作品タイトル不明
89話 大臣、金も地位も失う
テイマーのエレンが、大臣の魔物達を撃退した、その日の夜。
大臣カバイゴスは、王都郊外にある、自分の屋敷にいた。
彼の寝室にて。
「クソッ……! 忌々しいガキだ……エレン・バーンズ!」
カバイゴスはギリッ……! と歯がみすると、ダンダンッ! と地団駄を踏む。
「ああ……腹が立つ! おいそこの奴隷!」
びくんっ! と寝室のシーツを替えていた奴隷が、体を震わせる。
「……な、なんでございましょうか、ご主人様」
「こっちに来い! 来るんだ!」
カバイゴスは壁に掛けていた、乗馬用の鞭を手にして、邪悪に笑う。
「か、勘弁してください……」
「うるさぁあああい! 奴隷の分際で口答えするな! それともぉ……死ぬか?」
にやりと笑うと、カバイゴスはパチン、と指を鳴らす。
「いぎゃぁアアアアアッ!」
奴隷は突如ビクンッ! ビクンッ! と体を震わせる。
その首にはごつい黒革のベルトと、錠前が付いていた。
「その奴隷の首輪があるかぎり、貴様ら奴隷は主人に絶対服従なのだ! 逆らえば電流が、脱走しようとすると爆発すんだぞぉ!」
電流を浴びせられ、もだえ苦しむ奴隷。
カバイゴスは愉悦の表情を浮かべて、奴隷を鞭で叩く。
「や、やべ……で……ぐ、る……じ……」
「ひゃははは! いーいストレス発散だぁ! おらぁ!」
ビシバシと、夢中で奴隷を鞭打つ。
やがて……奴隷は動かなくなった。
「チッ……もう壊れたか。軟弱なゴミだ。おい、奴隷。そこのゴミを連れてけ」
屋敷には数多くの奴隷達が働かされている。
1人いなくなったところでなにも問題ない、また買い直せば良いのだから、とカバイゴスは思っている。
「……ごめん、助けられなくて」
事切れた奴隷を、別の奴隷が涙を流しながら運び出す。
「ふんっ! ……まあいい。エレン、今はせいぜい調子に乗っておれ。必ず貴様を始末してくれる……」
くくく、とカバイゴスは邪悪に笑う。
「さて、今夜ももう遅い。晩酌をしてさっさと寝るか」
彼は寝室を出ると、いったん屋敷の外へ行く。
向かう先は、敷地内にある小さな【土蔵】だ。
年季の入った木戸の前では、奴隷達が見張りをしている。
「おい、【宝物殿】に侵入者はないな?」
「……はい、誰も入っておりません」
カバイゴスは木戸に手を当てる。
すると、扉が光り輝いて消える。
この扉は主人以外、決して開くことはない。
触れることで魔法の鍵がはずれ、中に入れるようになる。
そこに広がっていたのは、金銀財宝の山だ。
積み上げられた金貨の塔。
砂金でできた砂山には、宝石があちこちに埋まっている。
まるでおとぎ話に出てくる、まさしく【宝物殿】であった。
「くくく……美しい……実に美しいよ……」
黄金の空間の中央には、これまた趣味の悪い金のテーブルとイスがおいてある。
「おい奴隷、ワインセラーから酒を持ってこい。そんなことも言われなきゃわからない屑なのか、貴様らは」
門番をしていた奴隷が、ペコッと頭を下げると、屋敷へと戻る。
「あのぉ……ご主人様。今夜はここでの晩酌をおやめになった方がよろしいと思われます」
別の門番奴隷が、カバイゴスに進言する。
「なに……?」
「実は今朝からここら辺で地震が続いております。今は収まりましたがいつまた揺れるかわかりません。危ないので今日は……」
カバイゴスは眉間にしわを寄せると、パチンと指を鳴らす。
「ぐがががががががぁああああ!」
強力な電流が走り、主を案じて助言してくれた奴隷を一瞬で殺した。
「ご主人様ワインを……って、おい! 大丈夫か! おい!」
ワインを持ってきた奴隷が、黒焦げになって息絶えている奴隷に近寄る。
「し、死んでる……」
「おいさっさと酒を持ってこい。遅いんだよノロマァ……!」
ぐっ、と奴隷は歯がみする。
「彼が何をしたというのですか!?」
「この私に楯突いた。地震で危ないから今夜は晩酌をやめろとな」
