作品タイトル不明
154話 父と息子
ぼくが天使達を倒してから、2週間ほど。
精霊界の、アドラ師範のもとを尋ねていた。
師範の家の庭先にて。
ぼくらはふたり並んで座っている。
「エレン。君は……精霊になってしまったのですね」
緑の眼が細められ、師範はぼくの胸の中心を見て言う。
「まだ何も言っていないのに、どうしてわかったのですか?」
「わかるものです。私もまた精霊なので……」
アドラさんはぼくに近づくと、ぎゅっと抱きしめてきた。
「……君の温かなぬくもりを、カルラは愛していました。それが失われてしまい、私は悲しい」
精霊になったことで、ぼくは人間のときとは別の存在になってしまった。
たとえば、ぼくの体から体温が失われてた。
「精霊の体は、どうしてこんなに冷たいんですか?」
「血潮を必要としないからです。我々の体は魔力で形成されていますから」
なるほど、血の熱さがないから冷たいんだ。
「眠くならないのも、味を感じないのも、体が魔力というエネルギーの塊でできているから、外部からのエネルギー補充を必要としないからです」
「そっか……もう、人間の時とは、色々違うんですね」
ぼくはアドラさんに抱きしめられながら、頭を撫でられる。
「エレン。後悔しませんか? 精霊になったことを」
「はい。ぼくは覚悟を決めて、戦うことを、自分の意思で選択したんです」
ぼくはまっすぐにアドラさんを、見て言う。
「精霊であることに恨みなんて抱いてないですよ。その……お父さん」
「エレン……。君は、カルラに似て、本当に強い子に育ちましたね。ジョエルさんに感謝しないと」
「おじいさんと面識があるんですか?」
「ええ。彼は元行商人で、旅の途中で 精霊(わたし) と 精霊使い(カルラ) と知り合ったのです」
そんなことがあったんだ……。
「それでエレン、これからどうするのですか?」
「来たるべき神々との戦いに備えます。ルルイエさんのおかげで、戦いは1年後らしいので」
「なるほど……しばらく時間があるのですね」
「はい。それで、父さん。お願いがあります」
ぼくは立ち上がって、深々と腰を折る。
「ぼくに修行を、精霊としての戦い方を教えてください!」
これから先、神々との戦いにおいて、ルルイエさんの力だけで戦っていけるかどうかは未知数だ。
なにがあっても対処できるように、戦う力をつけておきたいんだ。
「ルルイエ様という、巨大な力を持っていてもなお、強くなろうとするのですか」
「はい。あくまであの強大な力はルルイエさんのものであって、ぼくの本当の力じゃありません。もし、それを奪われたときに……ぼくは無力です」
ぼくのように、相手の力を無効化する敵がこの先現れるかもしれない。
「ぼくはもうこの先、1回もまけられない。人類の未来のために。だから、何があってもまけないように備えておきたいんです」
「……その小さな肩に、そんなに重い物を乗せていて、それでも進もうとするのですね……立派になりましたね、エレン」
父さんは立ち上がって、ぼくの肩に手を置く。
「わかりました。私が教えましょう。精霊剣士としての戦い方、その極意を」
「ありがとうございます!」
と、そのときだった。
「では、わたくしがそれをサポートいたしましょう」
「ふくろうさん!」
赤い眼の、美女がぼくらに近づいてくる。
「カルラ……!」
父さんは目をむいてふくろうさんを見やり、駆け寄る。
「カルラ! 君なのか!?」
「いいえ、アドラ様。わたくしはふくろう、カルラ様の思いを運ぶ鳥に過ぎません」
ジッ……と父さんはふくろうさんの胸の中心を見る。
「なるほど……【レプリカ】。そういうことですか。ルルイエ様も、酷いことをなさる」
「レプリカ……?」
ぎゅっ……! と父さんが拳を強く強く握りしめる。
「……愛する妻の亡骸に、こんな、こんな惨いことをするなんて……!」
「父さん……」
いつも穏やかな父さんが、激昂していた。
ぼくは父さんが怒っている理由がよく理解できなかった。
ふくろうさんは、小さく微笑む。
「怒って下さってありがとうございます。カルラ様もきっと、喜んでいると思います」
「それで、ふくろうさんは何をしに来たんですか?」
ぼくの問いかけに彼女が答える。
「アドラ様に、我らに協力していただけないかと、お願いに参りました」
ふくろうさんは現在、天使サンダルフォンさんと一緒に、ぼくを人間に戻す薬を開発してくれている。
父さんはふくろうさんをジッと見る。
「あなたは、戦うというのですね? 彼女と」
「ええ。我らはエレン様をお守りするのが使命です」
「……わかりました。私もぜひ、協力させて下さい」
父さんはふくろうさんに、頭を下げる。
と、そのときだった。
「えーーーーーーーれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!」
ルルイエさんが全力で突っ走りながら、ぼくらのもとへとやってきた。
「る、ルルイエさん!? なんですかその、は、ハシタナイかっこうは!」
いわゆる、ベビードールという、すけすけのえっちな服を着ていた。
わ、わわ……! 見えちゃう! 見えちゃうよ色々と!
