軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六話 商業都市メルディオレ2

港町と言えば船。

メルディオレの港には十数もの商船が停泊しており、更に奥には同等数以上の軍船も 錨(いかり) を下ろしている。商船と軍船の大きな違いと言えば、船の大きさくらいしかないのだが。これが俺達の世界なら大砲が付いていたりするのだろうが、この世界の軍船に大砲のようなものは付いていない。大砲よりも便利な魔術があるのだから、それも当然か。

魔物に取り付かれたら白兵戦、遠くに居るなら魔術で吹き飛ばす。これがこの世界における海上の戦い方である。

木製で、形状は地球における大航海時代に活躍したガレオン船に近い。三本から五本の帆柱があり、 吃水(きっすい) が浅いので速さが出るし、荷物も多く積める。反面、横からの衝撃に弱いので、魔物からの攻撃だけでなく大きな波でもバランスを崩してしまうし、最悪転覆も有り得る。

軍船は同じ木造船でありながら、商船よりも横幅があり、バランスが安定している。帆柱も同じ程度の数があるが、吃水が深いので速さが出ない。今は畳まれているが、帆にはイムネジアの国章が記されている。

乗員は商船で約三百人、軍船で五百から七百人ほど。ある種、威圧感すら感じられる光景が港に広がっていた。

「これはまた、凄いな」

フェイロナが、普段の落ち着いた雰囲気とは違う、呆然とした表情で呟く。その視線は船を向き、続いて足元に広がる少し濁った海を見て、また船へ。その様子が面白いのか、そんなフェイロナをムルルが観察している。

「船は初めて?」

「ああ。私は、あまり森から離れなかったからな」

「そう。……凄く速い」

「そうか」

ムルルが、どこか自慢げに言っているのを聞いて、フェイロナが笑いながら 相槌(あいづち) を打っている。そんなところは、まるで兄妹のようにも見える。

その様子を見て、ソルネアもぼう、とした視線を船へ向ける。

「どうかしたか?」

「いえ、沢山の人が乗るのだな、と」

どうやら船ではなく、船に乗っている人を見ていたようだ。軍船よりも一回り以上小さな商船に荷物を載せるだけでも、何十人という人員が働いている。ここでファンタジーらしく魔術で荷物を浮かせるなどしていればいいのだが、ここは現実的に人力である。なんでも、魔術で荷物を運ぶと言うのは思いの外に魔力を消費するのだそうだ。

以前阿弥は十数個の 樽(タル) を一気に運んだ事もあったが、それは女神の加護という規格外の魔力がなせる技なのだそうだ。

俺からすると、もっと簡単、単純に運べそうなイメージなのだが。魔術を使えないというのは、中々に不便だ。この辺りの認識の差が顕著で、会話が噛み合わない。どうにも、俺がエルフやピクシーのような亜人と考え方が言われるという所以でもある。

「ああ。船を動かすのに、百人以上が必要になるからな」

「そうなのですか」

「風があれば帆を広げるだけで船は進むが、風が無ければオールで漕ぐ必要があるんだ」

「オール、というと?」

「船底から飛び出てる、虫の足みたいなやつだよ」

『その表現はどうかと思うが……』

いいだろ、俺にはそれっぽく見えるのだから。ソルネアは珍しく、俺の話を聞きながらオールを注視している。

船を見上げながら立ち止まっている俺達を見て、通り掛かった船乗りと思われる男達が笑う。それは嘲笑というよりも、フェイロナとソルネアが見せる新鮮な反応が嬉しいといった感じだろう。

船乗りにとって、船とは命そのものなのだそうだ。剣士にとって剣が、エルフにとって森がそうであるように、船乗りにとって船を見て新鮮な反応を取ってもらえるという事は、何よりも誇らしく嬉しい事なのだと言われたのを思い出す。自分の仕事に信念というか、一本の芯があるその考えが俺は好きで、いまだに記憶に残っている。

