軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 夜明けの色

「ふああ……ねむ。おはよう、フランシェスカ」

「あ。おはようございます、レンジ様」

ようやく夜空が白み始める時間帯。

まだ起きるには早かったけど、何となく目が覚めた。

夢を……見ていたような気がする。どんな夢かは思い出せないけど、そんなに悪い夢ではなかったのだと思う。

気持ちは落ち着いているし、なんというか……寝起きから、いい気分だった。

昔はフランシェスカが旅慣れていないという事もあって火の番は俺やフェイロナがしていたけれど、今では旅に慣れて一人前の冒険者となったフランシェスカに火の番を任せて、俺も夜眠るようになっていた。

「夢を見ていた気がするんだが、何か言っていたか?」

「寝言ですか? いいえ、なにも」

他にも寝ている人が居るので小声で話しながら、寝床代わりにしていた外套を軽く手で払い、フランシェスカが居る焚き火の傍へと寄る。

まだまだ朝方は肌寒さを感じる季節。焚き火へ手を翳すと、その温かさが腕を伝って身体を芯から温めてくれる。

焚き火を挟んで正面に座るフランシェスカは、そんな俺を何とはなしに眺めながら焚き火へ枯れ枝を放った。

「よく眠られているみたいでしたけど……厭な夢だったんですか?」

「さあ? 多分、そんなに悪い夢じゃなかったと思う」

ふと。いつもなら何も言わなくても会話に参加してくる相棒――エルメンヒルデの声が聞こえない事に気付いた。

周囲を見回し……そういえば、寝る前に話し相手が居ないと退屈だろうとフランシェスカに預けていたんだったか。

「エルメンヒルデ、おはよう」

『……ああ、おはよう』

挨拶をすると、頭の中に男性とも女性とも取れる、中世的な声が響いた。

エルメンヒルデ――俺の相棒であり、神殺しの武器である金のメダル。

そのエルメンヒルデはフランシェスカが座る丁度良い高さの岩の上に置かれていた。

「何を拗ねているんだ?」

『ふん。フランシェスカに挨拶をして、私への挨拶を忘れるようなレンジなど、知らん』

「……子供か、お前は」

そんなエルメンヒルデの言葉に苦笑して、寝起きで固くなっていた身体を伸ばす。

コキ、と。小気味のいい音が首から聞こえた。

「火の番、退屈じゃなかったか?」

「いいえ。エルメンヒルデ様が話し相手になって下さったので」

「煩かっただろ?」

『レンジのイビキの方が煩かったよ』

「……してた?」

「さあ、どうでしょうか?」

どうやら、朝の挨拶が遅れてしまった事に体操ご立腹らしい。

その言葉の真相をフランシェスカに尋ねると、笑ってはぐらかされてしまった。

うーむ。さすがにイビキなんかしていたら一緒に旅をしているムルルが嫌がって起こすだろうし、それは無かったと思いたい。

思いたいが、はっきり否定されたわけでもないし、フランシェスカがこんな風にはぐらかすというのが初めてだったので少し面食らってしまう。

それをどう思ったのか、フランシェスカは少し困ったように首を傾げながら、俺の目を正面から見てきた。

「え、っと。冗談ですよ? イビキ、かいていませんでした」

『教えなくてもいいのに』

「そうか。いや、フランシェスカから殺気みたいに言われるのが初めてだったから、少し驚いた」

なんというか、フランシェスカは嘘が吐けない性格、と勝手に思い込んでいた。

多分、初めて一緒に旅をした頃の印象……真面目な学生のフランシェスカ嬢を知っているからだろう。

成長した、と喜ぶべきなのか。

そう思うと、なんだか自分が凄く年を取ってしまったような気がして、そのまま溜息を吐いてしまう。

「成長したなあ」

「そ、うですか?」

ついつい考えていた事を口に出してしまい、あ、と思うよりも早くフランシェスカが僅かに上擦った声を上げた。

『……年寄り臭いぞ、レンジ』

「やめろ。本気で泣くからな、次、言ったら」

『わ、わかった』

不安に思っていた事を言葉にされ、ついつい本気で言い返してしまった。

エルメンヒルデが次にどう言えばいいのか一瞬迷い、僅かに言葉を詰まらせながらもう言わないと言ってくれる。

アレだ。もう俺もいい歳だから、そろそろ年寄り臭いとかいう言葉が気になるのだ。

はあ、と溜息。

「そんな事、ありませんよ。レンジ様、お若いですよ」

「ありがとう、フランシェスカ」

『私と、対応が違い過ぎないか?』

「そうか?」

いつも通りだと思うけど。

荷物袋から飲み水を注いでいる水袋を取り出して一口飲む。そのまま、別の水袋をフランシェスカに投げて渡す。

「お前に気を遣ってもなあ」

『失礼過ぎるぞ、レンジ。私だって、いつもお前を気にしているではないか』

「いつも一言多いんだよ、お前は」

『なにを――』

「ま、まあまあ」

そのまま、いつものように会話をしようとして、フランシェスカから止められた。

ムルルとフェイロナ、そして阿弥がまだ眠っているからだろう。

「それより、そろそろ朝食を用意しますから、顔を洗ってきたらどうですか?」

