軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第233話 皇帝とエルフの里

真紅帝国は軍事国家であり、首都にある帝城は王の住居であると同時に軍事拠点でもある。

間諜対策として防音設備の整った部屋はいくつもあり、俺達が案内されたのは防音部屋の中でも特に豪華な一室だった。

「よう!一週間ぶりだな」

部屋に入ると、皇帝であるスカーレットが気安く挨拶してきた。

「忙しい中、時間を取らせて悪かったな」

「気にすんな。こっちこそ、時間通りに会えなくて悪かった。急用……隠す意味もねぇか。俺に恨みのある連中が謀反を起こしてな。その対応に時間が掛かっちまった」

「そこまでの緊急事態に文句を言うつもりはないさ。遊技場で時間を潰させてもらったよ」

「マジかよ!?観光案内、そこを予定していたんだぞ……」

どうやら、知らない間にスカーレットの計画を壊してしまったらしい。

「仕方ねぇ。何か他の場所を考えておこう。……それで、見ない顔が2人居るけど、どっちだ?」

詳しい説明をしなくても、俺が魔王を倒した前提で話を進めている。流石だよ。

「先に言っておくけど、スカーレットのことは何も説明していないからな」

「はあ!?意思を確認してから会わせるって話だったろ!」

魔王と戦う前にスカーレットと話をした時、スカーレットの前世(暫定)の妹である聖と会わせるのは、聖の意思を確認した後ということになっていた。

聖に何も説明せずに会わせるというのは、予定と違うと言われても仕方のないことである。

「一応、俺の方で様子を見て考えたことだ。多分、問題はないが、説明は後回しにする」

「まぁ、ジンが考えた結果なら、別に良いけどよ……」

スカーレットと聖を会わせる件について、凛と意見のすり合わせを行った結果、会わせても問題はないという結論に至った。

聖の精神は随分と安定しており、浅井の死についても受け入れていた。スカーレットの生まれ変わり……かも知れない人間に会うくらいなら大丈夫だろう。

事前に教えずにサプライズにしたのは、俺の個人的な趣味である。悪い癖とも言う。

「それじゃあ、改めて紹介しよう。この大男はスカーレット・クリムゾン。この真紅帝国の皇帝だ」

「よろしくな!」

「こっちは進堂凛。俺の妹だ」

「よろしくお願いします」

「あの時に召喚したジンの妹か!本当に成功していたんだな!」

実はスカーレットは凛を召喚する直前までエルフの里に居た。

召喚前に帰らせているので、凛とスカーレットに面識はないはずだ。

「ああ、無事に呼び出せて良かったよ」

「クソッ、俺も召喚を見たかったぜ……。次に機会があったら見せてくれよ」

「無いと思うけど、機会があったらな」

「約束だぞ」

条件を考えても気軽に使える機能ではない。そもそも、呼び出したい人も思い付かない。

約束はしたが、その機会が訪れる可能性は非常に低いはずだ。

「こっちは浅井聖。俺の知り合いで、凛の親友で、魔王として召喚された少女だ」

「……………………アニキ?」

「「え?」」

俺とスカーレットの声が重なった。

「もしかして、この人はアニキなの?」

「……どうして、そう思ったんだ?」

「見た目は全然違うけど、細かい仕草とかがアニキと全く同じだったから。それに、もしこの人がアニキなら、仁 兄(にぃ) の不自然な態度にも納得できるし……」

まさか、会わせて数分でバレるとは思わなかったが、仕草が原因ならばどうしようもない。

そして、俺の不自然な態度は言及されると言い訳のしようもない。

「そうか。そこまでハッキリした理由があるなら、誤魔化す意味もなさそうだな」

「それじゃあ!?」

「結論から言うと、『分からない』」

「分からない……?」

「……そこからは俺が引き継ぐぜ。俺は元日本人の転生者だ。だが、日本の知識はあるが、エピソード記憶がほとんど残っていねぇ。だから、前世の俺がどんな奴だったかは分からねぇんだ。ただ、ジンの話を聞く限り、浅井って奴の可能性が高いだろうって状況だ」