……出港した後、思いっきり 扱(こ) き使われたのも良い思い出だ。口は禍の元なのか、それともそれも良い経験だったのか。なんとも判断に困る記憶だが。

「レンジ?」

「いや、なんでもない。で、何か気になるのか?」

「いろいろ聞いていいですよ、ソルネアさん。蓮司さん、物知りですから」

「……何でも知っている、ってわけでもないけどな」

阿弥からそう言われると、照れ臭いやらなにやら。おそらく、物知りという意味では阿弥の方が物知りなのではないだろうか。俺は広く浅く知っているが、コイツは狭く深くだ。それに、説明も得意だし。

そんな俺の考えには気付かず、阿弥はクスクスと笑いながらソルネアと俺を挟むように立って船を見上げている。風に攫われそうになる髪を手で押さえる仕草に、一年前には感じなかった“女らしさ”を感じ、苦笑する。それを成長と見るべきか、俺の阿弥に対する感情に何かしらの変化があったのか。

『どうした、景色に見惚れたか?』

「ま、そんなところだ」

ふう、と息を吐くとエルメンヒルデがからかってくる。その声に肩を竦めると、阿弥が首を傾げながら俺を見上げてきた。何でもないと口にして首を横に振ると、はあ、と腑に落ちていない様子だがあまり追及はしてこない。

「しかし、フェイロナは船が初めてか」

「そうだな。楽しみではあるが、こんな大きなものが本当に海を進むのかという恐怖もある」

「はは。確かにな」

「木片は水に浮くのだから、その原理なのだろうが」

「そう考えておけばいいさ。くく、一緒に船へ乗るのが楽しみだよ」

「意地が悪いな、相変わらず」

「俺としては、そうでもないと思うんだがね」

俺がそう言うと、ソルネアを除く全員から溜息を吐かれた。勿論、エルメンヒルデからもだ。ま、こんな扱いもいつも通りだ。

フランシェスカ嬢が居ないという事を、ムルルもあまり気にしていないようだ。いや、意図して気にしないようにしているのか。しばらくは、阿弥に気を使ってもらう必要があるだろう。

「ふふ。これで驚いていると、船に乗った後はもっと驚きますよ?」

「なるほど」

「ふむ……それは楽しみだな」

船を見ている二人に阿弥がそう言うと、ソルネアは相変わらず感情の起伏が感じられない平坦な声で、フェイロナは少し上擦った声で返事を返す。ソルネアは相変わらずだが、普段より興奮しているフェイロナという光景が珍しく、ムルルと二人で顔を見合わせてしまう。

「では、レンジ。貴方も、船を動かす事が出来るのですか?」

それは物知りと関係があるのだろうか。

向けられた表情は相も変わらずいつも通りだが、どこか内心を覗き込むような感じで俺の目を見返してくる。その視線が気恥ずかしく、頬を掻いた俺を見て、阿弥が可笑しそうに表情を 綻(ほころ) ばせている。

「残念ながら、船の動かし方は知らないな」

「レンジでも、出来ない事があるの?」

「お前は、俺をどんな風に見ているんだ?」

その物言いが面白くて口元を緩めると、不思議そうにキョトンとした表情を浮かべるソルネア。何故俺が笑っているのか分からない、という顔だ。その様子がまた可笑しいのだが、きっとそれも今のソルネアは分からないのだろうな。

「俺は、出来ない事の方が多いよ」

「そう?」

しかし、俺の言葉に反応したのはムルルだ。胡乱な視線で見上げてくる。

「レンジは、口で言う事と行動が違う」

「……ひどいな、お前」

『出来る事も他人に任せようとするからな……はあ』

肩を落とすと、フェイロナと阿弥から笑われてしまう。

「船っていうのは、一人で動かすようなものでもないしな」

「どういう意味ですか?」

「船長が居て、その指示に従う船員が居て。他にも副船長やら、航海士やら……沢山の人が居るから、これだけ大きな船が動くって事だ」

しかし、俺が言いたい事はあまりソルネアには伝わらなかったようで、返事をするでもなく次の言葉を待っている。

説明するのはあまり得意ではないのだが、その様子は少し面白い。それにしても今日は、よく質問してくるな……と考えて、フランシェスカ嬢の家の前で何かあったら聞けと言ったのは俺かと思い出す。

