軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18.大天使ステラちゃん、一番頑張った日

「ス、ステラ」

「しっ」

ミシェルは私が起きて状況を理解したあと、すぐに起きた。

意識が覚醒してから、状況を飲み込んだミシェルは、震える唇で私の名前を呼んだ。

だめ、もし今気づかれたら、私たちが無事でいられる可能性が減っちゃう。

馬車はずっと走ってる。

だから、今はきっと街の外。

出店の人の荷馬車だとしたら、今はきっとお祭りから引き上げて、おうちに帰っているところだと思う。

この荷馬車の持ち主である運転手さんたちが良い人だったら、私やミシェルのおうちに連絡して助けを呼んでくれるかもしれない。

運転手さんたちが良くも悪くもない人だったら、私たちは荷馬車から降りて、自力でなんとか帰らなくちゃいけない。

運転手さんたちが、悪い人だったら、見つかっちゃいけない。

もし、運転手さんたちの家のある場所につく前に見つかっちゃって、運転手さんたちが良くも悪くもない人だったら、街の外の道に降ろされちゃう。

もうきっとすぐ日が暮れちゃう、だから、もし見つかるとしても、誰もいない街の外は絶対だめ。

私は、絶対ミシェルを守らなきゃって、ミシェルと身を寄せ合って、お互いの手が団子になっちゃうみたいに重ねて握り合っていた。

馬車が止まったのは、日がすっかり落ちてからだった。

ずっとガタゴトと土の上を馬車が走る音と風の音、それから運転手さんたち男の人のくぐもった声しかしなかったのに、馬車のスピードが落ちた途端、がやがやと、外に人の気配がし始めた。

真っ暗になっていた荷台の中にも、すき間から明かりが入ってくる。

明かりにほっとしたのか、ミシェルの手の力は弱まったけど、私は震えてきた。

いよいよだ。

私たちは、十中八九、見つかっちゃうと思う。

私たちが隠れたのは、着替えのあるケースの後ろ。

このケースと周りの物全部、いつも荷台に乗せっぱなしの物だとは思えなかった。

いちかばちかで逃げ出すのも、身を危険にさらすだけだと思う。

私がするべきなのは、彼らに身元を明かすこと。

それが、私とミシェルが無事でいられて、私たちの家族が一番悲しまなくて済む方法だって、考えた私は思ったの。

私のおうちは大きい。

彼らもきっと名前を知ってる。

良い人でも、良くも悪くもない人でも、私が名乗って、そのせいで害されるような状況になる可能性は低い。

悪い人でも、条件は出されるだろうけど、きっと最後は無事におうちに帰してもらえると思う。

それか、関わらないようにされるか。

すー、はー。

深呼吸。

ミシェルの手を一度ぎゅっと強く握ってから、手をゆっくり離す。

ミシェルはとまどうように私の顔を見た。

私の手は震えているけど、人差し指を立てて、口に当てて、彼女に見せる。

だいじょうぶだよ、私がなんとかするからね。

男の人たちの話し声が、どんどん近づいてくる。

もう、幕のすぐ外にいる。

「あー、そういえば、ご飯が二人分余ってるな〜」

なんだか棒読みの男の人の声。

「そうだなー、布団も二人分余ってるなあ、だ、誰か、泊まりにくればいいのになあ〜」

それに答える男の人の声。

この二人の声、きっと彼らはさっきまでこの荷馬車を走らせていた運転手さんたちだ。

荷馬車が走る間、絶え間なく、くぐもって聞こえてきていた声と同じだと思う。

その周りにも数人いるのか、「誰かをもてなしたい気分だな〜」とか、「森で採れた果物、誰か食べないと腐っちゃうな〜」とか、男の人の声がたくさん聞こえる。

幕が、そっと、そーっと、開けられる。

心臓の音がうるさい。

ミシェルをかばうように、少しだけ前傾になって、座ったままだった足をほぐしていつでも立ち上がれるようにする。

私が逃げようとしていると思ったのか、ミシェルが思わずっていった風に私のワンピースの裾を握って、不安そうに見てきたので、「違うよ」って分かるように笑顔で首を振ってみせた。