「決まってるだろ! 精霊になったんだ! 子作りに決まってるじゃあないか!」
ガシッ! とルルイエさんがぼくの肩を掴んで、血走った目で見やる。
「精霊同士となったんだ。ぼ、僕の腹に子種を宿し、い、命を宿すことができるようになったんだよ!」
「そ、そうなんだ……」
「だからねだからね! ぜひ! 僕はエレンの子供がね! 欲しいんだ! 1000人くらい!」
こ、怖い……。
ルルイエさんが、めちゃくちゃ怖かった……。
「今まで君に力を貸してあげただろ!? ならすこし、すこーしだけ僕のわがまま聞いてくれてもいいんじゃないかな!? かな!?」
「え、ええっと……」
「だいじょうぶ! 痛くしない! 無理も絶対しない! カラカラになってもすぐに治癒魔法で一発でギンギンにしてあげるから! ね! ね! ね!」
困惑するぼくの前に、父さんが割って入る。
「ルルイエ様、誠に申し訳ないのですが、エレン様は今日より剣術の修行をすることになりました」
「なっ!? 聞いてないよそんなこと!」
「ええ。それで今日より試練の祠のなかでみっちり練習をすることになりました。そちらに時間を割きますので、ご了承下さい」
「はぁあああああ!? ふざ……ふざけんな! それじゃ僕はいつエレンとエッチすればいいんだよ!?」
「しばらくはお控え下さい」
むぐぐう! とルルイエさんが歯がみする。
「お願い、ルルイエさん。修行に集中させて」
「で、でもぉ~……。エレンとの赤ちゃんがほしいよぉ~……」
「ごめん。ルルイエさん。ぼくは、どうしても神々に勝ちたいんだ」
「うー……うううー……」
ルルイエさんは地面に倒れ、頭を抱えながらゴロゴロする。
「エレンのお願いは聞いてあげたい……けど赤ちゃんほしい! ほしいよぉおおお! ぬわぁああああああああん!」
すると父さんがニコニコ笑いながら、ルルイエさんに耳打ちする。
「ここで借りを作っておけば、あとで子作りを迫る大義名分になるのではないかと」
「天才!」
びょんっ! とルルイエさんは飛び上がると、ぼくに言う。
「わかった、我慢する! ま、精霊にとって1年とか一瞬にも等しいもんね。時間はたぁっぷりあることだし!」
ニコニコしながら、ルルイエさんは上機嫌で去って行った。
「ありがとうございます、アドラ様」
ふくろうさんが深々と頭を下げる。
「いえ、私もエレンの守護者として、当然の仕事をしたまでです。頑張りましょう、お互いに」
「ええ……!」
ふたりは硬く手を結ぶ。
正直ちょっと置いてけぼりくらっているけど……ふたりが仲いいのはうれしいな!
「さぁエレン。今日より修行です。世界を救うレベルにまでなってもらうんです。厳しく行きますよ」
「はい! よろしくお願いします!」