軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

テオドラ・ロクティス2

職場の仲間に行ってこいと促され使い魔に乗って街の中心まで急いだ。

風に頬を切られても止まることなく、一秒でも早く着かなければと必死になる。

街の市場に行くと倒れている人や泣いている子供がいる場所に出た。隊服を着た騎士もいたので近くにいるはずだと探す。

遠目に探せばひと際人が集まっている箇所があったので近づいていく。

一般人も騎士も入り乱れた集団の中をかき分けるように進んでいけば、グロウブの姿を見つけることができた。

しかし急いで声をかけようとした矢先、彼の視線の先にあるものを見て声がでなくなった。

「デルドラットだ……」

騎士の誰かがそう呟いたのが聞こえた。

デルドラットとは通称――仕掛け返し――と言われる罠だ。

魔法陣には罠用に作られたものがたくさんある。そして中には罠に罠を施すというものもあり、罠を外そうとしたり手を加えようとすると発動してしまうものがある。

それがデルドラットと言われる陣の形態だった。

「魔法陣の文字を書き換えた際に、別の魔法陣が敷かれたんだ。文字が逆になって別の文字に変わった」

近くに来た私に気づいたグロウブが、視線を変えぬままそう話す。

魔法陣に捕らわれた民間人を救うには中に一人が入り、魔法陣を書き換える必要があったのだという。中心にある三日月の絵を反対に書き換え、脇の文字も同様に逆さにするという作業を誰かがこなさなければならなかった。陣の形態を変えること自体は成功し、民間人十数人は無事に陣の外に出ることはできたが、中心にいたエルーヴは何故か陣の結界の中に閉じ込められていた。

人一人分の面積しかない小さな魔法陣だった。

「ねぇ、何の魔法陣になったの」

「……」

「――いったい何の魔法陣になったのよ!! 教えなさい!!」

グロウブの首の襟を引っ張り顔を近づける。

力いっぱい握り締めたそれに、グロウブはそっと手をかけた。

「極刑の陣だ」

ひゅ、と喉が鳴る。

何故その名前の陣が、こんな町の中に。

「罪人に対して使われるものであり、そこから逃れられる者は一人もいない」

発動したら最後、術が終わるまで魔法陣は消えない。

「エルーヴはそれを承知で入った」

淡々と話すグロウブの首もとから手を離し、足を後ろに退きながら距離を取る。

「エルーヴ、エルーヴ」

彼が捕らわれている魔法陣の近くに行き、すがるように手を伸ばした。

『ああテオドラ、夕飯は考えてくれた?』

「夕飯じゃない! あんな約束で私を縛りつけたつもりなの!? 馬鹿にしないで!」

髪をかきあげ瞳を細めて笑うエルーヴに怒鳴る。

私がここにいたらきっと命に代えてでも中に入らせなかった。彼が行くなら自分が行っていた。

けれど他の騎士たちもそう思わなかったわけではないことは分かる。

アルケス副団長の握られた拳からは血がぽたぽたと指をつたい垂れていた。彼も我慢ならないのだ。その拳を握り必死に耐えている。

それでもエルーヴがこの陣にいるのは、頑固でけして譲ることをしなかった彼が部下が止めるより先に中へと入っていったのであろうことが想像できた。

しかしそれでも、何で、という言葉しか浮かばない。

何で彼が入らなければならないのか。

【君がここにいれば、俺は必ずここに戻る。約束だ】

【夕飯は何を食べるか決めておいてね】

あんな所で大人しく待っているんじゃなかった。

約束なんて破ってしまえばよかった。

嫌がられても迷惑をかけても、追いかけて行けばよかったのに。

「何か、何かあるはずよ」

「テオドラ」

「そうだわ地面に描かれているなら地面ごと崩せばいい」

「ロクティスさん」

「形をなくせば解けるかもしれないわ」

「テオドラ、」

「手伝ってよ!!」

地面に手をつけたまま、私はまわりの騎士を睨んだ。

「揃いも揃ってあきらめてんじゃないわよ!!」

最後まで抗うことを諦めないで欲しかった。

無理だとわかっていても。

救うことが絶望的でも、まだ生きている本人を目の前にして冷静ではいられない私は、長年の経験を積み重ねている騎士たちがまったく動かないことが意味することを理解できなかった。

「貴方達の団長が目の前で殺されそうになってるのに、大人しく見てないでよ!!」

そう叫んだ瞬間、エルーヴを捕らえる魔法陣の中でバチ、と白い光が走った。

それを皮切りに徐々にバチバチと音を立て、結界の中で光が乱射しだす。

私たちが目にしたのは想像を絶するむごさの連続だった。

騎士の中には目を背け、嘔吐する人間もいた。

その状態を言葉にすることはできない。ただ彼は雷の電撃を一身に受け続け、肌を、肉を引き裂かれていた。

魔法陣の結界には血が飛び散り、陣の模様も見えない。

「える、ぶ」

唇が震えて、そんな言葉しかでなかった。

人だったものがそこには転がっていて、確かにそこに彼がいたのだ。

声を荒げることは最後までせず、目を閉じて苦しみと痛みに耐えていた彼が。さっきまでそこにいたはずだった。

魔法陣の光が消えて、結界もとけたのか付着していた血液が地面にぼたぼたと落ちた。

呆然と立ち尽くす私たちの目に次に入ったのは、不自然に動いた血液だった。

エルーヴの血液はズルズルと地面を這いながら流れ、やがて文字の形になる。

『まっくろ焦げになった。もはや炭の価値もなし』

価値が、ない。

「まだ数ヶ所、同じ状況の魔法陣に捕らわれた民間人が!」

私の中で、何かが弾けた。

それからの記憶はおぼろげにしか覚えてはいない。

「テオドラ、お前」

地面が揺れた。身体中の魔力がぐるぐると渦を巻いて、飛び出すように開放した感覚があった。遠くのほうで雷鳴が聞こえた。グロウブが私に向かって叫んでいたが、言葉が聞こえずただ眺めていた。