荷物がひとつずつ、やけにゆっくり、そっと降ろされていく。

「あ、あとはー、着替えだけ、か〜」

男の人が大きい独り言を言ってる。

二人の運転手の内の一人だ。

「動物とかがいたら、ぼ、僕びっくりしちゃうなー、もしいるなら音を出してくれたら、先に分かって心の準備ができるのになー」

私はキョトンとしちゃった。

なんだか説明口調だけど、今の状況にぴったりなことを言ってくれた。

なんとなく、この人たちは怖くない人かも? って思い始めていた私は、ミシェルと頷きあってから、ケースをノックしたの。

コン、コン。

「おや! 何か物音がしたな〜、もしかして、誰か間違えて乗せてきてしまっていたらどうしよう〜、何が何でも無事にお帰ししなきゃ、っってえな! 何すんだよ」

「わざとらしすぎるだろうが! 怖がらせちゃったらどうするんだよ」

「そ、そんなこと言うなら、お前が衣装箱降ろせよ」

「無理に決まってんだろ」

「俺だっていっぱいいっぱいなんだよぅ!」

「お前もう一回店番の女になったらどうだ」

「いきなりあの女が出てきたら、それはそれで怖がらせるだろ」

「じゃあいっそもう、門番の時の顔になったほうが」

「それは旦那様に禁止されてるだろぉが」

独り言の男の人が、もうひとりの運転手さんだった人に話しかけられてから、二人で小声で何かやり取りしてる。

何を言ってるかは声が小さすぎてわかんないけど、私から話しかけてみることにした。

もう一度ノックをする。

コン、コン。

「「はい!」」

男の人二人はビシッとしたお返事をしてくれた。

「あ……、あの、私はステラ・ジャレットと言います。ジャレット商会の商会長の娘です」

後ろから、私のワンピースを握っていたミシェルの「うそ……」って声が聞こえる。

ごめんねミシェル、ちゃんとご挨拶できてなくて。

声は震えるけど、ちゃんと男の人たちが聞いてくれてるはずって信じて、お話しする。

「本当にごめんなさい。間違えて、荷台で寝てしまっていて、おうちの人は、私がここにいるって知らないの。本当に迷惑をかけてしまって、えぅ、ごめんなさい」

私がしっかりしなきゃ、ミシェルをママさんの元に返してあげなきゃなのに、どんどん声が震えて、つばがいっぱい出てきて、涙が溢れてくる。

「うぅ、うえ、私が悪いの、ミシェルは悪くないの。うええん、ごめんなさ、ごめんなさいぃ」

「「ステラ様!」」

男の人二人が叫ぶ声がした。

眩しい光に、涙で見えなくなっちゃった視界が染まって目がくらむ。

思わず目を閉じたら、目に溜まっていた涙が決壊してボロボロってこぼれる。

「ああ、お可哀そうに、不安だったでしょう、こんなに冷えてしまわれて、もう大丈夫、大丈夫ですよぅ」

男の人に抱き上げられて、抱えられる。

すらっとしてるけど筋肉質なこの人は、小さい子を抱き慣れてるみたいで、抱えられても全然怖くない。

だって、なぜだかこの人も泣いてるんだもん。

泣いてるこの男の人の声は、ずっと棒読みで独り言を言っていた人だ。

「ヒノサダ、お前まで泣いてんじゃ、ねえよ」

私を抱き上げてる人をヒノサダって呼んだ、もうひとりの運転手さんだった大柄な人も、なんだか涙声に聞こえる。

「お前だって、泣いてんじゃねえかぁ……。ぐす。ナベテル、悪いが、先に中に伝えてきてくれ、すぐお連れするから」

「わかった」

涙声の大柄な人は、ナベテルさんって言うらしい。

どうやら、他の人に私たちのことを伝えに行ってくれたみたい。

「ひん、ぐす、ごめん、なさい」

私はまだ、涙が止まらない。

「僕たちに、ぐす、謝らなくていいんですよ、ジャレット家のお嬢様。さあ、そちらのお嬢さんも、帰るにしてももう遅い。あなたのお家に知らせはやりますから、今日はこの村に泊まっておいきなさい」

