作品タイトル不明
第232話 獣人の国と紅の国
進堂仁セレクション5日目。
本日の目的地はレガリア獣人国と真紅帝国の2つ。
実は、この2つの国は色々と共通点が多い。
1つ目、両国のトップが俺の知り合いの転生者である点。スカーレットの方は暫定ではあるが、国のトップが俺と友好的な転生者である点は共通している。
2つ目、俺の影響が国家の中枢に及んでいない点。皇女を奴隷にしたり、国家最強の八人に配下を送り込んだりはしているが、国政に直接的な影響を与えることはできない。
3つ目、両国とも武力を重んじる風潮が強い点。強さが全てという訳ではないが、強い方が敬意を集めやすいのは間違いない。
4つ目、観光したけどセレクションの内容が思い付かなかった点。どちらも面白い国だったが、コレだけは見せたい、体験させたいという物が出てこなかった。
進堂仁セレクションの内容に詰まった俺は、1つ目の共通点に活路を見いだした。
2人の転生者は、俺の知り合いであると同時に、凛や聖と縁がある存在なのだ。
2人と話をするだけで、セレクションとしては十分ではないだろうか?何なら、観光の内容を2人に……両国のトップに頼んでしまえば良いのではないだろうか?
こうして、俺はレガリア獣人国のシャロンと真紅帝国のスカーレットに対し、配下のアドバンス商会員経由で連絡を入れた。その内容を要約すると次のようになる。
『紹介したい人がいる。内密に話ができる環境を作って欲しい。話の後は国の観光案内を頼みたい』
一国の王に向けたメッセージとしては大変に失礼である。しかし、対等な友人に向けて送るならギリギリ許されるはずだ。
実際に連絡を入れたのは数日前の話で、両者からの返答は『了承』だった。
午前中、俺達はレガリア獣人国に転移し、案内に従いある施設へと向かった。
その施設の名は『闘技場』。ある意味、レガリア獣人国を象徴する観光名所の1つである。
以前、レガリア獣人国を観光した時にも闘技場に入ったが、今回はその時とは異なり国営の闘技場であり、王族御用達の上に専用のVIPルームが存在する。
「ジン、リン、マリアさん、久しぶりだね。元気だった?」
「ああ、久しぶり。見ての通り俺達は元気だ」
「はい、シャロンさんも元気そうですね」
「お久しぶりです」
VIPルームに入った俺達を出迎えたのは、レガリア獣人国の女王であるシャロンだった。
聖も来ているが、扉の外で待機してもらっている。そして、それ以外のメンバーは隣のVIPルームで闘技場の観戦をすることになっている。
実は、このVIPルームの定員は5名程度であり、大勢でガヤガヤ楽しむためではなく、少人数を徹底的に楽しませる目的で作られている。
俺、シャロン、凛、聖で話をして、護衛のマリアを入れると5人、定員が決まってしまったので、他のメンバーは隣の部屋に行くしかない。
「闘技場のVIPルームは外から見えないし、音も漏れないし、観光にもなる。急に連絡が来て驚いたけど、ジンの要望は満たせたかな? それで、誰を紹介したいんだい?」
「面識はないと思うけど、シャロンとも縁のある相手のはずだ。マリア、開けてくれ」
「はい。どうぞ、お入りください」
マリアが扉を開けると、聖がVIPルームに入ってくる。
「日本人かな?でも、見覚えはなさそうだね」
「彼女の名前は浅井聖、名前くらいは聞いたことがあるだろう?」
「浅井……もしかして、ヨシノブの妹なのかい?確か、話していた記憶があるような……」
「アニキを知っているの!?仁 兄(にぃ) 、この人誰!?」
唐突に出てきた兄の名前に聖が動揺する。
「レガリア獣人国の女王、シャロンだ。前世はウチの飼い猫のシロだから、浅井と面識がある」
「シロちゃん!?アニキのお気に入りの!?」
実を言うと、シャロン(シロ)と聖に直接の面識はない。
しかし、浅井経由でお互いに相手のことを知っているという状況だった。
「驚いて欲しかったから説明なしで引き合わせたけど、流石に説明不足過ぎるから経緯を話させてもらう。シャロン、悪いけどこれから話すことは他言無用で頼む」
「ああ、分かったよ」
そこから、シャロンとの出会いとレガリア獣人国の騒動、魔王の正体と聖の救出に至るまでの経緯を説明した。