「……………………」

聖はまさしく『言葉も出ない』といった表情でスカーレットを見ている。

「転生者にも幾つかパターンがあって、転生する時に記憶の一部が消えている者もいるんだ。今のところ、その失われた記憶を戻す方法は見つかっていない。今回、聖に会わせたのは、もしかしたら、縁の深い相手に会わせたら記憶が戻るかもしれないと思ったからだ。……どうだ?」

「駄目だな。記憶が戻る様子はねぇ。ただ、ヒジリを見てると懐かしい気分になってくるから、俺が浅井って奴なのは間違いねぇと思う」

今までは俺の想像でしかなかったが、聖とスカーレットの反応を見る限り、スカーレット=浅井であることは間違いなさそうだ。

判明して嬉しい気持ちと、浅井の死亡が確定して残念な気持ちで半々といったところか……。

「……スカーレット、さん」

「何だ?」

「スカーレットさんは、転生してからどんな風に過ごしてきたの?」

「俺の半生が気になるのか?」

「うん。もし良ければ、教えてくれないかな?」

「ああ、良いぜ。俺の半生を語ってやるよ。俺は、産まれた時から……」

スカーレットは以前エルフの里で聞いた話を聖にも聞かせた。

「……そして、ジンと共に女神の奴を殴る準備を進めているという訳だ。どうだ、楽しめたか?」

「人の苦労話を楽しんで聞くのは難しいよ。……本当、波乱万丈な半生だね」

「まぁ、退屈しない半生だったさ。そうだな、次はヒジリの話を聞かせてくれよ。とりあえず、この世界に召喚されてからのことが聞きてぇな」

「あまり、何度も話したい内容じゃないけど、僕が先に聞いたからね。良いよ、話すよ」

スカーレットの話が終わると、今度は聖が魔王として召喚されてからの話を始めた。

「……そうして、仁 兄(にぃ) が魔王を斬り、僕の身体から魔王の人格を切り離してくれたんだ」

「ヒジリの異世界転移も中々にハードだな。ますます、女神を殴りたい気持ちが強くなったぜ」

スカーレットの殺気が高まり、拳を撃ち合わせるといい音がした。

スカーレットは首を横に振り、大きく深呼吸をすると、直前の殺気は綺麗さっぱり消えていた。

「それで、どうして急に俺の半生なんかを聞きたがったんだ?」

「……僕なりに、気持ちの整理を付けるためかな」

スカーレットが聖に尋ねると、聖は少し寂しそうにそう言った。

「スカーレットさんの前世がアニキなのは間違いないと思う。だけど、スカーレットさんはアニキじゃない。アニキとは別の人生を歩んできた別人なんだ。だから、アニキと同一視しないように、スカーレットさんだけの人生を知りたかったんだ」

