軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

受付嬢二年目編・10

キャンベルの実家は彼女の父親が酒好き、ではなく、彼女の母親がお酒が好きでお店を始めたのだと聞く。

お店がどこにあるのかはだいたい把握はしていたが、キャンベルの家に遊びに行ったことはない。友達は連れてきちゃ駄目だと釘を刺されていたらしいので当たり前と言えば当たり前である。

お色気たっぷりのお姉さんがいる酒場は私のよく行く繁華街にもあるが、その友人である彼女の実家の店はもっと過激な場所にあった。

少し詳しく言えば男の人が女の人と一夜明かすことを目的とした場所が何軒も連なり、そこらの女性が足を踏み入れるのは大変勇気のいる場所である。

中でもベンジャミンとの会話で出てきたドルモットの店というのはその手の店の中では高級店であり、そこへ足しげく通っている貴族なども多いのだと周りからは聞いていた。

父が一度でいいからそのドルモットの店に行ってみたいと冗談半分で母に話した時は、怒られるのを通り越し「あなたじゃ無理」と母から言われていたほどである。その一言でドルモットの店がどういうところなのかが全て分かってしまうくらい冷たい声だった。さすが母である。

そんな昔のことを思い出しながら、私はドルモットの店の前にある『デラーレの小指』という、人の小指を模した看板にそう書いてあるキャンベルの実家の店を仰ぎ見た。

通称「裏街」とよばれるここら一帯は、夕方から人の気配が盛んになる。

静かだった街並みが息を吹き返したようにぽつり、ぽつり、と徐々にお喋り声やグラスとグラスがぶつかる音など騒音で包まれていった。そして女だけで賑やかな通りを歩いていると、まだお酒の入っていない人が多いせいか視線が遠巻きに刺さってくる。

しかしそんな視線はなんてことない。

私やニケ、ベンジャミンは気にも止めずにキャンベルの店の扉を開けた。

木板でできた出入り口の横には小さな植木に花が飾られている。

荒くれ者や無法者も少なくない街にあるお店にしては、とても綺麗な店構えだった。

ドルモットの店も全体的に薄桃色で、窓も入り口の扉も小綺麗なお城みたいな可愛らしい作りであり、けして汚くはないが、いかにもないかがわしい雰囲気が滲み出ているので清潔感はあまりない。

しかも酒場というと少し薄汚いような、壁の汚れも装飾の一部みたいなところがあるのだが、キャンベルのいる店の中に入ればそんな光景は何処へやら。

夕暮れの店内は、外の暗さと比例するようにぼんやりと明るくなってきた。

一歩足を木の床へ踏みつけると、靴の汚れも許さないとばかりに足跡がキレイに消えて行く。

店の隅では箒がひとりでに塵ゴミを掃いており、通り側の窓は何分おきにかはわからないが、水が窓硝子をつたい汚れを落としていた。

「綺麗好きなんだね」

中に入ってから店内を案内してくれている金髪の女性、キャンベルにそう一言感想を述べた。

だいぶ、いやかなりの綺麗好き。

私の両親もそこそこ綺麗好きな方ではあるが、これにはさすがに負ける。靴の汚れはいつもそのままだし。

「そりゃそうよ~おとうさんここらじゃ潔癖で有名なんだから。……で、お勘定はその場でしてもらって」

綺麗好きなのは父の方なのか。

フリフリのレースがあしらわれている前掛けをつけた、可愛らしい八重歯をのぞかせて笑うキャンベルを見て関心深げに首を頷かせる。

「あとはうちの母親があそこで料理作ってるから、注文の紙を飛ばしてもらって」

「なるほど」

キャンベルの説明を一語一句聞き逃さず耳に入れる。

旧友に久しぶりに会ったのもつかの間。

もうお店が始まるとのことで、今は急いで接客やお酒の種類、会計の仕方を学んでいた。開店の札が立てられていないので、まだお客はいない。

再会を喜ぶ時間も書きとめをする時間もなかったが、そんなに身構えなくても大丈夫と言われてはいたので深く考えないようにしようとは思う。

「説明は簡単にしたけどニケは分からないところとかある?」

「だいたい分かったけど、品書きはあれ見ればいいの?」

「ええそうよ」

椅子のあるカウンター席の前で、横一列に並びながら説明を聞く。

ニケは下ろしていた髪を一つに結い上げながら、改めてキャンベルへ念入りに確認をし直し、ベンジャミンは呪文で腕に書きとめをしていた。

キャンベルの学校での印象は、どちらかと言うとベンジャミンに抱いていた感想と同じだ。お洒落な女の子、という感じである。

服装が派手めなのが原因だろう。

なんでも異国の衣装に小さい頃から魅入られているようで、特にあのセレイナ王国の民族衣装が大好きなのだと言っていた。

また服飾関係の仕事に携わりたいとのことで、卒業後は大陸全土に名をはせる衣装屋「バーバー」で働いている。バーバーの本店はイラブィン王国にあるので、彼女はそこで働くためドーラン王国からイラヴィン王国に住まいを移していた。