なお、シャロンは配下ではないので、異能に関する部分はボカした説明となっている。
「ふぅ……。何と言うか、衝撃の事実が多すぎて、どこから話をすれば良いのか分からないよ」
俺の話を全て聞き終わった後、シャロンが疲れた顔をして言った。
「とりあえず、聖がこの世界に来た経緯は理解したよ。ジンが相変わらず無茶苦茶ということもね。一体、いくつの常識を壊したら気が済むんだい?」
「俺が常識を壊したんじゃない。間違った常識を無視しただけだ」
「ジンらしい理屈だね。この世界の常識に間違った物が多いのは事実だ」
あるいは、知られていないことが多すぎて、間違いを正すことができないのか。
どちらにせよ、間違った常識に従うことほど無意味なことはない。無視が正解である。
「ところで、どうして急に聖を僕に紹介しようと思ったんだい?正直、前世で面識のない僕と聖を会わせる理由が思い付かないんだけど……」
「悪いけど、それほど深い理由はないぞ。今、凛と聖を連れて世界各地を観光していて、レガリア獣人国の観光ついでに縁のあるシャロンを紹介しておこうと思ったんだ」
「僕への紹介は観光のオマケなのかい?」
「俺が久しぶりにシャロンに会いたかったというのもある」
「正面から言われると照れるな……」
シャロンが顔を少し赤くして照れている。
配下ならば何時でも話ができるが、シャロンはそういう訳にはいかない。気軽に会える関係でもないので、丁度良い機会、あるいは口実だと思ったのだ。
「それにしても、世界各地の旅行とはジンも中々に豪勢なことをするね。ジンが観光好きとは聞いているけど、リンと聖も観光が好きなのかい?」
「兄さんほどではありませんが、私も観光は好きです」
「僕も観光は大好き。特に仲の良い友人と行く旅行は最高だよ。絶対に良い思い出になるからね」
「羨ましいな。僕は今まで旅行をしたことがないんだよ。これでも国王だからね」
「国内旅行くらいはできないのか?」
「国王が国内を見て回ることはね、視察って言うんだ……」
どうやら、純粋な意味での観光をシャロンはしたことがないらしい。可哀想……。
「正直、ジンから観光案内を頼まれた時は困ったよ。何が売れている、何が人気、ということは知っているけど、知っているだけで体験していないから、他人に案内しにくいんだ。困った挙げ句、数少ない体験したことのある観光地、闘技場を選んだという訳さ」
「体験?試合観戦が趣味なの?」
「いや、選手の方だよ。昔、国王になる前に正体を隠して参加したことがあるんだ」
聖の質問にシャロンは首を横に振って答えた。
「この国の闘技場には、正体を隠して参加する人が意外と多いんだよ。流石に国営の闘技場となると身元の明らかな人しか参加できないけど、民間の闘技場には正体不明のマスクマンが結構な人数存在しているよ。ちなみに、負けたらマスクを剥がされるのがお約束だ」
「プロレスかよ……」
「シャロンさん、今、闘技場で戦っている人がマスクを被っているのは良いのですか?」
凛の質問を聞いて闘技場を見てみると、本当にマスクマン……女性だからマスクウーマン?が舞台上に立っていた。しかも、マスクウーマンVSマスクウーマンの試合になっている。
「別にマスクを被ることは禁止していないよ。マスクを被っているけど、身元は明らかだからね。というか、彼女達はジンに紹介された八臣獣の子達だよ」
ステータスを確認したところ、2人のマスクウーマンは俺の配下の獣人メイドだった。
以前、俺達がレガリア獣人国に来た際、王国最強の八人である『八臣獣』に2名の欠員が出たので、俺の配下の獣人メイドから腕自慢を2人紹介して八臣獣にしたという経緯がある。
「アイツら、こんなところで何をやっているんだ?」
「僕がジンを闘技場に連れて行くと知ったら、すぐにマスクマンとして闘技場に登録していたよ。多分、ジンに良いところを見せたいんだろうね。折角だから、2人の戦いを見てあげたら?」
「そうだな」
今まで、話をすることに集中して闘技場の試合を見ていなかったが、身内が戦う時くらいは見てあげた方が良いだろう。腕自慢の2人だから、きっと良い試合になるはずだ。
試合が始まり、馬獣人のウララと熊獣人のリズリーが激突する。分かりやすい程にスピードVSパワーの戦いが繰り広げられている。2人とも武器は持たず、籠手と具足のみを付けている。