「良いこと言うじゃねぇか。そうだな。俺も前世のことは気になるし、無視するつもりはねぇが、前世を思い出したからといって、俺が浅井って奴になる訳じゃねぇ。俺は俺だ」

浅井とスカーレットを別人と認めることは、浅井の死を認めることと同義である。

確かに、それは聖にとって気持ちの整理と呼ぶに相応しいだろう。

「そう言えば、俺とジンは女神を殴りに行くが、ヒジリは今後どうするつもりなんだ?」

「僕は元の世界に戻るつもりだよ。アニキは居ないけど両親は居るからね」

「良いんじゃねぇか?転生だと戻りようがねぇが、転移なら日本に戻るのも立派な選択肢の1つだ。親が生きてんなら、ヒジリのアニキの分まで親孝行してやってくれ」

「うん、そのつもりだよ。本当は、アニキの遺品の1つでもあると良いんだけど……」

浅井が召喚された次期は不明だが、500年以上前であることは確実だ。

遺品が残っている可能性は低いし、それが持ち帰れる物である可能性はもっと低い。

安請け合いは出来ないが、何か探しておいた方が良いだろう。アルタ、頼む。

A:承知いたしました。

浅井に縁のある武器はあるから、それを持ち帰ってもらうか?無理か……。

「俺も色々調べたことがあるが、勇者の遺品、嫌になるほど全く残ってねぇんだよ」

「そっか。帰るまであまり時間もないし、諦めるしかなさそうだね……」

「うん? ……そうか、ヒジリが帰るのは女神を殴った後。つまり、俺の退位待ちってことか」

「どういうこと?」

「俺は女神を殴る前に皇帝を退位する予定なんだ。逆に言えば、退位するまで女神を殴りにいくことはできねぇ。ヒジリが早く帰りたいなら、退位の予定を早めても良いぞ?」

なお、それで苦労するのはスカーレットの周囲の人間である。これは止めざるを得ない。

「どうせあと数日だろ。準備している連中が混乱するだけだから止めておけ。それに、聖は聖で最後の思い出作りの真っ最中だから邪魔をするな」

「正式な日程では4日後だな。優秀な部下のお陰で準備はほぼ終わっているから、その気になれば早められないこともないぜ。それより、思い出作りって何のことだ?」

「仁 兄(にぃ) が僕のために、行ったことのある地域の観光を企画してくれたんだよ」

「なるほど、それで真紅帝国の観光案内を頼んできたのか!」

スカーレットが納得したように頷く。

「ああ、その通りだ。聖のこの世界の思い出が嫌な思い出だけで埋め尽くされるのは寂しいからな。せめて、少しでも良い思い出を増やして、上書きしてやりたかったんだ」

「良いと思うぜ。そう言うことなら、即位の日程はそのままの方が良いな。逆にもう少し後にすることもできるぞ?」

「短くしても長くしても、周囲の人間が困るのは同じだからな?」

「分かってる。冗談だ」

冗談が分かりにくい。短くする方は冗談じゃなさそうだったし……。

「しかし、そうなると余計に案内先に悩みそうだな。この国、かなり軍事に傾いているから、観光して楽しい場所が少ねぇんだ。この国らしく、楽しい場所となると本当に限られてくるぞ……」

「パッと思いつかないなら、先にエルフの里に行っても良いか?一応、この国の領土内だからな」

「エルフの里か。ああ、構わないぜ。でも、エルフの里に面白い物ってあったか?」

「里の雰囲気を見て、世界樹を見に行くくらいだな。見学の価値はあると思うけど、長々と観光するのに向いた土地ではないから、短時間で済ませるつもりだ」

流石の俺も、エルフの里で半日コースの観光は企画できなかった。娯楽がなさすぎる……。

文化的に見る価値はあるし、世界樹は絶対に見るべきだが、長時間の観光に向いてはいないので、真紅帝国観光の一環として見学する予定だ。

元々はスカーレットの観光案内が終わってから行くつもりだったが、色々とあって遅れているし、観光先が思い付かないというのなら、先に行った方が良いと判断した。

「確か、世界樹が成長すると『女神の領域』に届くんだよね?魔王も世界樹を使って女神の元へ行こうとしていたけど、条件が厳しすぎるって嘆いていたよ」

「条件の方は達成しているから、後はリソースを与えて世界樹を成長させれば、『女神の領域』に行けるようになるはずだ。……正直、魔王が条件を達成するのはかなり難しかったと思う」

