作品タイトル不明
43話 ディーナの失敗、失意の里帰り
テイマーのエレンに、手ひどく拒絶された、数日後。
トボトボとした足取りで、ディーナは実家に帰る途中だった。
「…………」
今のディーナは、見るも無惨な姿をしていた。
まず金がないため、まともな食事ができず、宿にも泊まれない。
極度の飢餓状態により、肌も髪の毛もボロボロ。
もう何日も柔らかいベッドで眠っていない。
これで正常な思考が保てる方が異常だ。
「もう……疲れた……疲れたよぉ……」
もう少しで、エレンのパーティに入れるところだった。
だがティナに同情されたことが許せず、隠していた本性を発露。
結局パーティ復帰のチャンスを自ら潰してしまった。
その後何度もエレンに近寄り、エルフとしてのプライドを捨てて肉体関係を迫った。
しかし結果は、駄目。
さらにエレンの不興を買うことになり、マイナススキルを増やす結果となった。
しかも顔面のケガの治りは、恐ろしく遅い。
これもまた精霊を怒らせた結果。
ようするに、身から出たさびで、彼女はここまでボロボロになったのだ。
「死神スキルの効果範囲……ひろすぎて、エレンにもう近寄れない……終わった、終わったぁ……」
エレンに一定範囲内に近寄るだけで死んでしまうスキルのせいで、街を出ざるを得なくなった。
ここまでされると、さすがのディーナも、もう心がポッキリと折れてしまったのだ。
「もう……実家に帰る……そうよ……実家に帰って、傷付いた心を癒すの……」
エルフの里を目指しながら、ディーナは怪しく笑う。
かつて、ディーナは里で神童と呼ばれていた。
生まれたときから、里のエルフの中で、もっとも魔法の扱いに長けていた。
エルフの世界は、魔法が全て。
魔法を上手く使えるエルフこそ、もっとも価値の高い存在。
賢者という超レアな魔法スキルを持って生まれたディーナは、里でとてもチヤホヤされて育ったのだ。
「そうよ……里に帰れば……みんなが私に優しくしてくれる……媚びへつらってくれる……うふ、うふふふふふ」
エレンのパーティ追放から今日に至るまで、色んなことがおきた。
そのせいですっかり、ディーナの自尊心はベコベコに凹んでしまった。
これを治すには、里に戻って、みんなからチヤホヤされるほかにない。
「賢者スキルのことは……黙っておこう。しばらくチヤホヤされてれば体も、心も、治るにきまってるわ……」
脳裏をよぎるのは、今日までの屈辱の日々。
大嫌いな妹に頭を下げた。
格下の少年に媚びを売りまくった。
プライドの高いエルフが、身売りまでもちかけるようになったのだ。
それほどまでに、彼女は追い詰められていたのだ。
それでもエルフの申し出をあの少年に断られた。
この美貌と美しい体を、拒絶されたような気がした。
Sランクパーティとしての富と名声。
そして何より大切な魔法を失ったディーナに、今残っているのは……故郷だけ。
「お父さん……みんな……早く会いたい……早く、私をもてなして……チヤホヤしてよぉ……」
その希望にすがりながら、ディーナは里に帰る。
……だが、ディーナは百年ぶりの帰還となる。
そう、百年間、彼女は里に帰らなかった。
見聞を広げるという理由で、彼女は出立したのだ。
長命なエルフにとって、百年という年月は、本当にあっという間に過ぎていく。
いつか文をだそうと思っていたら結局出さずに百年が経過していた。
……ここでサボらず、定期的に里のエルフと文通でもしていたら、結果は変わっていたと思う。
さて。
ディーナは長い時間をかけて、徒歩で里へと戻った。
馬車を手配する金がなかったからだ。
ヘトヘトに疲れていた。
だが実家でシャワーを浴び、ふかふかのベッドで寝れることを夢に見ながら、なんとか耐えて耐えて耐え続けた。
そして……。
「なに……よ。これ……」
