作品タイトル不明
84話 オロクァ、永遠に苦しみ続ける
テイマーのエレンが、勇者オロクァを撃退した。
精霊の神子となったエレンによる、強烈な一撃を受けたオロクァは、トーカの街から遙か遠く離れた場所まで吹き飛ばされた。
そこは【常闇の森】と呼ばれるダンジョンだ。
人がほとんど立ち入らぬ、常に暗闇が広がる森の中。
「クソ……! くそくそくそぉ……! オレ様が負けるだと!? 認めねえ……ぜったい認めねぇえええええ!」
オロクァは手当たり次第、近くにあるものに当たる。
木々をなぎ倒し、動物を殺し、モンスターを殺す。
近くを偶然通りかかった人間も殺した。
エレン戦とのダメージは、すっかり癒えていた。
半竜は人間を超越した再生能力を持つ。
ほぼ不死身の肉体、そして長寿だ。
「オレ様は誰にも負けるわけにはいかねえんだ! くそっ! 覚えてろよあのクソがきぃ! 次は絶対殺してやるからなぁ……!」
と、そのときだった。
「ねえ、どうして君は誰にも負けるわけにはいかないんだい?」
森の中にあった岩の上に、美しい女が座っていた。
「てめえは……! あのエレンとかいうガキに味方していた女ァ……!」
「そう、僕はルルイエ。エレンの女さ……でへへ♡ いやぁ、エレンの女って良いフレーズだねぇ~。そうは思わないかい?」
「ざっけんな死ねごらぁ゛……!」
超高速で接近すると、オロクァは素手で殴り飛ばす。
スカッ……!
「なっ!? 消え……」
「残念ながら 精霊王(ぼく) は物質世界からの干渉は受けないんだよ」
ルルイエは背後の木の枝の上に座っていた。
「なにわけわかんねぇこと言いやがるんだあぁ゛……?」
「沸点の低いサルだね。まあいいや、とにかく僕を殺すのは体力の無駄だからやめたほうがいいよ」
ルルイエは楽しそうにオロクァを見下ろしながら言う。
「それより……僕は君にお礼をしに来たんだ」
「あぁ゛……!? お礼だぁ……?」
「そう。君のおかげで僕はエレンと繋がることができた。彼が神子となるには、力を強く欲しなければいけなかった」
しかし、とルルイエが続ける。
「エレンはあの通り善人だ。よほどのことが無い限り強い欲望をむき出しにすることはないだろう。ゆえに君のような荒くれ者が必要だったわけさ」
「わけわかんねえ……何がいいてえんだ?」
「君が望む存在に……【超人】に、してあげてもいいってこと」
「!? ほ、本当か!?」
超人。
オロクァが人を殺し続ける理由。
文字通り人を遙かに超越した、最強の存在だ。
「どこで聞いたか知らないけど、他者を殺しまくれば超人へと進化できるってウワサはガセだよ」
「なっ!? そうなのか!?」
ルルイエは木の枝から降りて、優雅に近づいてくる。
無防備をさらしているというのに、オロクァは目の前の女を殺そうとしない。
それほどまでに、彼が欲するものを、ルルイエが持っているのだ。
「君が半竜の身体にコンプレックスを抱いていることは知っている。竜達からは疎まれ人間達からもつまはじきにされた。だから超人となって彼らを見返したい……と」
勇者オロクァが魔族を殺しまくる理由は、決して義憤からでない。
人間や魔族など、生き物の魂を殺して奪い続ければ、いつか存在を進化させられるとウワサで聞いたからだ。
「全くのでまかせだよ。誰だい、そんなバカみたいなウワサを流したのは」
「ふくろうっていう、妙ちきりんな人物だった」
「チッ……またあいつか。……まあいい、結果的にエレンとの契約に結びついたんだ、よしとしよう」
オロクァはイライラし出す。
「おい! オレ様をさっさと超人にしやがれ!」
「やれやれ、せっかちだね君は。……でも、1つ忠告しておこう」
ルルイエは指を一本立てる。
「僕の力で君は超人になれる。けどなった後は、決して戻ることはできない。それでもいいなら……」
「ごちゃごちゃうるせえ! とっととオレ様を超人にしやがれぇ……!」
ふぅ、とルルイエがため息をつく。
「君の望みを叶えよう、愚かな勇者よ」
パチンッ……! とルルイエが指を鳴らす。
そのときだった。
「ガッ……!」
突如、身体が輝きだした。
まるで、一度体がバラバラになって、再構築されているかのような感覚に陥る。
……やがて、オロクァは立ち上がる。
「ぜぇ……はぁ……これでオレ様は……超人になったのか……?」
ゆらりとオロクァが立ち上がる。
目の前のルルイエは微笑んでいた。
「ああ、君は望む存在になれたよ。ほら、周りを見てごらん?」
オロクァが森の中を見渡す。
「……妙だ。やけに静かじゃねえか」
「君は超人になったからね。人間を超越した感覚を手に入れたんだ」
「超人の感覚……だと?」
「ああ。よく聞いたことがないかい? 武術の達人は、相手の動きがスローに見えるって。それの超凄いバージョンさ。超人の君には、全ての動きが止まって見えるんだよ」
森の木々も、ちぎれ落ちた葉っぱも、すべてが止まって見える。
「すげえ……すげええじゃねえか! はは! これならどんな攻撃もあたらねえ! オレ様は最強になったんだぁあああ!」
両腕を振り上げて、歓声を上げようとした……そのときだ。
「なっ!? なんだ……腕が動かねえ……だと……!?」
腕だけではない。
体が、微動だにしないのだ。
よく見れば、口が動いているわけじゃなかった。