<勇者>のスキルを持った者を探すのが何よりも難しいと思う。

<勇者>スキルの持ち主は<封印>により<勇者>スキルを使えず、他の 異常個体(イレギュラー) とは異なり、種族や行動で判別することができないからだ。

「魔王も100年以上掛かると思っていたみたいだよ。気の長い話だよね……」

「魔王も随分と無茶苦茶な計画を立てやがったな。……いや、それくらいしないと、魔王が女神に反旗を翻すなんてできねぇか。ま、俺も他人のことは言えねぇけどよ」

同じく、随分と無茶苦茶な計画を立てていたスカーレットが苦笑する。

<勇者>を探すのが困難なのは、魔王もスカーレットも同じだったはずだ。

「ジン、エルフの里に行くなら、リリィの婆さんによろしく言っといてくれ。俺はジン達が帰ってくるまでに観光先を決めて準備をしておく」

「スカーレットさんはエルフの里に行かないの?」

「ヒジリには悪いが、そこまで自由な時間は取れねぇんだ。エルフの里に行くとなると、行き先を言えねぇから、実質的な行方不明になっちまう」

「そっか。残念だけど、皇帝が行方不明になるのは不味いよね」

一国の皇帝が退位直前に行方不明になるのは、誰がどう考えても不味いだろう。

「それじゃあ、俺達はエルフの里に向かうよ。また後でな」

「おう! 楽しんで来いよ」

スカーレットと一旦別れ、俺達はエルフの里へと向かうことにした。

アドバンス商会の支店に戻り、『ポータル』でエルフの里へと転移する。

「ここがエルフの里かぁ。本当にイメージそのままだね」

聖が以前の俺達と同じ感想を抱いた。

全て木製の家で、簡素な服を着たエルフの住む里。まさにエルフの里である。

「あれ?世界樹らしき樹が見当たらないけど……」

「世界樹は普段は見えないのよ。可視化できるのは、語り部のリリィさんと族長のゴーシュさん、それとご主人様の3人だけよ」

「当たり前のように仁 兄(にぃ) が含まれるんだね……」

「仁様は世界樹の管理権限を持っていますので、エルフのお二人より上位の存在となります」

聖の疑問にミオとマリアが答える。

「権限があるからと言って、勝手に可視化する訳にはいかない。まずは語り部のリリィさんに許可を貰いに行こう。魔王との戦いの顛末も話しておきたいからな」

魔王との戦いの前に、語り部であるリリィに色々と話を聞いた。

知識人から話を聞いて行動したなら、その顛末を伝えるのが仁義というものだろう。

「なんか、チラチラ見られているね……」

リリィの家に向かう途中、里の住民であるエルフ達からの視線が刺さる。

エルフ達が話しかけてくることはないが、その目は雄弁に意思を語っている。

「完全な余所者が来たのだから、落ち着かないのも無理はないだろう」

「一応、 私(わたくし) 達はエルフの里に来訪する権利を貰っていますわ。何時訪れても、文句は言えないはずですわ」

エルフの視線を全く気にしていないセラが言うとおり、俺達はエルフの里への永久フリーパス(比喩表現)をリリィから貰っている。

リリィが正式に許可した以上、 長(おっさん) が文句を言うこともできない。

「そもそも、世界樹の管理権限を持つご主人様に文句を言うのは無理よね」

「文句があるなら出て行け、と言える立場ですものね」

「管理権限のことは公開していないから、実際に言うことはできないけどな」

エルフの里への影響が大きすぎるため、管理権限のことは一部の者しか知らない。

流石に、最上位の権限を余所者が持っているという事実はヤバい。

「ここがリリィさんの家だ。語り部っぽい家だろう?」

「うん、仁 兄(にぃ) が言いたいことは何となく分かる」

しばらく歩き、リリィの家に到着したので、端的に家を紹介した。

巨大な木をくり抜いて作った家は、 古(いにしえ) のエルフ感が強すぎる。

俺は玄関の扉をノックして声をかける。

「リリィさん、仁だ。時間をとってもらっても良いか?」

マップで確認してあるので、家に居ることも、予定がないことも分かっている。

マップの良いところの1つは、無駄足を踏むことがないという点である。

「おお、仁殿か。1週間ぶりじゃな」

扉を開けて出てきたのは、10歳くらいの儚げな美少女……もといロリババアである。

「この人が語り部のリリィさん?もっとお婆さんだと思ってた……」

「ふむ、見かけぬ顔じゃな。如何にも、ワシが語り部のリリィじゃ。見た目は少々若いが、年は食っているから婆さんで間違いないぞ」

スカーレットとの会話の時から気付いていたが、リリィは婆さん呼びに全く抵抗がないらしい。

見た目が少々若いどころか、幼いと言っても良いレベルなので、婆さんと呼ぶと違和感が凄い。

「それで、時間を取るのは構わぬが、今日は何か用があるのかのう?無論、一緒に茶を飲みに来たというのなら、それはそれで歓迎するのじゃ。そう言えば、今日はレット坊がおらんようじゃな」