ふんっ、と不愉快そうに鼻を鳴らすと、カバイゴスはワインボトルをひったくって言う。
「……そんな、ことで殺したのですか?」
「あ? なんだ、何か悪いのか?」
とくとく、とカバイゴスはワインの中身を、黄金のカップに注いで飲む。
「貴様らは私の所有物だ、不要となれば処分する権利が私にはある」
「我々にだって命はある! 奴隷にだって人権があるのですよ!?」
「ふんっ! ゴミが。貴様ら底辺の人間は所詮道具、人権などあるわけなかろうが」
カバイゴスは奴隷を道具であると本気で思っている。
ゆえに彼らに寝る時間も休む時間もほとんど与えず、酷使する。
「壊れたらまた新しいものを買えば良い」
「く、くそおぉおおおお!」
奴隷が涙を流しながら慟哭する。
「ひゃひゃひゃ! 奴隷の惨めな泣き声をBGMに、この黄金達を眺めながら飲む酒はまた格別だなぁ……ひゃひゃひゃひゃひゃぁあああ!」
……と、そのときだった。
ぐらぐら……と地面が揺れ出す。
「なんだ……地震か……?」
次の瞬間、ドンッ! と強い揺れが起きた。
「う、うわぁああああああああ!」
カバイゴスはイスから転げ落ちる。
立っていられないほどの強力な地震だ。
年季の入った宝物殿は、あっという間に瓦解する。
崩れ落ちた天上や壁、そして財宝達に、カバイゴスは押しつぶされる。
「うげぇえええええええええ!」
永遠に続くかと思われた地震は、しかしピタリと止まった。
「ぜぇ……はぁ……ひ、酷い目に遭った……」
地面に伏せていたカバイゴスは、立ち上がろうとする。
だが、体の上に瓦礫が乗っていて動けないでいた。
「お、おい! 奴隷ども! さっさと来い! 何をしているぅうううう!」
夜闇にカバイゴスの怒声が響き渡る。
屋敷の奴隷達がぞろぞろと集まってきた。
「早くこの瓦礫をどけろ! とっとと私を助けるんだよぉ!」
だが動けぬカバイゴスに対して、誰も主人の言葉に従おうとしなかった。
「なっ!? 何をしている貴様らぁああ! さっさとこれをどけろウスノロども!」
「……嫌だ」
奴隷の1人が、ぽつりとつぶやく。
その瞳には明確な怒りと殺意が浮かんでいた。
「おまえは! おいらの恋人を理不尽に殺した! そんなおまえを絶対に許さない!」
「何のことを言っているこのゴミ!」
彼は知らない、先ほど電流と鞭で苦しめ殺した相手が、この奴隷と恋仲であったことを。
主人は知らない、奴隷達の不満と怒りが、とてつもないレベルで溜まっていたことを。
「私に逆らうのかぁ……! 良いだろう! 殺してやる……!」
腕を瓦礫から出そうとして……気付く。
「し、しまった……! これでは指が鳴らせない!」
奴隷への電流は主人からの決められた合図によって流れる。
瓦礫に潰され、指パッチンができない。
それはつまり……。
「おい、チャンスだみんな! ここを出るぞ!」
「なっ……!?」
「「「おう!」」」
奴隷達はうなずくと、崩れ落ちている金銀財宝に群がる。
「何をしている!? それは私のだ! 薄汚い手で触るな奴隷どもぉおおおおお!」
「うるせええ! これはおいらたちがもらっていくぜ! 退職金の代わりだ!」
落としたキャンディに群がる蟻のように、屋敷にいた数え切れないほどの奴隷達が、カバイゴスの財宝を手に取っていく。
「やめろぉおおお! 返せ! 返せぇええええええええええ!」
カバイゴスはしばらく、瓦礫の下で、奴隷達が財宝を回収していく様を見やることしかできなかった。
ほどなくして、あんなにたくさんあった財宝達は全て消えた。
「これからどうする……?」
「この金を持って逃げるにしても、この首輪がある限り脱走はできないぜ……?」
奴隷達の首輪は、脱走を感知すると自動的に爆発する。
主人の合図がなくてもだ。
「そうだぁああああ! 貴様らはその首輪がある限り私に絶対服従の犬なんだよぉおおおおおお!」
そのときだった。
「君たちを解き放ってあげようか?」