なんとも、言った事には従順というか。まるで、言われる事を待っていたのでは、とすら思えてしまう。

「なんだ、船に興味があるのか?」

「いいえ」

しかし、続いて出た言葉は何ともつれない一言だった。肩を落とす俺へ向けられる表情が相変わらずの無表情なので、脱力感も一押しだ。

「ただ、レンジが興味を持っているようなので」

「え?」

その言葉に反応したのは、俺ではなく阿弥だったりするが。多分、阿弥とソルネアとの間には、越えられない壁のようなものが存在するのではないだろうか。

「レンジは、船に興味がありますか?」

「船というか、海が好きかな。俺は」

潮風に、科学に汚染されていない美しい景色。これで魔物が居ないなら満点なのだが、とは思う。水着的な意味で。まあ、時折見る事が出来る 巨大魚(アスピドケロン) は 鯨(くじら) のように見えなくも無いので、アレはアレで景色の一部として楽しむ事も出来る。 巨大魚(アスピドケロン) だけなら、無害な魔物ではある。ただ、巨大過ぎるのが問題なのだ。

「海が、ですか」

「船の上から見る景色は凄いぞ。歩きや馬での旅も良いが、船も良い」

俺がそう笑うと、また船へ視線を向けるソルネア。その横顔からは、やはり感情が読み取れない。ただ、先ほど見ていた時よりも、熱心に見ているように見えなくもない。

そんなソルネアを観察していると、服の上から左手を軽く 抓(つね) られた。その張本人へ視線を向けると、半眼で俺を見ている阿弥が居た。

「さて。ずっと船を見ているわけにもいかないし、そろそろギルドへ行くか」

「そうだな」

「うん」

俺の声に、フェイロナとムルルが返事をする。ソルネアも船から視線を外し、その二人へ付いていく形で歩き出す。

「俺達も行くか」

『そうだな』

「…………」

左手を抓る力が弱められ、袖を指先で摘まむような形になりながら歩き出す阿弥に苦笑してしまう。

フェイロナ達に気付かれずにこうやって歩くというのも、中々に新鮮だな。そう思う。そう思いながら、苦笑してしまう。

「迷子にならないようにな?」

「……私、もう子供じゃありません」

メルディオレにあるギルドのドアを開けると、数人の視線がこちらに向いた。しかし、俺達が冒険者だと気付くと興味を失ったようにその視線は逸らされる。

中を見渡すと、数十人の冒険者が各々自由に過ごしている。そのうちの半分ほどは、持ち込んだ酒や食べ物を食べているが。その様子を見て、首を傾げてしまう。なにか目出度い事でもあったのだろうか?

「どうしますか、蓮司さん?」

「俺が話を聞いてくる。顔も利くしな。少し待っててくれ」

入り口に突っ立っているのも変なので、阿弥達にはテーブルで待っていてもらう事にする。こういう事は、慣れている俺が良いだろう。それに、このギルドには知り合いも多い。

二年くらい前、メルディオレには一か月ほど滞在して魔物討伐を行っていたのだ。その時の伝手を頼るのもいいだろう。

そう考えながら、受付の方へ歩み寄る。王都にあるギルドのように、複数の受付が用意されているカウンターには、そのどれにも数人の冒険者が並んでいる。そのうち、一番人が少ない列に並ぶと、最後列に居る冒険者の肩を叩く。すると、とても面倒臭そうな顔で振り返ってくれた。

「……なんだよ?」

「何かあったのか? 随分、ギルドの中が賑やかみたいだが」

「ああ。昨晩、デカイ魔物の討伐があったんだよ。今は、その報酬を分けている所だ」

なるほど、と。

以前魔術都市で起きたゴブリンの討伐。あの時は大量のゴブリンを多くの人で討伐したことで報酬を分ける必要性があったが、今回は大物の魔物を複数の冒険者で討伐した事で報酬を分けているようだ。

