軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七話 商業都市メルディオレ3

「レンジ、起きてください」

誰かから肩を揺すられる感覚に薄目を開けると、視界を覆う黒だけが目に映った。何事かと頭を働かせようにも、思考が回らない。再度目を閉じようにも肩を揺らせれているので、それも難しい。

仕方なく欠伸をしながら体を起こすと、ソルネアの顔があった。どうやら、先ほど視界を覆っていたのはソルネアが着ている黒いドレスの生地だったようだ。

昨晩、ダグラム達と酒盛りをして、調子に乗って限界以上の酒を飲んだことは覚えているが、そこから先の記憶が無い。二日酔いで鈍く痛む頭を押さえると、またソルネアが俺の名前を読んだ。動き出したが返事をしない俺を心配しているのだろうか。その声音はいつも通りの平坦な物なので、やはりどのような感情を抱いているのかは分からない。

「ああ。ありがとう、ソルネア。起きたよ」

「そうですか」

周囲を見渡すと 死屍累々(ししるいるい) という言葉が当てはまるような惨状だ。

昨晩の酒盛りに参加したのは約三十人ほど。その誰もが、以前 商業都市(メルディオレ) で過ごしていた際にお世話になった人達だ。人間、亜人、獣人。種族の違いなど気にしないように、誰もがテーブルに突っ伏したり床へ寝転がったりしている。本当は他にもたくさんいるのだが、依頼で街を出ていたり、突然の酒盛りで暇を作る事が出来なかったりしたそうだ。

……それに、あれから二年だ。魔物討伐で命を落とした人もいる。その人達の事を 悼(いた) みながら、皆で酒盛りを楽しんだ。悲しむよりも笑った方が手向けになると、皆から言ってもらえたから。本当に強いと思う。この世界の人達は。

「しっかし、酷い寝相だな」

床に転がるようにして眠っている 小人(ホビット) を見ながら、そう呟く。

俺はソファに寝ていたので、その連中に比べたらマシな寝相と言えるだろう。ドワールを嫌っていないフェイロナは ダグラム(ドワーフ) 達に気に入られたようで、相当飲まされていたことを思い出す。だが、その姿を探すが見当たらない。

「フェイロナは?」

「向こうに」

そういてソルネアが視線を向けた先では、俺と同じように行儀良くソファで横になっているフェイロナの姿があった。向こうはムルルが起こそうとしているが、今のところ起きる気配がなさそうだ。

少し話して眠気は覚めたが、頭痛は相変わらずだ。どうやら、昨晩は相当飲んでしまったようで、エルメンヒルデを阿弥に預けていてよかったと心から思う。こんな姿を見られては、どれだけ小言を言われたか。まあ、エルメンヒルデが居たらここまで飲まなかっただろうが。

しかし、どうしたものか。もう一度酒場の中を見渡すが、どこから手を付けたものか迷ってしまう。起こそうにも他の連中は熟睡しているし、テーブルの上には空のジョッキや酒瓶。床には寝転がっているドワーフやエルフ、獣人達。樽が転がっている一角もあり、一体どれだけ飲んだのか予想も出来ない有様だ。

まさに地獄絵図。酒場を貸し切りで使っていたが、今日は一日片付けに追われる事になりそうだ。

「ふああ……おはよう、ソルネア」

「おはようございます、レンジ」

朝の挨拶をすると返してくれたが、微動だにしないソルネアを見上げる。

「どうかしたか?」

「いえ。レンジはこれから何を?」

「もう一度寝たい……と言いたいところだが」

そんな事を言おうものなら、エルメンヒルデと阿弥から何を言われるか。深く考えなくても怒られる姿ご想像できてしまう。

静かに俺の傍に立つソルネアの存在を感じながら、もう一度大きく欠伸。それだけで頭の奥深くが鈍く痛んだ。

喉が渇いたので近くのテーブルに置かれていたグラスを取って鼻を近付けると強い酒の匂い――ウォッカだろうか――に顔を 顰(しか) めてしまう。港町なだけあって船乗りが多いメルディオレには、度の高い酒が多い。嵐で船が出せない時は、荒くれ者の船乗りたちが酔い潰れるまで飲むのだから、相応の酒が用意されているという訳だ。俺も強い酒は飲み慣れているが、流石にドワーフとの飲み比べは自殺行為に等しかったようだ。

