって言われるし。やっぱり現代日本とは違うわよね。ケータイもない馬車旅なんだから、当たり前なんだろうけど」

「そうだったんだねえ」

「そうなのよ。マルクスたち家族も不在だっていうし、しょうがないからそれから毎日顔を出して、今日やっとこうしてステラに会えたの。押しかけちゃってびっくりしたでしょう、ごめんなさい」

「大変だったねえ」

話し始めてすぐ、つい愚痴っぽくなってしまった私に、ステラはよく分かっていなさそうながらも私を慰めようと手をふわふわ動かしながらお返事してくれてる。

言葉で慰めるのとなでなでがステラの中でリンクしてるのか、相槌を打ちながら無意識に手だけを宙で動かすステラを見て、私はすっかり肩の力が抜けた。

あー、ステラってば、本当に可愛い。

私はここ数日不安で焦っていた気持ちが落ち着いていくのを感じながら、すっきりした頭で話を整理し直し、伝えなきゃいけないことを切り出すことにした。

まっすぐステラを見つめれば、ステラのくりんとした大きな目と目が合う。

「それで、本題なんだけどね───」

私は前世について自覚のないだろうステラを混乱させないよう、必要な部分だけを抜き取って、ステラに事情を説明した。

ステラは聞き上手で、うん、うんって相槌を打ちながら、難しかったのか徐々に首を傾げていきながらも最後まで私の話を聞いてくれる。

そうしてひとしきり話した私は、結論をステラに伝えた。

「ステラには、このことをマルクスとマルクスの家族に信じてもらう、そのお手伝いをお願いしたいの」

「いいよー」

あっけない。

あまりにあっけない、良いお返事。

ステラのこういうところ、私、本っ当に大好き。

それから、手伝い、協力といいつつ、結局ステラのことを利用しようとしている自覚のある私は、ますます純粋なステラに対する猛烈な後ろめたさに襲われる。

ステラにさせようとしていることは悪いことではないけど、でも、変な子だと思われたり、全部が徒労に終わったりする可能性のほうが高いことだ。

私はお願いをしている立場にも関わらず、念押ししてしまった。

「……本当にいいの? マルクスたちに、変なことを言う子だって思われるかも」

「マルクスはそんなこと言わないよぅ」

うふふって笑うステラの、無邪気な笑顔があまりにまぶしい。

守りたい。この笑顔。

私は天井知らずにステラへの好感度が増していくのを感じながら、私が攻略対象者だったらステラに攻略されてるわなどと思考を飛躍させた。

頼りになって、朗らかで、純粋で。

もしもこの先そんなステラを悲しませるような何かがあれば、真っ先に力になってやろうと決める。

私がそんな風に決意をしていると、ふと、ステラが何か考えるように、先程傾げていたのとは逆方向にコテンと首を傾げた。

「あのね、マルクスにね、言いに行くのもいいんだけれど……」

「どうしたの? やっぱりイヤかしら」

やっぱり、さすがのステラも、ただの妄想にしか聞こえない話を誰かに話しに行くというのはハードルが高かったかと私は思う。

けれど、ステラが続けたのは意外な言葉だった。

「マルクスより前に、教えてあげたらいいのかなあ……?」

「? どういうこと?」

「えっとね、私、よく分かんなくってねぇ」

「ええ、ああそうよね。ごめんなさい、私が突然色々な話をしてしまったから……! どうしようか、えっと、もう一度最初から説明してもいい?」

「うんっと、あ、そうだ。それなら、その説明を一緒に聞いてもらえばいいのかもなあ」

「き、聞いてもらうの? それって、一体誰に……?」

私は顔をヒクリと引きつらせる。

やっぱり、まだよく分かっていない様子のステラが、悩みながらも口にするその言葉に嫌な予感がしたからだ。

ステラのこの口振りでは、きっとステラが全幅の信頼を寄せているチャーリーか、ご両親あたりに話したいというのかもしれない。

でも、さすがに『学ヒロ』の中では攻略対象だったチャーリーや、真っ当な価値観と立場のあるステラのご両親を説得して納得させる自信はない。