「そこのボタンを押すと、舞台上の音声が聞こえるようになるよ。音量も調節できる」
「話も続けるから、音声は必要ないかな。VIPルームは設備も豪華だな」
パッと見ただけでも10点近い 魔法の道具(マジックアイテム) に囲まれている。
「備え付けの飲み物も冷えているし、軽くつまめる物も置いてある。不自由があれば、コンシェルジュを呼んで対応してもらえる。その道のプロも揃っているから、大抵のことは叶えられるよ」
「至れり尽くせりだな」
「我が国最高級のVIPルームだからね。全てにおいて一流を揃えているさ」
「飲み物はこれかな? わっ、高そうなワインが置いてある」
聖が冷蔵庫らしき 魔法の道具(マジックアイテム) を開けると、高そうなワインを含む飲み物が入っていた。
「気になるなら、飲んでも良いよ。お代は気にしなくて良い」
「止めておくよ。日本では、未成年の飲酒は禁止されているからね」
異世界だからと言って、未成年で飲酒をするつもりはないようで、普通のドリンクを取り出した。
マリアにドリンクを注いでもらい、椅子に座って偉そうに飲む。
2人の試合はしばらく膠着状態だったが、熊獣人の攻撃により形勢が傾いた。
「試合が動いたな」
「うん、リズリーがよく決めたね。こうなると、ウララは相当に厳しいはずだ」
高速で移動・回避するウララだが、リズリーは一瞬の硬直を見逃さずに攻撃を当てた。しかも、脚への攻撃である。
スピード自慢が脚を傷付けられたら、相当な不利になるのは明白だ。
ウララの動きは明確に遅くなり、徐々に追い詰められていくのが分かる。このまま、試合が決まるだろうと誰もが思っていた。
「おお!」
「何アレ?」
よろけて地面に手をついたウララは、そのまま手を移動に使い、脚を中心に攻撃をし始めた。
「あれはカポエイラですね。ブラジルで生まれた武術だったはずです」
「僕も聞いたことはあるけど、異世界で見ることになるとは思わなかったよ」
「僕、聞いたことないんだけど……」
「有名な武術ではありませんから、猫だったシャロンさんが知らなくても無理はありません」
ウララが使っているのは、カポエイラと呼ばれる蹴りを主体とした武術だった。
偶然なのか、訓練したのかは分からないが、意外と安定して戦えている。
今まで、ウララは脚を移動、手を攻撃に使っていたが、それが逆転すると何が起きるのか?簡単だ。スピードタイプがパワータイプに変身する。
元々、人は手より脚の方が強い。大抵の場合、パンチよりキックの方が威力は高くなる。脚に自信のある馬獣人が蹴りで戦うなら、それはパワータイプと言っても過言ではない。
「リズリー、困惑しているね」
「逆さになった人と戦った経験はないだろうから、混乱するのも当然だろう」
実は、カポエイラは他の武術に比べ、そこまで強い武術ではない。
そもそも、人は逆さになって行動するようにできていないのだから、隙は大きくなるし、視界も良いとは言えないだろう。
それでも、身体全体を使って放つ蹴りの威力が凄まじいことも事実だ。相手がカポエイラを知らなければ、意表を突いて不慣れな状況に追い込むこともできる。
「まさか、逆転があるのか?」
形勢が変わっていく様を見てシャロンが呟いた。
そして、試合は唐突に終わりを迎える。お互いが相手の隙を突いて放った蹴りにより、ダブルノックアウトとなったのである。
ウララのハイキックがリズリーの頭に当たり、リズリーのローキックがウララの頭に当たった。
ハイキックとローキックの相打ちとか初めて見たよ。
会場が大盛り上がりの中、両者がタンカで運ばれていく。
「中々、面白い試合だったな。2人も楽しめたか?」
「はい、迫力のある試合でした。それと、カポエイラには驚きました」
「面白かったけど、2人が最後に頭を強打していたのは大丈夫かな……?」
「闘技場は治療班も優秀だから、死んでいなければ大丈夫だよ」
死んでいたら、俺が何とかするから大丈夫だよ。シャロンには言えないけど……。
2人が医務室に運ばれていき、次の試合が始まった。
「次の試合は俺と関係のない普通の選手みたいだな」
