軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 彼女が感じていた孤独

相変わらず、灰色の空。厚い雲に覆われた空を見上げながら、誰にでもなくそう呟く。

風が吹く。乾いた風だ――髪と外套を揺らし、少し肌寒い。

ソルネアが住む城は石造りとはいえ風を防いでいたのでそれほどでもなかったが、やはりアーベンエルム大陸の外は寒い。雪が降るほどではないが、厚手の服に外套という格好をしていても、長く外に居たら身体の芯から冷えてしまいそうな気がした。

「なんだかんだで、少しは賑やかになったよ」

その言葉に、やはり返事はない。当然だ。俺の周囲には誰も居ない。エルメンヒルデだって、宇多野さんに預けてきた。

何も無い荒野。

ただ、俺が立っている場所は……その大地が、少しだけ窪んでいる。

一年前。シェルファを斬った場所。殺した場所。

シェルファと、名を与えられなかった黒いドラゴンに、別れを告げた場所。最後に、『神殺し』として戦った場所。

魔王が死んだ場所だというのに魔物や魔族達は墓を建てる事もせず、その場所は野晒し。吹く風で煽られた土埃が溜まり、一年前よりも窪みが小さく鳴っているような気がする。

「お前も、生きていたらあの会話に参加していたのかね?」

想像できないな、と声に出して笑う。

お前は、笑い合って会話を交わすより、刃と刃をぶつけあう方が性に合っていた。それを望んでいた。生きていたら、きっと嬉々として俺に斬り掛かってきたんだろうな。

その事を考えて、笑ってしまう。

一年も経つのに、シェルファとの記憶、アイツの感情、性格、そう言ったものは少しも色あせていない。

それが可笑しくて笑うと、また、強い風が吹いた。

あまりの風の冷たさに、身体を抱くようにして両手で二の腕を押さえる。

「もうすぐ、雪でも降りそうだな」

そうなったら、もっとこの場所は分からなくなる。シェルファとあの黒いドラゴンが死んだ場所が分からなくなる。

それを少し悲しいと思いながら、そうやって少しずつ忘れていくのだろうとも思う。

ただ。

「今度来るときは、花でも持ってくるよ」

お前には似合わないだろうけどな。心の中で呟いて、腰に吊っていた鞘から精霊銀の剣を抜く。

「エルメンヒルデには内緒な?」

その剣を、地面に突き立てる。

墓の代わりだ。好敵手と言っていいのかは迷うが、それなりに思い入れがある……殺し合った相手の死に場所だ。何も無いというのは、寂しかった。

死体も、魂も無い。けど、せめていつまでも『シェルファ』という魔王が居た。それが何かしらの形で残るように、と思う。

「クッソ高いんだからな、その剣。ったく」

精霊銀の剣というだけでも効果なのに、刀身にはエルフの文字が刻まれ、ドワーフの細やかな意匠が施された件ともなれば、その一本で大きな屋敷が一件買えてしまうほど。

そんなものを墓の代わりに置いてくるとなれば、エルメンヒルデから何を言われるか。

それに、その剣はイムネジアの王様から直々に賜ったもの。本当なら、死ぬまで持って、死んだら下方に出もしなければならないくらい高価な品だ。

まあ、幸太郎は一年前の戦いで、その精霊銀の剣をシェルファから折られていたけど。

それはそれとして。

「ああ、でも。綺麗だし、変な魔物に盗まれそうだな……」

かといって、一度刺した剣を抜くというのも格好悪い。見ている人は居ないけど。

一瞬悩んで……まあいいか、と思うことにする。

なにせ、魔王の墓だ。身体能力も、魔力も魔族や魔物どころか、女神の使徒である『勇者』天城宗一すら凌駕する魔王。

その墓から盗みを働くようなヤツなど、そうそう現れないだろう。

なにより。

「……ま、盗みを働くような奴が来たら、呪ってやれ」

お前なら、死んでいてもそれくらいするだろう。

何となくそう思って、実際にやりそうだと笑ってしまう。

「少し、お前の気持ちもわかるよ。それと、ソルネアも」

この大陸には何も無い。娯楽も、何かを成そうという気力も、湧かない。

だからお前達は、『外』に生きる意味を、目的を、見付けようとするのかもしれないな。ネイフェルがそうだったように、お前がそうだったように。

そしていつか、ソルネアもまた、そうなってしまうのかもしれない。

それが……寂しいし、悲しい。

俺が生きている内は顔を出しに来るけど、俺が死んだらアイツはどうなるのだろう。そしてそれは、エルメンヒルデにも言える事。

「お前が生きていたら、いい話し相手になれたのかね?」

一瞬そう考えたが、それは無いなと、首を横に振る。

お前と一緒だと、ソルネアまで好戦的になりそうだ。

それは本当に勘弁してほしいと呟いて、背を向ける。簡易の墓。花すら飾られていない、死体の無い墓。

「また来るよ」

一年後か、十年後か。もっと先か、もっと短くか。分からないけど……また来るよ。

せめて俺くらいは、お前の死を哀しもう。

それをお前は望まないだろうけど。

それでも――やっぱり俺は、少し悲しい。

あれほど鮮烈に、明確に、求められたのは初めてだったから。それが殺し合いの為だったとしても……誰かに、心の底から求められるというのは悪くないものなのだと、今なら分かるから。

「……いや、違うな」

悲しい、ではない。

多分、寂しいのだろう。もう二度と、あの声を聞く事はない。刃を交わすことも、剣戟の音を聞く事も。

この手に、胸に、身体に、痛みを感じる事も。

なにより、自分を求め、真っ直ぐに向かってきてくれる相手が居なくなったという事。……それが、少しだけ、寂しい。