そう珍しい事ではないが、今ギルドの中には二十人以上の冒険者が居るように見える。それだけの数が必要な魔物となると……オーガだろうか? それも、複数の。

「オーガでも討伐したのか?」

「もっとデカイのだよ」

勿体ぶるように言うと、へへへ、と自慢げに笑う男。年の頃は三十を少し超えるくらいで、それなりに経験を積んでいる雰囲気がある。少なくとも、オークやハーピー程度を大物と言うような雰囲気ではない。

「グリフィンだよ、グリフィン」

「……グリフィン?」

「おう。あいつら鳥目だからな。昨日の夜、徹夜で山登りをしたんだよ」

男は自慢げに言っているが、こちらとしては首を傾げるしかない。なにせ、メルディオレへ来る途中にそのグリフィンを見たのだから。

『何を言っているのだ、この男は?』

さて。エルメンヒルデの言葉には全面的に同意したいが、どうにも嘘を言っている風でもない。なにより、ギルド内の雰囲気は 和気藹々(わきあいあい) としたものだ。

「グリフィンなら、俺も見たぞ?」

「ああ。全部は討伐していないからな」

その一言で、余計に分からなくなる。全部を討伐していないという事は、数匹だけを討伐したという事か。グリフィンは強力な魔獣だが、討伐の方法さえ知っていればどうとでもなる相手だ。ギルドの中には人間だけではなく亜人――おそらくエルフレイム大陸から渡ってきているエルフやドワーフの姿もある。この大陸では存在しない魔獣も、向こうの大陸では日常的に存在している相手だ。彼らの知恵を借りて討伐したと考えるのが普通か。

それ自体は喜ばしい事だが、一気に殲滅していない事が不思議なのだ。グリフィンは雌雄の 番(つがい) で行動する。その意味を、亜人達は知っているはずなのだが。

首を傾げる俺を不審に思っているのか、男が変な物を見るような顔で俺を見ている。

「すまない。よかったな、グリフィン相手に生き残れて」

「まあな。聞くか、俺の話?」

「今度な」

興味はあるが、話が長くなりそうなので断っておく。焼けた肌に金髪、左目の上に小さな傷。顔は覚えたので、情報が欲しくなったら探せばいいだろう。

そう思いながら順番を待つこと数分。カウンターの前に立つと、受付の男が俺の顔を見て資料へ視線を落とし、もう一度俺の顔を見た。

「レンジ!?」

「おう。繁盛しているみたいだな、ダグラム」

驚きの声を上げたのはダグラム。本名は忘れたが、周囲からそう呼ばれている男だ。茶髪に濃い髭、港町に住んでいる人特有の焼けた肌。身長は俺よりも随分低いが、その分横幅がある。それも肥満体という訳ではなく、それだけの筋肉を纏っているのだ。

ドワーフ。鉄と熱をこよなく愛する種族でありながらギルドの事務員として生活している変わり者。それがダグラムという男である。ちなみに、これだけ濃い髭面でありながら、年齢は俺とほとんど変わらないというのもドワーフという種族ゆえだろう。

その大きな声がギルド内に響くと、殆どの視線が俺に向けられた気がした。

「テメエ、この馬鹿。今までどこをほっつき歩いていやがった!?」

そのダグラムは、驚きの声を上げた勢いのままカウンターへ乗って膝立ちになると、俺の襟首を両手で持って首を絞めてくる。本気ではないというのは分かるのだが、ドワーフ特有の馬鹿力と頭が揺れてしまって視点が定まらない。