「朝食は?」

「まだです。アヤがこの場所で朝食を、と言っていましたが」

それで、俺を発見したという訳か。

自分から言い出したのか阿弥が起こしに行くように言ったのかは分からないが、助かった、と内心で呟く。きっと、ソルネアが起こしに来なかったら、酔い潰れたまま昼まで寝ていた事だろう。

「その阿弥は?」

「マスターと呼ばれる男性を呼びに」

座っていたソファから起き上がると、僅かに足元がふらついた。近くに立っていたソルネアにぶつかってしまう。

「あ、スマン」

「いえ」

窓から外を見ると、太陽はまだ昇りきっておらず時間はまだ早朝……を少し過ぎたくらいか。そのまま窓を開け、空気を入れ替える。冷たい風が頬を撫で、酒精が残る頭を覚ましてくれた。大きく息を吸ってゆっくり吐くと、それだけで気持ちが良い。

「楽しかったですか?」

「うん?」

「昨夜は、遅くまで笑い声が聞こえていました」

「う……」

確かに、かなり騒いでいた事を思い出す。隣の宿屋で眠っていたなら、部屋まで騒ぎが聞こえていてもおかしくはないだろう。この分だと、阿弥やムルルにどんな小言を言われるか。

そう思うと気が重くなってしまうのは、飲み過ぎた自覚があるからか。しょうがないではないか。常に命の危険と隣り合わせなこの世界で、昔の友人と会えたのだから。昔話に花を咲かせ、酒が進んでしまうのだ。……これは、 呑兵衛(のんべえ) の言い訳か。

「そういえば、ソルネア。お前は酒を飲んだことはあるか?」

「いいえ」

「ふうむ」

今度勧めてみるのもいいかもしれないな、と考えながら近くに転がっていた顔見知りのエルフの肩を揺する。しかし、小さく 呻(うめ) くだけで起きる気配はない。その隣で眠っているドワーフも同様だ。

どうしたものか、と悩んでいると酒場のドアが開いた。入ってきたのは阿弥と、この酒場のマスター……年齢と名称不明の謎が多い人だ。これで美人ならいいのだが、スキンヘッドにいかつい顔、焼けた肌で 筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう) の男である。

そのマスターは、酒場の惨状を目にしても特に気にする事無く厨房の方へと歩いて行った。その姿に、このような状況に慣れているのだろうという事が 窺(うかが) えた。……これに慣れているというのも凄い話である。

「あ、蓮司さん。起きたんですね」

怒られるかな、と思っていたら阿弥の言葉は意外と明るかった。ちょっと拍子抜けしてしまったのは、ここで怒られたかったというか、ツッコミが欲しかったのだが。

「あー……おはよう、阿弥」

「はい。もう、昨夜はお楽しみでしたね?」

「それ、意味が分かってて言ってるか?」

「?」

俺がそう呟くと、何がおかしかったのか分からないといった風に首を傾げる阿弥。まあ、このネタが分かる年代でもないだろう。ここに幸太郎でも居れば、二人でニヤニヤと笑ったのだが。

そう考えながら、立っているのも疲れるのでもう一度ソファへ座る。

「エルメンヒルデは?」

「あ、はい」

俺が聞くと、ポケットからメダルを取り出す阿弥。

「おはよう」

『おはよう、呑兵衛』

そして聞こえてきたのは、阿弥やソルネアからは感じなかった不機嫌極まりない声だ。

『まったく。飲むなとは言わないが、もう少し摂生した生活は出来ないのか?』

「お、おう……」

『旅の疲れをいやす意味もあるのかもしれないが、お前のソレは体調を崩す可能性も十二分にあるのだぞ。大体だな……』

なるほど。阿弥が色々と言ってこなかったのは、これがあるからか。エルメンヒルデの小言を聞きながら阿弥の方へ視線を向けると、無言でうんうんと頷いていた。

「すまん、エルメンヒルデ」

『……なんだ?』

「頭が痛いから、もう少し静かに話してくれ」

『ほう』

頭を押さえて痛い事をアピールすると、声のトーンが一段低くなったような気がした。しかし、エルメンヒルデが口を開くというか声を出す前に、いつの間にかホールに戻ってきていたマスターがのっそりとソルネアの後ろに立っていた。その手にはフライパンと木製のおたまが握られていて、それをソルネアに差し出した。