夜の闇に、美しい女性の声が響き渡る。
「だ、誰だ!?」
瓦礫の上に、白髪の美しい女性が降り立つ。
「僕はルルイエ。救世主エレンの忠実なる愛のシモベ……くふっ♡ なんつってなんつって♡」
いやんいやん、とルルイエが体をくねらせる。
「エレンの関係者か! 何をしに来た!?」
ちらり、とルルイエは大臣を一瞥すると、奴隷達を見て言う。
「君たちを自由にするために、僕はやってきたんだ」
「お、おいらたちを……自由に?」
「ああ、エレンはこの世界を救う偉大なる御方。主人に理不尽に虐めつけられる君たち奴隷を救いたいと思っている」
おお……! と奴隷達が沸き立つ。
「ひゃははは! ばあああああか! そんなことできるわけないだろぉ! 奴隷の首輪は主人が命じない限り、絶対に外れないのだァ……!」
「外野がなにかほざいているが気にしなくて良い。君たちが本気で自由を望むのなら、その首輪の呪縛から解き放ってあげよう。どうする?」
ルルイエの提案に、奴隷達は戸惑う。
だが……こくり、とうなずいた。
「では諸君、君たちを救ってくださる御方の名前を叫ぶのだ」
「「「え、エレン……さま?」」」
「声が小さいよ! それじゃあエレンに思いは伝わない! もっと大きく! 彼に思いが届くように!」
「「「エレン様! お助けください! エレン様ぁあああああああああ!」」」
彼らが力一杯叫んだ、そのときだ。
パキンッ、と首輪にかかっていた錠前が、壊れたのだ。
「そんなバカなぁあああああああ!」
青ざめた表情で叫ぶ大臣をよそに、奴隷達が感涙にむせる。
「き、奇跡だ首輪が外れるなんて!」「すごい! エレン様……すごい!」
奴隷達は皆、解放してくれたエレンに深い感謝の念を抱いていた。
「さぁ……! 君たちは自由だ! その財宝を持って幸せに暮らすがいい! ただしエレンへの感謝は忘れないこと!」
「「「ありがとう、エレン様!」」」
奴隷達は一目散にその場から立ち去っていく。
「やめろぉおおおお! 戻ってこぉおおおおおい! 私の財宝を、返せぇええええええええええええ!」
だが誰1人として振り返ることはなく、カバイゴスがため込んだ財宝は、奴隷達とともに消えていった。
「あ……あぁ……私の、全財産が……血と汗の、結晶がぁ……」
情けなく涙を流しながら、絶望の表情を浮かべるカバイゴス。
その姿をルルイエは冷たく見下ろす。
「汚いことをして弱者から搾り取った、薄汚い金だろ」
「なんだ……なんなのだ……貴様ぁ……」
「僕はルルイエ、エレンの使者さ」
しゃがみ込んで、彼女は笑う。
「君はこの世で一番怒らせてはいけない人を怒らせた。君はこの先一生、惨めな人生を歩むことになる。その証拠にほら……」
ガチャガチャと鎧をならしながら、騎士達がやってきた。
「き、騎士か! 助かったぁ……! おい助けろ! 私を助けろぉお!」
だが騎士達は冷ややかにカバイゴスを見下ろすと、こう言う
「カバイゴス! 国家反逆の罪で貴様を逮捕する!」
「は、反逆……な、なにをいってるのだ?」
騎士の1人が罪状を読み上げる。
「貴様は【単独】で、次期勇者エレン・バーンズの命を狙った容疑がかけられている!」
「は、はぁ!? ち、違うぞ! 誤解だ!」
「言い訳は無用! 勇者を殺すことはすなわち国家の安寧を乱すことと同義! 重罪である!」
カバイゴスはそこでようやく気付いた。
「まさか……陛下! 私をトカゲのしっぽのように切り捨てたのですか!? 陛下! 陛下ぁああああああああああ!」
財産を没収され、大臣としての地位も失った。
カバイゴスがこの先、外に出ることは二度となかった。
……連行されるカバイゴスを、ルルイエは王城の屋根上から見下ろす。
「これでゴミは一つ片付いたと。……さて、国王陛下。君は無関係な顔をしているけど、君だって重罪人だよ」
ルルイエは冷たく笑う。
「君へのペナルティも、ちゃんと用意してるからね。覚悟しているんだよ、国王陛下?」