「スカーレットは帝都を離れられないそうだ。よろしく伝えるように言われているよ。それで、今日は2つの目的があって訪ねさせてもらった。1つ目はこの少女に関する話だ」

「ふむ、どうやら長い話になりそうじゃな。大した持て成しはできぬが、家に入ると良い」

「お邪魔します」

リリィの家に入り、椅子に座ったところで話を再開する。

「彼女の名前は浅井聖。異世界人で魔王に身体を奪われていた。リリィさんの情報のお陰で無事に救出できたから、その報告に来たのが1つ目の目的だな」

「初めまして、浅井聖です。その節はお世話になりました。」

「おお、よろしくのう。大したことは話しておらんが、役に立ったのなら何よりじゃ」

「魔王に関する情報はかなり役立ったよ」

聖の安否に関わるので、倒さないという選択肢はなかったが、無慈悲に消し飛ばして良い相手ではなかった。リリィの話があったから、対話をする気になったのだ。

「本当に魔王を倒すとは、流石は仁殿じゃな。そして、浅井と言えば、未確定ではあるが、レット坊の前世と思われる者の名前じゃったな。本当に知人じゃったということか」

「ああ、浅井義信は俺の親友で、聖はその妹だ。俺の妹の親友でもある」

「無事に救出できて良かったのう。しかし、一体どうやって魔王の人格だけを消すことができたのじゃ?不可逆の変化だったはずじゃが……」

リリィが不思議そうに首を傾げる。

そう言えば、< 祓魔(ふつま) 剣>を入手したのは、丁度リリィから話を聞いた直後だったな。

「あの後、< 祓魔(ふつま) 剣>というスキルのスキルオーブを入手したんだ。そのスキルを使うと、魔族に類する存在だけを消すことができる」

「むう、聞いたこともない効果じゃな。どうやって入手したか、聞かせてもらっても良いかのう?」

やはり、リリィも< 祓魔(ふつま) 剣>のことは知らなかったか。

咲の奴、一体どこでそんな珍しいスキルを入手したのかね?

「俺の知り合いの勇者が入手したらしい。今はそれ以上のことは分かっていない。本人ではなく、使者がやって来て俺に渡していったんだ」

「勇者……。少々不穏な由来じゃのう」

言われてみれば、勇者から貰った魔族を消し去るスキルとか、不穏なことこの上ない。

ただし、咲に関して言えば、その心配は不要だろう。

「えっと、多分だが大丈夫だ。分かりやすさ重視で勇者と言ったが、既に勇者じゃないと思うから」

「意味が分からんのじゃ」

「そいつ、 祝福(ギフト) を取り除く手段を持っているらしい。詳しいことは分からないけど……」

「意味が分からんのじゃ」

「そいつ、 祝福(ギフト) を2つ持っていて、その1つを俺に渡してきたから間違いない」

「意味が分からんのじゃ」

リリィが『意味が分からんのじゃ』を繰り返すだけの機械になってしまった。

「ああ、そうだ。勇者で思い出したけど、魔王が勇者に関する情報を教えてくれたんだ」

「……仁殿は魔王と会話をしたのじゃな。邪悪な存在じゃったか?」

「いや、先代魔王と同じく、女神の思惑から外れようと足掻く被害者だった」

「そうじゃろうな……。それで、どんな情報じゃ?」

「どうやら、女神は勇者の目を通してこの世界の様子を窺っているらしい。勇者に見せたものは、女神も知っていると考えて良いそうだ。世界樹、迷宮、廃棄世界なら防げるとも言っていたな」

