軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(閑話)孤児のソラの願い/後(ソラ視点)

シドに捕まったステラが休憩を受け入れて、チャーリーというフットマンの少年に水を入れてもらって、みんなで飲む。

運動したあとに飲むと水がおいしいってことをステラは知らなかったみたい。

でも、僕にとってもその水が特別おいしく感じられたことは確かだった。

執事風の少年に給仕してもらって、みんなでわいわい、冷たい水を飲む。

お屋敷の水よりおいしいなんて言っちゃうステラの顔は花が咲いたような笑顔で、いつもよりずっと体を動かしたあとのその水は、なんだか特別な水みたいに美味しかった。

ステラは、走ったって座ったって、いつだってとにかく楽しそうだ。

笑顔で、元気で、それに釣られるようにレミだって、シドだって笑顔になった。

ステラの存在はなんだか不思議で、今日会ったばかりの僕らの中にも、もう自然と馴染んでしまっていた。

「?」

そんなステラを見ていて、僕は彼女のジャケットに見慣れたマークが付いていることに気づいた。

僕はそのマークを、てっきりこの孤児院の子のマークなんだと思っていた。

だって、この孤児院の色んなところで見る気がするから。

けど、ステラが着てきた服についてるってことは、違うんだろうか。

ステラの肩をつっつく。

「それ、なに?」

もう、ステラに話かけるのには、何も抵抗なんてない。

ジャケットのマークの部分を指差して言うけど、キョトンとされてしまった。

「ジャケットだよ?」

ステラがこてん、と、首を傾げる。

束ねた髪が揺れて、髪と同じ色のまつ毛が、大きな目の瞬きに合わせて上下した。

このステラだけしか見てない人には、ステラがあんな体力おばけだって分からないだろうなって思う。

そう考えて少し面白く思った僕だったけど、今はマークのことが気になって聞いてみる。

それに対し、意を得たとばかりにパっと明るい顔になったステラは、なんでもないことのように言った。

「これはパパのお店のロゴだよ!」

一瞬、言われた意味が分からなくて、僕は動きを止めてしまった。

「この部分がジャレットのジャのとこでねー」

それでも構わず、ステラがマークの知っていることを教えようとマークを見せてきてくれる。

だけど、そのときの僕には、そんなステラの言葉も頭に入ってこなかった。

だって、そのロゴは、僕がこの一年で一番目にしていたマークなんだ。

僕はすぐにあの木箱のところに行った。

もう持てないくらい小さくなった鉛筆が入っている木箱だ。

私のも、僕のも使ってって、みんなが入れてくれた鉛筆が入っている木箱だ。

戻ってきて、中の鉛筆に残ったマークと、ステラのジャケットのマークとを見比べるけど、ステラの家のロゴだというそれと全く同じものにしか見えなかった。

ステラにも見えるよう、マークが残った鉛筆を手のひらに乗せて見せる。

「おなじマーク」

それに、やっぱりステラは明るい顔のままで、嬉しそうに言った。

「そっか、プレゼントの鉛筆なんだね! あ、そうだ、今日もみんなにプレゼントを持ってきたんだよ~」

ステラの爆弾発言に、僕だけじゃなく、シドとレミも驚きの声を出した。

+ + +

ステラは、僕らを驚かせる天才なのかもしれない。

ステラから飛び出すびっくりは僕には刺激が強くて、目の前がチカチカする気がする。

シドが聞いて、それに答えるステラの言葉からは、さっきまでそんなこと言ってなかったのにっていう新しい情報が次々出てくる。

