作品タイトル不明
外伝 第二十六話 魔竜の鱗
魔竜ゲイブリグスの討伐のことを中々フィーンに言い出せずにいると、ギルドマスターを通じて、ラドクリフ家からあたしにだけ内緒の呼び出しがあった。
依頼主の貴族の家を訪問するのは、面倒くさいと思ったが、魔竜ゲイブリグスの討伐の件もあり、フィーンにはソフィーのところに行くと嘘を言って、呼び出しに応じて一人で訪ねた。
「貴方が『疾風』のアルフィーネ殿か。我が家の出している様々な依頼をいくつも解決してくれてるそうですな」
メイドに連れられてきた応接間で、応対をしてくれたのは、現役近衛騎士団長で、ラドクリフ家嫡男ジャイルであった。
フレデリック王のお気に入りって言われてるらしいけど、『王国の盾』である近衛騎士を束ねるような人物には全然見えない。
軟弱な貴族のぼんぼん息子って想像通りの容姿と立ち振る舞いをしてくれるわね。
依頼主で貴族じゃなかったら、話もしたくない相手だけど。
「私はこれで失礼しますよ。あとはジャイル様がアルフィーネと話し合ってください」
ギルドマスターはジャイルに頭を下げると、応接間から立ち去った。
「アルフィーネ殿、まぁ、掛けてください」
勧められたソファに腰を下ろすと、ジャイルも反対側に座る。
視線がいちいちねちっこい。
どうして、貴族の子息ってたいがいの連中が、あたしをそんな視線で見るの。
うっとおしい。
同じ空間にいるだけで苛立ちが募り、すでにフィーンを連れずに来たことをあたしは後悔し始めた。
「ジャイル様も近衛騎士団長という重職におられる方。お忙しいと思いますので、手短にあたしへのご用件をお伝えください」
「まぁ、そのような些末なことは気にせず。せっかく、お会いできたのだから、お互いのことを知るいい機会ではありませんか」
マジ、あのニヤケた顔がむかつく。
別にあんたのことなんて、これっぽっちも知りたくもない。
イライラが募り、爪を噛みたい衝動が湧き起こるが、必死にこらえフィーンに練習させられた営業用の笑顔を浮かべた。
「いえ、あたしも色々な依頼を抱え、忙しい身でありますので、お互いを知る話は、またいつかの機会にいたしましょう。今日は、魔竜ゲイブリグスの討伐に関する話とのことでしたので、訪問させてもらったはず」
ジャイルは少しだけ機嫌を悪くしたのか、眉根に皺を寄せる表情を浮かべた。
「仕方ありませんな。また、よき日を選んで改めてお食事でもいたしましょう」
ジャイルはむすっとした声で、メイドに合図の視線を送った。
メイドは視線を受けると、奥の部屋に消え、しばらくすると台車を引いて戻ってきた。
「さて、では今日の本題である魔竜ゲイブリグスの討伐の件についての話をしましょう」
メイドが持ってきた台車には、盾のような大きさの漆黒の鱗が置かれている。
「これは?」
「魔竜ゲイブリグスの竜鱗です」
「触っても?」
「ええどうぞ」
許可をもらい、台車の上の鱗を触ってみる。
重くないけど、やたらと澄んだ固い音がするわね。
これが剣を阻む、鉄壁の鎧って言われる魔竜の鱗の実物か。
普通の竜種の鱗とは、また全然違う構造をしてるみたい。
翼竜は狩ったことがあるけど、ここまで固そうな鱗じゃなかったし。
狂暴化してるだけじゃないって話は、本当のようだ。
「王都の冒険者で、かなりの剣の腕を持つと、噂になっておられるアルフィーネ殿なら、その鱗を斬れますかな?」
「斬ってみないことには、お返事はできかねますが」
ジャイルが再びメイドたちに視線を送ると、何百もの刀剣が部屋に持ち込まれた。
「こちらの剣を使って、斬ってもらえないでしょうか? 剣はいくら潰してもかまいません。斬れるのか、斬れないのかがわたしは知りたいだけなので」
持ち込まれた剣は、ラドクリフ家が金に物を言わせて集めた出来のいい刀剣類ばかりだ。
使い慣れたニコライの剣を潰したくないし、自由に使っていいならやってみてもいいか。
最強生物と言われる魔竜ゲイブリグスの鱗を前にして、剣の腕を試してみたい衝動が抑えられない。
「本当に何本潰してもいいのですか?」
「ええ、わたしは魔竜ゲイブリグスの討伐を人の手できるのか知りたい。鱗も斬れないようでは、討伐など夢のまた夢ですからな」
「近衛騎士団は討伐の予定をしていると?」
弱卒近衛と言われてるジャイルが率いる近衛騎士団が相手をできるとは思えないけども。
少しくらいは近衛としての自覚があったのかしら?
