軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

*ベンジャミン・フェルティーナ 二十歳の憂鬱

朝起きて、顔を洗う。

朝ごはんを食べたら歯みがきをして、お化粧開始。

睫毛の先まで整えたら準備は完了。

いつもより重装備な服を着て、家を飛び出す。

「ナールーくーん!」

「おー、はよ」

ナルくんとの待ち合わせ場所は街の中央広場。ナルくんというのは私の仕事仲間で相棒で、私の想い人だ。

ナル・サタナース。

みんなからはサタナースと呼ばれていることが多いけれど、名前呼びをしているのは私くらいだった。

まだ待ち合わせ時間の五分くらい前なのに、ナルくんはもう待ち合わせ場所にいた。軽食を片手に噴水の縁に座っていて、いつ来たのかと聞けばついさっきと言う。

ついさっき。

最近いつも聞く言葉だ。

一緒に仕事へ行くようになってからは私が先に待ち合わせに来ていたことが多いのに、ここ一ヶ月ほどは毎回ナルくんが先にいる。一ヶ月も続くと逆に申し訳なくて、この前はたまには私が待つのもいいだろうと噴水のところへ10分前に来たのに『はえーな今日』とナルくんが先に来ていた。

早いのは私じゃなくて、ナルくんだ。

彼が早く来るようになった理由は分からないけれど、戸惑い半分、ちょっと嬉しい自分がいる。もしかして、私のことをちょっとでも好きになってくれたんだろうか。そうだったら良いのにな。

でもそう簡単に自惚れちゃいけないことくらい分かっている。

なんで早く来てくれるんだろうかとか、ナルくんの持っている軽食が二人分ある理由とか、前より歩きが遅かったりとか、色々気になることはあるものの、それを全部自分の良いように解釈してしまうこの性格をどうにかしたい。

昔からずっと好きだと惜し気もなく主張してきた成果が今実ってきていることを信じたい今日この頃。

今日は数日後に迫ったウォールヘルヌスの前に仕事をしておこうとハーレに向かう予定だ。卒業から三年、もう私達も二十歳になる。

親が破魔士だったので私もなんとなく破魔士を目指したけれど、今では破魔士になって心から良かったと思っている。ナルくんも破魔士だし、お金も良い。働いたら働いた分だけ、頑張った分だけ収入が入る。両親には何事も不自由ないようにと言われて教育されてきたので、その選択をすすめてくれたことに感謝している。

私の中間名には二人の曾祖母の中間名が入っていて、父方、母方の両方の祖母が『私の祖母のものを入れておくれ!』『いいや私だ!』と私が産まれた時にだいぶ揉めたらしく、それなら二つ入れちゃえとなりメダ・リリスとなった。一人娘だからかだいぶ可愛がられて育ったと思う。

今から向かうハーレでは私の友達が働いていて、その友達は友達の中でも特別な友達。

つまり親友だ。

親友の名前はナナリー・ヘルという。学生時代から現在に至るまで、手紙を送りあったり遊んだりする仲で、ナルくんとも親しい女の子。

以前は仕事で依頼を見つけに行くと見かけることが多かったのに、今ではあまり見ることがない。

去年の暮れから夜間勤務をするようになったのだと嬉しそうに報告されたのは、私とナルくんがたまたま昼の時間に働いていたナナリーがいるハーレへ行った時のことだ。だから昼に限って見ることは少ないけど、夜に行けば姿が見られる。順調に受付の仕事を極めていっている姿を見て、私も頑張らなくちゃと気合いが入った。

けれどその時、ナナリーを見た時、彼女の雰囲気、様子? が変わっていたような気がした。

『何かあったの?』

『何が?』

『えーなんだろ? 前より綺麗になったなぁーって思って。女らしくなった?』

『私は女です~!』

可愛い美人だとは思っていたけれど、最近はそこに『綺麗』という単語も付け加えなければいけないかもしれない。中身は男勝りな部分もあるしお洒落なんて言葉からは程遠いナナリーだけれど、人一倍美容とお洒落を研究している私にとっては羨ましいくらいの容姿をしている。