「……」

「ここの連中を、起してくれ」

それだけ言うと、テーブルの上にあるジョッキやグラスを片付け始めるマスター。いきなり渡されたソルネアは、眉を 顰(ひそ) めて立ち尽くしている。

「どうすればいいのですか?」

「あ、それはですね」

そう言って、笑顔でソルネアからフライパンとおたまを受け取る阿弥。正直、嫌な予感しかしない。

「おい、阿弥。やめ――」

「こうするんです」

そして、俺が止めるよりも早くおたまでフライパンをガンガンと勢いよく叩き出した。

「はい、皆さーん。朝ですよー!!」

二日酔いの頭にはその音は凄まじく、ソファの上で耳を押さえてしまう。床やテーブルで眠っていた連中も同様で、突然の騒音に呻き声がそこかしこから上がる。 死体(ゾンビ) よりも精気が無い動きで数人が動き出す。しかし阿弥はそれでもやめる事無く、全員が起きたと判断するまで鳴らし続けた。鬼か。

「ソルネアさん、分かりましたか?」

「なるほど。よく分かりました」

「ちょ、ソル――」

結局、数分もの間に渡って鳴らされ続け、二日酔いの連中はそれだけでぐったりとしてしまっている。そんな俺達に、マスターが軽く洗っただけのジョッキやグラスへ水を注いで渡してくれた。その水を一気に飲むと、少し頭痛が収まった気がする。

何か思う所があったのか、ソルネアは手に持ったフライパンとおたまを繁々と見ている。もしかしたら、面白かったのだろうか。

「頭が痛い」

「自業自得です」

『もっとやって良いぞ、ソルネア』

やはり怒っていたのか、阿弥から向けられた声はとても低い。後エルメンヒルデ、サラッととんでもない事を言うな。言われる通りにまたフライパンとおたまを持つ手に力を込めたソルネアを慌てて止める。

「ふう。酷い目に遭った……」

話していると、フェイロナが歩いてくる。こちらも先ほどの音で頭が痛いのか、手で頭を押さえている。その傍らを歩くムルルの視線は、心配というか興味深そうではあるが。

「おはよう、フェイロナ、ムルル」

「ああ。おはよう」

「おはよう、レンジ」

珍しく覇気の無い声に苦笑し、ソファから立ち上がる。もう一度店内に視線を向けると、起き出した連中が掃除を始めている。

「さて、それじゃあ掃除をするかね」

「ですね」

女性陣はキッチンで洗い物を、男性陣は空の食器を集めたり床やテーブルを拭いたりゴミを回収したりしている。

それが一段落するとマスターや料理が出来る人で用意した朝食がテーブルに並ぶ。集まったのは三十余人。酒場の中にあるテーブルを半分ほど使って、皆で朝食を摂る事になった。

ちなみに、用意されたのは消化に良い魚から 出汁(だし) を取った吸い物と柔らかい白パンである。昨晩の酒や食べ物がまだ胃の中に残っているので、これくらいで丁度良い。

「阿弥、ムルル。足りるか?」

「え?」

「ほら、沢山食べないと大きくなれないから」

「大きなお世話ですっ」

そう心配すると、大きな声で怒られた。その後、何を思ったのか胸元を気にしている。……そんなつもりで言ったわけではないのだが。

ムルルの方は足らなかったのか、しっかり吸い物をお代わりをしているし、フェイロナから白パンをもらっていた。フェイロナの方は食欲が無いようなので、吸い物を少しずつ飲んでいるだけである。

「なあ、フェイロナ。お前、どれだけ飲んだんだ?」

「さあな。よく覚えていないが、樽半分ほど飲まされたかもしれん……」

「……凄いな」

「レンジ、そっちは?」

「俺は多分、樽を三分の一も飲んでないと思う」

『そもそも、計り方が樽基準というのはどうなのだ?』

エルメンヒルデのツッコミが冷たい。二人して溜息を吐き、胃に優しい吸い物を静かに 啜(すす) る。はあ……美味い。

他の面々も俺達と同じように……静かかと思えば、ドワーフ連中はいつもの元気を取り戻していた。パンや吸い物をお代わりしている。あいつらの胃は鉄製なのだろうか。

「このスープ、アヤの嬢ちゃんが作ったらしいぞ」

「本当にか。あの不器用だった子供がかあ」

「俺のかかあより美味いな」

その声が聞こえ、阿弥がご機嫌で千切ったパンを口に運んでいる。やはり、自分が作った料理を褒められるのは嬉しいようだ。そんな阿弥を微笑ましく思いながら、吸い物を飲む。

