軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8話:心地よい風

アーノルド第三王子とゼフノボレロスの加護持ちの少女が中心となってドラゴンを打ち倒したことは、クドナック王国全土に大々的に喧伝された。

英雄アーノルドと風の聖女フーカの名は天下に鳴り響いた。

宮廷魔道士長ヴェノ・テニエルをはじめとして、アーノルドを評価する幾人かの者は喜んだ。

が……。

「困った……どうしたらいいだろう?」

アーノルドは頭を抱えていた。

何故アーノルドが困っているか?

ヘタレだから。

これまで王家においてアーノルドの存在価値はほぼなかった。

一応王位継承権持ちであるという、それだけだったのだ。

だから王宮でなく、離邸暮らしを余儀なくされていたという側面があった。

しかしドラゴン殺しの英雄となった今、俄然庶民人気という付加価値がクローズアップされてくる。

王家を彩り得るユニークかつ重要なキャラクターとして、貴族や高官の間でも認識されつつあったのだ。

アーノルドは王に呼び出される。

「いえ、王宮住みは容赦してください。ギルドからも遠く、冒険者生活に支障をきたしますから」

「むう、そういうこともあるか」

「僕はあくまでも冒険者ですからね」

「ところで風の聖女フーカとはどうした令嬢なのだ?」

そら来たとアーノルドは思った。

ドラゴン退治後、フーカは風の神ゼフノボレロスの加護をもつ稀有な少女として広く知られ、風の聖女と呼ばれるようになったから。

当然王の耳にも入り、大いに注目しているはず。

「僕の冒険者活動における相棒です。この前ドラゴンが現れた近くの、辺境の村の出身で、だからこそドラゴンを倒したいと言っていました」

「アーノルドとは気が合うのだろう?」

「そりゃまあ、はい」

「風の聖女を娶ってはどうだ?」

「フーカはまだ一四歳ですよ?」

「では婚約者だな。同棲しているのだろう?」

単なる同居だ。

そんなつもりで誘ったんじゃないのにと、アーノルドは首を振った。

「アーノルド。そなたの価値が上昇していることは理解せよ。王族の義務から逃れられんこともな」

「……はい」

「言うまでもないことだが、風の聖女の価値もだな」

「……」

いつか自分の価値を証明し、見返してやるとアーノルドが考えていたことは事実だった。

しかしその後のことはあまり考えていなかったのだ。

アーノルドとフーカの実績と人気を利用すれば、王権の強化に繋がるということはよくわかる。

クドナック王国の安定に寄与することは、国民にとっても悪いことではない。

しかしフーカに迷惑がかかってしまうかなあと、アーノルドは漠然と考えた。

王は笑う。

「何、そなたを追い詰めるつもりはないのだ。アーノルドの希望はなるべく通すつもりでいるから、ゆるりと身の振り方を考えよ、ということだな」

「わかりました」

「うむ、下がってよし」

「はい、失礼したします」

フーカがお兄さんお兄さんとアーノルドを慕っていることは事実だ。

ただ甘い雰囲気になったことなど今までに一度もない。

好きだと言ってくれたこともあるが、どういう気持ちで言ったのだろうなあ?

下手に告白して気まずくなり、これまでの関係を壊してしまうのが何より怖い。

アーノルドは考える。

自身がフーカを愛しているわけじゃない、と思う。

でも好ましい少女であることは言うまでもない。

フーカが僕を王子と知る前からいい関係だった。

ドラゴン退治の英雄となってから、アーノルドの周りには貴族の令嬢が群がるようになっていた。

わざわざアーノルドの離邸を訪れた者もいる。

しかし英雄王子という面だけしか見ない令嬢には嫌気がさしていた。

やはりフーカがいい。

フーカほど僕とうまくやっていける女性はこの先現れないだろう。

それにフーカが妃なら、父陛下はドラゴン退治の恩賞として僕を公爵にしてくれるに違いない。

断ればどこかに婿入りだろうし……。

でもなあ、フーカの気持ちを考えるとどうなんだろう?