「それはワシも知らん情報じゃな。一体、どこで得た情報なのやら……」

魔王にしろ咲にしろ、俺達が知らないスキルや情報をどこから入手したのやら。

案外、同じ場所で入手していたりして……。

「貴重な情報、感謝するのじゃ。勇者に余計なものを見せないのも重要ということじゃな。それで、仁殿は今まで、勇者と接点を持っていたようじゃが、大丈夫じゃったのか?」

「ああ、問題がないことを確認した。少なくとも、正体はバレていないはずだ」

「それは良かったのじゃ。その話をするのが、ここに来た2つ目の目的であっておるかのう?」

最初に2つの目的があると言っておきながら、途中で目的ではない話をし始めた訳だ。

話の組み立て下手くそかよ。

「悪い。今のは最初に言った目的とは関係のない話だった。2つ目の目的は、世界樹を可視化する許可を貰いに来たんだ」

「ふむ、それは構わんが、理由を聞いても良いかのう?何かするなら、ワシも心の準備をしたいから、事前に教えてくれると助かるのじゃ」

まるで、心の準備が必要なとんでもないことをするかのような扱いである。

……自分の今までの行いを省みたところ、全く否定できそうにないな。

「聖に世界樹を見せるのが目的だな。聖は『女神の領域』に行った後、元の世界に戻ると決めた。今はこの世界での思い出作りのため、世界各地の名物を観光している最中なんだ」

「世界樹を観光地扱いされるのは初めてじゃな……。まあ、良いじゃろう。世界樹を可視化する件、リリィの名において許可するのじゃ。可視化は仁殿が行うか?ワシが行うか?」