ディーナは里を見渡し、つぶやく。
否、里【だった】跡地を見て、だ。
「なんで……? 綺麗さっぱり……なくなってるのぉ……」
森の木々も、建物も全て無くなっていた。
実家も、思い出深い公園も、なにもかもがなくなった。
実家に置いてきたお気に入りの小説本も、初めて父に貰った大切な魔法教本も、なにもかもが……ない。
「あ……あぁ……あ……?」
頭が、視界から入る情報を拒絶していた。
思考力の衰えた頭では、今おきていることを正確に捉えることができない。
「なんで……? ねえ……私の、家は?」
そのときだった。
「そこに、いるのは……ディーナ……か?」
背後を振り返り……絶句する。
「ひ、ひぃいい! ゾンビぃいいいい!」
おどろおどろしい見た目の、人の形をした化け物がいた。
肌は紫に変色。
体中に出来物や蛆がわいている。
栄養失調をおこしているのか、全体的に痩せこけている。
「おお……ディーナァ……里の、英雄よぉー……。わがいとしの、娘よぉー……」
「む、娘……ま、まさか……お父さん?」
……ゾンビの耳は、長くとがっていた。
そう、この死体もどきは、変わり果てた父親だったのだ。
「いったい、なにがおきたの……?」
父親から、ある程度の事情を聞き出す。
ティナが里を出て行ったこと。
その日を境に、厄災が降り注ぎ続けたこと。
「一体なにしたら、こんなことになるのよ……」
「精霊使いの、怒りに触れたのだ……」
「ま、まさかエレンを怒らせたの? ば、バカじゃないの……?」
自分のことを棚に上げ、父を非難する。
「なぁ……でぃーなぁ……治しておくれよぉー……魔法の力でぇー……」
ディーナはそこで、初めて気づく。
父以外にも、近くにエルフの気配を感じた。
みな、父と同じく、厄災によって見るも無惨な姿になっていた。
すがりつくように、彼らが涙を流しながら言う。
「私たちを……誰も治癒してくれない……」
「なぜかみな、我らへの援助を断る……」
至極当然と言えた。
排他的な思想のエルフは、今まで外から入ってきたもの全てに冷たく当たったのだ。
今更助けを求めても遅いのである。
「ディーナぁ……もうおまえの魔法だけが頼りなのだぁ……」
「ディーナぁ……」「ディーナぁ……」
もとめられても、ディーナにはなにもできなかった。
魔法。
それは自分から失われた力だ。
「なぜ治してくれぬのだぁー……われらは家族ではないかぁー……」
父達が、次第に疑念を抱くようになる。
「よもやディーナ……おまえ、まさか……魔法が……」
「ち、ちがう!」
「そう言えば……ディーナからは、精霊の力を感じない……まさか……」
「違う違う違うのよぉおおおお!」
はぁ……とエルフ達が失望のため息をつく。
「もういい……。期待外れだ」
ずるずる……と、エルフ達が重い体を引きずりながら、ディーナのもとから去って行く。
自分を天才ともてはやし、尊敬のまなざしを向けていた里のエルフたちは……もういない。
「ま、待って! みんな! すぐに、すぐに魔法を取り戻してくるから!」
ドサッ! ドサッ! と仲間達は、ひとり、またひとりと倒れていく。
希望が潰えて、生きる気力を無くし、死んだのだろう。
「もういい……」
父であるエルフが、ディーナに言う。
それは、今まで散々、ティナに言ってきた言葉だった。
「この……役立たずが」
ポキン……。
「あ、あひゃ……あひゃひゃ……」
どさっ、と膝をついて、ディーナが狂ったように笑う。
「もう、おわりよぉー……ぜぇんぶなくしちゃいましたぁ……」
涙を流し、小便を漏らしながら、ディーナは笑い続けた。
帰る里と、里のエルフからの尊敬。
彼女の中にわずかに残っていた、ディーナという人物を構成していたものが、今、失われた。
心のよりどころを全て失ったディーナは……もう笑うしかなかったのだった。