「姿を消したって聞いていたから、心配してたんだぞ。馬鹿野郎」

「あっ、あっあ……」

返事をしようにも、ぐわんぐわんと頭が揺れてしまう。そんな俺に気付かないほど興奮しているダグラムは、やはり大声を上げながら俺の襟首を掴んだまま俺を揺する。

『おい、ダグラム。レンジが……』

「この声、エルメンヒルデも居るのか?」

『ああ、居るが……』

「まったく、この馬鹿は。相変わらず心配ばかりかけやがってっ」

『だから、ダグラム。レンジが……』

その後、俺が気持ち悪くて顔を蒼くするまで揺らされ続けてしまった。いや、振りほどいても良かったのだが、心配させたのは事実だし、この遣り取りも懐かしかったというか。

ちなみに、助けてくれたのは阿弥だったので、それで更に驚いただグラムに強く揺らされたのは余談である。

その騒動で俺に気付いた他の冒険者達にも歓迎という名の洗礼を浴びたのも楽しかったが、昼間から酒を勧めないでほしい。いくら俺でも、阿弥の前で昼間から飲むつもりは無い。子供の情操教育に悪いではないか。……隠れてなら飲むが。

「うえ……気持ち悪……」

「すまんすまん。いやあ、二年ぶりか?」

反省はしているようで、恥ずかしそうに頭を掻きながら謝ってくれるダグラム。俺としてはそうまで怒っていないし、むしろ懐かしいやり取りだったので嬉しいという気持ちなのだが。

『まったく』

「すまないって。悪かった。この通りだっ」

「いや、怒ってはいないけどな」

「だよな。お前はそういう奴だよ、レンジ」

変わり身早いな、この野郎。

以前から変わらないと言うべきか、背中を 摩(さす) ってくれていた阿弥が溜息を吐いていた。

「アヤも大きくなったなあ」

「ダグラムさんは変わりませんね」

「はっはっは。ドワーフがこれ以上大きくならないというのは知らないのか?」

「……そういう意味ではないです」

そしてまた溜息。

ダグラムに言葉の真意を悟れと言うのも難しいだろう。直情型で、自分が信じた道を突っ走るような奴だ。だからこそ好感が持てるし、こういう遣り取りも懐かしくて嬉しく感じて許してしまう。

「で、こっちの三人は? 紹介してくれ」

「ああ。エルフのフェイロナに、獣人のムルル。それと、ソルネアだ。一緒に旅をしている」

「おう。フェイロナにムルル。あと、ソルネアだな」

俺の言葉を反芻して口にするダグラム。別に物覚えが悪いという訳ではないのだが、そういう癖らしい。

「儂はダグラム。見ての通り、ドワーフだ」

ニカッ、と暑苦しい笑顔で自己紹介をするドワーフに、阿弥が困ったような顔を浮かべる。昔から、この暑苦しい挨拶が苦手なのだとか。宇多野さんや工藤もあまり得意ではないと言っていたので、どうやら女性陣にはこの暑苦しい笑顔は不評なようだ。

現に、ムルルも困ったようにダグラムと笑顔を見てからしきりに俺の方へ視線を向けてくる。どうにかしてほしいという事だろう。俺というか、男から見るとそこまで気になる笑顔ではないのだが。

「おい、ダグラム。女性陣が困ってるからその笑顔を止めろ」

「うるせえ! 別に何も言ってないだろうがっ」

豪快に笑っているが、それってお前に気を使って何も言わないだけだから。

あの宇多野さんでさえこの笑顔の前では黙ってしまうのだ。嬉しそうな顔なのに暑苦しいというのは、女性として色々と思う所があるのだろう。

「あと、フェイロナっていったな」

「あ、ああ」

声を掛けられたフェイロナが、驚いたように返事をする。どうやら珍しく、フェイロナもダグラムの笑顔に驚いているようだ。メルディオレに来てから驚いてばかりだな。中々に面白いし、フェイロナにとってもいい経験だろう。まあ、俺より長生きしている相手にいい経験、というのもどうかと思うが。