「ジン関係で参加したのは今の2人だけだよ。一応、本日のメインイベントみたいな扱いだったね」
次の試合の選手達は普通の実力者だった。
八臣獣の2人ほど激しい戦いではないが、武術を嗜んでいる者ならその練度が分かる良い試合だ。
「そう言えば、今日はファロンが出てきていないな。どうかしたのか?」
ファロンはシャロンの双子の妹であり、色々あってシャロンの身体に居候している。
会話をする時はシャロンの身体を交代で使うので、一人二役の演技のようにも見える。しかし、今日はシャロンしか会話に参加していない。
「ファロンは今日はお休みだよ。ジンが『シャロンに紹介したい』と言ったから、ファロンが遠慮してくれたんだ。僕達も常に2人とも起きている訳じゃないからね」
「ファロンさんって、シャロンさんの妹で、同じ身体を交代で使っているんだよね?」
「そうだよ。……考えてみたら、聖も魔王と身体を共有していたんだっけ。はは、変な共通点だね」
言われてみれば、2つの人格が1つの身体に同居しているという意味では、シャロンと聖は似ているのかもしれない。しかし、似ているだけで、完全な別物とも言える。
「僕と魔王の場合、身体の支配権が魔王にあったから、身体を全く動かせなかったんだけどね」
「それは……辛いね。僕達は気付いた時には自由に交代できたから良いけど、もしも交代できなかったら、幼い頃のファロンに耐えられたか怪しかったと思う」
「魔王も方法を探してくれたんだけど、結局最後まで見つからなかったね」
「僕としては、魔王がそんな真面な存在だったことが意外だよ。大部分の人は意識していないけど、よく考えたら僕達は魔王についてほとんど何も知らないんだよね。当然、勇者と魔王の戦いが、女神の自作自演だということも……」
良い機会なので、シャロンには女神に関する情報も幾つか伝えてある。
俺の話を聞いた後、シャロンは大きく話を変えた。恐らく、本人も頭の中で整理する時間が欲しかったのだろう。今、話題に上げたということは、話をする覚悟ができたに違いない。
「ジンは、これから何をするつもりなんだい?」
「女神を殴りに行く」
女神を殴るカウンターは既に十分貯まっている。
「冗談だろう!?」
「いや、本気だ。その準備も順調に進んでいる。後10日もしないうちに行けると思う」
スカーレットの退位と咲の到着を待ってから『女神の領域』に向かう予定だ。
スカーレットの退位は4日後だが、咲の到着タイミングは未定である。しかし、俺が指定した日時を咲が違えるとは思えないので、10日以内には必ず現れるだろう。
「そんなに早く!? ……ジン、女神を殴った後はどうするんだい?」
「タイミングは不明だが、一度日本に戻る予定だ。戻らなければならない理由があるからな」
「僕はその時に日本に戻り、この世界には二度と来ない予定だよ」
「私は兄さんと同じ世界に居ます。これからもずっと」
「…………」
俺の答えと2人の補足を聞き、シャロンは何かを考え始めた。
「……もしかして、ジン達の旅行ってこの世界の思い出作りだったりしないかい?」
「よく分かったね。仁 兄(にぃ) が日本に戻る僕のために企画してくれたんだよ」
「聖はこの世界に良い思い出がないからな。少しでも良い思い出を増やして欲しかったんだ」
「そうか……。それなら、僕も覚悟を決めよう」
シャロンは何かを諦めたような、それでいてスッキリしたような表情をしている。
「ジン、頼みがある。僕を君の配下にして欲しい」
そうして、シャロンの口から出てきたのは、俺が想像もしていない言葉だった。
シャロンの望みは『俺と対等な立場で話をする』だったはずだ。
配下以外には話せないことがあると言った時、配下になりたそうにしたことはあるが、最終的には望みの方を優先し、配下にはならなかった。
「対等な立場は良いのか?」
「何の躊躇もなく良いとは言えないけど、どうしても固執したいものじゃないよ。対等であることに拘ると、ジンと話をする機会がドンドン減っていくことに気付いたんだ」
実際、シャロンと話をするのは久しぶりだ。
先にも述べたとおり、女王であるシャロンと話をするには、機会と口実が必要不可欠だ。配下になれば、シャロンの立場も機会も関係なく、何時でも話ができるようになる。