「ん? いや、早く起きたし。手伝うよ」

洗顔は、後でみんな起きてからがいいだろう。

この辺りはあまり魔物の気配がないとはいえ、早朝の寝惚けた頭のまま一人で行動するのはちょっと避けたい。

まあ、エルメンヒルデが居ればどうとでも出来るのだけど……と思っていると、俺が寝袋代わりに地面へ広げていた外套の傍。

同じように外套の上に横になっていた小柄な影が身動ぎをした。

ムルルだ。

人とは違う、狼を連想させる大きな耳が震えたかと思うと、まだ暗い森の中で金色の瞳がぱっちりと開く。

その目と、視線が合った。

「おはよう、ムルル」

「うん。……ごはん?」

「今から作るんだよ」

どうやら、朝食と言う単語に反応したらしい。

昔よりも身長が伸び、成長したムルル。けど、僅かに伸ばした髪を乱暴に手で整える様子は昔のままだ。

女の子らしいというよりも、子供っぽい。

けど、身体の方もしっかりと成長して、子供っぽいと言葉にするのはそろそろ難しいのかもしれない。

「朝食の用意をするから、手伝え」

「……出来てないなら、もう少し寝る」

「お前も女の子なんだから、料理とか覚えておいた方が良いだろ」

「私は、食べる方がいい……」

その言葉を聞いて、フランシェスカを見る。

俺はたまにしかこうやって一緒に居てやれないけど、フランシェスカとムルル、そしてまだ眠っているフェイロナはよく一緒にパーティを組んで仕事をしているのを知っている。

だから、気になった事をフランシェスカから聞く事にした。

「まあ、何となく予想できるけど。アイツ、料理の手伝いとかしないだろ?」

「偶にしてくれますよ? 獣や山菜を採ってきてくれたり、鍋の火を見ていてくれたり」

『……それは手伝いと言えるのか?』

「ちゃんとした手伝い。材料を集めるのは、私の仕事」

まあ、仕事と言えば仕事なんだろうけど。

なんだか俺とエルメンヒルデが考えている『手伝い』と違うような気がする。

「んー……ぁ、もう、朝ですか?」

「ああ。おはよう、アヤ」

どうやら話し声で起こしてしまったらしい。

阿弥が寝癖で乱れた髪をそのままに身体を起こし、伸びをする。少し離れた場所で寝ていたフェイロナが、こちらはすでに身嗜みを整えて身体を解していた。

「わ、早い……」

「あまり寝起きの姿を見られるのは好きではないからな」

そういえば、フェイロナの寝起き姿と言うのはあまり見た事が無い。

いや、以前は良く俺が火の番を朝までしていたので何度か見た記憶はあるけれど、その数はフランシェスカやムルルと比べると少ない様な気がする。

阿弥はまあ、フランシェスカ達よりも付き合いが長いので、なんというか――見慣れた。

本人に言ったら、怒るか恥ずかしがるだろうけど。

「おはよう、阿弥、フェイロナ」

「おはようございます、蓮司さん」

「ああ、おはようレンジ」

挨拶をして、朝食を作る為の鍋を取り出す。

その中に水を入れると焚き火の上へ設置して、沸騰するのを待つ間に今度は野菜や昨晩獲って血抜きしていた獣の肉を水で適当に洗浄した岩の上に置く。

「エルメンヒルデ」

『……はあ』

名前を呼ぶと、溜息と共に右手に翡翠色の魔力が集まる。

それはすぐに形となり、手の中に一本の担当が顕現した。

『もう諦めたが、ちゃんと私を使ってくれ』

「いや、お前が一番よく切れるし」

『まったく、これっぽっちも嬉しくない褒め言葉だ……』

「ぷっ」

俺とエルメンヒルデの遣り取りを聞いて、阿弥が噴き出した。

釣られてか、フランシェスカとフェイロナも口元を綻ばせる。

「お肉、もっと獲ってくる?」

「今から獲っても、血生臭いだろ」

「川の水で洗えば、大丈夫……だと思う」

ムルルとしては、どうやら取り出した肉だけでは物足りないらしい。

荷物袋の中から保存のきく干し肉を取り出して、それも少し切り分ける事にする。

「ほら、こっちに来い。包丁の使い方を教えてやるから」

『レンジ、レンジ。何を言っているのか理解したくないが、私は包丁ではないぞ?』

「同じ刃物」

『……レンジが変な事を言うから、ムルルまで刃んな事を言い始めたじゃないか……』

俺の所為かよ。

「フェイロナ、二人と一緒に顔を洗ってきたらどうだ? こっちは、俺とムルルでやっとくから」

「あ、私も手伝いますよ」

と、手を上げたのは阿弥。なんだか、焦っているような早口だった。

「手伝って」

「ええ、もちろん」

「いや。お前もそろそろ料理の一つも、って思って言ったんだけど?」

「……二人より三人の方が、用意は早く終わる」

正論だけど、暗に面倒だから三人でさっさと終わらせたいという感情が透けて見える言葉である。

溜息を吐いて、まあやる気が無いのに無理やり手伝わせても逆効果化、と思うことにする。

こういうのは、料理が楽しいとか、こう、楽しみや目的のようなものが無いと上達しない。それは、自身の経験からの考えだった。

俺だって、この世界の言葉や剣の使い方は必要に迫られたって言うのもあるけど、自分が上達していくことが楽しかった……人の役に立てるという事が嬉しいという楽しみがあったからだし。