ヒノサダさんは、ミシェルのことも気づいていたみたい。

それもそうか、衣装箱もなにも全部取り払われたら、私たちは丸見えだ。

私たちは、幸運に、本当に幸運に、とても優しい良い人の荷馬車に乗ったみたいだった。

私たちは村長さんのおうちに連れて行ってもらった。

私は、泣き止もうとしている間に、抱っこされたまま運んでもらっちゃった。

ミシェルも、ずっと小さくなってたのと、ほっとしたの両方のせいで力が入らなくなっちゃったみたいで、別の村の人におんぶされて運んでもらってた。

運ばれていく私たちの周りを、本当にたくさんの村の人たちが少しの距離を取って円形に囲んで、荷車から村長さんの家まではすごい大移動になった。

芸能人みたいって一瞬頭をよぎったけど、芸能人ってなんだろう。

村長さんの家は、今は村長さんの息子さんしかいないんだって。

様子を見に来てくれていたたくさんの村の人たちを外に残して、ヒノサダさんと、ようやく立てるようになった私とミシェルは村長さんの家に入れてもらった。

「部屋が余って余って仕方なかったので、大歓迎です! お好きな部屋をどうぞ!」

村長の息子さんは両手を広げて迎えてくれた。

村長の息子さんはとっても元気で、なんとなく声に聞き覚えがある気がしたんだけど、思い出せなかった。

室内にいたらしいナベテルさんが奥から出てきて、村長の息子さんの頭をはたいた。

ナベテルさんは「声色を変えろバカ執事」って、なんだかまた小声で怒ってるみたいだった。

私たちは、冷えた体を温めなさいって、大きなお風呂を入らせてもらって、着替えも貸してもらった。

お風呂は大きくて、普段は村の人みんなで使っているんだって。

後で村の人に、この村のお風呂は温泉なんだよって教えてもらった。

この村の人は、この村で温泉が出るって分かって移り住んできた、温泉大好きな人たちなんだって。

温泉って、水を温めたんじゃなくて、地面からお湯が湧いているやつだ。

一度、ヘイデンに異国のことが載ってるご本を読んでもらってから、温泉は気になって気になって仕方なかったものの一つ。

こんなところで東国で有名な温泉に入れるなんて思わなくて、なんだか得した気持ちになっちゃったの。

私は温泉から上がってミシェルと二人、ホワホワポカポカしてから、反省しなきゃいけない状況だったって思い出して、慌てて気を引き締め直したのよ。

私達が借りたお着替えは、この村の子どものお下がりだって言われて貸してもらったけど、新品にしか見えないとても仕立てのいい物だった。

遠慮したんだけど、今は村に小さな女の子はいないからいいんだって、なかば無理やり渡されちゃった。

「私、こんなに着心地のいいパジャマ着たの初めて……」

「ミシェル良かったねぇ、やわらかくって気持ちいいねえ」

それから、湯上がりぽかぽかで落ち着いた私たちはほっとしちゃって、「村の人たちが良い人たちで、本当に良かった」って半分泣いてるみたいになりながら笑い合ったの。

今日は、村でもお祭りに合わせて催しをする日だったらしいんだけど、なんだかそれどころじゃなくなって、中止になったんだって。

本当は、その催しで勝った何人かの人が、次の一年の幸せを手に入れられるっていう、村人全員が参加する大事な競い合いをする日だったんだって。

そんな日に押しかけて迷惑じゃないか聞いたけど、私たちがついたときには落ち着いたから、もう大丈夫なんだって。

「むしろ、泊まらないって言われたらまた大変なことになっちゃうかもなあ」

村長の息子さんは、なんだか遠い目をしてそんなことを言ってた。

私たちは、優しい村の人たちに薦められるまま、野鳥の香草焼きや、村で育てた薬草で作った薬草粥を食べさせてもらって、森で採れたらしい果物までいただいてしまった。

「すっごく美味しいです!」

「こんなにたくさん、ありがとうございます」

ミシェルも大喜びで、お腹いっぱい食べさせてもらった私たちは、もうすっかりこの村の人たちのことが大好きになっちゃってた。

入れ代わり立ち代わり、村長さんの家には村の人たちが五人ずつくらい入ってきては、十分くらいで次の人と交代していく。

この村にはお客さんがあんまり来ないのかな?

みんな、お客さんが珍しいのか、たくさん話しかけてくれて、優しくしてくれて、私の話を喜んで聞いてくれる。

そういえばって気になって、私は聞いてみたの。

「温泉に入れてもらう前、十五歳くらいの男の子を見た気がするんですけど、その子はどこにいますか? 私の知ってる人に似てて、お話ししてみたいなあって思うんだけど……」