「ファロンは良いのか?それに一国の女王が誰かの下に付くのも問題がありそうだが?」
「どちらも問題はないよ。そもそも、ジンの配下になることを僕に勧めたのはファロンだ」
「ファロンが?意外だな」
「ファロンもジンのことは認めているからね。それと、実はユリシーズと会えなくて寂……」
「シャロン、それ以上は言わないで」
明らかにシャロンとは異なる口調の言葉がシャロンの口から出てくる。これはファロンだな。
「ゴメン、会話の邪魔をする気はなかった。でも、流石にこれは許容できなかった……」
恥ずかしかったようで、シャロン……いや、ファロンの顔が赤くなっている。
「シャロン、これ以上続けるなら、全力で妨害する」
「はは、ファロンに悪いから、この話はここで終わるよ。女王が配下になる件だけど、ジンの正確や今までの行動を考えると、配下になったことを公にする必要はないだろうし、国の運営に悪影響が出るとも思えない。最悪、僕が女王の座を退けばいいだけの話だから、何も問題はないだろう」
以前に聞いた話によると、シャロンとファロンが女王になったのは、その方が自身の望みを叶えやすかったからである。
そして、その望みは既に両方とも叶っているため、女王の地位に固執する理由も失われている。
「本当に後悔しないんだな?一度配下になったら、簡単には辞められないぞ?」
「さっきも言っただろう。もう、僕は覚悟を決めたんだ」
「ファロンも構わないのか?」
「構わない」
「……分かった。そこまで言うのなら、俺の配下になってもらう。小指を出してくれ」
指切りをして、< 契約の絆(エンゲージリンク) >により2人を配下にする。
そこから、恒例行事とも言えるアルタによる説明が始まった。
シャロン達が一通り話を聞き終わるまで、闘技場の試合をゆっくりと眺めることにした。
「思っていた数倍凄かったね……」
アルタの説明を聞き終わると、シャロンは深いため息を吐いてそう言った。
《思っていた十倍は凄かった……。それにしても、この念話というのは助かる》
「うん、表に出ていない人格でも話ができるというのは、僕達にとっては革命的だね。それに、いつでもジンと話ができるのは本当に嬉しいよ」
「時と場合は考えろよ。まあ、今までよりは話がしやすくなるのは間違いないだろう」
《これ、ユリシーズとも話ができる?》
「ああ、もちろんだ。直接会いたければ、『ポータル』という手もあるぞ」
《本当に助かる。でも、女王が短時間でも行方不明になるのは良くないから、念話にしておく》
2人が特に気に入ったのは念話だった。
どうやら、表に出ている人格が口で話すのと同時に、表に出ていない人格が念話で話をすることができるらしい。もっと言えば、2人同時に念話で話をすることもできるとのこと。
「これで午前の試合は終わりのようだね。この後、ジンは何をするつもりだい?」
色々と試しながら試合を見ていると、午前の最後の試合が終わっていた。
「この後は真紅帝国に行く予定だ」
「真紅帝国か……。ジンのことだから、心配は要らないと思うけど、あの国……あの皇帝も何を考えているのか分からないところがあるからね。気を付けて欲しい」
「あ、えーと、心配はありがたいが、スカーレットの目的とか、一通り聞いているから大丈夫だ」
「そ、それは予想していなかったよ……。その目的は聞いてもいい話かい?」
「……悪いけど、今すぐは教えられないな。もう少し待ってくれ」
「何か理由があるみたいだね。僕も気になっていたから、教えられるようになったら教えてほしい」
スカーレットについて説明をすると、転生や前世の話に行く可能性があるからな。
「……仁 兄(にぃ) 、何故か真紅帝国に関することは詳しく説明してくれないよね」
「ノーコメントで……」
「まあ、良いけど……」
おっと、何気ない会話から、聖に俺のサプライズがバレかけているぞ。
せめて、せめて真紅帝国で聖をスカーレットに会わせるまで保ってくれ。
その後、シャロンと軽い挨拶をして別れることになった。
俺の配下となり、いつでも話ができるから、大仰に別れる必要がなくなったのである。
俺達はレガリア獣人国のアドバンス商会支店に戻り、『ポータル』を使って真紅帝国のアドバンス商会支店へと転移した。