「お前さん、ドワーフは大丈夫なクチか?」

「ん? それは……」

「中にはドワーフってだけで苦手だとかいうエルフが居るんでな。まあ、レンジの仲間なら大丈夫だと思うが……」

「そういう事か。私は、あまり気にしないな」

「そうかそうか」

そしてまた、暑苦しい笑顔を浮かべるダグラム。嬉しいというのは分かるが、その笑顔は女性の前ではやめろと何度も言っているのに。

案の定、困った顔で俺を見てくる阿弥とムルル、そしてフェイロナ。相変わらずのソルネアが、妙にシュールだ。

そう話していると、テーブルに人数分の飲み物が置かれる。俺が頼んだわけではないのだが、奢りらしい。礼を言うと、見知らぬ顔のギルド員が笑顔で会釈してくれた。

「見ない顔だな」

「そうか?」

俺の言葉に、不思議そうに首を傾げるダグラム。女の子がすると可愛いだろうが、むさ苦しいドワーフがすると暑苦しい事この上ない。

「あいつ、昔お前が助けたガキだぞ」

「そうなのか?」

そう言われ、カウンターの内側に戻った先程のギルド員へ視線を向ける。年の頃は二十歳より少し上といったところか。青い髪はアップに纏められていて、髪から覗く首筋と耳元が色っぽい。肌は健康的に焼けており、活発な印象を受ける。

ダグラムは俺が助けたと言うが、どうにも憶えが無い。失礼なのだろうが、顎に指を添えて考えてしまう……と、阿弥から肘で突かれた。

「じっと見ていたら、失礼ですよ?」

「……はい」

だからなんで、そんなに笑顔が怖いのだろう。この旅に出てから、阿弥が日に日に逞しくなっているような気がしてしまう。

そんな俺を見て、ダグラスが声を上げて笑った。

「なんだ、もう尻に敷かれているのか?」

「そ、そんなじゃっ」

「皆まで言うな、アヤ。はっはっは、今夜の酒が美味くなりそうだな、レンジっ」

その一言に俯いてしまう阿弥と、そんな阿弥を見てさらに声を高くするダグラム。

「フェイロナ。アンタ、酒は?」

「わ、私か?」

「いや、いい。レンジの仲間なんだ、それなりにいける口だろう?」

「お前の中で俺の基準ってのは、どうなっているんだ?」

なんだよ、俺の仲間なら酒が飲めるっていう考えは。いやまあ、フェイロナはかなり飲めるのだが。俺が酔い潰そうとしても潰せないくらいだし。

「取り敢えず、酒の話は置いておいて。ダグラム、グリフィンの話を聞かせてくれ」

脱線してしまった話を無理やり戻すと、あからさまにほっとした息を吐く面々。そんなに苦手か、ダグラムの笑顔は。気付かぬは本人ばかり……いや、ソルネアはあまり気にしていないのか。

「グリフィン? お山に住み付いたヤツか?」

「ああ。メルディオレへ入る前に見たけど、討伐はしないのか?」

「それなんだがな」

魔物なら討伐する。それは冒険者なら当然の事だ。先ほどの話を聞く限り、何匹かのグリフィンが山に住み付いたのだろうが、討伐には成功している。なら何故、全滅させないのか。ダグラムもエルフレイム大陸出身のドワーフだ、グリフィンの脅威は知っているはずなのだが。

俺の表情に気付いたように、何か言い辛そうに頭を掻くダグラム。しばらく言いよどみ、用意された飲み物を口にする。ちなみに、俺とダグラムのコップには酒が注がれていたりする。

「正直、どうするか困っていたところだ」

「……さっき聞いた話だと、何匹かは討伐したらしいじゃないか」

「そりゃあ、ただのグリフィンだ。数さえ揃えば、どうとでもできる。幸い、メルディオレにはグリフィン退治の経験を持つ冒険者も多い」

「そうなのか?」

「伊達に港町じゃねえよ。この一年で、エルフレイム出身の冒険者は一気に増えたんでな」

そりゃあいい。純粋に、ここイムネジア大陸とエルフレイム大陸では魔物の質が違う。色々な経験を持つ向こうの冒険者と交流が深まれば、それだけイムネジアにもプラスになる。