私は、この村に来て、やっと泣き止んで温泉に案内してもらう途中、視線を感じた気がして振り返ったの。

そこには、若い男の子が走り去っていく後ろ姿があって、その後ろ姿がチャーリーに似てた気がして、私はずっと気になってしょうがなかった。

「あ、あ〜、あいつはね、そう! おつかいに出したから! ちょっと今日はもう、帰らないかな!」

私が聞いた村の人は、慌てて村長の息子さんに目線をやって、村長の息子さんがおつかいに行ってることを教えてくれた。

走ってたのは、おつかいに行くからだったんだねえ。

お話しして、飾りボタンをチャーリーが気に入ってくれそうかどうか、年格好の近い男の子なら聞けると思ったんだけどなあ。

もしかしたら、私たちのことを街に知らせに行ってくれたのかなって思い至って、悪いことをしちゃったなあって、私は反省した。

それから夜は、私とミシェルは客間にお布団を並べて敷いてもらって、そこで寝かせてもらった。

村長さんの家は、土足厳禁の板張りのおうちで、私たちが貸してもらったお部屋は、緑の床材が敷き詰めてあるお部屋だった。

ベッドはこの村では使わないそうで、床材の上に布団を敷いてもらって寝たんだけど、ほんのりと木の香りと草の香りがして、借りた明かりの火がボボッてたまに揺れて、自然の中にあるこの村はとってもいいところだなって思ったのよ。

また来たいけど、馬車でしばらくかかる距離みたいだし、パパは許してくれるかなあ。

……パパ、ママ。

きっと心配してるだろうなあ。

お祭りの夜に一緒にご飯食べるはずだった使用人のみんなも、がんばって香草焼きを作ってくれてた料理人さんも、がっかりさせちゃってるかなあ。

みんなに心配かけちゃってる、私。

私、自分がしちゃったことを考えて、またホロホロって、ちょっとだけ涙が出ちゃった。

ミシェルもママさんのこと考えちゃったのか、鼻をすする音が聞こえてたけど、隣同士、ぴったり引っ付けたお布団から腕だけ出して、私たちは手を繋いだまま黙って眠りについたの。

明かりの油が切れて、ふっと部屋が真っ暗になった。

しばらくして、スゥスゥってミシェルの寝息が聞こえてきて、私も、明日パパとママになんて言おうかって考えてるうちに眠ってた。

+ + +

帰りは、街にご用事があるっていう村長の息子さんと、ヒノサダさんと、ナベテルさんと、あと二人の村の人と一緒に、馬車に同乗させてもらえることになった。

「送ってもらうことになってしまって、ごめんなさい。何から何まで、本当にありがとうございました。家の者から、必ずお礼をさせます」

私が深々と頭を下げようとしたら、慌てた様子のヒノサダさんに持ち上げられて、高い高いの状態になっちゃった。

私はわけがわかんなくて、「ひゅえ!?」って変な声を出しちゃった。

そしたらヒノサダさんは、何か誤魔化すようにして笑いながら、「き、気にしないでね」って言ってウインクしてくれた。

どこかで見た気がするそのウインクに、ヒノサダさんの優しさを感じて思わず笑顔になっちゃったの。

二台に別れて乗った馬車の中、私とミシェルは二人きりになっていた。

私たちの馬車は、ヒノサダさんとナベテルさんが運転してくれてる。

本当は、御者さんは一人でいいのに、私たちに気を使って二人にしてくれたんだなあって分かって、ヒノサダさんとナベテルさんの優しさに、またじんわりと胸があったかくなった。

「ステラ」

「なあに?」

ミシェルが真っ直ぐ私のことを見てる。

「ステラ、ありがとう。ステラがいたから、私、昨日の夜、なにも辛い思いをしなかったよ」

ミシェルはそうして「むしろ楽しかったくらい」って笑ってくれるけど、荷馬車に隠れたのは私のせいだし、お礼を言われるのはなんだか複雑。

でも、ミシェルは続けて、とっても嬉しいことを言ってくれたの。

「ステラはお嬢様で、私はちょっと貧乏な普通の家の子で、でも、私ステラと仲良くなりたいの」

「ほ、本当!? じゃあ、じゃあねえ、また遊びに誘ってもいいかなあ? あ、しばらくは、反省、しなきゃだけど……」

「そ、それはたぶんうちもそう……」

二人でズンッて暗くなっちゃう。

ガタゴト、馬車が土の上を行く音だけがする。

しばらくして、ミシェルが話し始めた。

「反省し終わったら、誘ってくれる? 遊びに」

「うん、もちろん!」

私たちは向き合ったまま、お互い両手の平を相手に向けて、そしてお互いの両手を重ね握り合って笑ったの。

「ねぇ、ステラ。私とお友達になってくれる?」

「ふふ、ミシェル。私たち、もう友達よ」

私たちは、街につくまで、この後おうちで何が待ち受けているかなんてすっかり忘れて、お互いの好きなものや楽しかったことを語り合ってたの。