なお、アドバンス商会は皇帝のお抱えなので、支店は帝城の近くで一等地に建っている。
「それじゃあ、まずは昼食だな」
《ごはんー!》
スカーレットとの約束の時間はまだまだ先なので、その前に帝都で昼食をとる予定だ。
以前、第一皇女のカーマイン……いや、次期皇帝のカーマインに教えてもらった紹介制の食事処に入る。
「ここ、もしかして中華料理店?」
「おっと、初見でよく気付いたな」
「元の世界で行った高級中華料理店に似ていたからね」
サプライズのつもりだったが、店に入った段階で聖に気付かれてしまった。
スカーレットから預かった紹介状を見せ、顔を引きつらせた店員に案内されて個室へと入る。
以前はコース料理を頼んだが、今日はメニューから料理を選ぶことにした。
「写真付きのメニューがあるよ。どれどれ……エビチリ?なんでエビチリがあるの?」
聖がエビチリの写真を見て怪訝な顔をする。
「エビチリがどうかしたのか?エビチリは食べてないけど、この店はどの料理も美味かったぞ?」
「エビチリの味なら、 私(わたくし) が保証しますわ」
《おいしかったよー!》
コース料理の中にエビチリはなかったが、個別で頼んだ者が2名、そう、セラとドーラである。
2人が保証するなら、本当に美味しかったのだろう。
「美味しいのは分かるけど、エビチリって中華料理と呼ぶには微妙な立ち位置なんだよね……」
「そうなのか?」
「はい、中国人が日本で創った、中国発祥ではない中華料理です」
「それ、私も聞いたことがあります……。エビチリのチリはチリソースのチリなんですよね……?」
「はい、エビチリは制作者、発祥、調味料の国籍がバラバラな料理なのです」
「へー……」
凛とさくらが補足してくれたが、俺は気の抜けた返事しかできなかった。
料理に詳しくない俺は、料理の由来にも詳しくないので、大したコメントはできないのである。
「聖ちゃん、この世界の料理の大半は勇者が広めたのよ。そして、今までの勇者の大半は日本人だから、本場の料理に見えても日本風のアレンジが入っていることが多いわ」
「だから、日本で食べ慣れた味が多いですよ……」
「なるほど……。それじゃあ、折角だしエビチリを頼むよ」
ミオとさくらの説明を聞き、聖はエビチリを頼むことを決めたようだ。
店員を呼び、それぞれ思い思いの料理を注文していく。
今回は個別の料理なので、大皿で運ばれてくるだろう。少し頼みすぎた気はするが、セラがいるので余りそうなら任せてしまえば良いだろう。
「本当に美味しいね。多分、日本で食べた中華料理を越えているんじゃないかな?」
聖が美味しそうにエビチリを食べながら言う。
「ここの料理長は高レベルの<料理>スキルを持っているからな。多分、俺の配下を除けば世界でもトップクラスじゃないか?」
「嘘!?料理長のスキルレベルが8になってる!この短時間でレベルを上げたの!?」
マップで料理長のスキルレベルを確認したミオが驚きの声を上げる。
俺の記憶でも、料理長の以前の<料理>はレベル7だった。これ程の高レベルになると、1つレベルを上げるのにも相当のスキルポイントが必要になるはずだ。
「なるほど、それで以前よりも美味しく感じたのですわね」
《とってもおいしー!》
言われてみれば、全体的に前よりも美味しい気がする。よく覚えてないけど……。
「以前、アルタに聞きましたが、仁様の配下ではない実力者は意外と世の中に居るそうです」
「まさしく、在野の化け物、天才って訳ね。見たところ、転生者でもなさそうだし」
マリアの補足を聞き、ミオが納得したように頷いた。
俺もエビチリを大皿から取り、パクリと食べる。うん、美味い。
しばらく会話と食事を楽しみ、料理を食べ終わったら会話だけを楽しむ。食休み兼スカーレットと会うまでの時間調整だ……と思ったら、アルタから連絡が入ってきた。
A:スカーレットに急用ができたため、約束の時間から遅れることになりそうです。
予定を入れてもらったとはいえ、相手は一国の皇帝だ。急用が入るのは仕方がないことだろう。
ちなみに、どんな急用が入ったの?
A:謀反です。
謀反かぁ……。それはちょっと、優先度が高すぎる急用だな。
スカーレットの関係者に被害とかはあったのか?