「リリィさんにお願いしても良いか?一応、俺が世界樹を操作できるのは秘密だからな」

「うむ、不用意なことは控えた方が良いじゃろうな」

リリィの許可も得たので、全員で世界樹に向かうとしよう。

しばらく歩き、世界樹のある区画へと到着した。

不可視状態の世界樹が生えている場所には、直径1kmの円状に何もない空間が存在する。

「降ろしますわよ」

「うむ、頼むのじゃ」

セラが抱えていたリリィを地面に降ろす。

リリィはハッキリ言って貧弱なので、ある程度の距離を移動する時は誰かが抱える必要がある。

スカーレットが居る時は、スカーレットがリリィを抱える役目だった。

俺が抱えても良かったのだが、セラが引き受けてくれたので任せることにした。

「レット坊に抱えられた時と同じくらいの安定感じゃな」

「男性と同じと言われても、嬉しくはありませんわね……」

「肌が柔らかい分、セラ殿の方が心地良かったから大丈夫じゃよ」

「……褒め言葉として受け取っておきますわ」

セラが少し複雑そうな顔をしている。ギリギリ、褒められていると思うよ。

「ここに世界樹があるの?」

「ああ、見えないけど、ここに存在している。触ってみると面白いぞ」

「分かった。……うわ、何か変な感触だね」

聖が手を伸ばし、世界樹のある場所に触れて怪訝そうな顔をする。

不可視状態の世界樹は不干渉状態でもあり、何かに触っているのは分かるのに、何に触れているのか分からないという不思議な感触がするのだ。

「それでは、世界樹を可視化するのじゃ」

リリィが世界樹に触れて宣言した瞬間、世界樹が可視化されて目の前に巨大な樹が現れた。

「凄い……」

聖が目の前に現れた世界樹を見上げて呟く。

以前も活力に溢れていたように見えたが、今はそれ以上の活力を感じる。恐らく、潤沢なリソースを得て、樹としての姿にまで影響が出たのだろう。

「世界樹の名に相応しい立派な姿だな」

《おっきー!》

「うむ、大昔から見てきたワシも誇らしいのじゃ」

流石の俺もこれ以上に立派な樹は見たことがない。純粋な植物かと言われると、少し怪しい部分はあるけれど……。

「聖、これは見る価値があるだろう?」

「うん、凄い……」

聖は語彙力がなくなる程に圧倒され、世界樹を見上げ続けている。

聖が我に返るまで、そこから5分の時を要した。

「本当に凄かった……」

聖が我に返ったが、語彙力までは帰ってこなかった。

聖は世界樹をかなり気に入ったようだ。それなら、もう少し楽しませてあげよう。

「リリィさん、世界樹の周りの空を飛んでも問題ないか?」

「別に構わんが、何をする気なんじゃ?」

「 竜人種(ドラゴニュート) を呼んで、空から世界樹を見ようと思うんだ」

大きな樹を下から見上げるのも悪くはないが、更に上空から見下ろすのも良いと思うんだよ。

「私もそれ見たい!」

「それは面白そうじゃな。流石のワシも、世界樹を見下ろしたことはないのじゃ」

聖とリリィが強い興味を示した。

「 竜人種(ドラゴニュート) を呼んだら、リリィさんも一緒に乗るか?」

「是非、頼みたいのじゃ」

「それじゃあ、早速呼ぶとするか」

ブルー、リーフ、ミカヅキの3名だけでは全員を乗せられないので、配下の 竜人種(ドラゴニュート) を2名呼び出した。

リリィさんは初めてなので、俺、マリアと共にブルーに乗った。ドーラは自前の翼で飛び、さくら、ミオ、セラは1人で、凛と聖は2人で 竜人種(ドラゴニュート) に乗る。

「ブルー、世界樹の周りを回りながら上昇してくれ」

「任せて!」

元気よく返事をしたブルーが飛び立つと、他の 竜人種(ドラゴニュート) 達も後に続く。

「お、おお、思ったより、怖いのう……」

「しっかり押さえておくから安心してくれ」

「うむ、頼むのじゃ……」

初めての飛行にビビるリリィを安心させるため、前に座るリリィをしっかりと抱きしめる。

リリィは小柄で非力で軽いので、しっかり押さえないと何処かに飛んで行ってしまいそうだ。

「そろそろ半分くらいか。ブルー、安全なコースで枝を避けて進んでくれ」

「分かったわ」

枝がなければ樹の幹の周りを回れるが、半分を超えて枝が出てくると同じようには進めない。

他の 竜人種(ドラゴニュート) 達はブルー程の飛行技能を持たないため、ブルーにしか通れないコースを選ばれると少々厳しいものがある。

ブルーが選んだ安全なコースで枝を避けながら上昇を続け、世界樹の天辺に到着する。そのまま、更に上昇して世界樹を見下ろせる高さまで到達した。

「おお!これは絶景じゃな!」

「凄い……!」

《すごーい!》

それは、聖の語彙力がドーラと同等になるのも納得の光景だった。

世界樹を上から見下ろすと、濃い緑色の森のように見えた。その森が一面に広がっており、近くにあるエルフ達の集落が完全に覆い隠されている。急に日陰にしてゴメンね?