「いえ、近衛騎士団長としてではなく、ラドクリフ家として魔竜ゲイブリグスの討伐はぜひ完遂したいのですよ」
ジャイルの返答で、失望が広がる。
けっきょく、自分の家の名誉のためにやりたいだけなのね。
まぁ、お抱え冒険者が王都を脅かす魔竜の存在を討ち取れば、フレデリック王の覚えはさらに良くなるだろうし、ラドクリフ家の権威もさらに箔付けされるってことか。
ジャイルに対し、内心で大きなため息をつきながらも、魔竜の鱗を斬る機会を与えられたことへの興味が勝った。
「そうなんですか。でも、まぁ、試させてもらえるならやらせてください。あたしも相棒を説得するには、魔竜を覆う鱗が斬れることを証明したかったところですし」
フィーンが魔竜討伐を受けない理由は、倒せる可能性が見出せないってところだしね。
あたしが鱗を斬ってみせれば、ニコライの新作の剣もあるし、フィーンもきっと納得してくれるはず。
ちょうどいい機会だし、絶対に斬らないとね。
「では、中庭にどうぞ。そちらで試し斬りしてもらいましょう」
「承知しました。やらせてもらいましょう」
応接間から続く先にあった中庭へのガラス戸がメイドたちによって開かれ、鱗と剣も運び込まれた。
あたしはジャイルと一緒に、中庭に出ると、何百もある剣から竜の鱗を斬れそうなものを探す。
その間に、鱗は中庭の中央に木に括りつけられていた。
「では、行きます!」
手にした剣を構えると、木に括りつけられた鱗に集中する。
澄んだ音のする固さからすると、相当な強度になるはず。
とりあえず、普通に斬ってみるか。
鱗に向かって横なぎの斬撃を加える。
刀身が鱗に触れると、澄んだ甲高い音が辺りに響き渡った。
かたっ! くぅ、手が痺れる!
手にしていた剣は、鱗の固さと斬撃の衝撃によって、根元から刃が潰れ曲がっていた。
刃が潰れてるってことは、当てる角度が悪いのと、振り抜く速度が足りてないんだよね。
もっと刃を立てて、もっと早くか。
痺れが取れたところで、新しい剣を手に取ると、再び構える。
深呼吸をして息を整えると、今度は剣の重さも使って、縦に振り下ろした。
先ほどよりもさらに澄んだ金属音がしたかと思うと、剣が真ん中から真っ二つに折れ、折れた剣先がジャイルの近くに突き立った。
「気、気を付けてくれたまえ!」
「すみません。折れた剣先の飛ぶ位置までは予測できないんで、もう少し離れててください」
ジャイルの抗議を無視すると、三度剣を手に取って構える。
傷も入ってないし、衝撃にも強い鱗なんて……。
こんな鱗に覆われてたら、無敵の鎧を着てるのと同じよね。
薙ぎも振り下ろしもダメなら、突いてみるか。
構えると、渾身の力を込めた突きを放つ。
かったっい。刺突でもダメ……じゃないかも。
剣先こそ、折れて欠けているが、先ほどまで傷すらなかった鱗に僅かな傷が入っていた。
「一点に衝撃が集まると、さすがに魔竜の鱗でも耐えられないか」
今頼んでいるニコライの剣なら、もしかしたら刺突で竜の鱗を貫けるかも。
四本目を手に取ると、先ほど傷ができた場所へ刺突を重ねて放つ。
傷が入れば、そこに刺突を重ねて貫けないことはないかも。
剣は無残に欠けたが、同じ場所の傷はさらに広がりを見せていく。
五本、十本、一五本と刺突を傷の入った場所に撃ち続け、五〇本目に鱗が真っ二つに砕けた。
「おぉ、割れた。力自慢の男たちが鈍器で殴っても割れなかった鱗が割れたな!」
「鱗は斬れないみたいですけど、割ることはできるみたいですね」
割れた鱗を検分していたジャイルが、こちらに向き直る。
「アルフィーネ殿、魔竜ゲイブリグスの討伐は、人の手でできると思うかね?」
「たぶん、やれないことはないかと」
魔竜の急所と思われる部分に、さっきみたいな連続刺突を繰り出せる機会ができれば、鱗を割って仕留められる気がする。
「そうか……やれないことはないかね。今日は、いいものを見せてもらえた。後日また食事でもしながら、正式な依頼受注の話をさせてもらいたいが――」
「相棒の説得ができましたら、依頼の内容を聞くため、一緒にまいります」
ジャイルが馴れ馴れしく肩に手を置こうとしたので、スッと身をかわす。
依頼主として以上のことは、関わり合いになりたくないし、目的も達成したから、フィーンにところに早く帰ろうっと。
あたしはジャイルに一礼すると、彼の屋敷を後にした。