「てめえ……! ルルイエどうなっているんだよこれはぁ……!」
「え、君が望むとおり超人にしてあげただけだけど?」
「ふざっけんな! じゃあなんで体が動かねえんだよ!」
にぃ……とルルイエが笑う。
「君の感覚【だけ】を超人にしたからね」
「なっ……!? 感覚だけだと!?」
ルルイエは優雅に歩き、オロクァの隣までやってくる。
「超人にしてあげるとは言ったよ。けどね、超人の【体】にしてあげるとは、僕一言もいってないよね?」
「て、てめええええ!」
だが体を動かそうとしても、腕は微動だにしない。
「君は超人の感覚だけを手に入れた。しかし体はそのままだ。体に動けと命令しようとも、超人の感覚についていける肉体じゃない。だから動けない」
「くそっ! 詐欺だ!!」
「詐欺? 心外だなぁ。きちんと【完璧な超人にするんだな?】と確認しなかった、おまえが悪い」
ぽんっ、とルルイエが体に触れる。
「うぎゃあああああああああ!」
突如として激しい痛みが全身に走る。
「いてえぇええええええ! なんだこれ、なんだこれぇえええええええ!」
「ああごめん。君の触覚も超人レベルにまで引き上げられてるんだった。すまないなぁ」
何かに殴られたわけでもないのに、全身に燃えるような痛みを感じる。
「君の肌の感度は常人の何万倍にも引き上がっている。空気がただ触れるだけでも、超敏感となった肌には、とてつもない痛みとなる」
「ああ゛あ゛いてぇ゛ぇええええ! やめろぉおおお゛お゛お゛おおおおお!」
ニコニコとしながらルルイエがペタペタと肌に触れる。
気が狂うほどの激痛がオロクァに走る。
「ああそうそう。君の五感は全て超人になった。人間が目で捕らえられないものを見れるようになったし、聞こえるようになったんだよ。意味、わかる?」
そのときだった。
『うぅううう~…………』
どこからか、何かのうめき声が聞こえてきた。
「うわさをすれば、来たみたいだよ。冥府の底から、君に会いに」
「なんだよ!? 何が来たって言うんだよぉおおおおお!」
ずるり……と地面から何かが這い出てきた。
それは……見覚えのある顔だった。
「てめえは……いつかの、オレ様が殺した魔族のガキぃ!」
魔王の領土で、難民キャンプにいた魔族の少女だ。
「君に恨みを言いに来たみたいだよ」
『うぅうぅううううう…………!』
亡者となった少女が、オロクァの体に這い寄ってくる。
『うぅうう! よくもぉおおお……殺したなぁあああ……!』
少女の手がオロクァの肌に触れる。
「アガッ! アガガガガガガッ!」
「超人の触覚を手に入れたきみは、実体のない亡者ですら触れられた感覚を得るんだね。どれだけ敏感な肌なんだよ」
地面から次々と、オロクァに殺された亡者達が現れる。
「超人の五感を手に入れた君は、死者の魂すら視認できるし、亡者の声も聞こえるようになる。さて、君はどれだけの命を理不尽に奪ってきたんだっけ?」
「ま、まさか……」
難民キャンプで殺された魔族達、だけでない。
彼が今まで殺してきた命全てが、死者の世界からやってきたのだ。
『うぅう……!』
『オロクァ~……』
『よくもおれたちを殺したなぁ~……』
森を埋め尽くすほどの亡者の群れに、オロクァは恐怖を抱く。
「や、やめろぉ! 来るなァ……!」
超人の肉体を持たぬオロクァは、この止まった世界の中で、身動き1つできない。
亡者達がいっせいに、オロクァの体に殺到する。
「あぎゃぁああああああああああああああああああああ!」
無数の亡者達の手が、超敏感となったオロクァの肌を掴む。
何億倍にも引き延ばされた激痛が、絶え間なくオロクァの体をむしばむ。
「やべでぇええええ! ゆるじでぇえええええええ!」
「この程度で許されるとでも? 君が殺してきた人たちは、まだまだたくさんいるんだよ? ほら」
先ほどから襲ってきている亡者は、全部オロクァが殺してきたやつらばかりだ。
「つまり自業自得さ。きみがちゃんと勇者をやっていれば、こんなにたくさんの亡霊を生むことはなく、君が長く苦しむこともなかっただろうにね」
「ぞん、なぁ゛……」
にぃ……とルルイエが邪悪に笑う。
「君の半竜の体は、不死身に近いかも知れない。けど君の精神は果たして不滅かな? どれだけ持つかな? さて、楽しみにしてるよ」
ルルイエはそう言って、森を後にする。
「待って! お願いします! 感覚を戻してください! 戻して! 戻してぇええええええ!」
しかしオロクァの悲鳴は、この止まった時間の森の中に、むなしく響くだけ。
助けを呼びに行くこともできず、膨大な亡者達から、一方的になぶられる。
「あがっ! あがががっ! うぎゃぁあああああああああああ!」
亡者の手が触れるたびに走る激痛。
無限に等しい時の中、自分が手ずから葬り去ってきた亡者達に、永遠に復讐を受け続ける。
「それが君へのペナルティだよ。君はスキルを剥奪しても戦ってくるほどの男だからね。奪うんじゃなくて、与えることにしたよ」
ルルイエは実に楽しそうに嗤いながら言う。
「これにこりたら、今度はちゃんと勇者の仕事を全うするんだよ。……ああ、もう聞こえてないか」
「アガァアアアアアア! ぎやぁあああああああああ………………!」
人の訪れぬ暗い森の中、オロクァは白目をむいて一人、狂ったように叫び続けるのだった。