その枝葉はエルフの里の周囲にある森にも届き、まるで森の上に森があるようにも見える。

里の周囲の森は霧に覆われて静寂な印象を持ち、世界樹からは活力を感じる。2つの森が全く逆の印象を持つため、なおさら世界樹の力強さが強調されるようだ。

まさしく、今までに見たことがなく、他で見ることはできない貴重な光景と言える。

「恐らく、この景色を見たことがあるのは俺達だけだろうな」

「うむ、それは間違いないのじゃ。理由がなければ、世界樹の可視化はしないからの」

「これは、本当に見に来れて良かったですね」

「うん、大満足だよ!仁 兄(にぃ) 、ありがとう!」

凛と聖も満足してくれているようだ。

「そう言えば、世界樹を可視化したら、エルフの里の外から見えたりしないんですか……?」

「そうですわね。これだけ大きな樹なら、帝都からでも見えそうですわ」

さくらの疑問にセラが同意を示す。

「問題ないのじゃ。世界樹の結界が森の外から中の様子を覗くことを封じておる」

「それなら安心ですね……」

迷宮の結界とは性質が異なるが、世界樹も結界を作り外敵の侵入を防ぐことができる。

迷宮の結界の性質が『遮断』なら、世界樹の結界の性質は『回避』とでも言うべきか。

「マリアちゃんの<結界術>も含めて、『結界』と名の付く物は大体強力よね」

「<結界術>は応用が利くので重宝しています」

マリアの<結界術>は、有害な存在を防ぐフィルター、敵の攻撃を防ぐシェルター、空中を移動するための足場と様々な用途で使用できる非常に便利なスキルだ。

しかも、それを使うのが器用な現地勇者というオマケ付きだ。強力に決まっている。

しばらく雑談しながら世界樹を眺め、少し満足したので次の段階に進む。

「それじゃあ、次は世界樹の枝に乗ってみたいな。リリィさん、問題はないか?」

「世界樹の枝に乗ろうとした者も初めてじゃな……。まあ、枝を折らなければ構わんよ」

「本当は下から登りたいけど、時間がないから上に乗るだけで我慢しよう」

木の天辺とは、小学生男子の憧れの1つだ。登り切った者は英雄の称号を得る。

世界一高い樹ともなれば、童心に返り自力で登りたい気持ちにもなるだろう。しかし、流石に時間が掛かりすぎるので、今回は天辺にある枝に乗るだけで我慢だ。

「ブルー、一番高い枝に降ろしてくれ。えっと、十時方向の枝だ」

「十時、アレね。分かったわ」

俺の指示に従い、ブルーが最も高い世界樹の枝に向かって飛んで行く。

《ドーラものるー!》

「ミオちゃんも乗る!」

「僕も乗るよ」

ドーラ、ミオ、聖も枝に乗ることを決め、俺達の後に付いてくる。

他のメンバーもその後から付いてきているので、恐らくは全員で乗ることになるだろう。

「マリア、念のため<結界術>で枝の下に透明な足場を作ってくれ」

「承知いたしました」

足を滑らせて落ちた時のため、マリアに<結界術>で足場を作ってもらう。

助かる方法、助ける方法はいくつも存在するが、事前のセーフティを用意して悪いことはない。

「天辺の枝なのにかなり太いな。流石は世界樹だ」

「太くて安定しているね。これなら、全員乗っても折れそうにないよ」

世界樹の天辺にある枝の幅は10m近く、安心して降りることができた。

仲間達も次々と続き、最後に人の姿となった 竜人種(ドラゴニュート) 達が乗った。

「セラが乗っても大丈夫だったな」

「『フロート』を使っているから、大丈夫に決まっていますわ!」

「流石に『フロート』なしでも平気だと思うわよ?」

「……それもそうですわね」

ミオの冷静なツッコミにセラも納得する。

セラの詳しい体重は知らないが、この枝を折ろうと思ったら、kg単位では足りないだろう。

「景色も良いから、ここでお茶をしようか。ミオ、用意を頼んでも良いか?」

「了解!」

世界樹の枝に横一列に並んで座り、ミオの用意してくれたお茶とお茶菓子を口にして、景色を楽しみながら雑談する。これは、世界一優雅な一時かもしれない。

「まさか、世界樹の天辺でお茶を飲む日が来るとはのう……。この歳になっても、初めての経験というのはまだまだ残っているようじゃ。今日一日でそれを理解したわい」

「リリィさんを振り回した自覚はある。申し訳ない」

「いや、仁殿には感謝しているくらいじゃ。少々疲れはしたが、希有な経験ができたからのう」

長時間の飛行はステータスを上げていないリリィには厳しかっただろう。

しかし、その苦労に見合った価値があると思って貰えたようだ。

「それは良かった。聖と凛も楽しめたか?」

「うん、楽しかった!」

「はい、貴重な経験でした」

他のメンバーを見ても満足そうな顔をしている。当然、俺も満足だ。

お茶がなくなるまで世界樹を堪能した後、地上に戻りリリィと別れた。次に会うのは、『女神の領域』に向かう時になるだろう。

帝都に戻り、再びスカーレットの元に向かうと、嬉しそうな顔で待っていた。

「ジン!丁度良い観光地があった!帝都じゃねぇが、近くの街だからすぐに行けるぞ!」

「何処に行くのか聞いても良いか?」

「おう!その名も闘技場だ!武術に秀でた我が国の実力者達を見せてやるよ!」

あーあ……。

「悪い。午前中にレガリア獣人国に行って闘技場を見てきたんだ」

「それを先に言えよぉぉぉ!!!」

完全なネタ切れとのことなので、変装したスカーレットと共に帝都に出て、街の案内をしてもらう。

変装したスカーレットの案内を、聖が楽しそうに聞いていたのが印象的だった。