それなら一発勝負で、当事者になるだろうマルクスやマルクスの祖母に“こんな可能性があるから気を付けて!”と、予言めいた警告をするほうがよっぽど現実的だと思えた。

ステラには、それがただの冗談や戯言で済まされないように、話を聞いてもらうだけの場の用意と、精神的な仲立ちになってほしいだけなのに……。

私が私にとってよろしくない方向へ進もうとしているだろう現状に顔を引きつらせ、どうすればステラにそのあたりを分かってもらえるかと考え始めたときだった。

コン ココン

部屋に響いたのは、ぎこちないノックの音。

ああ、時間切れね。

これはもう、出直すしかないかな。

ステラは今日旅行から戻ったばかりで、最初から短時間だけと言われてたのを私は思い出した。

不慣れで、どこか投げやりにも聞こえそうなノックの音は、チャーリーの代わりにダニーかポーギーあたりが声をかけに来たのかなと思う。

ステラが「はーい」とよい子のお返事をすると、不自然な間のあとで、聞き覚えの無い声がした。

「………時間だってよ」

変声期を過ぎたばかりの、掠れた聞き覚えの無い声、の、はず………?

……あれ? 本当に私、この声に聞き覚えはなかったかしら?

「なんか呼んで来いって言われたから来たんだけど」

その声は扉越しに、どこか居心地悪そうに呼びかけてきている。

主人に向けるには慇懃無礼なその物言いは、決してここの使用人のものではないだろう。

その、知らないはずの誰かの声が、私の意識を縫い留める。

私がその、よく分からない直感の、その先にたどり着くより前に、「ああ!」と大きな声を上げたのはステラだった。

「ちょうど良かった、 ア(・) ー(・) マ(・) ッ(・) ド(・) ! やっぱり先に着いていたんだねえ! あのね、今ね!」

嬉しそうに、パァっと顔を輝かせたステラが扉へ向かって駆けて行くのを、私は一体どんな顔で見ていたんだろう。

間抜けって、こんなだろうって顔をしてたのかも。

ステラが背伸びをしてドアノブに手を伸ばしガチャガチャやるのを、扉の向こう側の人物が「ちょっと待て、こっちから開ける」と言って開けてやる。

ステラに気遣ってか、重く大きな扉に慣れないせいか、ゆっくりと開かれる扉の隙間から徐々に姿を現すその色彩に、知っているより小柄なその姿形に、何より、嬉しそうにステラが呼んだその名前に。

(だぁかぁらぁ!! ステラは!! もう!!!!)

私は、内心で絶叫をかましながら、憤りなのか喜びなのか驚きなのか、もう何やらごちゃ混ぜでよく分からなくなってしまう感情が暴発してしまわないよう、もう何度目になるのかも分からないステラからの驚きを受け止めるしかなかった。

私の目は死んでいただろう。

こんなに喜ばしいことなのに。

遠慮、というよりはあからさまに嫌そうにする、おそらく悪役アーマッドだと思われる人物を無理やり私に紹介するステラから、直接教えてあげたらいいという旨の説明をされた私は、それを慎んで辞退した。

ていうか解決してる、たぶんこれ、解決してるから。

あー、もう!

これだからステラの友達は、やめられないのだ。

私は色々もう急ぐ必要がなくなっているのを理解して、ステラに「ゆっくり休みなさいよね!」と、どの口が言っているのだと思われるだろう捨て台詞を残し、ステラのお屋敷をあとにした。

何を察しているのか、見送ってくれたチャーリーはそうだろうそうだろうとでも言いたげな満足気な微笑みを浮かべていた。

ステラは最後まで不思議そうにしていたけど、私がもう大丈夫になったっぽいと伝えると、やっぱり純粋に私の心配がなくなってよかったと喜んでくれた。

よい子! この、よい子め!

なんだか発散しきれない感情のまま、ドスドスと足音を鳴らしながら孤児院へと帰ってきた私を、シドとソラは何怒ってんだと笑って迎えてくれた。

あーもう! 今日も世界は平和ですこと!

私が、ちゃんと私の前世の記憶が役に立ったって思えるのは、まだ数日あとのこと─────。