軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

受付嬢三年目・魔法世界の悪魔

「ぶっ!」

気をとられていれば右から飛んで来たものを避ける余裕なく、私はまた地面に仰向けで倒れる。

頭を押さえてイテテと自分に覆い被さるものを見れば、そこにいたのは目をグルグルと回したバンデロ先輩だった。

「やだ、バンデロ先輩しっかりしてください!」

ヘルドランさんとの戦いに集中していたせいで隣の状況は全く掴めていなかった。

なかなか起き上がらない先輩を横目にロックマンを見れば、こちらを気にする素振りは一切なく、ユーリに乗ってすばやくヘルドランさんのもとへと駆け寄っていた。足の傷を気にしているようだった。

あいつはどこででもああなのか。

バンデロ先輩の回復が見込めなくなったので彼を一旦皆のところへ避難させる。ゾゾさんの治癒魔法を受けて顔色も安定した先輩を見届けたあと、私は再び競技場の中心へと戻った。

ロックマンはヘルドランさんに巻き付く氷の糸を溶かそうとしているのか、糸に炎を纏わせてほどこうとしている。

「そんなことしたってほどけないわよ」

「随分頑丈だね、これ。まぁ倒れないとは思っていたけど、傷も負っていないとは。さすが君も随分頑丈だ」

「治癒魔法が使えないんじゃかすり傷だって致命傷になる。そんな簡単にいくもんですか」

糸を切るのは諦めたのか、ヘルドランさんから離れて私と向き合った。

彼女はともかくコイツを倒さなければこの試合は勝てない。

「アルウェス様ー!」

「ヘルに負けないでくださいませー!!」

当然これだけの観客、貴族も来ていれば知合いも沢山いる。特に貴族の席からはそんな声が度々聞こえてきた。

それ以外にも「ぶちのめせナナリー!!」と私のことを応援してくれる平民の友人が何人かいて些か胸は軽くなった。

そろそろこいつとも10年来の付き合いになるが、いや付き合いという言葉が合っているかはわからないけれども、とにかく長いこと関わりがあるのには間違いない。

「ついに公式な場であんたを打ち負かす時がきたわ!」

「それだいたい負ける側の言う台詞だけど大丈夫?」

「うるさいば~か」

目尻を人さし指で下に引っ張り舌を出してあっかんべをする。この動作も手慣れたもので私の右に出る者はいないだろうと自負するくらいだ。

合図もなく奴との戦いは始まる。

「ニパス(吹雪)」

「フロガ(炎)」

爆弾が無数に飛んできたので氷弾で迎撃して爆発させる。

またどこまでも追いかけてくる火の弾丸を凍らせて破壊したり、魔法陣でアイツの下に落し穴をつくり罠にはめたり、炎の巨拳で押し潰されそうになったり、高熱の膜に閉じ込められて熱死させられそうになったり、仕返しに奴の身体を凍らせて破壊しようとするも一歩先を読まれていたのか内側から氷が溶かされて術を破られたりする。

なぜだ。

中々あと一歩まで届かない。

「フロガ・ドラコーン(爆炎龍)」

ロックマンはいつぞやの金の長い杖をどこからか取りだすと、魔法陣を敷いて火を吹く雄々しい龍を出現させた。

「クリスタロ・ドラコーン(氷結龍)」

私も負けじと魔法陣を敷く。

デアラブドスの先から競技場の半分くらいの大きさに広がる銀色の陣。その光輝く絵から現れたのは、白く美しい翼を持った氷結晶の巨大な龍。

龍が威嚇し合い、互いの首を噛み千切ろうとしている。

本体であるロックマンを氷結龍で倒したいがそうもいかず、二匹の龍はそれからあえなくして同時に倒れた。

私は苦虫を噛んだときのような表情になる。

どうやったら仕留められるのだろうか。

「セルモクラスフィア(絶対熱)」

ロックマンが手のひらを上に向けると、その上に小さな光が宿る。奴の背後には青と紫と黒や緑が混ざったような、教科書や歴史書で見たことのある宇宙と呼ばれる光景に似ている空間が出現した。

天体が時計回りにまわりはじめて、ロックマンの手に吸い込まれるようにその空間が小さな光へと集まると、風が起き光は徐々に大きくなり勢いを増していった。

あれは火型の技の中でも超高度な魔法である。他の型の魔法も勉強していた私にはその威力のほどは知れないが、脅威であることには違いない魔法だった。すべてを燃やし尽くし、灰にすらもならないほどの力。

あれに対抗出来るものは唯一氷型の技にある魔法だ。

こうなればいたしかたあるまい。

「アポリト・ミデン(絶対零度)」

暗い夜空の空間が私のまわりを包む。瞬く星が頭上を回転しはじめると一点が青くなり、強い光を帯びて大きくなっていく。

「我がドーラン王国王宮魔術師長にして第一騎士団隊長のアルウェス・ロックマンですが……それに対抗している彼女はもはや」

「始祖級と呼ばれるのに相応しいな」

ピタッとロックマンの動きが止まった。

そしてあろうことか出しかけの魔法を解き、何かを迷っているような表情をしだす。

隙をつく絶好の機会だけれどどうも腑に落ちない。

訝しげに眉を寄せた私はふと、糸で縛りつけたままのヘルドランさんの様子をうかがう。糸が簡単に切れないとはいえ万が一ほどけそうだったら補強しなくては、さすがに2対1はきつい。