自分の都合を押しつけているだけなんじゃないか?

アーノルドの心は乱れた。

「お兄さん、おはよう」

「ああ、おはよう、フーカ」

「あれ? お兄さん顔色悪いね。カゼは癒しの風じゃ治んないんだよ」

「いや、考え過ぎちゃってね。少し寝不足なだけだ」

「ふうん?」

フーカがアーノルドを意味ありげに見つめる。

フーカってこんなに大人っぽい表情もするんだ、とアーノルドは思った。

フーカが右手をアーノルドにかざした。

「ん? 何かの術かい?」

「うん、心が楽になったでしょ?」

「そういえば……」

「臆病風を吹き飛ばす技だよ」

フーカがニコッと笑うと、アーノルドの心は軽くなっていた。

フーカは様々な方向にイメージを広げ、技に応用している。

アーノルドは思った。

そうだ、僕は臆病なだけだったんだ。

いいイメージを持て。

「フーカ」

「なあに、お兄さん」

「僕の婚約者になってくれないか?」

言った。

フーカの目を真っ直ぐ見つめ、答えを待つ。

「うん、いいよ」

「ありがとう、フーカ」

「あたしもお兄さんのこと好きだったの。でも身分が違うし」

「身分なんか気にすることなかったのに。フーカは救国のヒロインなんだから」

「自分から言うんじゃなくて、お兄さんに言ってもらいたかったし」

アーノルドは思わず苦笑いした。

フーカを待たせてしまっていたのか。

僕には決断力が足りないなあ、と。

しかし首をかしげるフーカ。

「あたし、マナーとかわかんないや。覚えないといけないね。お兄さんが恥かいちゃう」

「何だ、そんなことか。フーカなら全然問題ないよ」

「本当?」

「本当さ。令嬢風にしていればいいんだから」

アハハと笑い合う二人。

ドアの影でケイシーと執事がピッと親指を立てていたことを、二人は知らない。

――――――――――五年後。

新公爵アーノルドが、妻フーカと母ケイシーを伴って領都ロセナに赴任した。

フーカの第二の故郷とも言えるロセナは熱狂に包まれた。

アーノルド統治下の新公爵領は、クドナック王国全体から見れば辺境であったが、徐々に発展していった。

何故なら毎年豊作だったから。

雨が足りなければフーカが雨雲を吹き寄せてくるし、日照が足りなければ雲を吹き飛ばすから。

もちろん嵐による害なんて起きようがないから。

ロセナの冒険者ギルドは時々公爵夫妻が訪れることで知られる。

新人冒険者を育てることに特に熱心だったので、他所の土地からも大勢が押し寄せ、ロセナの冒険者ギルドは王都に次ぐ規模になった。

魔物素材と言えばロセナと言われ、商人もまた多く訪れるのだった。

フーカの生まれ故郷ナグ村もまた恩恵を受けた。

クドナック王国随一のヒロインフーカの出身地として観光客が多くなったから。

木彫りのドラゴンはナグ村名物の魔除けとして広く知られるようになった。

フーカの実の両親は言う。

「フーカがいい暮らしさせてやりたいって言うんだけどよ。オレ達は今の暮らしで十分だぜ」

「皆が敬ってくれるしねえ。いい娘を持って幸せだよ」

アーノルドの母ケイシーは言う。

「辺境もいいところね。活気があるところが素敵だわ。子育てには最高の環境ね」

アーノルドとフーカの子供達の教育はケイシーが買って出ていた。

出産後は運命に翻弄され、十分な愛情をもってアーノルドを育てることができなかったと後悔していた。

今度こそはというリベンジの意気込みがあったのだ。

アーノルドとフーカもまた、快く子供達をケイシーに委ねた。

今日も公爵夫妻は仲睦まじく領内を視察している。

公爵夫妻を敬愛する領民達が挨拶すると、二人も笑って手を振るのだった。

とても心地よい風が吹いていた。