「うん、美味い」

「本当ですか?」

「ああ。昔は、包丁の握り方も知らなかったのに、良く成長したと思うよ」

「…………それはもう、忘れてください」

続いた俺の話で、恥ずかしそうに俯いてしまったが。周囲のテーブルからも笑い声が上がる。

以前メルディオレが魔物の大群に襲われた後、藤堂を中心に炊き出しをしたことがあるのだが、その時の記憶はまだ皆の中に残っているようだ。まあ、阿弥も結衣ちゃんもまだ子供だったから仕方ないと言えば仕方ないのだが。何せあの当時は中学生と小学生だ、料理が出来なくても普通……というのが俺達の世界ではある種の常識でもあった。

「料理って言えば。ユーコの腕はどうなった、レンジ?」

「聞くな。聞いちゃ駄目だ……」

「お、おう」

笑いながら聞いてきたダグラムにそう返すと、何かを悟ったように押し黙ってしまう。人間、誰だって得手不得手は存在してしまうのだ。

『一応、食べれる食事は作れるようになったと言っていたが』

「一応かよ!?」

誰かが大声で反応し、それが伝染して笑いが起きる。宇多野さんは……料理が出来ないわけではないのだ。多分。

頭が良いからというか、そういう言い訳もどうかと思うが、身体に良い物を選ぶ選択眼と言うべきものはちゃんとある。ただ、身体に良い物を全部突っ込むというか……うん。確かにあの人が作る料理は体に良いはずだ。ただ、味が問題なだけで。

その辺りは藤堂やあの時宇多野さんの料理を食べた連中も理解しているが、やはりそれでもあの味は……と思ってしまうのだ。元の世界にならカレーというある程度味を誤魔化せるステキな料理があるが、この世界には無い。なのであの人が選んだのは、辛いモノである。後は思い出したくない。

「レンジ」

「うん?」

白パンを黙々と食べていたソルネアが口を開く。ちゃんと食べ物を飲み込んでから話すのは、フランシェスカ嬢とフェイロナの教育の 賜物(たまもの) だろうか。

「今日は何をするのですか?」

「そうだな……何かしたいこと、って聞いてもメルディオレに何があるのかも知らないか」

「はい」

そうすると、今日はこの都市を案内するかね。昨日はギルドと港の方に行ったし、商業区か色々な商店を見て回るか。

「なら、一緒に街を見て回るか。フェイロナとムルルはどうする?」

「私は、取り敢えず宿屋で寝る」

どうやら、二日酔いが相当辛いらしい。ダグラムに気に入られて飲まされていたのなら、先ほどフェイロナが言った通り相当量を飲まされているはずだ。ドワーフは酒を水と同じように飲む種族と言ってもいい。仕事が終わったら、食事と一緒に、寝る前に。飲むのは当たり前である。

「阿弥はどうする?」

「私は、以前お世話になった人の所へ挨拶に行く予定です」

「じゃあ、私もレンジと一緒に行く」

「分かった。確か、工藤と雄一郎もメルディオレに住んでいたよな?」

「ええ。燐さんは商業区で……江野宮君は、確か居住区に家を持っているはずです」

ああ、でも。工藤はまだ王都の方に居るのか。もしかしたら宇多野さんの転移魔術で戻ってきている可能性もあるので一応顔を出して、居なかったらまた今度行こう。雄一郎は……どうだろう。一年前に別れた後、何をしているのか把握していない事を思い出す。宇多野さんからメルディオレに居るという事は聞いていたが、会えばわかると言われたのだ。

江野宮(えのみや) 雄一郎(ゆういちろう) 。宗一や阿弥と同い年で、『復讐者』の肩書でも呼ばれる仲間の一人。元苛められっ子で、この世界で必死に変わろうとしていた子だ。アイツは、まあ……色々と大変な目に遭ったが、今は元気にしているだろうか。

「ユウの所に行くのか?」

俺達の会話が聞こえていたのか、隣の席に座っていた狐耳の獣人がそう声を掛けてくる。熱い吸い物が苦手なようでふーふーと冷ましている姿が愛らしい。男だが。

「ん、ああ。一年ぶりだし、ちゃんと挨拶くらいしようかな、と」

「なら、アイツは墓場に居るぞ」

「……墓場?」

どうしてそんなところに、というか何故その一択なのだろうか。首を傾げると、阿弥がおずおずといった感じで服の袖を引いて来た。

「セレスさんが、この街の出身なんです」

「あ……」

そうだった、と。忘れてしまっていた自分のいい加減さに頭を掻き、何も言えずにパンを口に含んだ。強く 咀嚼(そしゃく) すると、普段の俺らしくないと感じたのかフェイロナとムルルが不思議そうな顔で俺を見た。