魔法学校に通う者が誰しも破魔士、騎士を目指しているわけではない。

カーラ・ヤックリンのように考古学者になりたいという人間やキャンベル・パーのように国外へ出て好きなことを仕事にしたい人間も多い。何も魔法学校にわざわざ通わなくてもと思う人もいるだろうが、キャンベルの場合は習った魔法を応用し服飾の技術に役立てるのと共に、衣装の機能性なども注視して作業できることから、二年目にして製布部門の長を任されている。

昔は勉強嫌いで授業中寝ていることもあったそうだが、こと興味のあること、服飾に関して習得できそうな魔法があると知れればその探求心は先生に滅多にしない質問攻撃を繰り出すほど。

授業中、毎度キャンベルの頭が上がるか上がらないかがその日の先生の体調を決めるなどと教室担当の先生に言わしめられたくらいである。

「じゃあベンジャミンは変身呪文で化けててね。サタナースに見つかると厄介だもの~」

「もちろんよ。でも30分しかもたないからお手洗いに頻繁に行くかもだけど、そこはごめんなさい」

話は進んでいき、本題であるサタナースの件での打ち合わせが始まった。

ベンジャミンはバレるといけないので、顔と声を少し変えての行動となる。

彼女の場合変身魔法が最長30分ほど持続するので、その時間をうまくやりくりすればどうということはない。

変身魔法は普通の人で約5分ほどしかもたないので、それが30分となれば十分な時間である。

「それからナナリーとニケには特別な変身をしてもらうから。ね」

ベンジャミンに向けていた身体をクルリとこちらへ向け、後ろ手に手を組んだキャンベルがニッと綺麗な白い歯を見せて笑った。

話は変わるが、私は八重歯が好きだ。

男も女も関係なく、八重歯を持つ人が歯を見せて笑ったときの、あの何ともいえぬ愛嬌に心臓がキュっと締め付けられる。

なので八重歯を持つキャンベルが笑うと私はいつも人知れずその表情というかかわいらしさに心を和ませていたのだが、今日の彼女の八重歯はどこか一味違う。

和ませるとは程遠い、いたずらな笑みというか、何か企んでいるような八重歯、いや表情だ。

横にいたニケと横目で互いを見合うが、ニケのこめかみには汗が伝っていた。ベンジャミンはまたキャンベルの悪い癖が出たわねと可笑しそうに口元へ手を当てる。

「ナナリーどうしたの? 腰が引けてない?」

「キャ、キャンベルこそどうしたの。何か企んでるんじゃないよね」

「何言ってんの、企むなんてそんな。私はただ新作の服をお披露目しようとね」

指通りの良さそうな短い金髪をピョンと跳ねさせて、垂れ目気味の茶色い瞳を輝かせるキャンベル。

彼女の悪い癖。

キャンベルは服を作ることもさながら、人に服を着せるのも大好きなのである。着せかえ人形として犠牲となった友人達は数知れず。

彼女が指をパチンと鳴らすと、白い煙を立てて何かが上から落ちてきた。

それを床から拾い持ち上げてみると、キャンベルが着ているフリフリの前掛け以上にいやに作りのしっかりとした、布の面積が幾分か少ない服の全体像が見える。

「あのねキャンベル」

「なーに?」

「知っての通り私の胸は慎ましいわけなんだけど」

ぴら、と服の端を持ってキャンベルのほうを向く。

「そんなことないわよ。私よりあるわ。それにそれはニケの衣装で、ナナリーのはこっち」

パチン。

こっちと言われて彼女が魔法で出したのは、先程の服よりもずいぶん布地がありそうなもの。

広げて見せられたそれは下の丈が長く、反対に上の面積が少ない。

胸元がふんわりしている作りのようなのでそこは隠れるだろうが、肩がむき出しの形である。

布がニケのより多いはずなのに、破廉恥な感じがするのはなぜだろう。