A:いいえ。スカーレットは謀反を予想していたので、問題なく対処されました。ただ、後始末があるので、しばらくは自由行動ができなくなります。
退位も近いし、最後のチャンスだと思ったのかね。
本来なら、日を改めるレベルの出来事だけど、予定を遅らせるだけで済むのか?
A:はい。マスターに予定の変更を伝えるため、アッシュがこの店に来るようです。
第三皇子であるアッシュをメッセンジャーにするとは思わなかった。
いや、他に相応しいメッセンジャーが居なかっただけか?
アルタの連絡から5分後、アッシュが俺達を訪ねてきたので入室を許可する。
この料理店、相手が皇族でも個室への立ち入りを拒否する強気の姿勢である。
「皆さん、お久しぶりです。早速ですが、父から伝言を預かっています。『急用ができたので、約束の時間を少し遅らせて欲しい』とのことです」
「了解した。それじゃあ、適当に帝都を観光していると伝えてくれ。時間が決まったら、アドバンス商会に連絡を入れて欲しい」
「承知しました。申し訳ありませんが、急ぎの予定があるので失礼します」
アッシュは短い挨拶と用件だけ話すと、すぐさま帝城へと戻っていった。
スカーレットの実子ではないとはいえ、アッシュも皇族の1人だ。謀反が起きたら忙しくなるのは当然の話である。
「さて、帝都の観光はどうしたものか……」
アッシュには適当に観光と言ったが、具体的なことは何一つ考えていなかったりする。
「仁 兄(にぃ) が行ったことのある場所に行くんだよね?」
「いや……。俺、帝都の観光って劇場と博物館くらいしか真面に見てないんだよ」
「どちらも後に予定が控えている時に行く場所ではありませんね」
凛が分かりやすく問題点を指摘してくれた。
劇場は公演時間が決まっているし、博物館は時間を気にせずに楽しむ場所だ。どちらも決して、隙間時間で行く場所ではない。
「ミオ達は良い観光先を知っているか?」
「私達も食べ物屋巡りがメインだから、観光先と言われると困るわね……」
「そうですわね。 私(わたくし) もすぐには思い付きませんわ」
《おいしいおみせならしってるよー!》
「流石に、昼食を食べた直後にそれは厳しいだろ……」
大皿で食べたせいか、止め時を見失ってしまい、普段より多めに食べて腹一杯なのだ。
デザートは別腹と言うが、デザートに杏仁豆腐を食べているから、既に別腹も埋まっている。
「仕方ない。セレクションの趣旨からは外れるが、行ったことのない観光地を探そう」
アルタ、観光地の候補を教えてくれ。時間が掛からないことが条件だ。
アドバンス商会の目的の1つは、俺の観光をサポートすることである。
それぞれの支店には、その土地の観光スポットをまとめた資料が存在している。その資料を見れば、今の俺達に適切な観光先を見つけるくらいは容易だろう。
A:支店にある資料によれば、娯楽施設である遊技場がオススメとのことです。金銭を賭けるカジノの他、賭けの無いカードゲームやボードゲーム、ダーツやビリヤードのようなゲームもあります。
予想もしなかった施設が出てきたな。
やけに現代的だが、スカーレットが作った施設なのか?