そう思うが、どうにもダグラムの表情は暗い。いや……暗いというよりも、困っていると言った感じか。

「多分お前が見たのは、 上位(アーク) グリフィンだ」

その言葉に、ほう、吐息を吐いた。隣で阿弥も、伏せていた顔を手で押さえている。ムルルとフェイロナも名前は知っているようで、その表情には驚きが浮かんでいた。

「なるほど。それは確かに、手を出せないな」

「気付いたのは昨夜だ。お蔭で、討伐に向かって帰ってこれたのは半分だけだ」

「……それにしては、随分嬉しそうに語っている奴も居たが」

「そいつは見てないんだよ。グリフィンの巣は三か所あってな、その内の一か所がアークグリフィンの巣になってる」

つまり、先ほど話した男は運良くただのグリフィンを相手にしたわけか。

アークグリフィン。頭にアークと付いているが、その生態は普通のグリフィンと変わらない。ただ、長生きをして成長しきったグリフィンというだけだ。しかし魔獣というのは厄介で、成長して年を 経(へ) るという事はそれだけで強さになる。

風精霊(シルフ) の加護を受けるグリフィンは、歳を経る事でより巧みに精霊から力を引き出す事が出来るようになる。幼い頃は矢から身を守る程度でしかない加護も、次第に攻撃に転用できるようになったり、より早く飛行できるようになったりするのだ。アークグリフィン程となると、その度合いにもよるが咆哮で吹き飛ばしたり、高域の声で集中を乱して魔術を妨害したりもできる。

かなり厄介な相手だ。エルフレイム大陸にもそうそう生息していない――アーベンエルムに居るような魔獣である。

「どうしてアークグリフィンが、イムネジアに?」

俺が口を開くより早く、阿弥がダグラムへ質問する。その質問に、ダグラムは大仰に肩を竦めた。

「知らん。十日くらい前に現れたんだ」

「知らない、って……」

「そう言われてもな。儂らも最初はただのグリフィンだと思っていたんだ。十日前に海上で嵐が起きてな、その嵐で運ばれてきたグリフィンだとばかり思っていたんだ」

「だが、別物が混じっていた、と」

そして、攻めたらグリフィンだけではなかったという訳か。それはまた……アークグリフィンと戦った冒険者は、悪夢どころではなかっただろう。グリフィンよりも一回り以上巨大で、獰猛だ。 嘴(くちばし) や爪だけでなく、シルフの力を借りた精霊魔術まで使ってくるので攻撃は苛烈。

討伐には、冒険者だけではなく、騎士団の人間がどれだけ必要になるか。

「生き残りは?」

「治療院に二人居るが、話せる状態じゃないぞ」

「……そうか」

何人が向かったのかは、あまり聞かない方が良いのだろう。生き残りが居た事が奇跡なのだろうが、話せないという事はそれだけ危険な状態なのか。

「それにしても。それほどの大物が傍に居るってのに、誰も慌てていないのは?」

「それか。まず、そのグリフィンがアークグリフィンだと気付いているのはエルフレイム側の連中だけだ。そして、ギルド以外の連中にはこの情報は洩らしていない」

なるほど、と。周囲を見渡すが、俺達の話にはだれも興味を持っていないし、名前を出しても反応しない。この大陸でアークグリフィンを見る事なんてないし、そんな魔物の情報を頭に叩き込んでいる冒険者など居ないのだろう。知っているのはエルフレイム側の冒険者だけというのも頷ける。