「副団長、他の魔法陣が雷に破壊されて……怪我をした人間もいるようですが全員無事だそうで――」

「テオドラ! しっかりしろ!」

「……」

「もういい、もういいんだ!」

グロウブに肩を揺すられて、とんでいた意識が戻る。

視界の焦点が合った頃には、何故かすべての魔法陣が解除されていた。ついさっき私が魔法を使い破壊したのだと皆から説明をされても、どう破壊したのか分からない。そもそもエルーヴが命を落としてまで解けなかった魔法陣を、私の魔法なんかで容易くとけるはずがないのだ。

それにしても身体がものすごく怠い。

全身から力が抜けた私は地面に倒れた。

「ロクティスさん、ハーレの仕事は?」

「今日は休みなので」

三日後。

無理を承知で騎士団のもとを訪れ、彼らに犯人捜しの手伝いを申し入れた。騎士でもない人間が生意気にと思われるだろうが、先日の魔法のせいか問答せず受け入れてくれた。ここまでくるともはや執念に近いと自分に呆れる。

それから仕事外で魔法陣の痕跡をたどり、騎士とともに記憶探知で逆探知を行い仕掛けられる前の魔法陣を潰していった結果、ひと月後には犯人と思わしき人物にたどり着いた。

街の中心からそれた所に住んでいた技工士。魔法陣を設置したのはその男だった。

彼いわく何故そのようなことをしたのかと問えば、「退屈でつまらなかったから、やってもいいって言われたから」なのだと答えた。

この男が主犯格でないことはわかった。

別の人物にそそのかされてやったのだという。

だがやってもいいと言われたのでやったなど、まるで他人ごとのように考えている節がある。

主犯が誰であろうと間違いなくお前がやったことだと、極刑は免れないと言えば、今度は狂ったように「お、俺はただやっていいって言われただけだ、退屈しのぎに神が、神がそう俺に、罰するなら神を裁け」とそう言いはる。

神を裁けるのならとっくに裁いている。

とんだ救いようのない男だった。

「こんな腐った奴に!! こんな生きてる価値もない奴に!!」

あんなに優秀な人が殺されたというのか。

こんな身勝手なやつの欲をうめるために、彼は死ななければならなかったのか。

「お前が死んでしまえ!! 勝手に一人でのたれ死ねばいいのにっ……」

犯人に飛びかかり、魔法で相手を殺してしまいそうになる私をグロウブが正面から押さえつけた。

「ごめんなテオドラ」

なおも手足を動かして襲いかかろうとしたが、骨が折れてしまいそうなほど力強く抱き締められて敵わなかった。

「こんなことを言わせてごめんな」

お前にそんな言葉を吐かせてごめんな。

グロウブは耳元でそう呟くように、私の頭を押さえた。

「テオドラ、俺が来たのだから顔でも見せたらどうだ」

穏やかな表情で笑いかけるグロウブに、私は視線をそらして悪口をたたきつける。

六年が経った頃、グロウブは団長になった。元々主要格としての素質は持っていたので時間の問題ではあったが、昇格試験に合格し見事団長の座を射止めた。試験を受けたことも合格したことも全て彼から直接、聞いてもいないのに聞かされるので知っている。

何度突き放してもまるで聞いていないかのように側にくるこの男の耳は、どうかしているのかもしれない。

オルキニスの件で部下であるナナリー・ヘルの身が危ないとき、アルウェス・ロックマンという騎士団きっての優秀な魔法使いが彼女の身を守ることになったのだとグロウブから聞かされた。

確かナナリーはアーノルド家の次男坊とは仲が良くないと言っていたが、そうか、そういうことになったのか。と歯痒い気持ちになった。

彼女はそれを知ったらどう思うのだろう。

知らないところで命を落としそうに、もしかしたら落ちるかもしれないということを知ってしまったら。普通でいられるだろうか。

私は結局、好きの一言も伝えられなかったから。

「どうにか無事に済んだな。一件落着だ」

「なにが一件落着よ。ほとんどあのお坊っちゃんのおかげじゃない」

「何を言うか。俺だって頑張ったんだぞ」

「どうだかねー」

そんなこと知ってる。

さらわれたアルウェス・ロックマンを一番に救いに行ったのはグロウブであり、怪我も脇腹部分が一度なくなってしまっていたことをウェルディという騎士の子からは聞いていた。酷く痛めつけられたのだと。

「また調査に出るが、戻ってきたら夕飯でも行かないか?」

グロウブは笑いながら私へ問いかける。

「ふふ、冗談よしてよ」

追い払うように手を振る。

この人だけはダメなのだ。

この人だけは、絶対に。