ステラと一緒に来たのはジャレット商会の人たちで、鉛筆や服や布団のプレゼントは、ジャレット商会からの物だとか。

そんなジャレット商会の商会長がステラのお父さんだとか。

今日だって、僕たちにプレゼントを渡すために来たんだとか。

そもそも、プレゼントはステラ自身の誕生日プレゼントの代わりだ、とか。

「シドたちは私と遊んでくれたから、プレゼント作戦成功だ」

ステラの笑顔は、とってもまぶしい。

警戒している僕らにはじめましての挨拶をしてきたときだって明るい笑顔だった。

疲れ果てた僕らをまだ遊びたいと引っ張るときも明るい笑顔だった。

そうして今、僕らと友達になれたことを喜ぶステラも明るい笑顔で、僕はそんな笑顔を少し目を細めて見ていた。

最初から、プレゼントのことを引き合いに出して、僕らに仲良くするよう強請ることだってできたのに。

そうしたらピアノだって好きなだけ弾かせてあげたし、鶏とヒヨコだって最初に捕まえたりしなかった。

ステラは、プレゼントのことなんか一言も言わず、真っ直ぐ僕たちと仲良くなりたがってくれた。

きっと、無意識なんだろうな。

僕はステラをまぶしい気持ちで見る。

そうしていると、レミがステラの手をぎゅって握った。

「ステラ、あんたいい子ねえ~」

僕も、レミの言う通りだと思った。

それから、僕らはステラに、ステラからのプレゼントがどれだけ役に立って嬉しいものなのか語って聞かせた。

別に聞かせなくたって、「ありがとう」だけでステラは十分嬉しそうだったけど、僕たちの気持ちが収まらなかった。

僕も、服や布団を絶賛するシドとレミと競うように、鉛筆がどれだけ嬉しかったかを語った。

思えば、聞かれてもいないことをこんなに積極的に話したことなんてなかったかもしれない。

自分の気持ちを伝えるのって、気持ちいい。

「じゃあ、ソラは自分で字が書けるようになっちゃったの!? すごい!」

ステラは僕の話に目を輝かせて、「すごい」「すごい」ってたくさん褒めてくれる。

本も読めるんだって言ったらもっと褒められた。

僕はふくふくと、とっても嬉しくて、誇らしい気持ち。

それから話はもらったプレゼントの話から、プレゼントをあげる話になった。

僕たちだってプレゼントをあげてみたい。

シスターにプレゼントをできたら、きっと喜んでくれるだろうな。

でも、僕たちには、もらったものしか手元にない。

あげられるようなものはないんだ。

きっとシスターは受け取らないだろうなって、それだけは分かっていた。

僕たちは急に現実に立ち返って、少しだけ暗い雰囲気になりかけたのに、ステラのまぶしい笑顔は少しも陰らなかった。

「じゃあさ、物じゃないものをプレゼントするのはどうかな」

ステラって変だ。

僕たちの状況を知ってなお、それをまっすぐ受け止めて、それから僕たちでも思いつかなかったようなことを思いついてしまう。

ステラって面白い。

そうやってポンポン新しいことを思いつくのに、いつだって僕たちの考えを聞いてくれる。

「お金と、人を集めるアイデアをプレゼントするのはどうかな」

ステラの言うことは、不思議とうまくいくような気がしてしまう。

そんなこと無理だって、なぜだかそう突っぱねられない。

ステラは体力おばけで、力が弱くて、お嬢様で、そしてやっぱり最強だ。

僕たちはメモを取るステラを中心に、シスターにアイデアのプレゼントをあげるために話し合った。

次から次へ、ステラからもシドからもレミからもアイデアが出て、そして僕だって色んなアイデアが思いついた。

人を集めるのはどうか、お金を集めるのはどうか、その方法は。