けれども彼女の様子がどうもおかしい。

「ムイーシア?」

私の視線の先が気になったのかロックマンも彼女を見る。

すると数刻前のようにヘルドランさんの元へと駆け寄りその頬をペチペチと軽く叩いていた。

「どうしたの?」

「貧血を起こしてる」

顔は真っ青だった。

私も出しかけの魔法を解き、中断してそばに駆け寄る。

「どうしたのでしょう、二人同時に魔法を解き……ムイーシア・ヘルドランが倒れています」

「先ほどから少し会場内の様子もおかしいですわよ。貧血者が何人もいらっしゃるようだわ」

観客席はざわめく。

指を鳴らして糸をほどき、私はヘルドランさんを地面に横たわらせた。けれどロックマンは地面は冷たいからと自分の腕の中にヘルドランさんを抱えかこみ、彼女の額に手をあてて治癒魔法をかける。

「ムイーシアさんも? 何人もいすぎじゃない?」

ロックマンの横に片ひざをついて座り込み、ディーンさんの前にも同じように貧血で倒れた人がいたことを伝える。

その話は他の騎士からも伝えられていてロックマンは知ってはいたようだが、難しい顔をしてヘルドランさんを見つめていた。

治癒魔法をかけているのに彼女の顔色は一向に良くならない。苦しそうだ。

「ヘルドランさん? だいじょ…」

「ふぅ……あら…楽になったわ」

顔を覗き込んでいた私に気づいたヘルドランさんが手を伸ばしてきたので、その手をつかんで胸上辺りに引き寄せた。するとふっと笑っていくらか元気な表情をしてくれる。私と戦っていた時の表情が嘘のようで余計に心配になる。

彼女は、不思議ね、どうしてかしらと呟いた。

ロックマンの治癒魔法が効いてきたのだろうと言えば、そういう感じではないと首を振られる。

「あなたが、手を持ってくれたとたん、和らいだの」

「え?」

「本当だね、顔色が少し良くなってる」

青白かった頬に僅かに赤みがさしている。確かに若干回復の兆候が見えた。

けれど私が原因とは思えない。ロックマンの治癒魔法がちょうどよい時に効いてきただけだと思う。

そんなわけないですよと手をはなせば、不思議なものでヘルドランさんの顔色がまた悪くなった。私は馬鹿なと思い焦ってまた手を握り直す。でも今度は体調がよくならなかった。やはり関係ないのではないかと思ったが、先ほどヘルドランさんの手をどこに当てていたかを考える。確か胸上、制服の頭巾にかかるところ。

もしかして、いやそんな効果あるのか? と半信半疑で制服の頭巾を外しヘルドランさんの頭へ被せてみた。

「なんだか心地好い……」

「どうなってるの?」

「私の制服は無効化衣装ってやつで、外部からの攻撃魔法を無効化するものなんだけど……」

そういえば私、こんな制服を着ているのだから傷がそんなにつかないのも当たり前じゃないか。今さらだがズルをして勝負に挑んだ気分になる。最悪だ。

魔法で無効化衣装から青色の動きやすい普段着に着替える。

無効化衣装はヘルドランさんの身体にそっとかけてあげた。

けれど、ならば制服は一体何を無効化しているのだろうか。

私の疑問にロックマンが目を細める。

『こっちへおいで』

「え……」

声が聞こえた。

夢を見ているわけでも寝ているわけでもないのに、睡眠不足に悩まされているあの声が頭に響いている。

「どうしたの?」

「声が、聞こえる」

「声?」

ロックマンがそう言いかけた瞬間、キーンという音が競技場中に響き渡る。

観客たちや他出場者たちは耳をおさえて目をつむり耐えていたが、競技場自体がゆらゆら、いや地響きのような音を立てて上下に激しく揺れ出す。

「なにこれどうなってんの?!」

「さぁ……結界が何かに破られようとしてる」

ヘルドランさんを腕から離し金色の杖を地面につけると、ロックマンは魔法陣を敷いて結界の補強を行った。私は耳を塞ぎながら額に汗を滲ませた奴の様子を見る。

結界が破られる? この競技場を覆っているという防御膜のことだろうか。

奴は競技場の上にある空の対戦場を見つめていた。

あそこは確か不具合があるとかで試合を行うことが出来なかった場所である。

「まさか……」

「なに、あの黒いの」

空の競技場はどす黒い 靄(もや) で覆われていた。

そしてそこから白い光、雷よりも大きな光線ようなものがこの競技場に張ってある防御膜を突き破ろうとしている。振動の正体はあの衝撃波だろう。

「隊長! 駄目です破られます!」

「アルウェス避けろ!」

ゼノン王子が競技席からそう叫んでいるのが聞こえた。

『お前たちの魔力は使えば使うほど吾が吸いとっているのだ。しょせん、無駄な抵抗よ』

競技場に渡る、低い男性の声。

「ヘル!」

「うわっ」

腕を引っ張られ抱え込まれた。

その瞬間爆音と共に防御膜は破られ、私たちが足をつけている競技場の中心に隕石のような何かが落ちる。

砂埃が舞ってケホケホと咳き込んだ。

とっさのことに目をつむっていた私だが、どうやらヘルドランさんを右腕に、私を左腕に抱え込んでロックマンが小さく自分たちのまわりに防御膜を張ってくれたらしい。右手には杖を持っている。

そんなことをされずとも避けられたと抗議しようとしたが、

『氷よ、ようやく見つけたぞ』

衝撃で凹み破壊された地面、そこにいたのは。

「ヒューイ伯爵……」

ロックマンが呟く。

「アリスト、博士……?」

深紅に光る瞳を持った、アリスト博士だった。