俺達のようにアーベンエルムまで用がある人間か学者でもなければ、確かに存在しない魔物の事など勉強しないか。

「それと、近場にはゴブリンやハーピーも居る。食う物には困ってないんだろうよ」

それだけが救いだ、とダグラムが呟く。確かにその通りだ。グリフィンは肉食なので、もし周りに他の魔物が居なかったらすぐ傍にあるメルディオレへ襲い掛かってきただろう。

「討伐はどうする?」

「今、王都の方と相談中だ。あまり気は進まないが、もしかしたら騎士団の力を借りる事になるかもしれん」

「そうか」

ギルドの力で解決できる問題の範疇を超えているが、それでもギルドとしてのプライドがあるのだろう。

そればかりは、俺個人の意思ではどうしようもない。

「何か手伝えるような事があれば言ってくれ」

「……いいのか?」

「手伝えることがあれば、な」

「くく。おう、大好きだぞ、親友っ」

そう言って馬鹿力で背中を叩いてくるダグラム。まるで木の棒で殴打されているような衝撃だ。

『別に、討伐してしまってもいいのではないか?』

そんな中、エルメンヒルデが恐ろしい事を言う。

しかし、阿弥も同じことを思っていたのか俺へ視線を向けてくる。フェイロナとムルルは、俺の判断に任せるようで何も言ってこない。

「ありがとうな、エルメンヒルデ、アヤ。だがな、一から十まで 英雄(お前達) に頼るわけにもいかんだろ?」

「気にしなくても……」

「阿弥」

何か言いかけた阿弥を止める。

ギルドにはギルドの考えがある。王都と相談中という事なら、きっとこの情報は宇多野さんとオブライエンさんにも届いているはずだ。あの二人なら、俺達がメルディオレへ来ているという事も知っている。その事を分かった上で騎士団を動かすか、俺達に依頼という形で討伐するように言ってくるはずだ。アークグリフィンの周りには豊富な餌もある。今すぐどうこうという訳でもないのだから、それを待ってから動いても十分だろう。

阿弥なら確かにアークグリフィンを打倒できるが、この仕事はギルドの仕事だ。まずはギルドの考えを尊重し、依頼が出たら受ければいい。

いくら英雄という肩書があろうと、他人の仕事に土足で踏み込んでいいという訳でもない。例えそれが、どれだけ後手に思える事でも。我慢しなければならない事は、沢山あるのだ。

「ま、しばらくはメルディオレに滞在する予定だしな。俺達はいつでも動けるようにしているさ」

「そうしてくれると助かる」

「は。どうせ、討伐の時には呼ぶくせに」

「いいや。俺はお前に、報酬の相談をするだけさ」

それが呼ぶという事だろうが。小難しい話は終わりとばかりに盃を合わせるようにコップを鳴らし、揃って一気に酒を飲み干す。

「ぷはぁっ」

「小難しい後の酒は、どうしてこんなに美味いかね」

「まったくだ」

そして、揃って笑い合う。

『暑苦しい……』

この笑顔の良さが分からないのか、お前は。

「昼間からお酒を飲まないで下さい、蓮司さん」

「なんだ、アヤ。儂にレンジを取られてご立腹か?」

「もう酔っているみたいですね、ダグラムさん」

「…………おう」

阿弥の笑顔を見て、ダグラスが呻く。そして俺の耳元へ口を寄せてきた。

「嬢ちゃん、なんかユーコに似てきたな」

「女ってのは、歳をとると強くなるもんだよ、ダグラム」

小声のダグラムへ、俺も小声で返す。

『だ、そうだ。アヤ』

「蓮司さん、宿屋に行きますよ。今すぐに」

まあ、聞こえている事は分かっていた。分かっていて言ったのを、阿弥も分かっているだろう。その上で発せられた言葉は、とても低く聞こえた。

ムルルはダグラムと離れられるからか、既に席から立ち上がっている。フェイロナも自分とソルネアの荷物を手に立ち上がるところだ。そんなにダグラムの暑苦しい笑顔は嫌か、お前ら。

「宿屋は、前に泊まっていたところか?」

「ああ」

「夜に誘いに行くから、飲みに行くぞ」

「おう。待ってるからな」

『少しは酒を控える気はないのか?』

そしてやはり、暑苦しい笑顔を浮かべるダグラム。

エルメンヒルデの声に肩を竦めるのと、阿弥に 外套(マント) を引っ張られるのはほぼ同時。こういうのも、尻に敷かれているというのだろうか。