僕たちは今まで、こうやって考えることもなく、はなから諦めてしまってたんだ。

みんなで話し合えば、こんなにも色んなアイデアが出てくるのに。

こんなにワクワクする気持ちは、どんな遊びをしてたときにだって感じたことなかった。

初めてプレゼントの鉛筆の束を握ったときに少しだけ似ている。

何だってできそうな、何にだってなれそうな、そんな気持ち。

僕らが出した話を現実的なものに落とし込んでくれたのは、フットマンの少年のチャーリー。

年上の彼にも賛成してもらえて、僕らのアイデアは夢物語じゃないんだって、自信がついた。

このままが実現できなくたって、このアイデアのひとかけらでもシスターの役に立てばいいと、そう思った。

これからもっとみんなで考えれば、もっといいアイデアだって浮かびそうだって思えた。

+ + +

それから、ジャレット商会長のステラのお父さんが戻ってくると、示し合わせたようにプレゼントが配られ始めた。

ジャレット商会の人たちが一人分ずつ分けて色のついたヒモで束ねられたそれは、素敵なプレゼントそのものだ。

それを、ステラが直接僕たちへ渡してくれる。

改めてステラと向き合って、やっとステラがお客さんだったんだって思い出した。

それくらい、もうステラは僕らの仲間だった。

シドとレミの後、僕もプレゼントを受け取る。

「ありがと」

もっとたくさん伝えたい感謝の気持ちはあるけど、この一言だけでステラはめいっぱいの笑顔を返してくれるのを知っているから。

僕は、早くステラと一緒にプレゼントの中身も見たかった。

僕が来る前の年は服と布団とかばんだったって聞いた。

また鉛筆はあるかな。

期待する気持ちを胸に、そっとヒモをほどく。

現れたのは、去年よりふわふわになった大きな布団と、去年よりずっとたくさんの服、それから。

「えんぴつが、あかい……」

鉛筆と、現れた紙束を持ってステラを見つめ、僕は立ち尽くす。

去年より本数の増えた鉛筆には、去年と同じ、ジャレット商会のロゴ。

それから、赤い鉛筆。

本当にいいの?

黒いのも、赤いのも、僕がこれを全部使っていいの?

それに、この紙束。

絵の下に字と数字が書いてあるのは、まるでシスターが字の勉強のために作ってくれたあの紙を、色とりどりに刷り直したような出来だ。

今なら、僕だってこの紙が読める。

読めちゃう。

「どらいや?」

読めちゃうって思ったのに、早速読んだ、何かわからない絵の下の単語は読んだって意味が分からなくて「なに?」って聞いちゃう。

ステラは一緒に絵をのぞき込んで、「えっと、髪を乾かすやつだったかなあ」と首を傾げる。

「ぱぱーや? ってなに?」

「あったかい場所のフルーツだよ! おいしいの!」

ステラが答えてくれるのを聞いて、僕は胸にわくわくが満ちた。

シスターの書いてくれたのとは違う、もっとすごいやつだった。

シスターのが入門編なら、これは応用編だ。

字が読めるようになった次は、色んなことを知って、もっとステラに「すごい」って言わせたい。

紙の中、描いてある絵の中にはステラにも分からないものもあるみたいだった。

僕は、もっと勉強して、それから、ここを卒業したらこれ全部の実物を見てやるんだって、今決めた。

そしたら、シスターやステラに教えてあげよう、とも。

「しらないもの、いっぱい」

今の僕にはわからないものがたくさんある。

でも、それが嬉しかった。

変わることが怖かった僕が、ここを出てからのことを考えるなんて、初めてのことだった。

「ソラ笑った!」

ステラが、僕の顔を見てびっくりしてる。

笑った?