A:はい。その通りです。
転生者であるスカーレットが作った施設なら、面白さは十分に期待できそうだ。
あまり長時間は遊べない前提で、俺達は遊技場へと向かった。
その遊技場は、アミューズメントパーク半分、ガチのカジノが半分の巨大施設だった。
様々な形態のゲームが存在する遊技場で、俺達が選んだのは換金不可のチップで遊ぶゲームだ。分かりやすく言えば、ゲームセンターのメダルゲームである。
「これなら、いくら勝っても誰の恨みも買わないで済むからな」
お金でメダルを購入するが、そのメダルはお金に換金することはできない。
この手のゲームでは、勝利で得られる物はお金ではなく、より長くゲームを遊ぶ権利なのだ。
金銭的な損失がないため、お客がどれだけ勝っても店が不快に思うことはない。お金を得ていないので、他の客の嫉妬を買うことも少ない(大 金(メダル) 持ちに嫉妬する奴も0ではない)。
「ご主人様、たった5分でその量はヤバくない?」
ミオが指さした先にあるのは、台車に積まれた10段重ねのメダルケースだった。
「ルーレットで1点賭けに成功したらこの通りだ」
「普通に考えたら正気の沙汰じゃないわね」
「流石に運を競う遊びで負ける訳にはいかないからな」
「誰もご主人様に勝てるとは思っていないわよ?」
俺達8人は同じ量のメダルを購入して、思い思いのゲームで遊ぶことにした。
最終的なメダルの量で順位を付けるが、1位になったからといって、何かがある訳でもない。
しかし、それでも運を競う以上負ける訳には行かない。
「ミオも順調にメダルを増やしているじゃないか」
「そりゃあ、ここのスロット、目押しができるから負ける訳がないもの」
ミオはそう言ってポチポチとスロットを止め、スリーセブンの大当たりを出す。
驚くべきことに、この遊技場には日本で見るようなスロットが置かれていた。
アルタ曰く、機械ではなく 魔法の道具(マジックアイテム) を上手く組み合わせて、スロットの挙動を再現しているだけだが、それでも十分凄いことである。
もう1つ驚いたのは、このスロットを作り出したのは、スカーレットの集めた転生者達らしい。
日本の技術をこの世界で再現するための集団を組織しているとか何とか……。
「これなら、カジノの方でスロットをすれば、大金持ちになれそうね」
「残念ながら、カジノのスロットは目押ししてもズレるそうだ。対策済みだな」
「ぐぬぬ……。つまり、ゲーセンで調子に乗ってカジノに行ったら身包み剥がされる訳ね」
メダルゲームは遊びなので、カジノよりは簡単にメダルを増やすことができる。
逆に言えば、メダルゲームで通用したことが、カジノでは通用しない。
「仁 兄(にぃ) 、メダルを分けてもらって良いかな?」
「良いけど、もうメダルがなくなったのか?」
引き続きルーレットで遊んでいると、同じくルーレットで遊んでいた聖が声をかけてきた。
仲間達には、メダルがなくなったら俺の分を分けてあげると言ってある。
聖のメダルケースは、たった5分で空になっていた。早すぎない?
「ルーレットに適当に賭けていたら、すぐにメダルがなくなっちゃったよ」
「俺が言うのも何だけど、ルーレットは大当たりを狙うゲームじゃないからな?」
そう言って、聖にメダルケースを1箱渡す。
ルーレットは賭ける量の幅が広いため、油断するとすぐにメダルがなくなってしまうのだろう。
「ありがとう。うん、他のゲームをやってみるよ」
聖が離れていったので、俺ももう少しメダルを増やすことにした。
そして、1時間ほど経過したところで、スカーレットから用事が済んだとの連絡があった。
「結果発表!最下位、聖!」
「僕に賭け事は向いていないみたいだね……」
聖は負け越す度にゲームを変えた。そして、負け越し続けた。合計2回メダルを分けた。
「第7位、さくら!」
「運には自信が無いですから、減らさないことだけに集中しました……」
さくらが遊んでいたのはメダル落とし。最初の枚数より少しだけ減らしてフィニッシュ。
「第6位、セラ!」
「中々楽しかったですわ。でも、男性が声をかけてくるのは何とかなりません?」
セラはカードコーナーで勝ったり負けたりを繰り返していた。そして、ナンパホイホイだった。
「第5位、凛!」
「普通の結果ですね」
聖がゲームを変える度に凛もゲームを変え、勝ち越し続けた。賭ける量が少ないのでこの順位。
「第4位、ドーラ!」
《メダルころころたのしかったー!》
ドーラはさくらと一緒にメダル落としを楽しんでいた。2人の運の差は見なかったことにする。
「次は一気に行くぞ。第3位、ミオ!第2位、マリア!」
「なんでマリアちゃんに負けたの!?マリアちゃん、ご主人様に付きっきりだったよね!?」
「仁様と同じ場所に賭けましたから……」
「それはズルい!」
ミオはスロットの目押しで勝ち続け、相当なメダル量になったが、マリアには勝てなかった。
何故なら、マリアは俺と行動を共にして、俺と同じ場所に俺よりも少ない量のメダルを賭けていたからだ。俺が当てればマリアも当たる。そして、俺の順位を抜かすことはない。
「そして栄光の第1位、俺!」
パチパチと拍手が響く。背後には台車5台に積まれたメダルケースの山がある。
ちょっと、調子に乗りすぎたぜ。