その友人が、だ。確実に女らしくなっている。

理由があるのなら知りたいが、これといって変わったことはないらしい。ただ男の人から遊びに誘われることが少しだけ増えたかもしれないと言っていた。

鈍感を超えて女なのかも疑わしい彼女が言うのなら、きっとそれは相当な数に違いない。

私は昔のことを思い出した。

あれは確か――――……

授業が終わり、鞄を持って教室から出る。

ニケは日直だったのでまだ残るらしい。

「フェルティーナ」

「なんですか?」

珍しい。

通路に出ると、あのロックマンがナナリーではなくわざわざ私に声をかけてきた。

顔の良い男の子に声をかけられると、好きな人じゃなくても多少ドキッとする。

ロックマンとはナナリーを通してでしか話をしたことはない。共通の話題があるわけでもないし、大事な用事もない。そもそも彼自身普段から周りを女子で囲われているため近づくこともできない。

なので顔には出さないが、私は今かなり驚いている。

「もしかして治癒室まで行く?」

「はい。ナナリーの見舞いに」

五年時、光の季節。

ナナリーは実技の授業中に巨大な氷球を爆発させたらしく、その破片が自分の身に降りかかり流血騒ぎになったらしい。己の魔法で己を貫くなんてなかなかない。普段の彼女ならそんなヘマはしないのに。魔法型別の授業ではなく教室ごとの授業だったので、どうせまたロックマンと何かで張り合ったか一方的にナナリーが彼に見せつけようと空回りした結果なのかなと思う。

「これを届けてもらってもいい?」

「宿題?」

手渡されたのは数枚の紙。魔法陣や呪文の式が書いてある。

「隣だからと先生に頼まれたけど、君やブルネルが渡したほうがいい」

「でも」

「自業自得のくせに、人のせいにして飛び蹴りでも仕掛けられたら堪らないしね」

「いえ、一緒に行きましょーよ!」

「え?」

ひきつり笑いをされた。

この女、面倒くさいこと言ったなと思われたに違いない。

「いや君と一緒に行きたいけど、目的地が治癒室なのは」

「いいじゃないですか~」

ロックマンの腕をグイグイ引っ張って治癒室の方へと向かう。

かなり無理やりだけど、女の子を無下に扱わないことで有名なロックマンは、こんな強引なことをされても手は振りほどかない。ナナリーは別らしいが。

せっかくだから、この際二人の仲を少しでもくっつけてみよう。

お見舞いとして行かせれば、案外ナナリーも素直にお礼を言うかもしれない。喧嘩するほど仲が良いくせに、本人達はこれっぽっちもそう思っていないのだから困りものだ。

もっとも、彼の気持ちがどうなのかは私も知らない部分ではあるけれども。

「ははっ、だよな~」

「そこで行きゃよかったのになー」

通路を渡っていると、反対側からナルくんが友達とお喋りをしながら歩いてくるのが見えた。

私はついいつもの癖で声をかけようとしてしまう。

「あっ、ナルく」

「待ってフェルティーナ」

急に腰へ手を添えられて、ロックマンの方へと引き寄せられる。

歩くにはとても近い距離だった。

すごくビックリした。

「たまには焼きもちぐらい妬かせてやればいい」

「やきもち?」

ナルくんが私に?

ポカンとしている私を見て、ロックマンは悪戯っ子のように笑いかけた。

どこまで女心を熟知しているのか計り知れない。ナルくんと仲が良いようなので私のことも色々聞いているのだろうか。そうじゃなくても同級生のほとんどは私がナルくんを追いかけていることを知っている。ロックマンもその内の一人ということだろう。