セレス。本名はセレスティア・ゲルニア。オブライエンさんの元部下で、若くして騎士団の中でも精鋭である第一騎士団の一員となった女性である。魔神討伐の旅で、俺達と一緒に旅をして女性陣のメンタルケアをしてくれた人でもある。強くて、優しくて、綺麗な人だった。名前を聞くと、その姿を思い出して切ない気分になってしまう。

「そうか」

そう考えると、雄一郎がこの街に居を構えた理由にも納得がいってしまう。宇多野さんが詳しく教えてくれなかったのも、その辺りを彼女も気にしているのだろう。

「なら、夕方に顔を出すか」

「そうですね。でしたら、その時間に私も一緒に行きます。私も、江野宮君と話したいですし」

「じゃあ、どこかで待ち合わせするか」

俺がそう言うと、嬉しそうに頷く阿弥。

日中はソルネアとムルルに街を案内して、夕方は阿弥と待ち合わせをして雄一郎に会いに行く。今日の予定はこんな所か。宿屋でフェイロナが休んでいるから、もしフランシェスカ嬢が訪ねてきても対応できるだろう。まあ、二日酔いで死んでいるが。

「ですね。中央の広場はどうですか?」

中央広場と言うのはその名の通りメルディオレの中心にあり、大きな噴水と沢山の露店がある場所だ。噴水を目印にすれば、待ち合わせに丁度良い場所だと言えるだろう。

しかし、そういう面白そうな話に目が無いのが酔っ払いである。聞き耳を立てていたのか、阿弥がそう言うと周囲の連中が色めき立つ。

「お、逢引きか?」

「若い連中が集まるもんな、あの辺り」

「夕方と言わず、ずっと一緒に居ればいいだろうに」

「嬢ちゃんも、ついに大人の階段を上るのか……」

「おい、レンジと嬢ちゃんが逢引きするってよ!」

「うっ、うるさいですよ、皆さん!!」

顔を赤くして声を荒げる阿弥をさらに 囃(はや) し立てる辺り、どうやら 呑兵衛(のんべえ) 達の体調は完全に回復したようだ。まあ、この程度の二日酔いでどうこうなるような身体もしていないのだろう。

阿弥が作った吸い物を啜りながら、そんな連中をぼんやりと眺める。今はこれだけ受け入れてもらっているが、昔は相当嫌われていたというか、警戒されていたのを思い出す。魔神を倒すために女神から召喚されたとはいえ、魔物や魔族の脅威に怯えている連中からしたら、俺達は得体のしれない異物でしかなかったのだ。これまで生きてきた環境も、考え方も、何もかもが違う。なにより、資源は限られているのに優先的に援助を受けていた。それが許せないという一面もあったはずだ。

それが今は、こうやって一緒に酒を飲んで、馬鹿を言って笑い、賑やかに笑い合えている。そんな連中にからかわれる阿弥を見ていると、彼らからすると阿弥は娘のようなものなのだろうと思う。成長した娘をからかって楽しむ親といった構図か。阿弥からしたら、いい迷惑なのかもしれないが。それでもどこか楽しそうに見えるのは、俺の気のせいではないだろう。

「レンジ」

「ん?」

騒がしくなった周囲の喧騒に悼む頭を押さえているフェイロナと、我関せずとばかりに朝食を食べているムルル。

そんな中、今まで静かだったソルネアの視線がこちらに向いた。

「逢引きとは何ですか?」

「き、そ……そんなこと、聞かないで下さいっ」

「……聞くと 拙(まず) いような事なのですか?」

ソルネアの困惑した声と、周囲の笑い声が重なる。こういうのは、いいな、と俺も口元を緩めてしまう。そんな俺を見て、一瞬困った顔をして、恥ずかしそうな顔になって、俯いて。

色々な感情に振り回されて大変そうな阿弥を見ながら。

「フェイロナ。逢引きとは何ですか?」

「レンジに聞け」

二日酔いで頭が痛い上に、周囲が騒いでいるので余計に疲れているであろうフェイロナが、苦笑しながらそう言った。