「まあ、いいか。阿弥、手伝ってくれるか?」

「はいっ」

なんだかすごく気合が入っているなあ、と。

「それでは、レンジ様。お願いします」

「フェイロナ。ついでに飲み水を汲んできてくれ」

「ああ。では、朝食を楽しみにしているよ」

中身が半分ほど減った水袋を投げ渡し、洗顔へ向かう二人を見送る。

「さあ。始めましょうか、ムルル」

「うん」

そして、やっぱり気合が入っている阿弥。

その阿弥は護身用の短刀を抜くと、ムルルに握り方を教え始めた。

エルメンヒルデは俺以外が握ると魔力に戻ってしまうので、コイツを使って教えると伊野は不可能だ。

精々が、俺がエルメンヒルデを使って、教える相手には腰の短剣を渡すのが普通である。

今回は阿弥が短刀を貸しているけど。

普段は爪を伸ばして切り裂く戦い方をするムルルだ。刃物の扱いなんて心得が無いし、握り方だって知らない。

まるで剣を乱暴に握るような仕草を見ると、阿弥と一緒に苦笑してしまう。

「昔の阿弥みたいだな」

「わっ……私は、えっと、包丁の握り方くらいは知っていましたよ?」

「そうか?」

『あまり揶揄うなよ。刃物を扱っているのだ……怪我をしたらどうする』

それもそうだな、と。

野菜の切り分けは阿弥達に任せて、俺は肉を切る事にする。

ムルル達が野菜を切り終わったら、丁度沸騰し始めた鍋の中に野菜を入れ、柔らかくなるまで似込む。

次に野菜を煮込んで臭みを増した水を塩や香草を入れて誤魔化す。

野菜の煮汁は栄養があるので極力捨てない。

歩きの旅なのだ。栄養のある食事を考えるのも、食事を用意する者の仕事である。

野菜が柔らかくなったら肉を入れ、その脂でさらにスープの味が独特のものになる。

あとは味を確かめながら、再度香草などを使って味を整える。

これで完成である。

「簡単だろ?」

「うん」

『そうか? 食べられるが、レンジの料理は大雑把な気がするぞ』

むう。

まあ、男の料理なんてこんなものだ。

味を整えて、食べられるならそれでいいという考えがまず先に来る。栄養なんかはその次に覚えたくらいだし。

「昼は、阿弥に教えてもらえ」

「あ、今度は私なんですね」

「阿弥の方が、味付けとかは上手だからな」

「そ、そうですか?」

その一言に照れて、上目遣いで見てくる阿弥。

そんな阿弥を気にする事無く、ムルルは出来たばかりのスープを上から覗き込んでいる。

「野菜と肉を切り分けて、味付けをするだけ。簡単だった」

「ああ、簡単だろう?」

料理の最初は、興味だと俺は思う。

いや、どんなモノだって『興味』が無ければ何も始まらない。

簡単に作れる。

単純かもしれないけど、それは興味を抱くには十分な感想ではないだろうか。

「それじゃあ、フランシェスカ達が戻ってきたら朝食にして……王都に戻るか」

「うん」

「はあ……もう、旅も終わりですね」

阿弥が、溜息を吐きながら言った。

そんなに旅が好きなのだろうか……と聞くのは野暮なのだろう。

だから、いつものように――今日は珍しく、まだ手櫛で軽くしか整えられていない阿弥の黒髪を梳くように撫でてやる。

「また、みんなで一緒に旅へ出れるさ」

「そう、ですね」

生きていれば。

傍に居れば。

『ふふ、楽しそうだったな』

エルメンヒルデが、明るい声で言う。

それは、先程の料理の事だろう。

「お、太陽が昇るぞ、エルメンヒルデ」

『ああ』

遠く、山間から太陽が顔を覗かせる。

瞬く間に薄暗かった世界が明るくなり、様々な色を顕していく。

夜が明ける。夜が終わる。

一日が始まる。

『うむ。綺麗だな』

「ああ」

この綺麗な景色を、仲間と一緒に見る事が出来る。

……ああ。

「そうだ、これを見たんだ」

『ん?』

夢を見た。

夜が明ける。一日が始まる。

そんな夢を。

エルメンヒルデと、仲間達と一緒に夜明けを見る夢を……見たんだ。