「え、でも」

「大丈夫」

ロックマンはそのままナルくんに「やぁ」と声をかけて、その横を私とスタスタと過ぎ去る。

ナルくんの顔は見れなかったけれど、面白い顔をしてたよ、ってロックマンが口元に手を当てて笑っていた。

外見だけじゃない、彼がモテる理由や慕われる理由が分かった気がした。

「今度はあの子がアルウェス様のお気に入りなの!?」

「嘘だと言ってー!!」

でもその代わり女の子達からの視線が突き刺さってくる。

ナナリーはいつもこんな視線に耐えているのかと実感させられた。

「ナナリー」

治癒室の前に着き、扉を開ける。

カーテンのかかっている寝台がいくつもある中、名前を呼べば「はーい」と返事が聞こえた。手前から三番目の寝台だった。

先生は不在なのか机にいない。

ロックマンも来たからといちおう声をかければ、ゲェッと声を荒げたものの、宿題の届け物なら仕方ないかとブツブツ呟いているのが聞こえた。相変わらずである。

――――シャッ。

カーテンが開いた。

「え」

「え」

私とロックマンの声が見事に重なる。

「ちょ、ちょっとナナリー! 上着くらい着てから出なさいって!」

「だってベンジャミンとロックマンだし」

なんとそこには上半身下着姿のナナリーがいた。

白い肌はむき出しで、細い肩紐が今にもずり落ちそうだった。

怪我は治癒の先生のおかげで治ったのか、切り傷や血は身体に見られない。

たいしたことなくて良かった。

……いいやそれよりも。

「ロックマンは男でしょ!」

「そうだけど見慣れてるだろうし、私の見たところで平気でしょう」

「何が!?」

ロックマンを見ればどことなく遠い目をしている。この子のアホさかげんに呆れているのか馬鹿さかげんに呆れているのか、はたまた男としてこれっぽっちも意識されていないことに虚しさを感じているのか。

可哀想になったのでナナリーの意識を今一度変えさせようと「ロックマンは男」「ナナリーがよくてもロックマンはよくない」「非常識」と話したのに、違うよ他の男子だったら私もちょっと恥ずかしいけどロックマンは違う、とか言い出す。

違うくないよ。何が違うんだ何が。

ナナリーの中でロックマンってどうなっているの。

「馬鹿なの?」

隣で率直にそう言ったロックマンへ心の中で拍手を贈る。

「案外その頭振ったらカラカラ音が鳴るんじゃないの?」

「なによ失礼ね!」

もっと言ってあげたほうがいい。

けれどすぐにロックマンはシャッとカーテンを閉めて、治癒室から出ていった。

「もーなにあれ。あ、宿題持ってきてくれてたんだった。あとでお礼ぐらい言っといてやろうっと」

そう言って笑う姿は少女というより、もはや少年である。

ナナリーが女らしくなる日はいったいいつ来るのだろうか。

なぜか私が悲しくなった。

思い出して、私はため息を吐く。

今は人の心配より自分の心配だ。

確かにナルくんは、私に優しくなってきているとは感じる。

けれどウォールヘルヌスに出る六人の仲間達の中には女性が三人いて、いずれも私より胸が大きいし歳上。仲間で集まるとナルくんは私を置いてけぼりにすることもあるし、私も仲良くしようと進んで中に入れば、皆よくしてくれるけれど、彼が他の女性の肩に手を置いたり腰に手を回している姿を嫌でも目にしてしまう。

彼のことが好きだという事を周りに隠していないので、好きになった理由を聞かれることが多い。

外見はもちろん好きになった理由に入る。

それだけ? と言う人がいる。

だって仕方ないじゃない、超好みだったんだもの。

性格はあとから知っていったけれど、巨乳好き、年上好き、私にはどう頑張っても敵わない性癖を持っていた。それに女好きなのに、私がどんなに言い寄ったってなびいてくれない。

それでも好きなのは、なんだかんだ言って危険なことから私を遠ざけようとしたり(大会に出るのを隠していたのは危険なことに私を巻き込みたくないから、とナルくんが言っていたと仲間の一人からこっそり聞かされた)、素直じゃないけれどいつも傍にいてくれるからだ。

あと魔物と戦っている時とか、すごく格好いい。

『たまには焼きもちぐらい妬かせてやればいい』

「やきもちかぁ」

「ベンジャミン? 置いてくぞー」

「あ、待って~」

でも私ももう二十歳。

いつまでも待っているだけじゃ、始まらない。