よく分からなくて自分の顔に触れてみると、ほっぺがふくふくして、口も目もへにょっとしていた。

「ソラ、笑ったほうが可愛いね!」

ステラがそんな僕に嬉しそうにそう言って僕の胸はむずっとする。

「かわいい?」

「うん! みんながソラのこと大好きになるお顔!」

ステラの笑顔は相変わらず全力で、まぶしくて、今度は触らなくても自分の顔が笑顔になるのが分かった。

きっと、ステラがとびきりの笑顔だから、僕の顔もつられて笑顔になるんだ。

「そう。じゃあ、わらう」

女神さま。

女神さまは助けてくれなかったと思ってた。

でも、女神さまは知ってたんだね。

僕が助かって、シドやレミと会えること。

シスターと会えること。

それから、こうやってステラと笑い合えること。

ステラは体力おばけで、天真爛漫で、お嬢様で、笑顔が可愛くて、僕を笑顔にしてくれる。

そんなステラは、僕をどんどん変えていってしまう。

ステラがお父さんに頼んで、僕は助かって、プレゼントをもらえて。

字が書けるようになって、読めるようになって、今日は起き上がれなくなるほど走って、将来の為の、変わるための方法だって考えた。

あんなに怖かった変化が、今はもう怖くない。

どんな風に変われるだろうって、今は楽しみですらある。

僕が変わったら、きっとステラはまた満面の笑顔で目を輝かせて言ってくれるんだ。

「すごい」って。

いつか僕は、ステラにだって何かをプレゼントできるかもしれない。

そうなりたいな。

なれるよ。

だって僕は、「すごい」から。

+ + +

ステラが初めてやってきたあの日から、孤児院での日々は、バタバタと慌ただしく過ぎていった。

孤児院の改修の間もジャレット商会の従業員さんが来てくれたりして、シスターにとっても少しは穏やかな日々になったと思う。

その従業員さんは僕らのアイデア実現にも協力してくれるらしく、街の組合や協会に顔の利くすごく優秀な人らしい。

僕らがシスターにプレゼントしたアイデアは、ジャレット商会を中心に協力してくれるひとたちのおかげで、始まる前から街でも話題になっているらしい。

ステラはあの後もたまに遊びに来てくれていて、他の孤児院でも同じようにできないかって話が出ているんだと教えてくれた。

まだ始まるのは先になるのに、利用したいって人たちや、子どもはいないけど子守りならできるって言ってくれる人たちの声がたくさん届いている。

そんな慌ただしい日々の中だって、孤児院の日常には変わらない部分も多い。

今日は、僕と同じような、保護されて救護院に居た子が、退院して孤児院にやってくる日。

シスターにお願いして、僕も一緒にお出迎えをさせてもらうことにした。

俯いて歩くその子と一緒に現れたのは、記憶よりも少しだけ年を重ねた白い服の男の人。

「君は……」

「ぼくはソラ。久しぶりです」

僕は男の人を見つめ、あのとき名乗れなかった名前を告げる。

自然と、僕の口角が上がって目が熱くなるのが分かった。

「君は……そんなに明るく笑う子だったんだね」

男の人は、目を潤ませて、それから泣きそうな顔のまま笑ってくれた。

男の人は小さな声で「良かった。良かった……」と繰り返している。

男の人と手を繋いでいた、僕より少し年下に見える子はそろりと顔を上げ、男の人の様子を不思議そうに見ている。

僕は、シスターより一歩前に出て、その子を見る。

「ぼくはソラ。こっちであそぼう。ピアノもあるし、本もある。とりとヒヨコも楽しいよ」

僕が手を差し出すと、その子はおそるおそる頷き、男の人と繋いでいないほうの手をそっと差し出し返してくれた。

僕は、男の人に目配せして、笑顔で一度会釈する。

涙目のままの男の人は、その子からそっと繋いでいた手を離すと、その子と、僕に微笑みかけた。

「またね」

男の人の声はやっぱり優しい。

「うん、またね」

僕も同じように男の人に返す。

小さいその子と手を繋ぎ、僕たちは孤児院の中へと歩く。

振り返り、二人で男の人に手を振れば、笑顔で小さく振り返してくれた。

「何がしたい?」

その子に話しかけると目は合わせてくれるけど、口はつぐんだままだ。

「……」

「来てすぐに話せない子はよくいるから」

いつか、僕が言われて救われた言葉を伝えて、それから「じゃあまずは、部屋をおしえてあげる」って、僕はその子を促した。

そうやって、何にだってなれる僕の、何でもできる一日がまた始まった。